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チャプター26

ーシュタイヒェン街道ー



 ガラガラと馬車に揺られながら、エルリッヒは窓越しに一人遠くなる山々を見つめていた。すぐそばに居る二人の話し声が、どこか遠い。

「……」

 考えるのは、あのドラゴンの事。




ー裾野の森・深部ー



『くっ、何故、これほどまでの力を。ただ図体が大きいだけでは、これほどの力は持つまい……これが、竜王の娘の力だというのか!』

 戦闘が終わり、辺り一面はまるきり異常気象が起こったような状態になっていた。木々は焼かれ、かと思えば落雷で真っ二つに裂かれたものがあったり、足下には雪が積もっていたりしている。この光景だけで、どれほどの異常事態が起こったのかが容易に想像できた。しかし、具体的に何が起こったのかは、その場にいた二人しか知らないことだった。

 しかも、エルリッヒはいまだ気絶したままのゲートムント達を背中に乗せていた。戦闘で傷ついたり、うっかり目覚めてしまわぬよう、わざわざ口を使い、その背中に乗せたのだ。とはいえ、背中とて気を抜くと毒を持った無数の棘で刺し貫いてしまうので、細心の注意を払わなければならなかった。

 そうまでしてでも守りたい命であり、目を覚まされては困るというのが今の実情なのだ。

『さっき話した昔話、覚えているか? 千の竜を屠った勇者の話と、古龍の話。私の先祖は勇者を倒し、その得物であるドラゴンスレイヤーを手に入れた。そして、人と竜の姿を行き来できる我ら竜王族は、それを同族が他者に過剰な振る舞いをした際の、裁きの剣として代々使ってきた。何しろ、あの剣には並大抵ではない力が込められているからな。さっきこのゲートムントが持つ槍が見せたのと同じ、竜族が最も悪しき影響を受ける、竜殺しの力だ。詳しい仕組みは分からないが、竜族はこの力を攻撃のために生成する能力を持ちながら、一方ではこの力による攻撃を受けることで、大きなダメージを受けてしまう』

『そんな与太話……興味などない。ただ、なぜキサマがこれほどまでの力を持っているのか、それが気になっているだけだ……』

 ドラゴンは倒れたまま起き上がれないでいた。息も切れ切れで、爪は折れ翼膜は破れ、まさに瀕死といった様子である。そうまでになるほどの何が起こったのか、それはやはりこの二人しか知らない。

『古龍が自然を操るという話は、覚えているな? では、古龍の中には、竜殺しの力が効かない種族がいるというのは、知っているか? 我らと同じ竜族の中にも、ごく稀に、そういう個体が生まれるらしいが、そういう希少種が我々の中にも生まれる以上、古龍の中に先天的に竜殺しの力が通用しない種族がいたとしても、不思議はあるまい』

『それがなんだというのだ。なんの関係があると!』

 説明が回りくどく感じられたのか、ドラゴンは怒りを露わにしていた。もし体力が残っていたら、恐らくは突進や火球などによる攻撃をしてきただろう。もっとも、万が一攻撃されたところで回避するのは容易いし、食らったところでエルリッヒには大したダメージはない。だが、背中に乗せたゲートムント達は別である。彼らに攻撃が当たったり、背中から振り落とされてしまっては一大事だ。今はここまで体力を奪っていた自分を褒めてやらねば。

『関係は大ありだ。我が一族は、古来より古龍と交わって来たのだ。そうして数多の力を得、王族となった。分かるか? 先天的に通じないんだよ、その力が。だからこそ、先祖は竜殺しの勇者に勝つ事ができた。もちろん、あの剣を携えた勇者の力は龍殺しの力を除いても強大だったと伝わっているからな、竜殺しの力が効かないだけでなく、偉大な祖先たる古龍から得た自然を操る力があってこそ、勝つ事が出来たと伝わっているが。ここまで説明すれば、分かるな?』

『バカな! 竜殺しの力が効かないなどと! それに、古龍と交わってきただと!? ふざけた話だ……』

 それ以上語る必要はなかった。自らの出自と力の秘密を語れば、それだけで相手の戦意を奪う事ができる。とうについていた勝負の決着は、この話でより決定的になった。

『冥土の土産はもう要らんか? もし要らんなら、これで終いにするか』

『お、おのれ! 同族殺しの大罪人め!!』

 ドラゴンの言葉に耳を貸さないまま、白く輝くブレスを一撃放った。それは、竜族が平均的に苦手とする、竜殺しの力にわずかな雷の力が込められたもので、まさに同族殺しのための攻撃だった。こんな攻撃が生まれ持った固有の能力だというのだから、なんという皮肉だろうか。

「……ふぅ。っとと! わぁぁっ!!」

 ドラゴンの絶命を確認すると、エルリッヒは人の姿に戻っていた。自らの背中があった位置から落ちてくる二人慌ててキャッチすると、起こさないように元いた位置の近くに横たえた。さあ、二人が目をさます前に服を着なくては。こんなあられもない姿を見られるわけにはいかない。

「あちゃー、土がついちゃってるな……ま、仕方ないか」

 気をつけて闘ったとは言え、多少の汚れは仕方ない。数度叩くと、それ以上は諦めてそのまま着ることにした。身だしなみを整えたら、二人を起こさなくては。

 素知らぬ振りをしながら。




ー再びシュタイヒェン街道ー



「……ちゃん。エルちゃん」

「えっ?」

 ボーッとしていた所を、ツァイネに見られてしまった。いや、すぐ側にいるのだから、ようやく気付いた、といった方が正解だろうか。

「どうしたの? 何か気になる事でもあった?」

「ん、ちょっとね。さっきのドラゴンの事が気になって……」

 ずっと、『同族殺しの大罪人』という最期の言葉が引っかかっていた。私情による行き過ぎがあったにせよ、同族を裁くのはそもそもの役目であり、同族殺しに罪悪感すら抱かなさそうな相手に言われたこととはいえ、全く気にならないわけではなかった。もちろん、語って聞かせたように、今さっき出会ったばかりの同族よりも友達の方が大切なのは当然なのだが、罪悪感が全くないわけではない。竜社会には人間社会のような法による秩序はないから、竜の王女たるエルリッヒが罪として裁かれることはないが、事情はどうあれ、心に何も残さないほど冷徹ではなかった。

「ドラゴン、か。結果的にはいつの間にか倒されてたし、フォルちゃんからの依頼の素材も手に入ったけど、やっぱりどうして倒せたのかだけは謎なんだよね」

「だな。でも、考えても仕方ないんじゃねーか? おっちゃんが見たっつーどでかいドラゴンが倒してくれたって事だろ。きっと、同士討ちをしたんだろうな。俺たちより獰猛な生き物だし、同族でも平気で殺し合うんだろうよ。でも、さっきの俺たちを殺さなかった理由の話もだけどよ、詳しい事は考えても無駄なんじゃねー?」

「……」

 ゲートムントの推察を聞いて、「人間だってすぐ殺し合うくせに、よく言うよ」と思わないでもなかったが、あえて黙っていた。少なくとも、今住んでいる世界は平和だし、ここしばらくは人間同士の大きな争いも起きてはいない。自分は少なくとも三百年は生きているのだ、経験している歴史の長さが違う以上、同じ尺度で考える事自体二人に悪いだろう。二人は所詮二十年前後しか生きていないのだから。

「そういえば、こういう話はフォルちゃんが得意じゃない?」

「そういえば! 前に聞いた話だと、エルフや蛇女と闘ってるっていうしな!」

「げ。あの子そういう子だったの? うわー」

 二人の説明によると、魔物や盗賊、それに異種族との戦いに備え、台車に山ほどの爆弾を積んで、国内各地に採取に赴いているらしい。元々はか弱い女の子という事もあり、冒険者を護衛につける事も多い採取の旅だが、彼らの語るところによると、両手に爆弾を持って魔物と闘うその姿は、とても勇ましいのだとか。

「とにかく、まずは無事に帰らないとね!」

「そういうこった。この素材を納めて、依頼を完了させないとだしな」

「そうだねぇ。じゃ、おじさーん、頼んだよー!」

「ヤー! 安全に王都まで連れて帰るからね!」

 御者の威勢の良い返事が響き渡った。王都に続く街道は平和だ。




〜つづく〜

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