チャプター20
ー裾野の森・深部ー
「ツァイネ君!」
草葉の陰に隠れて見ていたエルリッヒは、思わず叫んでいた。本当なら駆け出したい所だが、それでは自分が標的になる可能性が出てしまう。無理を言ってここまで連れて来てもらったのだ、これ以上危険な目に遭っては、無理を聞き入れてくれた二人に申し訳が立たない。つい名前を呼んでしまったが、体が動き出してしまうのだけはぐっとこらえ、引き続き様子を見守った。
蹴飛ばされ、思い切り吹き飛んだツァイネは、勢いよく転がりながら遠くに吹き飛ばされている。鎧がダメージを軽減してくれているだろうが、それでもただ事ではあるまい。何しろ、この巨大なドラゴンに蹴飛ばされたのだから。
見守るエルリッヒの手にも、力がこもる。
(ツァイネ君、無事でいて!)
「あいてててて……思いっきりやってくれたもんだよ」
愚痴を言いながらも、腰を叩きながらゆっくりと起き上がったツァイネ。そして、再びドラゴンと向き合う。すぐさま攻勢に転じたいところだが、全身に痛みが走る。これが抜けるまでは、あまり大きく動けないだろう。
「あいつ、まだこっちを攻撃する気だ。鎧は無事だけど、剣と盾をなんとか拾わないと。このままじゃジリ貧だぞ……」
吹き飛ばされた衝撃で、手にしていた剣と盾が散らばっていた。剣は先ほど攻撃していた地点のすぐ近くに。盾は今いる場所のすぐ近くに。どうやら、こちらは吹き飛ばされている最中に手放してしまったらしい。
これらをなんとか拾わなければ、と作戦を練る。まずは盾を拾うのが先決か。小型とはいえ特殊な金属でできた逸品だ、盾さえあれば攻撃のいくらかはしのげる。そうなれば、少しずつ移動するのも難しくはない。しかし、問題がないわけではなかった。
「せっかく頑張って攻撃したのに、台車の近くまで吹き飛ばされちゃ、どうしようもないね。さーて、どうしよっかな」
台車には、ゲートムントと闘う時まで取ってあるアイテムが山盛り積まれている。今使ってしまっては、その有効性を存分に発揮できない。ましてうっかり引火でもさせてしまおうものなら、一瞬でパーになってしまう。
「じゃあ、注目を引き付けてタイミングを見計らうより、こっそり盾を取ってから急いで剣を狙う方がいいか……」
考える時間はあまりなかった。すでにドラゴンはこちら目掛けて再び駆け出している。どうやら、突進攻撃が有効であると学習したらしい。なるほどドラゴンほどの体にぶつかられて、そのダメージが大きくないわけがない。
「今度は回避しなきゃな……って! さっきより速いじゃん!」
ツァイネは寸での所で目測を修正した。どうも、距離を考慮してか今さっきよりも突進速度が速かった。横に飛び退って回避しようと考えた作戦は、もはや間に合わない。
『グアァァァ……』
軽い雄叫びで威嚇をしつつの突進。ダメージを覚悟してつい目を閉じてしまう。
「っ!」
「今だ! 喰らえ!」
直後、まぶたの向こうが白く染まった。
「きゃっ! な、何?」
一瞬、エルリッヒの目がくらんだ。一体なんだというのか。少しずつ慣れた目で辺りを見回すと、目をつぶったまま防御の態勢を取るツァイネと、それより少しだけ離れた距離で、目をつぶったまま低い唸り声をあげているドラゴンがいた。これは一体……
「何があったの?」
状況を確認しようと目線をさまよわせると、ようやくそれ以外の存在を発見することが出来た。ゲートムントである。どうやら、ゲートムントが咄嗟に閃光玉を放ったらしいのだ。
「ゲートムント……あんな物を持ってたなんて……」
護身用に持っているとは聞かされていたが、実際に使われたのはこれが初めてだった。よもやこれほどまばゆい光を放つものだとは。さすがに目がくらんでしまう。遠く離れた茂みにいてよかった。
「ツァイネ、待たせたな!」
「その声、ゲートムント! もう、大丈夫なの?」
恐る恐る目を開けると、目の前には頼もしい相棒が立っていた。懸案だった用を足したせいだろうか、状況を把握したからだろうか、晴れ晴れとした表情をしている。
「ま、なんとかな。悪い、待たせちまって。ツァイネこそ、こいつ相手に一人で立ち回って、大丈夫だったか?」
「見ての通りだよ。万全じゃないけど、死なない程度にはね。この埋め合わせは街に戻ってからしてもらうからね。それより、閃光玉、ありがと。これがなかったら、絶対もう一回突進をもらってたよ」
閃光の直撃を受けたドラゴンは、いまだ目がくらんだ状態でふらふらとしているが、都合良く目を閉じていたツァイネは、もう平常通りの視界が戻っていた。ゲートムントがツァイネの目を閉じる瞬間を狙っていたのかどうかは分からないが、いい判断なのは事実だった。台車目指して歩いているゲートムントが、「当然の判断だ」とばかりに自慢げな笑顔を見せる。
「ところで、エルちゃんは?」
「ん、あっちの茂みで隠れてもらってるよ。気配は無理でも、せめてドラゴンの視界からは隠れててもらわないと」
自分がいない間の状況を簡単に確認すると、台車の荷物から一本の包みを取り出した。件の槍である。
「そっか、それなら安心だな。さーて、俺はこれで足止めをしておくから、今のうちにお前は武器を拾って来い。もうすぐ目が治るぞ」
「おっと、そうだった! ごめん、少しだけ持ちこたえてて!」
リーチが自慢の槍だが、一方で盾もなければ鎧もツァイネが来ている青い鎧ほどの丈夫さではない。防御に関しては、二人の間には大きな隔たりがあった。ゲートムントの安全を考えると、何をするにせよ急がなければ。
「んじゃま、ドラゴンさんにはこないだの雪辱とこれの試し突きとを兼ねて、しっかり喰らってもらいますかね」
乾いた音を立て、紙製の包みを剥がして行く。二人には理解できなかったが、布でも羊皮紙でも皮でもなく、紙の包みでくるんでいるところが、武器屋のオヤジの見せたこの槍へのこだわりを表しているらしかった。
「おお、こいつぁーすごい!」
ゲートムント自身も初めて見たその槍は、見事の一言だった。長さこそ今までのものとそう変わりはないが、細身の柄は黒く艶めく不思議な金属で出来ており、手にした途端力強さを感じさせてくれる。さらに、穂先は平たいが鋭い不思議な形をしている。かと思いきや、その先端は二股に別れた細い切っ先と、それらが守るかのように配置された、中央の太めの切っ先とがある、三つ又をしていた。
そして何より特徴的なのが、穂先に纏う不思議なエネルギーである。赤黒い雷のような、不思議なエネルギーが穂先を覆っている。
「おっちゃん、俺の力と生命力を糧にしてドラゴンに有効な力を生成する、なんて言ってたけど、これの事だったんだな。俺が握った途端、噴き出して来た……」
曰く、それは装備者に敵意のあるドラゴンの命を感じ取り、ドラゴンと闘う時にだけこのエネルギーを発するらしい。その効力は装備者の身体能力や気合いの強さによって上下する、とも言っていた。真偽のほどは怪しいものの、まさにこれがそういう事なのかと、ゲートムントは実感する。
「この金属自体もすごいらしいから、説明通りなら、並みの一撃じゃないはずだけど……どうかな? さ、今からは俺が相手だ! かっこいいところを見せるぜ!」
目配せでツァイネに武器の回収を合図すると、いまだ頭上に星が浮かんでいるようなドラゴン目掛け駆け出して行った。構えた槍は、鋭く光っている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
辺りに、ゲートムントの叫び声が響き渡った。
〜つづく〜




