チャプター19
ー裾野の森・深部ー
「危ない!!」
ドラゴンの激しい突進に、エルリッヒは思わず目をつぶってしまった。耳に響くのは、ツァイネの叫び声と激しい金属音。
恐る恐る目を開けてみると、なんとツァイネが手にした盾でドラゴンの猛攻を受け止めていた。
「エルちゃん、早く、逃げて! この盾……小さいから、あんまり……長時間はもたない……んだ!」
「う、うん、分かった!」
今ここで彼の全力と好意を無にするわけにはいかない。ツァイネの背中に隠れるようにして、茂みの中へと向かった。
「ツァイネ君……」
その盾は、言わずもがなの青い鎧と同じ素材で出来ている、セットの装備品だ。だから、防御力についてはお墨付きである。並大抵の攻撃では、傷一つ付かないだけの強度。だが、一方で片手に剣を持って闘うスタイルの騎士に合わせて作られているため、いかんせん小さい。これが人間や小型モンスターの攻撃ならいざしらず、これほど大きなドラゴンの、しかも全身を使った突進となれば、防ぐので手一杯になってしまう。盾が無事でも、それを持つツァイネが無事では済まない。
「くぅっ!」
初撃を盾でガードし、なんとか突進の方向をいなすと、わずかに生まれた相手の隙を縫うように剣を抜き放った。相変わらず、美しい。実用性と装飾性の両立が図られた、素晴らしい逸品である。
「それじゃ、ゲートムントが戻るまでは、俺が相手だよ。今度は、こないだと同じようにはならないさ」
額に一雫、汗が垂れる。今回は、前の時のような油断はない。気持ちの上だけでなく、こうして盾も持って来た。フォルクローレから大量のアイテムをもらった。前回の経験とそれらアイテムの力と、そして何より前より強い気持ちの力で、なんとしても勝つ。そんな心持ちだった。
「とりあえず、台車から離れないと」
台車のある位置まではほんのすぐ近く。もし何かの攻撃が当たったらダメになってしまうだろう。ここは一つ、戦場を少し離さねば。
「ヒットアンドアウェイだ! おりゃー!」
剣を構え、こちらを睨みつけるドラゴンに立ち向かって行く。そして、懐に潜り込んで、飛びかかっての一撃。威力よりもスピードを重視した攻撃が、相手の脚を斬りつけた。
(あっ! あれは!)
攻撃の刹那、腹部に前回の闘いでゲートムントが付けた傷跡を発見した。この数日間では、治り切っていなかったらしい。ドラゴンが回復に時間のかかる生き物なのか、はたまたこの時の一撃が思った以上に深かったのかは分からないが、これはツァイネを大きく勇気づけた。
(あいつ、本調子じゃないぞ!)
当然、ゲートムントの一撃が治り切っていないという事は、ツァイネの攻撃も、そしてゲートムントの他の攻撃も、まだそのダメージが完治していない可能性がある。これを糸口にしなくてなんとしようか。
「それ、逃げろーっ!!!」
足下への一撃を済ませると、今度はすぐさま台車とは反対の方向に逃げ出した。すると、予想通りドラゴンは追いかけて来た。こうして、台車から引き離すのが目的である。
「うわーーっっっ!!! て、あれ?」
相手の気を引き付けるためにわざと威勢良く叫んでいたが、不意に追いかける足音が途切れた事に気がついた。おかしい。
「って、やば!」
慌てて振り返ると、ドラゴンは少し離れた所で大きく息を吸い込んでいた。これこそ火竜の火竜たる所以、人知を越えた能力の一つ、火球発射の前動作である。
「防御!」
ドラゴンが火球を吐き出したのと同時に、膝立ちになり盾を構える。面積の小さい盾でできるだけ多くの部分を隠すには、これが一番いい。直後、激しい衝撃と熱がツァイネを襲った。
「くぅっ!」
盾のおかげで大ダメージは免れたが、物理的な衝撃と熱だけは、どうしても防ぎきれない。幾ばくかのダメージが、わずかにツァイネの体力を奪った。何しろ、衝撃も熱も、その両方が先日相手をしたフレイムリザードの比ではないのだ。
同じ竜族のモンスターと言っても、明らかに格の違う相手と闘っているんだと、嫌でも実感させられる。
「こんにゃろ〜!」
思わず汚い言葉遣いになってしまうほど、テンションは高まっていた。今度はこっちの反撃だ。都合良くこちらを威嚇している今がチャンス。腰のアイテムポーチから、青白く輝く宝石を取り出した。
「今度は、こっちが反撃するよ」
「あの宝石って……何かしら」
草葉の陰に隠れて、見守るように戦闘を見ていたエルリッヒは、ツァイネが手にした宝石に目を奪われた。戦闘の道具としての用途と、そして宝飾品としての価値と、その両方が気になったのだ。
「え?」
一体何の宝石なのかを気にするよりも前に、ツァイネが思いがけない行動に出た。
「剣の柄にはめてるの? 一体なんで……?」
詳しく見た事はなかったが、確かツァイネの剣の柄には、中央に大きな赤い宝玉があしらってあったはずだ。ふと気付いた時、さすがお城の用意する武器は違うと感心したのを今でも覚えている。
だから、あんな場所に宝石を埋め込む場所はないはずなのに。
「って、あれ? 刀身が……」
みるみる間に、刀身が宝石と同じように青白く輝き出した。うっすら火花を纏っているようにすら見える。
「あれって、雷の力なの?」
その目で見た事はないが、世界には大自然の力を自在に操れる武器が存在するらしい。切っ先から炎を放つ剣、触れただけで凍ってしまう斧、一振りすれば嵐を巻き起こす槍など、実在すると言われているものだけでも、枚挙にいとまがない。まして、神話やおとぎ話の中の武器ですら実在するかもしれないと言われるものがあるのだ、それらを加えたら、ますますキリがなくなってしまう。
「あの剣は、そういう武器なのかしら」
一般の工業製品でも作れるのかどうかは分からない。だが、いくらお城の親衛隊でも、伝説の武器を全員には支給できないだろう。きっとあれは、少数しか作れない特殊な武器なんだわ。そう結論付けるのが精一杯だった。
「とにかく、頑張ってーー!!」
この際武器の事より、ツァイネの健闘が大事だった。
「さあ、反撃だ」
淡く光り、パリパリと火花が迸る刀身は、まさに雷そのものの力を宿していた。
「フォルちゃんから聞いたんだ。竜には雷の力が有効だってね。行くよ!」
両の手でそれぞれ剣と盾と持って構えると、再び駆け出し、懐に潜り込む。同じ足下への攻撃でも、今度は先ほどより少しゆっくりな、けれどその分重たい攻撃を、いくつも繰り出した。一太刀ごと、小さな閃光が走る。
『グアァァ!』
恐らく効いているのだろう、ドラゴンが小さなうめき声を上げた。そして、
「来る!」
ドラゴンも反撃とばかりに、右足を軸に全身を回転させた。翼は鉄扇のように、尻尾は鞭のように、激しく襲いかかる。が、これはツァイネが前回手痛い一撃をもらってしまった攻撃、二度目はなかった。今度は盾で、きっちりガードする。
「くっ!」
もちろん火球の時と同じで、防いだからと言ってノーダメージとは行かないのだが、大きく吹き飛ばされ、大ダメージを被った以前とは、全然違う。足下から大きく離されないで済んだのも、有利な事だった。
「ここからなら、反撃も容易いよ!」
回転攻撃が収まると、再び距離を詰め、足下への攻撃を再開した。何しろスピード自慢のツァイネ、こういう時の立ち回り方は一級品だった。
「いい加減、倒れろっ!」
しばらくの間、足下への攻撃と回転攻撃の応酬が続いていた。どちらも、一歩もひるまない。
「さすがに凄い体力だ! はぁ……」
疲労から、一瞬だけ攻撃の手が緩んだ。その隙を、ドラゴンは見逃さなかった。
『グアァァァ!!!』
激しい雄叫びが、再びツァイネの耳をつんざく。
「こ、これはまさか!」
一瞬にして、その変化に気付いた。
「この気配の変わりよう……口元から漏れる炎。やばい! ドラゴンが怒った!」
気付いた時には時既に遅し。ドラゴンは駆け出し、ツァイネを思い切り蹴飛ばしていた。
〜つづく〜




