↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1 勇者が失ったもの

洞窟に隠れ、周囲に魔族がいないかどうかを確かめる。

どうやら完全に巻けたようだ。


安堵のため息とともに、煌々と夜を照らす月を見上げる。


「……ヴァレリア……」


月を見ていると、優しかった彼女を思い出す。

私たちは、よく丘の上で夜空を見上げていた。


瞳を閉じても――彼女の声を、笑顔を思い出す。


「……魔族は……全員、殺す」


見上げた月に誓うように、何度も繰り返してきた言葉を吐く。


何度、呟いただろうか。

そして、一体何匹、何人の魔族を殺したのだろうか。


魔族や魔物であれば、一人も、一匹も逃さず殺し尽くしてきた。

それがたとえ親子だろうとも。赤子であろうとも。

皆殺しにしてきた。

剣で。業火で。神の雷で。永遠に溶けない氷で。


なぜなら、私は勇者で――魔族は、勇者の敵だからだ。

魔族が、私の家族を、友人を――そして最愛の人を、奪ったからだ。


命乞いには、一切耳を貸さなかった。

弱い個体を見つけると、真っ先に殺した。

見せしめのように。

かつて私がされたように。


そのあとは最も強い個体を殺し――ゆっくりと、残りを殺して回った。


それでも、こうまでして殺し尽くしても――まだ魔族がいる。

私の大切な人を殺した魔族は、魔王は、まだ生き続けている。


だから

私が

私こそがそうしないといけないんだ。


だって

私を守るために


勇者の卵だった私の身代わりになって殺されてしまったのが

彼女だったのだから。


私たちが生まれ育ったのは、隠れ里のような山奥の小さな村だった。

不自由な場所ではあったけど、みんなが私に優しくて、どこか厳しかった。

でもそれは私をのけ者にしようとか、そういうのとは全く違っていて……どちらかというと、私を強く鍛え上げようとしてくれていたのだった。

走ったり馬を駆ったりするだけじゃなくて、里で一番偉いおばあ様から魔法を教えてもらう時間も多くなっていった。


私が何者なのかを直接教えられることはなかった。

ただ、みんなが私を、「強くあれ」「弱きを助けよ」と言っているのは感じていた。


なぜ私が強くならなければならないのか。


成長するうちに、なんとなく私は人々を導き、大きな力に立ち向かう運命にあるのかもしれないと思うことも多くなった。


あのまま、時が流れてゆくのだと思っていた。

皆に鍛えられ、剣も魔法も、馬術も教えられ――

ただそんな日々だけが過ぎてゆくのだと。


でもそうじゃなかった。


私は、生まれた時から勇者だった。

そしてそれは、言い伝えにある通り――勇者と対となる存在、魔王を生み出す存在でもあったのだと、あの惨劇のあとに知った。

その魔王は――自らを消滅させうる存在を抹殺すべく、突然村に現れたのだった。


自らの運命のすべてを知ったのは――すべてが――そう、すべてが終わった後だった。


――あなたは、生きて。だってあなたは――


私を逃がすために、私の衣装に身を包んだヴァレリアが、最期に口づけをしてくれた温もりは今でも覚えている。



たとえ――たとえ同性であっても。

ヴァレリアは、ヴァレリアだけが私の最愛の人だった。


彼女が私の身代わりになるなんて耐えられなかった。

私が、私が彼女を守って死ぬべきだった。


でも彼女に――恐怖を必死に隠した彼女に、諭された。

私だけが、今襲ってきている魔王に、魔族に対抗できるのだと。

だからこそ、何が何でも私だけは生き延びなければならないのだと。


「やだよヴァレリア!!一緒に……一緒に逃げよう!きっと大丈夫だよ!」

「ううん……ううん。今、外にいるのはきっと魔王。勇者の血筋を根絶やしにするまで殺し尽くすはず。私が勇者だと偽って、魔王を騙すしか――あなたを、この世界の勇者を生き延びさせる方法は、ないの……分かって、レイア……」


地下室の隠し部屋で、私とヴァレリアは最後の時間を過ごした。

涙で、悔しさで、無力さで、私はただヴァレリアの名を呼んで、引き留めようとすることしかできなかった。

私は勇者なんかじゃなく――ただの、無力な村娘だった。


泣き叫ぶ私を――ヴァレリアと私は、最期にもう一度抱き合った。


「……ひっく……ヴァレリア……だい、好きだよ……」

「うん、レイア……私もよ。愛してるよ……」


最初で、最後のキス。

いつからか彼女に恋して、私の心をずっと占めていた、私の最愛の人。

その人とのキスは――柔らかくて、甘くて――


涙の味が、した。


最後の彼女との時間を、私はずっと忘れないだろう。

私の中で最も尊く、悲しく――悲しみと喜び、後悔、無力感――それでも幸福に満ちた瞬間だった。


最後に私の名を呼んだ彼女は、私の衣装と武具に身を包み――彼女が得意だった変身魔法を唱えて――隠し部屋を、出て行った。


それが――ヴァレリアとの最期の別れだった。




見上げる月は、万物に対して――憎らしいことにまったく公平に――夜の明かりを届けている。


「……何が、勇者だ。親も友達も……大切な人だって守れず……何が……」


逃げ込んだ洞窟の奥で身を休めた私は、入口に入り込む月明かりを眺めながら、なんども繰り返してきた言葉を吐き出す。


己への怒りと無力感。

そして魔族への憎しみにこの身を投じてきた。


鞘から剣を抜き、改めてじっくりと見やる。

月明かりに照らされて露わになった刀身は、夥しい数の魔族を切り伏せてきたからか、刃こぼれも目立っていた。


あの惨劇が終わった後。

地下の隠し部屋から地上に出た私の目に映ったのは、一面の火と、焼け焦げた死体と――そして、もっとも凄惨に、剣を何本も突きさされて絶命していた、ヴァレリアだった。


――あぁ!ヴァレリア!!ヴァレリアぁ!!――


彼女に駆け寄り……丁寧に、一本ずつ剣を抜いていく。

燃やされたためか、裸だったヴァレリアに、私が今着ていた服を着せてあげた。


変わり果てた姿。

私をかばってくれた、最愛の人。


穴を掘り、彼女の小さな墓を作って弔った。

最愛の人に、土をかけていく瞬間の――あの悲しみと絶望は、言葉にはできない。


あの絶望を、魔王にも絶対に味わわせてやる。

魔王を、その一族もろとも、根絶やしにしてやる。


その日から私は、ヴァレリアが最後に使った剣を彼女の形見として使いながら、魔族を殺すことだけを目的に生きてきた。



村が全滅した後、勇者として完全に覚醒してからは、なおさらがむしゃらに走り続けて――そのせいか、手入れも不十分になっていたようだ。


「この剣も……限界か。どこか鍛冶屋を探すしかないか……」


刀身にもう一度目を移す。

手入れが行き届いていないその刃は、悲鳴を上げているようだった。


「ヴァレリア……会いたいよ……」


夜はダメだ。

夜は思い出してしまう。

あの光景を。

焼け崩れた家々を。

血の海に沈んだみんなを。


そして

いつも美しく輝いていたヴァレリアの、最期の姿を。


「許さない……殺す……全員、殺す……」


そう呟きながら、いつの間にか寝入っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。