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マジカルミステリー·ラブ 著者:比奈我弥生  作者: velvetcondor guild


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第十話 雨の書店前

第十話 雨の書店前


書店の入り口のベルが鳴った。

和は振り返り、息を飲んだ。


湊が立っていた。


少し濡れた髪を手で払って、

息を整えながら、

でも、どこか嬉しそうに笑っていた。


「……上月さん」


「湊……」


その瞬間、

和の胸の奥で何かが静かにほどけた。


湊はゆっくりと近づいてくる。

書店の柔らかい照明が、

彼の表情を淡く照らしていた。


「来てくれて、ありがとう」

和が言う。


「来るよ。

 上月さんがいるって聞いたら……

 来ないわけない」


その言葉に、

和の胸が静かに震えた。


——どうして、そんなふうに言うの。

——期待してしまう。


「ごめん、急に呼び出したみたいになって」

和が言うと、

湊は首を振った。


「呼び出されたかったんだよ。

 上月さんに会いたかったから」


和は視線を落とした。

胸の奥が熱くなる。


「……湊、仕事は?」


「早く終わった。

 でも、終わってなくても来てたと思う」


その言い方が、

どこか本気で、

どこか危うかった。


和は深呼吸をした。


「……外、雨降ってきたね」


「うん。

 でも、上月さんがいるなら……雨でもいい」


和は思わず笑ってしまった。


「湊って、そういうこと平気で言うよね」


「平気じゃないよ。

 言うの、けっこう勇気いる」


湊は照れたように笑った。


その笑顔が、

大学時代と同じで、

でも少しだけ大人になっていて、

和の胸を静かに揺らした。


*


「外、少し歩かない?」

湊が言った。


「雨だよ?」


「傘あるし。

 ……上月さんと歩きたい」


和は迷った。

雨の中を歩けば、

きっと気持ちが揺れる。

揺れれば、また苦しくなる。


でも——


「……うん」


気づけば、そう答えていた。


二人は書店を出た。

雨は細かく降り続いていた。


湊が傘を差し、

和も傘を開く。


「じゃあ、行こうか」


「うん」


二人は並んで歩き出した。

雨の匂い、

アスファルトの湿った音、

街灯の光が水たまりに反射する。


そのすべてが、

大学時代の記憶と重なっていく。


*


「上月さん」

湊が小さな声で言う。


「ん?」


「昨日から……ずっと考えてた」


「何を?」


湊は少し歩幅をゆっくりにした。


「上月さんのこと」


和は足を止めそうになった。


「……どうして?」


「どうしてか分からない。

 でも、考えてしまう。

 仕事してても、電車に乗ってても……

 上月さんのことが浮かぶ」


和は胸が締めつけられた。


「そんなこと……言わないでよ」


「言いたくなるんだよ。

 上月さんにだけは」


和は視線を落とした。


「……湊は、ずるいよ」


「うん。

 上月さんに対しては、ずるくなる」


湊は苦笑した。


「でも……逃げたくないんだ。

 もう、逃げたくない」


和は雨の音を聞きながら、

胸の奥が静かに震えるのを感じた。


——湊は、変わった。

——でも、変わっていない。


「湊……」

和は小さく言った。


「うん?」


「私、怖いよ」


湊は立ち止まり、

和の方を向いた。


「……俺も怖いよ」


雨が二人の間に落ちる。

静かで、深い沈黙。


「でも……」

湊が続けた。


「上月さんと話すと、

 怖いのが少しだけ消える」


和は息を飲んだ。


「……私もだよ」


湊の目が、

驚いたように、

そして嬉しそうに揺れた。


「上月さん……」


その声が、

雨の音に溶けていく。


*


駅の近くまで来ると、

雨が少し強くなった。


「ここまででいいよ」

和が言う。


「うん……」


湊は立ち止まり、

和を見つめた。


「上月さん」


「なに?」


「また会いたい。

 ……すぐにでも」


和は胸が熱くなるのを感じた。


「……うん」


湊はほっとしたように笑った。


「ありがとう。

 本当に……ありがとう」


和は小さくうなずいた。


「湊も……ありがとう」


雨の中、

二人は静かに別れた。


和は駅の階段を上りながら思った。


——湊は、逃げなくなった。

——そして私も、逃げられなくなった。




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