食料泥棒3
一通り事情を聞いた後、一人で詰所を出た。見知らぬ街ならばともかく、それなりに勝手を知った土地だ。団体行動をとるより一人で動く方が身軽でいい。
基本、自警団は二人以上の団体行動を義務付けられている。一人での行動は、万一の時に助けが呼べないなどの弊害があるからだ。個人行動はできるだけ避けるというのが、ケインの方針だった。
的を射た考え方ではあるが、どうも私は団体行動というものが苦手だった。一人で自己完結してしまうきらいがあり、同行者を置いて行ってしまうこともあった。
捕り物になる状況になったら、危険が伴う可能性もあるからそんな我儘は言えないだろうが情報収集の間くらいはいいだろう。ケインたちも、仕方がないというように見逃してくれた。
私の腕を信頼してくれているのか言っても無駄だと考えたのか。
後者だな、と私は苦笑した。
街を見回してさて、と首をかしげた。
当然のことながら犯人に心当たりがあるわけではない。まずは、標的の事を詳しく知りたい。
どう動こうかと考えていた私の頭の中に、一人の人物の姿が思い浮かんだ。
あの人ならば、快く協力してくれるだろう。
目的が決まった私は、少しばかり重い足取りである家を目指した。幸い詰所からそれほど離れた場所ではない。
丁度体がほぐれたころに家に着いた。このあたりの造りにもれず、赤みがかった黄色い石材を使った四角いこじんまりとした建物だ。
入り口をたたくと、中から張りのある女性がすぐに応えてくれた。
「おや、シオネじゃないかい。どうしたんだい」
玄関口一杯に仁王立ちした女性は、来訪者が私と知って驚いたようだった。
「こんにちは、シャロンさん。力を貸してほしい、とケインに引っ張り出されました」
自分としても説明になっていない、と思わないではなかったが、シャロンさんはそれだけで納得してくれた。話が早くて助かる。
幼い頃から顔見知りの彼女には、何かと世話になっていた。つきあいの長さから、私が言いたいことを事前に察してくれるので非常に付き合いやすい相手だ。
今回もケインという単語だけで、私が彼に泥棒捕獲に狩り出された、とシャロンさんは簡単に推測してくれた。
「あたしんとこにきたのは、情報収集かい?」
「ええ」
シャロンさんの家も泥棒被害に遭っている。マーティスに渡された被害者リストの中に彼女の苗字があったことは私としては幸運だった。
顔見知りにならば、話を聞きやすい。被害者のシャロンさんからすれば噴飯ものの考えであるから、絶対に口には出さないが。
「自警団ならこの間テオの奴がきたけどねえ」
「又聞きだと、途中でこぼれる情報もありますから」
手がかりが一切ない捕り物だ。わずかな情報が鍵になることもある。
それに聞き方によって、情報と言うものは変化するものだ。記憶のすり替えによる証言は困るが、テオが引き出せなかった話がある可能性は十分あった。
引かない私に、シャロンさんは真面目だねえ、と苦笑した。
「それで納得できるなら構わないさ。なにが聞きたいんだいって、玄関先じゃなんだね。中にお入りよ」
「いえ。すぐ終わりますから」
「遠慮なんてしてるんじゃないよ。さあ、さっさと上がった上がった」
シャロンさんの逞しい手が私の腕を掴んだ。そのまま有無を言わせない彼女に逆らえず、家の中に引っ張りこまれる。
どうやらシャロンさんはちょうど暇だったらしい。これは失敗したな、と私は彼女に悟られないよう小さく息をこぼした。
面倒見の良い彼女の欠点はおしゃべり好きなところ。
一度捕まると二ツ時は解放してもらえないと思った方がいい。
いつかマーティスが苦笑交じりに言ったセリフは、ものすごい説得力を持っていた。
彼の忠告を生かすつもりで玄関で話を済ませようとしていた私の目論見は、あっさり露と消えてしまう。協力を申し出ている手前、強く拒否できないのが辛い。
私を居間に通し、シャロンさんはお茶を淹れるといって楽しそうに台所に消えた。その後ろ姿を見送り、私は予定より長い時間この場所で過ごすことを覚悟するしかなかった。
げっそりとした心を押し隠し、シャロンさんに暇を告げたのは、二ツ時からさらに半時を回ったころだった。彼女のおしゃべりから解放されたことをこれほど喜んだことが過去あっただろうか。いや、ない。
忍耐強い、と定評のある私が白旗を上げるくらいシャロンさんは手ごわかった。彼女の城である台所を荒らされたことが、相当頭に来たらしい。
口を開いたシャロンさんは、激しい濁流のごとく止まることを知らなかった。よくもあそこまで文句が出続けるものだ、と感心してしまう。
相づちを打つくらいで、あまり応えない私相手では、シャロンさんが話し続けることになる。それが余計に彼女の勢いに拍車をかけている、ということは分かっているのだが、いかんせん今の所打開案は見つからない。
かすかに覚えた頭痛に気付かないふりをして、苦行の成果を思い起こす。
シャロンさんのところでは、事前に聞いていたこと以上の情報は得られなかった。
夕飯の買い物に出ていたところを狙われたらしい。
のどかな町とはいえ、盗難事件が皆無とはいかない。出かけるときは戸締まりをするように、ケインが住民に指導している。おかげで、彼が団長になる以前より盗難事件は減ったと言う評判だ。
シャロンさんも一度出かけると長時間家を留守にするという自分の性格をわかっていて、家を空けるときは必ず戸締まりをするようにしている。それにも関わらず、賊は彼女の家に侵入し台所を荒らした。進入経路は勝手口だ。
相当の腕利きらしく扉には傷が一切付いてなかった。まるで合い鍵を持っていたかのような華麗な手口だったという。
シャロンさんも初めはうっかり鍵をかけ忘れたのか、と疑うほど鮮やかな鍵破りだった。
一件ならば不注意という可能性もあるが、それが五件、六件と続けば家人に非がないことははっきりする。
犯人はどんなに複雑な鍵も簡単に開けられてしまうことが判明し、自警団は有効な対策がないと頭を抱えることにもなった。
こんなんじゃ、おちおち買い物にも出られない。早いとこ泥棒を捕まえてくれ、とシャロンさんは怒りながら私に訴えてきた。
最終的には、台所を荒らされたことより、外出を制限されていることに不満が募っているようだった。
「白髪、か」
シャロンさんから聞いた話の最後に出てきた、犯人の数少ない手がかりだ。犯人に荒らされた台所を片付けていたシャロンさんが、食べ散らかされた野菜の中に見つけたものだった。
見落としそうな細く白い毛を彼女が見つけられたのは、偶然か。
『たぶん日の光を反射してたんだろうけどね。やけにきらきらと光っているように見えたんだよ』
家人にそんな髪を持ったものは当然いない。彼女の家ではペットも買っていないし、毛が落ちるような服もないからきっと侵入者の髪に違いない、というのがシャロンさんの弁だ。
まずは手掛かりを一つ。シャロンの言うような輝く髪をしていたとしたら、相当目立つはずだ。白髪であっても、犯人を絞る材料の一つにはなる。
目撃された不審人物の中に該当する者がいないか、マーティスに確認をしてみるか。
「ごめんなさい!その子捕まえてえええええええ!!」
〝捕まえる〟という物騒な単語が私の琴線に触れた。
甲高い少女の叫び声に、身体が勝手に反応する。振り返った私の目に飛び込んできたのは、黒いリードをたなびかせて爆走するハツだった。
三歳児ほどの大きさの四足の獣は、全身をふさふさの黄色い毛におおわれている。何やら興奮しているらしく、鼻息が荒く目が爛々と光っていた。
小柄な体に反して、ハツの力は強い。子供や老人と衝突したら、大けがを負わせる恐れもあった。
私はハツの進行方向を予測し構えをとった。突然現れた障害物に、ハツは躊躇うことなく突っ込んでくる。力づくで押しとおるつもりらしい。
腰を据えて腹に体当たりをしてきたハツを受け止める。暴れる小さな体を抱きしめ、尻を何度か叩いていると少しずつ落ち着いてきた。
本能的に、自分を捕まえた相手を強者と認めたようだ。無駄な抵抗をやめ、腕の中で体を小さく丸めた。
「あ、ありが、とう、ごご、ごさいま、す……」
ようやく追いついたハツの飼い主らしき少女は、切れ切れに礼を述べてきた。肩が大きく上下に揺れて、苦しそうだ。それほど運動が得意なようには見えない彼女は、今にも倒れてしまいそうなほど顔を真っ赤にしていた。
「大丈夫か?」
「は、はい。だ、だいじょう、ぶ……」
私の心配に気丈に笑顔を浮かべた少女は、答えの途中で不自然に言葉を切らした。
いぶかしむ私の前で、少女の華奢な体がぐらり、と大きく揺れた。




