24 依頼完了
一番近い町で馬車を調達し、行ける場所まで送ってもらう。それを繰り返しながら、一行は元の街に戻っていく。
その道中の雰囲気は最悪だった。重くて暗い雰囲気が錬金術師たちの間にずっと漂っていた。長い旅の末に目的が果たせなかったのだから、落ち込むのも当然だろう。
寄り道がない分、進むのは早かったので、アンリエッタにとっては幸いだった。
そしてようやく大きな城壁が見えてくる。
やっと戻ってこれたと安堵の息をついたとき、錬金術師ギルド側のリーダーであるフォールネスがアンリエッタたちに歩み寄ってきた。
「アンリエッタさん。今回はありがとうございました」
「いいえ。目的が達せられなくて残念だったわね」
アンリエッタが言うと、フォールネスは苦笑しながら軽く首を振る。
「仕方ありません。彼女はいつだって我々の思い通りになどなってくれないのですから」
――大魔女アルティナを旧知の仲のように言う。
それぐらい長い間、錬金術師ギルドは魔水晶漬けのアルティナと付き合ってきたのだろう。
(なんだか気持ち悪い)
自分の知らないところで、前世の自分の身体が大勢の人々の興味の対象になっていた――そう思うと、とても気持ちが悪い。
(竜も、わたくしを殺すのならいっそ食べていてくれたらよかったのに)
遺体の一片も残さずに。
自分を殺した相手に食べられるのなら、それはそれで悪くない。強き存在の血肉の一部となれるのだから。
少なくとも、長年見世物にされた上に、好き勝手利用されるよりはよっぽどいい。
ぎりぎりで回収できたのは幸運だった。
「――アンリエッタさん」
フォールネスが改まったように名前を呼んでくる。
「何かしら。ああ、依頼完了のサインね――」
依頼の終了時には、サインを貰うことになっている。それを冒険者ギルドに渡せば、報奨金を得られる。
「あなたも我らが同胞になりませんか?」
「それは、錬金術師ギルドへに入れてくれるということ?」
『錬金術師の部屋』から依頼書を出しながら問い返すと、フォールネスは大きく頷く。
「光栄だけれど――わたくし、今回は何もしていないわ」
――本当に。一切何も。
錬金術師たちのサポートもしていないし、飛び出してきたモンスターを倒してもいない。
「あなたたちのお眼鏡にかなうものはなかったと思うけれど?」
「ご謙遜を。あの空を飛ぶ錬金物はお見事でした」
「大したことじゃないわ、本当に。手品みたいなものよ。理屈がわかればがっかりするわ。もちろん、秘密だけれどね」
錬金術でローブに様々な特性を付与したから――とは言わない。
いまの時代の錬金術はアルティナ時代より大幅に退化していることには、さすがにアンリエッタも気づいていた。
錬金術師ギルドですらお粗末なレベルの錬金物しか出してこない。
そんな彼らの前で【錬金術の極意】を見せるつもりはない。もったいない。
「ああ、そうそう。この男はわたくしの従僕だけれど付属物ではないから、わたくしを勧誘してもついてこないわよ?」
道中でモンスターの相手をしたのはダリオンだ。ダリオンの強さも利用するためにアンリエッタを勧誘してきているのなら、まだ理解できる。
フォールネスはふっと笑った。
「あなたの活躍は以前から聞き及んでおります。あなたの作るポーションも新薬の効果も。実は今回の依頼も、あなたとお話しする機会を得たくて指名させていただいたのですよ」
――アンリエッタのことをよく知っている――とでも言いたげな態度に、アンリエッタは眉を顰めた。
「……不愉快ね」
フォールネスは意外そうな表情をする。
アンリエッタが何に気分を害しているのか、まったく理解できていないようだ。
「わたくしのことを知っていながら、わたくしを試したということよね? とても不愉快よ」
「気分を害したのなら申し訳ございません」
まったく悪いと思っていない言い方なのが、また気に障る。
「ですが今回、共に行動できて確信しました。あなたには素晴らしい才能がある。我らと共に遥かな高みを目指しましょう」
「断るわ」
アンリエッタははっきりと言って、髪をふぁさっと掻き上げた。
「悪いけれど、興味ないの。わたくしは一人で高みを目指すわ」
「そのようなことをおっしゃらず。あなたなら、最初から熟練級として迎えましょう。私の下で、共に真理を追究しましょう」
アンリエッタの頭にかっと血が昇る。
(――しつこい! それに、自分の下に入れてやるって、なんておこがましいのかしら?!)
一発弾き飛ばそうとしたところ、ダリオンがすっとアンリエッタとフォールネスの間に割り入ってくる。
「――それ以上は遠慮してもらおう」
「ダリオン……」
フォールネスを天高く弾き飛ばそうとしていたアンリエッタは、気勢を削がれて思わずその背中を見上げた。
「彼女ははっきりと断っている。これ以上の勧誘は迷惑行為と見なす」
「…………」
フォールネスは沈黙し、重い空気のまま城壁の門を通過する。
その間ずっとダリオンはアンリエッタを守るように近くにいた。
街中に入り、アンリエッタは依頼書を取り出す。
「はい、サインをして」
フォールネスはあっさりとそれを受け取ると、素直にサインに応じた。
サインをされた依頼書を受け取る。これで依頼終了だ。
(何の実りもない時間だったわね)
フォールネスは恭しくアンリエッタに頭を下げた。
「素晴らしい時間をありがとうございました。また、お会いしましょう」
そう言って、錬金術師たちと一緒に去っていく。
集団の背中を見ながら、アンリエッタは「もう二度と会いたくない」と思った。
(気味の悪い男)
何を考えているのか、何が見えているのか。
『ツカレトレール』の量販で協力関係になるつもりだったが、もうその考えは捨てていた。
彼らと――特にフォールネスとは関わりたくない。
次から錬金術師ギルド関係の依頼があっても断る。絶対に断る。
――とはいえ、同じ街で活動する限り、二度と会わないのは難しいだろう。
「疲れた……しばらく何もしたくないわ」
どっと疲れて呟くと、隣にいたダリオンが言う。
「君にしてはよく頑張った」
――めずらしい。
ダリオンが褒めてくれるなんて。労わってくれるなんて。
「そうよ。わたくし、頑張ったのよ」
アンリエッタは小さく微笑んだ。
嬉しかった。ダリオンが自分を認めてくれたことが。
やや引っかかる言い方だけれども。
「ダリオンも、ありがとう。わたくし一人だったら、とっくにどうにかなってたわ」
「しばらくはゆっくりと休むといい。休むのも冒険者の仕事のうちだ」
「休むのもいいけれど、気晴らしの方がしたいわ」
「好きにするといい」
――好きに。
アンリエッタはダリオンの腕を引き、こちらに向けられる顔を見つめる。
「ねえ、ダリオン。デートしましょう」
ぴしっ――と、ダリオンの身体が一瞬硬直した。
「……デート、だと?」
「そう、デート。二人で遊ぶのならデートでしょう?」
「…………」
何とも言えない顔をする。
困っているような、アンリエッタの真意を測りかねているような。
だが、真意などない。
本当に言葉通りの提案だ。
「明日のお昼前に、宿の前で待ち合わせね。それじゃあわたくしは、冒険者ギルドに依頼完了の手続きに行ってくるわ」
アンリエッタは返事を聞かずに駆け出した。
「――お疲れさまでした。こちらが、今回の報酬です」
「ありがとう……」
冒険者ギルドのカウンターで依頼完了手続きをし、報酬を受け取る。今回の皮袋は特にずっしりと重い。
「アンリエッタさん、大丈夫ですか? 顔が赤いですが……」
「ふぇっ? な、なんでもないわ。健康そのものよ」
「きっとお疲れなんですよ。長い依頼でしたからね。ゆっくり休んでくださいね」
「ええ、そうするわ……」
カウンターから離れ、いつものように掲示板で依頼を確認する。
(――デート……)
掲示されている依頼内容がまったく頭に入ってこない。
熱くなる頬を両手で押さえる。
(ダリオンをデートに誘ってしまったわ!)






