55 公爵領での依頼
「……この依頼と、この調査を受ける。他は保留しておいてくれ」
「ふぅん……やっぱり、あなたらしいわね」
ダリオンが選んだのは三件。
緊急性が高く、領内防衛や領民の安全に関わるものだった。
一件目は村の周囲で大型モンスターの痕跡が見つかったので退治してほしいというもの。二件目は原因不明の水源異常の調査。
三件目は魔物の巣の位置の調査。
(いつの間にこんなにモンスターが出るようになっちゃったのかしら)
――出るものは仕方がない。まずは対処。
そしてそれと同時に視察だ。
依頼の受ける手続きをして、目的地を領内地図に記す。
街を取り囲む城壁を出て、人気のないところに移動して『空飛ぶ絨毯』を用意する。
二人を乗せた絨毯は風を切り、空へと舞い上がる。
雲を裂くように進むうち、遠くに緑豊かな丘陵地帯が見えてくる。目的地の村までは、約二時間の飛行だった。
◆◆◆
「――人的被害はまだ出ていないが、近隣の住人が、山から大型の影が降りてきたと証言している」
村に聞き込みに行ってきたダリオンが、村の外に作った『結界の家』で待っていたアンリエッタの元に戻ってくる。
「そう、お疲れ様」
ダリオンの報告に、アンリエッタは紅茶のカップを置いて頷いた。
「あなたも飲む?」
「ああ、もらおう」
アンリエッタはダリオンの分の紅茶とクッキーを用意して、ダリオンとテーブルで向かい合って座る。
そして、ダリオンの顔をじっと見つめた。
「わたくし、まだ納得していないのよ? 置いていかれたこと」
「……仕方ないだろう。君は目立つ。小さな村となれば尚更だ」
「それはあなただってそうじゃない。わたくしから言わせてもらえば、あなたもものすごく目立つのよ? いったい何人を恋に落としてきたのかしら」
ダリオンは呆れたように小さく息をつき、紅茶に手を伸ばす。
「ありえない話だ」
「充分あり得るわ」
――この男、自分の魅力に本当に疎い。
「……もしそうだったとしても、私が君以外を見ることはない」
「そ、そういうことは言っていないでしょ」
置いていかれたことに拗ねているのであって、独占欲を発揮しているわけではない。
ない。きっと。ない。
「それで、具体的にどのあたりに現れたの?」
「村の北西、湿地のあたりだ。遠くから見たが、獣道が踏み荒らされていた。畑が荒らされ、収穫時期の野菜が盗まれたらしい」
「鹿みたいなことするのね」
動物は美味しいものを美味しい時期を狙って食べていく。
「だが、味をしめてしつこく狙ってくるようになったら問題だ。人的被害が出てからでは遅い」
「それもそうね。食料が狙われることも困るし」
お茶を済ませて『結界の家』を出て、村の外れの湿地を越えて山の中に入る。
そこに広がるのは、踏み荒らされた草地とぬかるみだった。草木はなぎ倒され、地面は深くえぐられている。
ダリオンは地面に膝をつき、地面に刻まれた巨大な蹄の形をした足跡に指を這わせた。
「まだ新しいな……少なくとも六百キロ以上ある個体だ。おそらく――雷角獣の成体」
「足跡一つでそこまでわかるの?」
「体毛が落ちている。あと地面に焼け焦げた跡。雷角獣が小さな雷を落としたのだろう」
「さすがの観察眼ね」
やや呆れながらも感心する。
何気ない風でいて、何もかも見ているし、ちゃんと考えている。
「西に痕跡が続いてる。いまなら、まだ追いつけるかもしれない」
「わかったわ。行きましょう」
山の中に入り、モンスターの痕跡を追う。
やがて痩せた谷間に差し掛かった時、水辺で何かを探るようにして彷徨う一頭の雷角獣の姿を発見する。
筋肉質な身体に、雷を帯びた角が鋭く伸びている。
――雷角獣が、こちらに気づく。雷が角の間で力を増し――
落雷。
その直前に、ダリオンの剣が放たれていた。
投げられた刃が雷が吸い寄せ、剣はそのまま雷角獣の首筋に刺さった。
――モンスターが、倒れる。
(――この男、本当にめちゃくちゃだわ)
呆れながら、ダリオンが剣を回収するのを眺める。
そしてアンリエッタはモンスターを丸ごと『錬金術師の部屋』へ放り込んだ。
「……この辺りって、確か二件目の依頼の近くよね」
村の井戸に濁りと毒が出たので、水源調査の依頼があった場所に近い。
近いと言っても、山一つ越えた距離だが。
「井戸水の水脈の起源はこの辺りかも。もうちょっと詳しく見てみない?」
そうしてしばらく山中を散策していると、ある沼の水面が淀んでいるのを発見する。
「……毒性苔類ヴェヌアモス――植物性モンスターね。天敵がいないからか、異常なまでに繁殖しているわ」
ダリオンはそれを見つめながら、低く呟く。
「……雷角獣が村近くに現れた理由も、水質汚染も、この苔のせいかもしれないな」
「水源を汚染されて、もともとの棲息地にいられなくなったのね。早く駆除しましょうか」
アンリエッタは『錬金術師の部屋』の中からある爆弾を取り出した。
「……水源を破壊する気か?」
「まさか。ふふっ、このヴェヌアモスは光に弱いのよ」
だから濁った沼などで発生しやすい。
おそらく大量の落ち葉や土が流れ込んだり、雪に深く閉ざされ光と遮断され、増殖したのだろう。
「少し眩しくなるわ。ダリオン、後ろを向いて目を瞑っていて」
「……了解した」
ダリオンは背を向け、剣の柄に手を添えながら目を閉じる。
アンリエッタは閃光爆弾を起動させ、放り投げると同時に後ろを向き、目を強く閉じる。
背後で白い光が水中から弾け、周囲の木々を照らす。視界が一瞬すべてを失い、空気がぎゅっと押し返されたような衝撃が走る。
数秒後、アンリエッタはそっと振り返った。
水面には、黒ずんだ苔の残骸がわずかに浮かんでいるだけだった。
「おおむね殲滅完了かしら。さて、手早く浄化しないとね」
アンリエッタは【分解】で毒素と苔の欠片を手早く消していく。
「さて、あとは――」
アンリエッタは腰のポーチから小瓶を取り出し、中身を沼の中心へと投下した。緑と銀にきらめく液体が広がっていき、水面がじわじわと澄んでいく。
「以前拾ったライマ苔よ。光を反射する層を持ってるの。よくダンジョンなんかで自生してるあれね。この子を増やせば、光に弱い毒性苔の胞子は定着できないわ」
ライマ苔は静かに水中に広がり、定着していく。
「これで、二つの依頼が完了かしら。効率がいいわね」
「君は本当に……常識外れだな」
アンリエッタは唇の端を上げて微笑んだ。
「あなたに言われたくはないわね」





