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チャプター27

ー王都:職人通り フォルクローレのアトリエー




「はい! 依頼の品、持ってきたよ!」

 ドン! と机の上に大きめの木箱を置いた。その勢いで、机の上の小物達が元気に跳ねる。エルリッヒの顔は自信に満ちあふれている。そばにいるゲートムントとツァイネの顔は、少し苦笑い。一方、向かい合うフォルクローレは呆気に取られ、ぽかんとした表情をしている。

 木箱の中には、ドラゴンから剥ぎ取った素材が山と詰められていた。とはいえ、エルリッヒは素材の剥ぎ取りには参加せず、男二人でやっているのを遠巻きに見ていただけだった。剥ぎ取り自体に不慣れだと言う事もあるが、仮にも同族。その亡骸から鱗や甲殻、牙や角などを素材として剥がし、細断されて行く様は、さすがに見るに耐えなかった。

 吐き気をもよおさなかっただけでもよく堪えたものだと自分を褒めてやりたいくらいだ。きっと、人の姿をしていたことで、心理的に最後のブロックがかかったのに違いない。そう自己分析する。

「あははー。あ、ありがとね。んでも、こんなには要らないんだわ。ちょと中身を確認させてくれるかな。要る分だけはもらうけど、あたしの要らない素材はみんなで持ってっちゃっていいから」

 まるで宝探しでもするような表情で、箱の中身を物色して行く。そして、いくらかの素材をそこから取り出すと、ためつすがめつしながら満足げな表情を浮かべた。

 三人には、フォルクローレが何の基準で選んでいるのか、よく分からない。唯一聞かされていたのは、『竜の舌』が必須である、という事だけ。他の素材はオマケ程度の扱いなのだろうか。それにしても、こうして竜の素材が取り扱われている姿はやはりいい気のしないものだ。ついつい、眉間にしわが寄る。

「ん? あー、エルちゃんもしかして、こういうの苦手? あたしは喜んじゃう方だけど、ま、普通の女の子はモンスターの素材なんて、見ていていい気はしないよねぇ。自分から二人の道中について行くくらいだから、てっきり平気なのかと思ってたけど、案外普通なんだ。意外……」

「ちょっと、その言い方は引っかかるんだけど。悪意があったら怒るからね」

 と言いながら、二人の顔は穏やかだった。「友達になりたい」と言ってくれた相手に敵愾心は涌かないし、それが伝わるからこそ、言葉尻だけを捉えればからかっているような言葉も、ちゃんとその根っこにある気持ちを汲み取る事ができた。細かいことは、語り合う必要もない。

「あはは。悪意なんかないって。分かってるくせに〜。っとと、仕分けはこんな所かな。三人とも、ありがとね。あたしの欲しい素材はちゃんと手に入ったよ。いやー、それなりに高品質な素材で助かったよ。てなわけで、はい、報酬の金貨三十枚。ちゃんとあるはずだけど、心配だったら確認してね」

 すでに用意してあったのか、金貨の入った麻袋をゲートムントに渡す。ジャラジャラという硬貨のこすれる音と、重そうなたたずまいが宝物っぽくてワクワクさせる。

「そういや、フォルちゃんは雑なタチだったっけな。んじゃ、一応数えさせてもらうな。一枚、二枚、三枚……」

 袋から取り出した硬貨を机の上に広げ、ツァイネと二人、その枚数を確認して行く。二人の楽しそうな瞳に、少し遠い世界を感じてしまうエルリッヒ。所詮普段の彼女は、しがない食堂の主でしかないのだ。金貨という物に縁がないばかりか、大金を欲するするほどの功名心もない。もともと貨幣経済の外の社会で生まれ育ったせいもあるかもしれないが、いつの間にこれほど庶民的なな金銭感覚が身に付いたのだろう。

 一瞬、これまでの”人間として”過ごしてきた時間を思い返す。

「よし、ちょうど三十枚、ちゃんと揃ってるな。あーっ、これで俺もようやく鎧を新調できるぜ! せっかくドラゴンの素材も手に入ったことだし、せっかくだからドラゴンメイルでも作っちまうか〜?」

「ゲートムント、それはいいけど、俺の取り分もちゃんと忘れないでよ? 等分で山分けって約束だろ?」

「へー、等分なんだ。それが揉めなくていいね。って、二人とも、私の分は? 三等分にしろとは言わないけど、お店を休んだ分だけは、もらう権利があると思うんだけど」

 無理を言って旅に同行した上に、自分が決着を付けた事は内緒なので、あまり権利を主張するのも嫌らしい。それに、大金という物にはあまり執着がないので、お店を休んだ分の収益を補填できるだけ、本当に少しの分け前があればそれでよかった。果たして、二人はこの条件を飲んでくれるだろうか。

 実のところ、「竜の紅玉亭」は毎日ほんの少しの蓄えができる程度しか儲かっていなかった。黒字経営には違いないが、ちょっとでも休業すると、すぐに生活に響いて行くような生活だ。意外と切実なのである。

「おっと、そうだった。エルちゃんの取り分も決めないとな。俺たちを等分とすると……金貨六枚でどう?」

「ゲートムント、ちょっとケチり過ぎじゃない? せっかくついてきてくれたんだし、エルちゃんにももっと分けてもいいと思うんだけど」

「まあまあ二人とも。それはエルちゃんが判断する事でしょ? これで納得できるのかどうか。一応、金貨六枚なら銀貨換算でそこそこの額にはなると思うよ? 知ってると思うけど」

 ゲートムントもツァイネも、エルリッヒが同行してくれただけで嬉しかったので、押し掛けた事などどうでもよかった。金貨六枚と言う分け前については、実戦には関わっていない(事になっている)から、という事でゲートムントの独断で決めた数字だ。当然ツァイネは不服そうだったが、エルリッヒは一向に気にしなかった。

「ん、六枚ももらっちゃっていいの? うわーい! ちゅーか、フォルちゃん、こんな大金を用意できるなんて、すごいよ! ね、何して儲けたの? 俗っぽい私なんかは色々想像しちゃうんだけど」

「あははーっ! 悪どい事はしてないよー。ただね、爆弾や人造の宝石みたいな、単価の高いものを取り扱う事も多いから、儲かってるように見えるだけだよ。普段は銀貨が主役なんだから」

 その言葉が本当かどうかは分からないが、目の前にある大金は本物だ。金貨なんて、エルリッヒからしてみればたった一枚でも数日分の稼ぎに匹敵する。銅貨や銀貨では辿り着けない額だ。

 良くも悪くも、住む世界が違う。ゲートムントとツァイネだけが同じ世界にいた。

「ある意味じゃ、俺たちと同じ世界だからな」

「そうそう。大きなお金を手にする可能性があるけど、無一文になる可能性もある、博打な世界っていう意味ではね。でも、やっぱり俺たちとは違うよ〜。っとと、あんまり長居しちゃお仕事の邪魔かな? そろそろお暇した方がいいよね」

 机の上に置かれた木箱を手に、アトリエを出ようとする。その後を追うように、ゲートムントは麻袋を手に、エルリッヒは手ぶらで、それぞれアトリエを出る。

「んじゃ、またな」

「またねー」

「フォルちゃん、今度はゆっくり話をしようね。女同士、積もる話を色々と」

 男二人の挨拶には軽い笑顔で手を振るだけだったが、最後の言葉には、違う反応を返した。

「喜んで! あたしも似たような事を言おうと思ってたんだよ。何しろ生まれ育った土地を離れてこんな商売をしてるから、女の子の友達が少なくって。でも、恋の話だけは御法度でお願い。そういうの、ホント苦手で」

 最後の一言に、思わず笑いがこぼれる。

「ぷっ! 構わないよ! 私も同じだから」

 男二人が落胆してしまうような返事に、今度はフォルクローレが笑い出す。明るい笑いに包まれながら、三人はアトリエを後にした。




〜つづく〜

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