61 防衛計画実現中
――翌日から、さっそく計画を実現させていく。アンリエッタ自身が言った期限は二日。ゆっくりしている暇はない。
冒険者ギルドで受注していた依頼の完了手続きをしてから、建設予定地の砦付近まで『空飛ぶ絨毯』で移動する。
まずは、各地に見張り塔と土塁の作成。道の整備。
石材や土や木材を使うものたちなので、材料はその場にある。簡単なものだった。
「それじゃあ、さっそく塔を作ってしまいましょうか」
さっそく実現させていこうとするが――
「――待て」
ダリオンにいきなり止められる。
「その力は軽々に使うものではない。人払いをし、夜間に行おう」
「大丈夫よ。いまのわたくしは錬金術師ローズですもの」
公爵令嬢アンリエッタではなく、ただの冒険者であり錬金術師のローズ。
誰に見られても、すごい錬金術師がいると尊敬の眼差しで見られるだけである。
「何も大丈夫ではない。君はただでさえ目立つ。何事にも慎重を期するべきだ」
「場所と時間を選んだとしても、いきなり塔が現れるのは変わらないじゃない? 誰がやったかわかるだけよ」
「そのわかることが危ないと言っている」
「危ないなら、あなたが守って」
にっこり笑う。
ダリオンは小さく息をつき、目を伏せた。
「……君は、本当に……」
アンリエッタは深紅のローブを翻し、建設予定地を見つめた。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――
【構造解析】【素材強化(耐衝撃/耐火/耐腐食)】【重量制御】【魔力誘導】
まずは基礎固定。弱い地盤に重量物を置いたら沈む。
石を強化石材ブロックに変形させて浮かばせ、積み上げていく。
外観や構造は城の見張り塔の記憶と設計図を参考にした。
そうして――数十秒の内に見張り塔が組み上げられる。
「完成――『アグスティア式見張り塔』よ!」
見張り塔はまるで初めからそこにあったかのように、堂々とそびえ立っていた。
「な、何をやったんだお前たち」
砦に常駐していた兵士の一人が、驚きの声を上げながら近づいてくる。目を見開き、腰に下げた剣に思わず手を伸ばしかけていた。
ダリオンがアンリエッタを庇うように前に出る。いつでも剣を抜ける格好で。
アンリエッタは堂々と依頼書を掲げてみせた。
「砦を建てたのよ。公爵様のご依頼で。こちらが正式な依頼書。アグスティア公爵の署名もあるわ」
やましいことも嘘もない。
力強く言い切ると、兵士が迫力に気圧されたかのように一歩後ろに下がる。
「わたくしは錬金術師のローズ、覚えておくことね。さあ、次に行きましょうか」
再びローブを翻すと、アンリエッタは歩き出した。
残された兵士たちの前で、ダリオンは静かに額に手を当て、ひとつ、深く息を吐いた。
その他、砦の防壁を強化して移動して、他の場所の砦にも見張り塔作成する。ついでに傷んでいる防柵も直して回った。
「……君は、本当に目立つ」
作業中、ダリオンがぽつりと呟く。遠巻きにしている観客たちを眺めながら。
「心配性ね。じゃあ変装でもする?」
「どんな変装をするつもりだ」
「そうね。まずは髪の色を少し変えて……眼鏡でもかければ印象が変わるかしら?」
「不十分だ。君は声も目立つ」
「そう?」
「ああ、よく通り、一言も聞き漏らせない」
アンリエッタは小さく首を傾げる。そんなに響く声質だろうか。幼い頃から発声練習はしてきたけれども。いざというときに号令を飛ばせるように。
「歩き方も、姿勢も、香りも、雰囲気も……そもそも存在感がありすぎる」
「ふふっ、あなた、わたくしの完璧さに夢中ね」
思わず笑うが、ダリオンの表情は真剣そのものだ。
「完璧だからではない。確かに君は美しいが……そもそも内から溢れる輝きが強すぎる」
アンリエッタは思わず目を逸らした。頬が何となく熱い。
「そ、そういうことを真顔で言わないでくれる? なんだか、恥ずかしいわ……」
砦強化の後に、川の護岸強化を行う。
かつての記録から、水害の起こりやすい場所を特定して堤防を強化し、丘の勾配もほんのわずかに変える。
肉眼ではほとんど変化が分からないが、これで洪水時の水は村を避け、川へと戻るはずだ。
もし水攻めされても自然に水が逃げるという理屈である。
これも、ダリオンの考案だ。
「あなたの頭の中って、いくつぐらいの防衛策があるの?」
「数だけあっても意味がない。大切なのは、その瞬間に有効かどうかだ。未然に災いを防げるなら、考え続ける意味はある」
ダリオンは緩やかな川の流れを眺めながら言う。
「それに君が、何もかも実現してくれるから、次から次へと策が湧いてくる」
「ふふっ、わたくしたち、最高のパートナーということね」
次に訪れたのは、以前アンリエッタが雷柵で封印処理を施した魔物の巣だった。
木々の間を抜けて巣穴へと近づくと、辺りは静まり返っていた。
巣の周囲をぐるりと歩きながら、地面の様子を見て回る。
侵入経路を塞ぎ、結界を貼り直し、一定の区画を訓練用に整地していく。
「これで、訓練場にできそうね」
そしてふと、巣穴の奥に目を凝らす。
あまりにも静かすぎるのが気になった。
「……あら、困ったわね」
前と比べて生気が弱っている。人を襲うようなエネルギーを感じられない。
「食料を取れない状況だからな」
「ちょっとかわいそうね。このままじゃ共食いを始めちゃいそうだし」
「…………」
アンリエッタは周囲の腐葉土を眺める。
「……ま、いいわ。今後のためにも少しだけ」
錬金術の式を編み上げ、栄養価のある魔物用の餌へと変換する。
それを包んだ球体が、ふわりと浮かび、巣の中へと転がっていった。
飢えた魔物たちが動いた気配が、空気を震わせた。
「それじゃあさっそく明日から訓練しましょうか」
「……君もなかなか厳しいな」
「当たり前じゃない。魔物はいつだって待ってくれないのよ? 距離的に考えて、夜明け前から移動開始してもらいましょうか」





