07 アンリエッタスペシャル
余ったブルボアーの素材――牙や毛皮、肉などは、まとめて『錬金術師の部屋』に収納する。
食後はダリオンの先導で道のない森の中を進む。
奥に進めば進むほど、肌に触れる空気が冷たく尖ってくる。
「竜の居場所がわかるの?」
「わかる」
断言してくる。
アンリエッタにはぼんやりとしか感じないが、彼には確信に足るものがあるのだろう。
「そう。なら任せるわ」
「引き返すならいまだが」
「それも任せるわ。怖いのなら、無理にとは言わない」
ダリオンは足を止め、アンリエッタを振り返る。
鋭い眼が、覚悟を問うようにアンリエッタを見据えた。
「――竜は、正しいものだけに打ち倒される。悪しきものは傷つけることすらできない」
「はあっ?」
思わず声が大きくなる。
なんだその馬鹿な話は。正義馬鹿な騎士や勇者を煽りたいだけの伝説は。
――と、言いたいところをぐっと堪えて、言葉を飲み込む。
一度深く息を吐き、落ち着いてから顔を上げた。
「ダリオンは、自分の正しさを証明したいの?」
問うと、ダリオンは静かに瞼を下ろした。
「……そうだな。そういうことになるか」
「その理屈で行くのなら、わたくしは間違いなく悪ね。悪が竜に勝てるかどうか、楽しみだわ」
アンリエッタは前世で竜に殺された。
前世の自分が悪だったとは思わない。ただ自分勝手で高慢だっただけで。
それに、勝つことはできなかったが、一矢報いることはできた。
――できたはずだ。
よく覚えていないけれども。
だからこそ、その伝説はまったく受け入れられない。
(まったく。どこの誰が作った伝説よ。疑われた人間を竜にけしかけるような話ね――……もしかしてこの男も、誰かに嫌疑をかけられて、己の正しさを証明するために竜と戦っているとか?)
アンリエッタは肩を竦めた。
もしそうだとしたら、とても馬鹿馬鹿しい。
自分を貶めようとしてくる相手は、自分で殴ればいいだけの話だ。
アンリエッタはそうしてきた。
竜だって、正義の証明に使われるなんていい迷惑だろう。
しかしそれもまた、秩序の守護者として力を奮ってきた結果。
「行きましょう」
促すと、ダリオンは更に森の奥に進んでいく。
アンリエッタは深紅のローブを【魔力織り】で強化しながら、その背中についていった。【防御力向上】【飛行能力】【幸福付与】【衝撃吸収】……森に満ちているマナは膨大で、やろうと思えば何でもできる。
ただ、あまりやりすぎると今度は素材の方が持たなくなる。微妙な調整が必要だ。
(それを可能にするわたくしって、本当に天才錬金術師)
空気はますます冷えていき、引き返せない場所まで来たのだと実感する。
前を歩くダリオンの背中が、とても大きく感じられた。
刹那、森の静寂が破られる。低く、重い咆哮が地面を揺るがし、空気を震わせた。
「――そろそろだ。覚悟はいいか?」
「もちろんよ」
突如、森が切れ、荒野が目の前に広がる。
青い空の下、石の上に座る黒い竜の姿があった。
黒曜石のような体表、長い首に太い尾。すべてを見通すような双眸。
そしてその身体には、無数の傷が刻まれていた。真新しい傷は、おそらくダリオンが付けたもの。古い傷跡もいくつもあった。
「あらあら。随分小さくなっちゃって……」
アンリエッタは失望した。
竜の姿はアンリエッタの知っていたものとは程遠いものだった。
竜はもっと、巨大で、強くて、絶対的な存在でなければならないのに。
そう。空に光り輝く太陽のように。
なのにいま目の前にいるのは、大きなだけの傷ついたトカゲだ。
これが秩序の守護者なのか。
これが正義の象徴なのか。
(竜そのものが小さくなったのかしら……それともこの個体がたまたま小さいだけ……?)
考えてもわかるはずがない。
他の竜と遭わない限りは。
竜が咆哮を上げる。まるで己を見よと叫ぶように。
その声に、アンリエッタの足が竦んだ。
小さくなっても竜は竜。
前世でその咆哮を聞きながら死んでいったことが、つい先ほどのことのように鮮明に甦る。
竜の口にエネルギーが集約され、高濃度の火のブレスが吐き出される。
すべてを燃やし尽くす真っ赤な太陽が落ちてくる。
刹那、力強い腕がアンリエッタを抱き上げた。
ダリオンはアンリエッタを抱えて横に飛び、ブレスを躱す。
地面に落ちたブレスが、激しく燃え上がりながら地面を焦がした。
「君はそこを動くな」
ダリオンが剣を鞘から抜き、アンリエッタを庇うように立つ。
その背中は大樹のように揺るぎない。
竜に殺されかけたばかりだというのに、まったく怯んでいない。
ダリオンはとっくに覚悟を決めている。
アンリエッタを守りながら、己の命を賭して竜と戦う覚悟を。
「ふふっ……ふふふっ……」
笑みが込み上げる。
おかしくて仕方ない。
大いなる時間の流れ――それに伴う世界の変化。知っていたものが姿を変えてしまっていることに、失望と怒りを感じた自分が滑稽で。
そして、いまだに竜に恐怖を感じる自分が情けなくて。
アンリエッタは自分を奮い立たせ、顔を上げた。
「さあ! ドラゴンステーキと行きましょうか!」
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――
【即興レシピ】【安全設計】【調和の力】【精密加工】
アンリエッタは先ほど竜が放ったブレスの余韻から、火のエレメンタルを再結集させた。
同属性のエレメンタルはまとまりやすい。純粋な火だけを集めていくと、赤く光る球体が手の中に生まれる。
――球体は、最も安定した状態だ。
その球体をさらに圧縮し、エネルギーの圧力を高める。次に、アンリエッタは鉄の箱を錬成し、その中にエレメンタルの球体を収めた。
(まだよ……限界まで圧縮する……)
アンリエッタはさらにエレメンタルを圧縮し、鉄の箱の内部でエネルギーを極限まで高めていく。箱の表面がうっすらと赤熱し、微かな振動が伝わってくる。
「できたわ……その名も『アンリエッタスペシャル』! さあ、行きなさい!」
アンリエッタは微笑み、『アンリエッタスペシャル』を力強く竜の口の中へと放り投げる。
次のブレスを放とうとしていた竜の口に。
それは運命だったかのように狙い通りの場所に吸い込まれ――
ブレスのために集められた火と合わさり、爆発した。
凄まじい閃光と、爆音。
大地が揺れる。森が震える。
閃光と煙が落ち着いた次の瞬間見えたのは、ふらつく竜の姿。
まだ、死んではいない。
「ダリオン!」
アンリエッタが名前を叫んだ瞬間には、ダリオンはすでに動いていた。
躊躇いなく竜の懐に入り込み、剣を一閃する。竜の首元で光り輝く、一枚の大きな鱗に向けて。
金属と鱗がぶつかり合う甲高い音が響き、鱗は砕け、破片が飛び散った。
竜の巨体が揺らぐ。
糸が切れたように、ゆっくりと倒れていく。
だが、まだだ。
竜が腕を振り、鋭い爪でダリオンを薙ぎ払おうとした。
ダリオンはそれを、鞘――アンリエッタが渡した『守護者の鞘』で受け止めた。
火花が散る。
鞘は折れることなく竜の一撃を受け止め、竜はそのままぐらりと後ろに倒れた。
巨体が地に沈み、目から精気が失われ、魂が器から離れる。
勝利の瞬間だった。






