32 アイテム鞄
(見れば見るほど素晴らしい……さすがわたくしだわ)
うっとりとアゾット剣を眺める。一切の穢れのない刀身に鍔と柄。シンプルであり繊細で、どの角度から見ても美しい。完璧な造形は、まさにアルティナそのものだ。
(さて、最後に一仕事――)
アンリエッタはお気に入りの宝石を取り出し、『短時間逆行』効果を封じた。宝石が破壊されたとき、わずかな時間を戻ることができるように。
(竜に目を付けられかねない効果だけれど、ダリオンなら大丈夫でしょう)
なにせ彼はもう竜殺しの英雄。どんな脅威も乗り越えるだろう。
アンリエッタは宝石を柄頭にはめ込んだ。そして最後に、鞘に納める。
これで本当に完成だ。
(――さて、あと必要そうなものは何かしら)
まだ材料は残っているし、豊富なマナもある。いまなら何でもできる。
(やっぱり、便利なのはアレよね)
アンリエッタはにんまりと笑い、自分の欲望に素直に従って、やりたいだけやることにした。
――一時間後。
アンリエッタは『双子のベル』を取り出し、軽く鳴らしてダリオンを部屋に呼ぶ。
「お待たせ。掃除の進捗はどうかしら?」
「いまのところは順調だ」
「流石ね。ところで、依頼されていたものが出来上がったわよ」
アンリエッタは完璧な短剣を掲げ、ダリオンに差し出した。
「アゾット剣よ。この刃に触れたものはマナ変換が阻害される――つまり錬成ができなくなるから、錬金術師に対する対抗手段になるわ」
――依頼通りの、錬金術師と戦うときに有用な武器。
「まあ、錬金術師って基本的に接近戦と速攻には弱いから、一気に距離詰めて一気に倒せばあまり脅威じゃないけれどね。錬金術師の戦いは、いかに戦わないかだから」
騎士に近接戦闘に持ち込まれる時点で終わっている。死んだも同然だ。
ダリオンは短剣を受け取ると、静かにその造形を眺めた。鞘から刃を抜くと、刃にダリオンの表情が写り込む。
「……美しいな」
深い感嘆のこもった声に、アンリエッタは微笑む。
「――ねえ、ダリオン。もし、わたくしがとっても悪い錬金術師になったら――」
ダリオンの視線が短剣からアンリエッタに移る。
アンリエッタはその瞳を覗き込んで、微笑んだ。
「ダリオンがわたくしを倒しにきてね」
「…………」
「返り討ちにするけれど」
ダリオンが低く笑う。
「君らしい」
アンリエッタをよくわかっているような言い方に、気分が良くなる。
「でも、わたくしの弱点だけ知られているというのはフェアじゃないわね。ねえ。ダリオンの弱点を教えて?」
公平性を保つために問うと、ダリオンは微妙な表情になった。
「……変な心配をしなくても、私は君を裏切らないし傷つけない」
「そうね。そういう契約だものね」
「…………」
だが、それとこれとはまた別の話だ。
しかし、ダリオンは自分の弱点を明らかにしたりしないだろう。アンリエッタに弱みを見せるようなこともしない。騎士はプライドが高いから。
「つまり、わたくし自身がダリオンの弱点というわけね」
「そうだな。間違いではない」
軽く流され、アンリエッタは頬を膨らませた。反論してきたところを突くつもりだったのに。
「あと、これはおまけなんだけれど」
アンリエッタはベルトにつけられる革ポーチを取り出す。
「『錬金術師の部屋』を、鞄の中に作ってみたの。いわばアイテム鞄ね」
得意満面で説明すると、ダリオンの表情が変わった。じっとポーチを凝視する。
「鞄の口に通るものだったら、なんでも入れられるわよ。広さは、そうね。この部屋くらいかしら」
研究室となっていた部屋を見回す。
あえて、あまり広くはしなかった。それでも普段使いには充分なはずだ。
「中に入れたものは時間も止まるから、劣化もしないわ」
「こんなものを……本当にいいのか?」
アゾット剣よりも反応が大きい。
「ふふんっ、大サービスよ。わたくしが世界最強の大天才錬金術師だということ、少しはわかったかしら?」
「ああ。これは、冒険者なら誰もが重宝する。皆、錬金術師の収容力を羨ましがっているものだ」
ダリオンは心の底から感動しているようだった。
やはり、使いどころの限られる武器よりも、普段の不便を解消する道具の方が需要が高いようだ。
とてもいい気分だった。
「なら、冒険者ギルドで製作依頼を受け付けてみようかしら」
「きっと、ひっきりなしに注文が来るだろう」
「でも、同じものばかりを作るのは飽きるわね」
「君という人間は……」
ダリオンがやや呆れながら、手持ちの財産を渡してくる。
「これで足りるとは思えないが、不足分はおいおい渡す」
「いらないわよ」
アンリエッタはきっぱりと断った。
「そういうわけにはいかないだろう」
「いいのよ。わたくしはもう、ダリオンからたくさんのものを貰っているもの」
金銭でも物質でもなく。
それに、不足分の支払いを待っていたら、きっといつまでも終わらない。
「依頼の武器だって、わたくしのためのものでしょう? なら、あなたから代金をもらうのはおかしいわ」
「しかし――」
「いいから。これで完全に貸し借りなしね」
アンリエッタの中で、すべての清算が完了する。
とてもすっきりした気分だった。
「それより、わたくしもイム用の鞄を作ったの。『携帯スライムハウス』よ! さあ、イム、いらっしゃい」
『結界の家』と同じ神秘を使って、スライムにとって快適な空間を作り出している。もちろんちゃんと時間も流れる。
イムは抵抗なくポーチの中にスルスル入り、アンリエッタはそれを腰のベルトに装着した。これでどこに行くのにも一緒だ。ポーションを与えるのも簡単だし、不要なものを入れて分解してもらうこともできる。
「――さて。掃除を終わらせたら、もう一か所付き合ってもらいたいところがあるんだけれど、いいかしら?」
「もちろん構わないが」
「錬金術師ギルドってどこにあるの?」
問うと、ダリオンの表情が強張った。
「どうするつもりだ」
「待つのは性に合わないの。こちらからフォールネスに会いに行くわ」
「……彼は錬金術師ギルドの中でも重鎮だ。運よくギルド内で会えればいいが、可能性は低い。会う約束は取れるだろうが」
「そんなの待てないわ」
「直接家に行くつもりか? 錬金術師ギルドでどこに住んでいるのか訊いても、部外者には教えられないだろう」
「正攻法ではね」
軽い調子で答えると、ダリオンの警戒が強まる。
「……何をするつもりだ」
アンリエッタは不敵に微笑んだ。
「錬金術師の戦いは、いかに戦わないか――つまり、先手必勝よ」






