56 魔物の巣を発見
山を下りながら、アンリエッタはふと空を見上げ、小さくため息をついた。
「――レグルス王国って、昔はモンスターなんて出なかったのよ。神の加護で守られてるって、皆が信じてた」
王国民にとって、モンスターはどこか遠い存在だった。
「でも、こんなふうに魔物が次々と現れるようになっちゃったら……神の加護なんて、とても信じられないわね。神の代理人たる王家への支持も……どうなることやら」
ダリオンは何も言わず、ただ黙って頷いた。
それぞれの村に依頼完了の報告をした。
証拠として雷角獣の耳と、毒性苔の採取標本を提示し、村長のサインを受け取った。
そして、次なる依頼――魔物の巣の調査地点へと向かった。
◆◆◆
山林の奥――昼だというのに、木々が鬱蒼と茂る斜面は薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でていた。
アンリエッタは歩を進めるうち、ふと立ち止まり、足元を見つめて眉をひそめた。
「……この山道、妙ね。獣道が消えているわ」
本来なら、何度も踏みならされた通り道には、草が擦り切れ、土が露出しているものだ。
けれどいま足元には均等に積もった落ち葉が広がっていた。あまりにも整いすぎている。
まるで、何者かが道の存在そのものを隠そうとしたかのように。
「……知性があるタイプのモンスターね」
アンリエッタは警戒を強めながら、腰に手を当てた。
自然に見せかけて隠す、という手口。
それなりの知性がある証左だ。
(あんまり賢くないといいんだけど)
狡猾なモンスターは厄介だ。罠を張ったり集落を作ったりしてくる。
「――こっちだ」
ダリオンは崖下へと視線を落とし、枯れた倒木が折り重なる斜面をじっと見つめていた。
その隙間に、黒い裂け目があった。地面の奥、岩陰の奥にぽっかりと口を開けた穴。人が通れるくらいの大きさがある。
アンリエッタはダリオンと無言で目を合わせ、穴のある位置まで下りる。
そして、ゆっくりと、洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の内部は緩やかな下り坂となっていた。
湿った空気が、肌にぴたりとまとわりつき、足音が吸い込まれるように沈黙の中へ溶けていく。
石壁からはぽたぽたと水滴が落ち、岩肌を濡らしていた。
アンリエッタは蛍火ランタンを取り出して軽く掲げる。
橙色の光球が浮かび上がり、狭い洞内の輪郭をほんのりと照らす。
その瞬間だった。
――ぎらり。
光を受けて、奥の暗がりがぞわりと蠢いた。
岩陰、裂け目、石の割れ目……無数の闇の奥で、小さな光点が同時に瞬く。
目だ。
「群れね。少なくとも十体以上」
アンリエッタはランタンを少し高く持ち上げる。
暗闇の奥では、地伏獣たちの瞳がじっとこちらを窺っている。動く気配はない。
――こちらに怯えているのか。だとしたら、知性がある。
「外から爆弾を放り込んで片付けてしまいましょうか」
「……いや」
ダリオンは首を横に振った。
「この依頼は調査だ。討伐ではない」
「でも、倒せるなら倒してもいいんじゃない?」
倒したらダメとは言われていない。危険そうなので現場判断で倒したと言ってしまえばいいような気がしたが。
「――いや、情報を持ち帰ってギルドに報告し、騎士団の実地訓練に利用する」
意外な言葉にアンリエッタは目を丸くし、瞬かせた。
「本気で言っているの?」
「ああ。いまのアグスティア騎士団は、長年の平和で実戦感覚を失っている。魔物の生態、奇襲、連携……教本だけでは学べない。ここは実戦環境として最適だ」
アンリエッタは、ほんのわずかに口元を緩めた。
「ふふっ。厳しいのね。でも……この子たち、騎士たちが相手にするには少し手強いかもよ?」
ダリオンは視線を逸らすことなく、まっすぐに返した。
「民と主君を守れない騎士に意味はない」
「本当に手厳しいわね」
だが、実際やるとなったらこの男は細心の注意を払い、騎士たちを守るだろう。
「じゃあ、わたくしは――」
アンリエッタは『錬金術師の部屋』から雷角獣の角と鉄の棒を取り出す。
【錬金術の極意】
――サブスキル発動――【構造式最適化】【触媒共鳴】【擬似結界拡張】
材料が融合し、六本の金属筒が完成する。
「できたわ――『雷柵』とでも名付けましょうか。これで張った結界に触れるとビリっとするから、魔物は外には出てこないわ。うっかり迷い込む人間も引き返すでしょう」
アンリエッタは金属筒を祠の周辺に設置し、固定する。
「ついでに、立ち入り禁止の看板でも作りましょうか」
錬金術で看板を作成し、雷柵の周囲に掲げる。文字ではなく絵で触れるとバチッとして痛いことを伝える看板だ。これでうかつに近づく人間は減るだろう。
そして、洞を後にした。
「ふふっ、今日はよく働いたわ。戻って依頼完了報告をしましょうか」
「――いや、さすがにこの短期間でこれだけの依頼を完了したとなると、怪しまれかねない」
「でも、早く安心させてあげたいじゃない?」
アンリエッタはそう思うが、ダリオンは険しい表情を変えない。
「いいじゃない、《疾風のダリオン》とか《閃光の騎士》の二つ名で呼ばれるのも」
「冗談ではない……」
「《わたくしのダリオン》はどうかしら? ああ、ダメね。わたくし以外に呼ばせたくないわ」
「…………」
ダリオンは沈黙ののち、真剣に言う。
「常識外れのことをして、注目を集めるのは避けたい。これは、君のためだ」
「まあ、素直になったわね」
「…………」
「――ねえ、ダリオン」
「なんだ」
「あなたってもしかして独占欲強い?」
冗談で言ったのだが、ダリオンは少しだけ目を細め、視線をそらした。
「……さてな」
「ふふっ、なら仕方がないわね。それなら、常識的な日程でギルドに報告しに行きましょうか」






