チャプター14
ーハインヒュッテの村ー
「ふわぁ、よく寝た〜」
翌朝、エルリッヒは気持ちよく目覚めた。王都ケーニヒスブルクから見て北東にあるため、若干だが涼しく、初秋と言えどまだまだ暑いこの時期、とても過ごしやすい。宿のベッドはふかふかで、とても寝心地が良かった。きっと、久しぶりにまともに飲んだ夕べのお酒が寝入りを促進させてくれたのだろう。
普段お酒を飲まないエルリッヒも、口に合う銘柄と出会えたのなら、話は別だった。
「それにしても……」
ベッドから上半身だけ起こし、深刻な顔を作る。
「夕べの料理、あれは美味しすぎた……」
四人で食べたここの料理は、料理をウリにするオーベルジュ形式の宿だけあって、とても美味しかった。土地柄海の幸は手に入りにくかったが、その代わりの川の幸、特に川魚はあっさりとした味付けで焼かれ、それを物足りなくさせないための、サラダや小皿。そして、メインディッシュはここの肥沃な土地で育った牛肉。デザートも、甘過ぎない味わいのケーキ。お酒はワインの一級品。他の地方で買えば一桁は価格が違うだろう。生産地だからという事か、とても安く出されていた。できれば、畑や牧場、ぶどう畑とワインセラーを見学したい。そんな気持ちに駆られていた。
「せめてあの魚、王都でも仕入れられるかしら……」
「竜の紅玉亭」の信条は大衆的である事。あまり上等な値段のメニューは、たとえそれが価格相応の品質であったとしても、信条に反する。だが、それを破ってでも仕入れたいと思わせる魅力があった。
そこには、調理方法による誇張もあるのかもしれなかったが、エルリッヒの舌は、素材そのものの魅力をしっかりと見抜いていた。食べ応えのある弾力と、あっさりとした味わい、それに鱗の少ない皮。調理の手間も少なくしてくれそうだった。仕入れのことを考えると、鮮度の問題もつきまとうのだが、どうにかしてみんなにも食べて欲しい。そんな思いでいっぱいだった。
「後で相談してみようかな。うん、そうしよう」
あっさりと結論を出すと、勢い良く起き上がり、着替えを済ませる。そして、簡単に身だしなみを整える。今日の予定はここまでの二日で消費した物資の補給や体調の調整だ、気楽な気持ちで部屋を出た。
とりあえず、今は男どもの前に出て、村を歩き回るのに恥ずかしくなければそれでいい。
「何コレ、美味っ!」
食堂に集った四人は、一つのテーブルに座って朝食を食べていた。他の宿泊客も数組いるが、この料理が目当てなのか、この土地が目当てなのか、窺い知ることは出来ない。ただ一つ分かっているのは、みんながみんな、一様に朝食に舌鼓を打っている、という事だ。もちろん、食堂の主であるエルリッヒとて、例外ではない。
だからこその、この叫びである。少しばかり粗野な物言いも、止む無しである。
「ハイジちゃん、美味しいよこれ!」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
テーブルのそばに立っていた宿屋の娘、アーデルハイトが銀のお盆を抱きかかえながら満面の笑顔を浮かべる。昨日は受け付けをしていたが、夕食の時に少し話をし、すっかり打ち解けていた。
「美食家が多い王都で食堂をやってるエルさんに褒めてもらえるなんて、光栄です!」
「いやいや、ハイジちゃんだってこうやって美味しいご飯が作れるんだし、修行してきたんでしょ? 偉いなぁ」
若い娘二人の会話に、男三人はただただ黙って聞いているばかり。食事が美味しいから、ついついそちらに夢中になってしまう。が、それ以上に、この会話に割って入るのは、なんだかとても野暮な気がしていた。
口を挟む必要がないほどに微笑ましく、目にまぶしいだけだ。
「修行って言うと大袈裟ですけど、母には厳しく仕込まれましたから」
「でしょ? やっぱ偉いなあ。っとと、仕事の邪魔してごめんね」
いくら客だからって、あまり長く足止めしては悪い。アーデルハイトを解放すると、四人は再び朝食を平らげる事に心血を注いだ。さすがは料理がウリの宿である。なんと美味しいのだろう。
「それで、食べてからどうするの? 別行動でもいいし、一緒に動いてもいいけど」
「そうだなぁ。おっちゃんは馬の手入れと物資の買い出しだろ? 俺はちょっと武具屋を見に行きたいんだよ。ツァイネは付いて来てくれるか? それとも、お前も別行動するか?」
この申し出に、ツァイネはにっこりと微笑んだ。了解、という事らしい。言わずもがなの仲、というのはこういう時早い。
「じゃあ、エルちゃんは? どこか行く? それとも……」
「あ、私ちょっとここのマダムに相談したい事があるから、別行動でいいかな。それに、後で一人でこの村をのんびり観光したいし」
ぱっと左手を上げ、口を挟んだ。夕べ出された川魚の件である。そして、せっかくだから料理を色々学びたいとも考えていた。それから、この村の観光である。せっかく「町並みが可愛い」と教えられたのに、昨日は日暮れ後の到着で観光どころではなかった。ゆっくり休んだ今日、観光しなくてなんとする。これだけは、なんとしても譲れなかった。ドラゴン討伐の後では、何がどうなっているかもわからないのだ。確実に余裕のあるうちに楽しんでおきたい。
「えー? エルちゃん来てくれないの? 寂しいんだけど。なんて、いいよ、それで。俺たちは無骨な用事だし、おじさんは地味な用事だしね」
「おいおい、地味な用事はないんじゃないか? 私はみんなのサポートのために粉骨砕身してるんだから。全く……」
口では色々言いつつも、決して嫌そうではない御者の言葉からは、二人への強い信頼が感じられた。ここの宿代も含め、依頼料として負担しているわけだが、その恩義以上に、親しい相手のために力を尽くす事は当然と言った様子が見て取れた。
「冗談だよ。俺たち十分感謝してるって。それより、今日の予定はこれで大丈夫だな? 俺とツァイネは武具屋に行って、おっちゃんは馬の手入れと物資の補給。んで、最後にエルちゃんは観光やらここのマダムとの話やら」
「異論なーし」
「私も。ここの美味しい野菜を馬たちにも食べさせてやりたいからね」
「んじゃ、決定でいいんじゃない? 食事が済んだら各自解散、何かあったら宿に戻って、ハイジちゃんに伝言を頼む。これでどう?」
多少厚かましい提案だったが、各々の連絡手段を持たない中では、思いの外画期的なアイディアである。アーデルハイトは基本的に宿の中におり、探せばすぐにでも顔を合わす事ができる。伝言を頼むのは簡単だし、いちいち見なければならない伝言板とは違い、何かあれば宿に戻って来た折にでも、向こうから伝えてくれる。後は、彼女がそれを嫌がらなければいいだけだ。
「じゃ、私が後で打診してみるよ。それでいい?」
「おーけー。助かるよ。それじゃ、決まりだな」
そうと決まれば早い。まずは食事を片付けるのが最初の用事だ。もちろん、これは四人共通の、幸せな用事である。
食事を終え、身支度を済ませためいめいは、宿のエントランスで別れた。
「それじゃあ俺たちは言って来るから、何かあったらよろしくな」
「おっけ。任せて」
まずはゲートムントとツァイネが出る。もちろん、護身用に腰には武器を提げている。それだけで、いくらも心強く見えた。
「それじゃ、私も行って来るよ」
「はーい。よろしくお願いしますねー」
今度は御者を送り出す。
「さて!」
一人残ったエルリッヒは、くるりと踵を返し、食堂へと赴いた。ここからは、料理人としての修行だ。
〜つづく〜




