食料泥棒2
善は急げ、と急かされた私は、家の戸締りをして彼と共に家を出た。向かった先は自警団の詰所。
お世辞にも綺麗とは言い難い建物だ。元は白かった壁は日に焼けて変色し、ところどころ塗装が剥げていた。そろそろ補修した方がいいのではないか、とお節介なことを思う。
中に入ると、数人の団員が一斉に顔を上げた。
「よお、シオネ。ご苦労さん」
声をかけてきたのは、手前に座っていたテオだった。無精髭がトレードマークと言ってはばからないお調子者の男だ。
ひらひらと手を振る男に、私は会釈で応じた。
「団長、やっぱシオネを引っ張り込んだんすか?」
「人手が欲しいからなあ。それにお前と違ってシオネは働きもんだしな」
「ひっで~。俺だってやるときはやるんすよ」
「だったらそのやる気をさっさと出してほしいね。とっくに休憩時間は終わっているはずだよね」
「でえ?!」
にっこりとたっぷり含みのある笑みを浮かべてテオの背中を蹴ったのは、マーティスだった。椅子から落ちたテオの背中をぐりぐりと踏みつけている。
「いた?!痛いっすよ、副団長!!」
「おさぼりくんが何を言っているんでしょうねえ」
「すみません!今すぐ見回りに行かせていただきますうううううううう!!!」
テオの悲鳴交じりの叫びに、マーティスの足からわずかに力が抜けた。その隙を逃さず、素早く彼の足元から抜け出すと、テオは脱兎のごとく詰所から逃げ出した。その後をばつの悪そうな顔をして、残りの団員が追いかける。
どうやらここにいた連中は全員さぼり組だったらしい。
「まったく。この忙しい時にだらけるなどいい度胸をしていますね」
「だな。今日の夜の巡回はあいつらにさせるか」
本人たちが聞いたら絶望しそうなことを澄ました顔で言い合う団長と副団長に、私は苦笑を漏らした。
「ほったらかしにして悪かったね。まあ、座ってくれ」
マーティスの勧めに、私は素直に応じた。先ほどまでテオたちが使っていた椅子に座る。向かいに、ケインとマーティスが並んだ。
武骨で豪快なケインと食わせ者を思わせるマーティス。タイプの違う二人が揃うと凸凹コンビに見える。これが、普段からぴったりと息の合った動きをするのだから不思議だ。
お互いに足りないところをうまく補い合っているのだろう。
「早速で悪いけど、ケインからはどこまで聞いているのかな?」
「世間を騒がしている泥棒が出ている。少々厄介な家にまで潜り込んだから、早急に捕まえたい、というところか」
「必要最低限なことしか言わなかったね?単細胞」
マーティスが感情を読ませない笑みをケインに向けた。表情に反して、言葉に思い切り毒が含まれている。団員たちを一瞬で凍りつかせる、氷の微笑だ。
向けられて嬉しいものではない。
副隊長の嫌味に、ケインはけ、とそっぽを向いた。
「うっせえ。どうせてめえは俺の説明じゃ足りねえって、補足するんだろうが。なら全部まとめて聞いた方が手っ取り早いだろ」
「それはそれ。力を借りる以上説明責任を果たす義務が君にはあるよ。団長?」
「へーへー。すみませんねえ」
「まったく。少しは学習してほしいよ。これならシルエの方が優秀だね」
シルエは、ケインの五歳になる娘の事だ。父親と似ず、素直で母親の手伝いなどをよく行う近所でも評判の女の子だった。
「ガキと一緒にすんな」
「やるべきことをやってから言おうね。ああ。たびたび放ってしまって悪いね」
黙って二人のやり取りを観戦していた私に気付いて、マーティスがばつが悪そうに頭を掻いた。普段はそつがないのに、ケインとやり取りを始めると調子が崩れてしまうことがあるらしい。
ひょっとしたら、こちらが彼の素の顔なのかもしれない。
「いつもの事。それより、詳細を聞かせてほしい」
「……シオネに言われるとなんだが傷つくね」
なんのことだろう。何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。
シオネは正直すぎるのよ、といつかメルに言われたことがある。正直は美徳と言われるが、時にはそれを隠すことも必要だ、とアドバイスを受けた。
以来気をつけるようにしてはいるのだが、生来の性格を直すのはなかなか難しい。
すまない、と謝るとマーティスが困ったような顔をしてしまった。
「シオネが悪いことは何もないよ。なんだか気を遣わせてしまって申し訳なかったね」
逆に謝られてしまい、私は途方に暮れた。こういう時気の利いた言葉が出てこない自分に悩まされる。
「なあに神妙な顔してんだよ。変な奴らだな!」
間違いなくこの状況を作り出す一役を買ったケインの他人事のようなセリフに、私は小さく笑ってしまった。
マーティスは疲れたようにため息をこぼしている。
「君の図太さがうらやましいよ」
「ああ?どういう意味だよ」
「そのままだよ。さて、今度こそ本題に入ろうか。このままでは日が暮れてしまう」
確かに。日暮れ、とまではいかないが、昼時にはなってしまうだろう。
昼食をくいっぱぐれるのはいただけない。
ケインも同じようなことを思ったらしく、大人しく口を噤んで座りなおした。ようやく話が進むらしい。
「シオネも知っての通り、オニティスではここ二週間で何十件もの家が盗みに入られている。その中には、貴族の別邸や豪商の家も含まれていてね。無駄に騒ぎが大きくなっているんだ」
続くマーティスの説明はこうだった。
盗まれたものは全て食べ物であり、場所も食料小屋台所など食材を扱う場所であった。当然のことながら近くに人がいるときには、犯行は起きていない。ただ、犯行時刻は短時間であるということだけは分かっている。貴族の台所を預かっている料理人が、用を足すために持ち場を離れたほんの数分の間に持ち場が荒らされていたことがあったという証言を得ることができたためだ。
自己保身のための嘘ではないか、とも疑われたが、彼の勤務態度は非常に真面目でこういったことで偽りを述べるような人物ではない、と雇い主である伯爵夫人に太鼓判を押されている。
「目撃者は?」
「何件かあるね。ただ、信頼性は非常に低い」
マーティスの目にちらり、と苛立ちがよぎった。見ればケインも渋面を作っている。
珍しい。タイプは違うものの、こうしたイライラとした様子を表面に出すことのない二人だ。
どうやら、捜査は芳しくない、と考えた方がよさそうだ。
「目撃証言がどれもこれも一致しねえんだよ。若い姉ちゃんだった、年端もいかない子供だったって聞かされた矢先に、いや、あれば百歳を超えたような爺さんだったなんて奴が出てくる」
「目撃者が見た犯人らしき人間が全員違うんだ。もしかしたら組織的な犯行なのかもしれない」
「犯行手口はおおよそどこも変わらねえ。被害に遭うのは食いもんだけ。それも、ほとんどその場で食い散らかしていくっていう行儀の悪さだ。金品が手を付けられた様子はいまんとこ一度もなし。お手上げ状態だ」
万歳のポーズ付きでケインが言った。
投げ槍気味のケインの顔には、かすかに疲労の色が現れていた。泥棒騒動が大きくなるのに比例して、彼の仕事は増えているのだろう。
いい加減な態度をとっているくせに、責任感が強い男だ。今回の事件で増えた仕事量をカバーするために、マーティスと共に他の団員たちよりも働いているに決まっている。
私の前で隠し切れない疲労を見せるなら、もう少し早く声をかけてくれればよかったのに、と思わないこともない。
自由気ままに生活を送っている身だ。融通はいくらでも聞く。
まあ、それほど頻繁に町に出ない私にも責任はある。郊外にある私の家を訪れるのは少々面倒だろう。
これからは、もう少し町の様子に気を付けていくことにしよう。
「おおよその事情は分かった。とにかくやれるだけの事はやってみよう」
警戒が強くなれば、犯人も身を潜めるなり別の場所に異動するなりする可能性はある。
とにかく騒動が落ち着くまでは、捕り物に協力しよう、と言うと二人は明らかにほっとしたような顔をした。
「助かるぜ。こんなときばっか都合よく頼んで悪いな」
「別の視点が加われば、新しい見方も出てくるからね。よろしく頼むよ」
ケインとマーティスに改めて頭を下げられ、少々私が慌ててしまったのは言うまでもない。




