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05 守護者の鞘






 ダリオンがようやく運命を受け入れたかのように立ち上がる。

 アンリエッタはその背の高さと迫力に驚いた。


(本当に騎士だったみたいね……)


 体格の良さに、整った顔立ち。愛想はないが、静かな迫力がある。貴婦人の護衛騎士よりは、国の要人――それこそ王族の隣にいる近衛騎士が似合いそうだった。


 アンリエッタの方が主人だというのに、大型の獣を相手にしているような、どうにも落ち着かない気分になる。契約で縛っているというのに。


(いえ、主は毅然としていないと。そうよ、わたくしは王妃になるはずだった人間――従者に怯えるわけにはいかないわ)


 背筋を伸ばすが、身長差のため視線はどうしても見上げる格好になる。


(それに、なんとなく番犬みたいじゃない? わたくしに絶対服従の番犬だと思えば、少しは可愛げもあるように――……)


 刹那、夜の海の色をした鋭い瞳がアンリエッタに向けられる。


「魔女――」

「アンリエッタ! 錬金術師のアンリエッタ! もしくはマスター!」

「…………」


 前言撤回。まったく可愛くない。


「ねえ、どうしてわたくしのことを魔女と呼ぶわけ?」

「この場所で一人で行動している女と出会えば、そう思うのは当然だろう」

「ひどい。こんな美人を前にして」


 ダリオンはものすごく呆れたような顔をした。


「小娘が何を言っている……」

「小娘って――わたくしは17歳。もう大人。一人前よ」

「外見や年齢のことを言っているのではない」


 ――つまり中身。

 最強の魔女の転生者の中身が幼いと、この男ははっきりと言っている。

 度し難い。怒った。許さない。


(ムカつく……いつかキャインと言わせてやる……)


 固く心に誓う。


「……君こそ、ここで何をしている? この『魔女の森』で」

「……『魔女の森』? ああ、呼び方が違うのね」


 ダリオンにとってはこの場所は『魔女の森』――なら、その場所で一人でいる女と出会えば、確かにそう誤解するかもしれない。


「王国では『瘴気の森』と呼ばれていたわ。その国の片隅でひっそりと錬金術師として生きていたのだけれど、新しいことをしたくて旅を始めたところよ」


 嘘である。


 王国の公爵令嬢として生きていたら、婚約者の王太子に魔女呼ばわりされて国外追放されかけたら、前世の記憶を取り戻してスキル【錬金術の極意】を思い出したので錬金術師として生きていこうと思っただなんて話、言うはずがない。


「わたくし世間知らずだから、従者が欲しいと思っていたの。そこにあなたが降ってきたわけ。しばらくの間よろしくね」

「…………」


 しばしの沈黙のあと、ダリオンはため息をついた。


「なるほど。竜に立ち向かおうとしているのは、やはり若さゆえの無謀さか」


 また子ども扱いされている。

 アンリエッタは大変腹が立ったが、なんとか腹の内に納めた。


「――竜とは執念深い生き物だ。一度敵対すれば、必ず追ってきて殺しにくる。あの竜はいまも私を探しているだろう」

「知っているわ。でもまあ、なんとかなるでしょう。それともなぁに? 怖いの?」


 試すように問うと、ダリオンは不愉快そうにわずかに眉根を寄せる。


「あなただっていまのままじゃ殺されるしね。竜を倒すまでもうゆっくりと休めることはない。それを知っていてなお、竜を討伐しにいったんでしょう?」

「……ぺらぺらとよく喋る」

「あなたが話さないからよ。ともかく、わたくしはもう決めたから。あなたは竜を釣るためのエサになって。もちろん、怖くなったと言うのなら話は別だけれど?」

「……本当に、よく喋る」

「ところで剣の鞘は? 抜き身のまま持ち歩かれるのは怖いんだけれど」


 ダリオンが持っている剣は抜き身のままだ。よく竜の尾撃を喰らって吹き飛ばされて手放さなかったものだ。

 鞘らしきものはどこにもない。


「……竜との戦いの途中で紛失した」

「あら、そう」


 失くしたのか壊したのか。どちらでも同じか、と思いながら、アンリエッタは想像した。

 この剣に相応しい鞘を。アンリエッタの従者となった元騎士に相応しい鞘を。


 ただの木鞘でもいいのだが、どうせ持ち歩くのだから護符アミュレットのように何かしら効果が付いている方がいいだろう。


(どうせなら、どんな剣も収まって、剣の修復機能があって、所有者にバフ効果があるのもいいわね)


 想像が広がり、次第にあるべき姿が見えてくる。

 イメージが完全に固まった瞬間、アンリエッタの力が動き出す。



【錬金術の極意】


 ――サブスキル発動――

【即興レシピ】【強化付与】【精密加工】


 空間の中のエレメンタルとマナが集まり、輝き始める。

 目には見えない、触れられもしないそれらが具体的な形を取り、存在感を持っていく。

 ――剣を収める鞘の姿を。


「できた、『守護者の鞘』――はい」


 錬成した鞘をダリオンに渡す。

 ダリオンは呆然としながら、ほとんど無意識のようにそれを受け取り、じっと見つめていた。


「ぴったり収まるはずよ。防御力アップの効果を付けておいたから肌身離さず持っておいてね」


 ダリオンはまだ呆然としている。


「……素材もないのに、一瞬で錬成だと……? まさか。そんな錬金術師がいてたまるか……」

「いるでしょう、ここに。ふふっ、少しは錬金術の知識があるようね。わたくしの素晴らしさをほんの少しでも理解してくれて嬉しいわ」


 アンリエッタは笑い、周囲を見回した。


「万物は各種エレメンタルとマナで成り立っているわ。それらを自在に操れさえすれば、理論上は何でも作れるのよ」


 その物体の構成さえ知っていれば、サブスキル【即興レシピ】でレシピを組み上げ、錬成することができる。


「――この場所は、マナの宝庫だしね」


 通常よりずっと大気中のマナも、大地のマナも多い。少し異常なほどに。

 それが瘴気を増幅させる原因にもなっているのだろうが、錬金術師としては理想的な環境でもある。何せ材料がいくらでもあるのだから。


「ありえない……」


 ダリオンの呻きが聞こえる。

 まだ納得していないらしい。


「こんなことが、ありえるはずがない……!」

「ありえないなんてことは、ありえない。思考停止は人生の死よ。まあ、こんなことができるのは大天才のわたくしくらいでしょうけれど」


 アンリエッタは気持ちよく胸を張る。


「別に支払いが増えるわけでもないから使っておいて。わたくしのためにね。瘴気の影響も減るはずよ」


 ダリオンはまだ納得いっていなさそうな表情のまま、ゆっくりと剣を鞘に収めた。

 黒い鞘はまるで最初からその剣に備わっていたかのように、ぴったりと収まった。


「……感謝する」

「どういたしまして」


 アンリエッタは誇らしい気分で言い、改めて森の姿を見つめた。


(それにしてもこの森は、本当にマナが濃ゆいわ……それに、『魔女の森』という呼ばれ方も気になるわね……)


 かつて魔女と呼ばれるような存在が住んでいたのだろうか。


(前世のわたくし以外に心当たりはないわね。また機会があったら調べてみましょう)






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