25 デート
アンリエッタは宿の部屋に戻ると、すぐにベッドに腰を下ろした。
その姿勢のまましばらくぼんやりする。
(どうしましょう……ダリオンを、デートに誘ってしまったわ……)
自分でも何をしたのかわからない。なんだかもう衝動的に行動していた。
胸がドキドキしてくる。どうしてあんなことを言ってしまったのか、何を考えていたのか、いま思い返してもわからない。
アンリエッタは『錬金術師の部屋』を覗き込む。
(どんな服を着ていこうかしら……)
服はいっぱいあるが、普段着では雰囲気が出ない。
次々に取り出したドレスやワンピースをベッドに並べていく。
「わたくしの高貴さを引き出すロイヤルブルーのドレス……少し改まりすぎかしら。なら、清楚な白のワンピース……? 似合わないって思われないかしら……」
鏡の前に立ち、確認してみる。悪くはない――と思うのだが。
「花柄のシフォンドレス……可愛らしすぎない? 子どもっぽくないかしら……大人っぽい黒のドレスは……少し攻めすぎではないかしら?」
最終的に、アンリエッタは白のワンピースに決めた。肌馴染みのいい色で派手でなく、シンプルで、これなら気合いを入れすぎとは思われないはずだ。
ひとまず着るものが決まってほっとする。
アンリエッタは他の服を『錬金術師の部屋』の中に片づけ、着ると決めたワンピースを部屋に吊るした。
そして、ベッドに腰を掛けてお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめる。
(浮かれているわ、わたくし……うう、いきなりデートに誘うなんて、変だったかしら)
ダリオンの反応を思い返す。
驚いていた。
困惑していた。
顔が固まっていた。
(はしたなく思われなかったかしら……?)
――公爵令嬢の基準で考えれば、はしたない。
とてつもなくはしたない。
だが、いまのアンリエッタはごく普通のどこにでもいる冒険者。
男性とふたりで気晴らしに遊びに行っても普通――だと思う。
(それとも、冗談と思われているかしら……)
本気で言っているわけではないと思っているかもしれない。
ただ遊びたいだけで、それをわざわざデートと言っているだけだと。
(いえ、そうだけど、そうなんだけれど……や……やっぱりいつもの格好の方がいいかしら……でも、それだとデートっぽくないわ……)
デートがどういうものか、アンリエッタは知らない。
元婚約者と一緒に出掛けたことはなく、もちろん他の男性と親しくする機会もなかった。王太子の婚約者が他の男と親密になるなんて言語道断。
だから、何が正解なのかわからない。
再びワンピースを手に取って、鏡に映る自分を見つめ、どんな髪形が似合うだろうかと考える。香水は、アクセサリーはどうしよう。
悩みはいつまでも尽きなかった。
◆◆◆
――そして迎えたデート当日。
アリエッタはそわそわしながら約束の場所で待っていた。
風に揺れる白いワンピースの裾を眺めたり、髪を触ったりしていると、ダリオンがやってくる。
ダリオンは、いつもとほとんど変わらない――だが、冒険者装備を付けていない軽装だった。
しかし、剣だけはしっかりと身に着けている。
その姿を見て、アンリエッタは何だかとても気恥ずかしくなってきた。ダリオンはあくまで「護衛」としての自分を忘れていない。
「すまない、待たせたか」
「いえ……別に」
――嘘だ。
昼前からこっそり待っていた。だが、それをダリオンに知られたくない。
「…………」
じっと、ダリオンがアンリエッタの姿を見つめている。
「な、何かしら」
「めずらしい格好をしているな」
「……変かしら?」
「そんなことはない。少し動きづらそうに見えるが……君にはあまり関係ないか」
――なんてデリカシーのない男だろう。
似合っているとか、ひとこと言ってくれるだけでいいのに。
きっと、ダリオンはこれがデートだなんて思っていない。
そのためにアンリエッタが準備してきたことも想像もしていない。
(こうなったら意地でもデートだと思い知らせてやるんだから……!)
固く決意する。
「とりあえず、何か食べましょう」
アンリエッタは気にしていない風を装いつつ、いつも通りに振る舞った。
よく行く店で簡単なランチを食べる。
アンリエッタはそわそわしていたが、ダリオンはいつもと変わらない様子だった。
(……これは、デートなのかしら?)
いつもと何も変わっていない。
食事が終わる頃、ダリオンが問いかけてきた。
「行きたいところはあるのか?」
アンリエッタは少し考えて、答えた。
「……ダリオンの好きな場所を教えて」
一瞬の沈黙が訪れる。ダリオンはわずかに眉を顰める。
「……君が見て楽しい場所とは思えないが」
「いいから。わたくしは、楽しい場所を知りたいのではないの。あなたのことを知りたいの。デートって、そういうものでしょう?」
ダリオンは明らかに驚いていた。表情が少し硬くなり、戸惑いを隠せてない。
「……本気でデートのつもりだったのか……」
「ええ、もちろん本気よ」
アンリエッタは軽やかに答えたが、胸の鼓動は少し早まっていた。
ダリオンは少し考え込むように目を逸らし。
「……わかった」
その返答に、アンリエッタはほっと肩の力が抜けると共に、胸が高鳴っていくのを感じた。
街を歩き、あまりアンリエッタが行かない方面に向かう。
辿り着いたのは、路地裏にある隠れ家のような店だった。地下に続く階段を、ダリオンの手を借りて下りる。
(こんなところにもお店があるのね)
アンリエッタは驚きながら店内に足を踏み入れる。
温かな木の香りが漂い、落ち着いた雰囲気の店だった。
細長い店には長いカウンターがあるだけで、テーブル席もない。
カウンター奥には酒の瓶がたくさん並んでいる。そしてフルーツも。
「こういうお店、初めてだわ。どんなお酒が飲めるの?」
「飲ませるために連れてきたのではない」
ダリオンは店の奥に行き、一番奥の席にアンリエッタを座らせた。そして、自分が隣に座る。
「マスター、例のものを一つ頼む。私には薄いのを」
常連なのだろう。慣れた様子でマスターに注文を告げる。
向こうも慣れたもので、鮮やかにフルーツを切り始める。アンリエッタは興味津々でその様子を眺めていた。
フルーツのかぐわしい香りがふわっと漂う。
しばらくして出てきたのは、フルーツパフェだった。
アンリエッタは目を丸くする。まさかフルーツパフェを出す酒場があるなんて。
色とりどりのフルーツとクリームが美しく盛り付けられていて、食欲をそそる。
「これ、食べてもいいのかしら」
「ああ。アイスクリームが溶けないうちに食べてくれ」
「いただきます」
柄の長いスプーンでひとくち口に運ぶと、クリームのまろやかさと瑞々しい果汁が口いっぱいに広がった。
「し、幸せすぎるぅ……こんなおいしいものがこの世界にあったの?」
「気に入ってくれたなら何よりだ」
ダリオンは氷が多めのウィスキーを飲みながら言う。
「ええ、とても気に入ったわ。ありがとう、ダリオン」
味もそうだが、ダリオンが、アンリエッタが喜ぶように考えてくれたこと――その気持ちが何より嬉しかった。
お礼を言うと、ダリオンは少し照れたように視線を外す。
アンリエッタは笑いながら、フルーツパフェを味わった。






