チャプター13
ーハインヒュッテの村ー
フレイムリザードとの闘いから半日、一行は無事にハインヒュッテの村へと到着した。辺りはどっぷりと日が暮れ、夜の帳が降りていた。村の散策もドラゴン退治の準備も、全ては明日から。まずは逗留する宿を取らなくては。
「何々? 『オーベルジュ竜の翼亭』? ここに泊まるの?」
「そ」
「俺たちが、前に泊まったところだよ」
ゲートムントたちは、勝手知ったる様子で村の中を進んでいた。そして、案内されたのがこの宿である。こじんまりとした建物はかわいく、なるほど女の子に勧めても良さそうな雰囲気だった。
「二人がこんなかわいい宿に泊まるなんて、違和感ありまくりんぐなんだけど。それに……」
エルリッヒは腕組みをしながら、しげしげと看板を見上げた。
「何、エルちゃん」
「不服でも?」
「不服も何もここ、オーベルジュって事は、料理自慢の宿って事でしょ? 食堂経営者のこの私に向かって、こういう宿を紹介するっていうのは、なんの挑戦? こないだと同じような事になるよ? ふっふっふっふっふ」
言葉の端々から、そして瞳の輝きから、料理人としての強い自信とプライドが見て取れた。この私にこういう宿を勧めるという事は、普段私が作る料理をいまいちだと思っているんじゃないのか。ついついそう勘ぐってしまう。
「ちょっとエルちゃん、勘ぐり過ぎだって。俺たちはただどうせ泊まるなら美味しい飯の食えるところがいいって思っただけで」
「そうだよ。それに、美味しい食事を味わえば、それだけエルちゃんの料理の引き出しも増えるでしょ? 俺たちはそれだけの事しか考えてないってのに〜」
「ははっ、エルちゃんも二人に言われちゃ、形無しだね。素直に、言葉通りに受け取ったらどうだい?」
御者が年長者の功で場をいさめようとする。その表情は、少し困ったように見えた。どこまでも勘ぐろうと言うエルリッヒの姿勢は、立派でもあり、頑でもあったからだ。もう少し柔軟に受け取ればいいのに、そう思わずにはいられない。
「むぅ。おじさんまで。でも、そう言うなら……」
「そうだよ。俺たちの事、信じてくれよ」
三人に説得され、ようやくでエルリッヒの態度も砕け始めた。いや、一気に瓦解したと言ってもいいだろう。
「そう言うんなら……思いっきり楽しんじゃうからね! お店を休んだ分、料理修行の一環と思わなきゃね!」
「えー! その変わりよう、なんなの?」
「まあまあ、いいじゃないの。俺たちは楽しそうなエルちゃんの姿が見られただけで幸せなんだし」
「みんな、現金だねぇ。でも、それが若さか。それよりも、予約はいいのかい? 部屋が一杯だったら……」
御者の心配を他所に、二人の足取りは悠々としていた。語る所によると、こんな僻地まで訪れる客はあまりいないそうで、いつでも部屋はいくらも空いているらしかった。
エルリッヒ一人だけは、宿の経営を心配しつつ、四人は宿の中に入った。
「いらっしゃいませ。お泊まりですか? お食事ですか?」
入ってすぐのカウンターでは、主の娘と思しき少女が、オーベルジュらしい応対をしてくれた。
「俺たちは泊まりだ」
「かしこまりました。では、お泊まりとお食事ですか?」
「こないだとおんなじだよ」
エルリッヒ以外の三人は、前回の討伐で顔を見知っている。少女はすぐに思い出せない様子だったが、ツァイネの「こないだ」という一言に思い出したようだった。顔がぱっと明るくなり、営業スマイルから本来の笑顔に変わった。
「あ、こないだの騎士様! 再びようこそ竜の翼亭へ! もしかして、またドラゴン退治ですか?」
「その騎士様っていうのはやめてくれるかな。ツァイネはともかく、俺は生粋の無頼者だよ。それはそうと、痛いところを突くねー。こないだは大怪我での敗走だったけど、今度は勝つよ」
「二度も恥ずかしいところは見せられないからね!」
ドン! と胸を張り、大見得を切ったツァイネ。結果がどう出るかに依らず、その自信は本物だった。それを知っているからこそ、誰も何も言わないでいる。気持ちはみんな同じなのだ。
「そんな事より、早く部屋へ案内してよー。決起するのはご飯の時でいいじゃん」
「あ、失礼しました。えっと、こないだと同じで、部屋は騎士様が二人で一部屋、御者さんは別のお部屋、でいいですね? それで、お嬢様は、どうなさいますか? お一人で一部屋、でいいですか?」
にこりと微笑んだエルリッヒが、大きく頷いた。少女はエルリッヒの事を見て、二人の騎士とどういう関係で、どうしてこの危険な行軍に付いて来たのか、気になって仕方なかったが、尋ねては失礼と、必死に自らの口を塞いでいた。
「じゃあ、お嬢様は201号室で。騎士様達は101号室、御者さんは102号室になります。よろしいですか?」
「えぇ? なんで男だけ一階なの?」
「ゲートムント、広い部屋は一階だけだっただろ? 二回目なんだから、覚えてくれよ〜。それに、二階は女の子向けの部屋があるって言ってたじゃん。もう忘れたの?」
その様子に、ついつい笑いがこぼれる。
「それじゃ、荷物を置いたら食堂に集合な」
「うん!」
「私も了解だよ」
食堂を見て、簡単に集合場所を決めると、四人は三々五々部屋へと向かった。
「ふう」
男たち三人と別れ部屋に付くと、荷物を置いてベッドに座った。ようやく一息つけた感じである。部屋はこじんまりとした間取りで、隅にベッドが置いてあり、ベッド脇に窓が二つの角部屋だった。シンプルながらも、どこかかわいく感じるのは、カーテンや調度品に女性好みのセンスが施してあるからだろうか。
おもむろに、窓の外を眺める。日が落ちているため、村の様子はよく分からないが、遠くに赤々と光る火山が見えた。この村はとても素敵な村らしいので、昼間に見てみるのが楽しみだった。そして、この山は活火山らしく、数十年に一度のペースで大規模な噴火をしているらしい。今はさほどでもないが、火山内の洞窟では灼熱のマグマがたぎっており、地獄さながらの景色が広がっているという。なんと恐ろしい環境だろうか。
そして、冬にはとても美しい雪景色が見られるという事で、冬になったらまた訪れなければと思った。
問題のドラゴンは、山の麓の森に棲んでいると聞く。すぐそばに火山があるため、火山灰による肥沃な土地が広がっており、生息するのには都合がいい、という事だろう。同じく火山による温暖な気候も影響しているだろうか。いずれにしろドラゴンともなれば、その地域においては生態系の頂点に立っていてもおかしくはない。
「どこまで付き添えるのかな……」
二人は絶対に危険な場所までは同伴させてくれないだろう。となれば、御者と同じところまでしか連れて行ってもらえないだろう。なんとしてでも、もっと奥深くまで行かねば。そして、見届けなければ。
大見得を切ってこんなところまで来てしまった。期せずしてリザードを倒したし、フレイムリザードとの闘いを目の当たりにした。気さくな友人でしかなかった二人の、戦士としての一面を初めて見ることが出来た。だが、だからこそ、比較にならないほど凶悪なドラゴンとの闘いは、その一部始終を目に焼き付けなければならない。
「考えるより、その場になってみる方が先、か」
いつまでも悩んでいたって、始まらない。まずは夕食だ。この宿自慢の料理を、ぜひともこの舌に記憶させて帰らなければ。そんな料理人としての決意とともに、ベッドから立ち上がり、部屋を後にした。
〜つづく〜




