22 二種のベル
街から七日かけてようやく『魔女の森』に差し掛かる。
――幸い、大爆発を起こした地域からは離れた場所なので、錬金術師たちにあの地の惨状を見られることはなかった。もし見られていたら軽い騒ぎになったかもしれない。
馬は激しくいなないて森に入るのを嫌がったため、持ち主と共に先に街に戻ってもらうことになった。
目的地は森の奥になる。また七日ほどの行程が待っている。
アンリエッタは自分の忍耐力に感心しながら、森を見つめる。スタンピードの時に一掃した影響か、モンスターの気配はない。
(マナも少し薄くなってるわね)
魔女アルティナの遺体がなくなったからだろう。以前よりほんの少しだけマナの濃度が薄まっている。そして、虫も出てきている。ここはもう死の森ではない。
鬱蒼とした森の中を、錬金術師たちは慎重すぎるほどにゆっくりと進む。時折、足を止めて周囲を観察して記録しているため、余計に時間がかかる。
夜になり、さほど進まず今日の移動を中止する。
食事の時間だ。
錬金術師たちは『完全栄養食』と呼ぶ、味気なさそうなものを食べる。アンリエッタは料理を作り、ダリオンと共に食べた。街で購入した食材と、スタンピードで入手したたくさんの肉があるので、毎回豪勢な食事が作れた。
錬金術師たちも最初は興味を示してちらちら見てきたが、モンスターの肉というと逃げていった。
モンスターの肉を食べるなんてありえないらしい。肉体が穢れるとかなんとか。
休む時は、錬金術師たちは安全な場所を選んでテントを張り、中で安らかに寝息を立てる。
アンリエッタたちは外――テントから少し離れたところに腰を下ろして見張りをする。
今夜もまた薄い毛布を被って見張りをする。
顔を上げると透き通るような月が見えた。
銀色の月光が降り注ぎ、辺りは静寂に包まれている。
護衛なので、片方は警戒のために起きて、二人交代で眠る――ことになっているが、それをするのは普通の護衛。アンリエッタは大天才錬金術師なので秘策がある。
アンリエッタは『警戒ベル』を野営地の周囲に設置し、二つの『双子のベル』と同調させて片方をダリオンに渡した。
『双子のベル』は、片方を鳴らしたら、対となっているもう片方も同じように鳴るベルだ。
『警戒ベル』は異常な音やモンスターの気配を検知したら動く仕組みになっている。だが、こちらのベルは中に音を鳴らすための仕掛けがない。
そのため異変を察知しても音は鳴らないが、同調している『双子のベル』は同じように揺れて、こちらは鳴る。
つまり、こちらが異変に気づいても、相手はこちらが気づいていることを気づかない。
(野宿だと近すぎてあまり意味がないけれどね)
『結界の家』や宿で過ごしていた時は、周囲にこれを設置して安全を守っていた。
いままでこのベルが鳴ることはなかったが、今日鳴らないとは限らない。
――それにしても。
「護衛って疲れるわ……」
アンリエッタはダリオンの横に座って弱音を吐いた。
「ダリオンはよくわたくしの護衛をしていられるわね……もしかして、ダリオンは楽しかったりとかするの?」
「こちらの苦労を少しでもわかってもらえたなら、意義のある仕事だったようだ」
ダリオンは自嘲気味に苦笑する。
「言っておくが、楽しくはない」
断言してくる。
「なら、どうしていつまでもわたくしの護衛をしているの?」
「…………」
ダリオンはすぐには答えなかった。
だが、これは言葉を探しているときの沈黙だ。
これだけ一緒に過ごしていたら、空気でわかる。だから待つ。
「楽しくはないが……君といると、満たされるものがあるのは事実だ」
「ふぅん……変なの」
どんなものが満たされるのだろう。
アンリエッタには、元騎士の考えはまったく理解できない。
「――そもそも、護衛を一人に依頼することも、受ける方もおかしい話だ」
「そうなの?」
風が吹き、冷たい空気が頬を撫でる。
アンリエッタは少し毛布を引き寄せながら問い返した。
「通常は三人以上で行う。そうでなければ休憩も取りにくい」
「そうね。一人だと眠ることもできないわね。二人でも普通だと大変だわ」
アンリエッタたちにはベルがあるが、なければ警戒のために片方が起きていなければならない。
「錬金術師ギルドでも独自で護衛を用意しているかと思ったが、それもなかった。そもそも君を指名するというところから――おかしな依頼だ」
「どういう意味?」
見くびられたようで、少しだけ腹立たしい。
ダリオンは冷静に続ける。
「鉄級の新人冒険者であり、護衛には向かない錬金術師――しかも年若い女性を指名するなんて……向こうが君に危害を加えるつもりだったらどうする」
「返り討ちにするわ」
「…………」
「全員、再起不能にする。造作もないことよ」
あの錬金術師だった男と同じように。
二度と錬金術が使えない身体にする。それだけだ。
「ふふっ、わたくしが美しすぎるから心配してくれたのね」
「……本当に君は、トラップ型モンスターのようだ」
「美しいけれど棘のある薔薇と言ってちょうだい」
ダリオンは小さくため息をつく。
「自分の力に自信があるのはわかるが、警戒しておくに越したことはない。次からは、護衛の依頼は受けないことだ」
「ええ、そうするわ。窮屈だし、何も楽しいことがないしね」
どれだけの報酬を積まれても今後は断る。絶対に。
「ダリオン、風が寒いわ。もう少しこちらに来て」
アンリエッタは大天才錬金術師なので寒さなんてどうにでもできるが、いまは自分で何とかする気になれなかった。
(それに、なんとなく嫌なのよね……)
――あの眼帯の男――フォールネスは、よくアンリエッタを見てくる。観察するように。
離れているいまでも、どこかから見られているような気がして、あまり派手に錬金術を披露したくなかった。
ダリオンは無言でアンリエッタの隣に来ると、自分の毛布を広げてアンリエッタの毛布の上にかけた。そして、風除けの位置に座る。
「優しいのね」
こっちに来てとは言ったが、毛布を渡せとは言っていない。
これは命令外の行動――ダリオンの意思によるものだ。
「……風邪を引かれると困る」
「すぐ治せるけれど」
「わかっている。だが、体調を崩さないに越したことはない」
態度は無骨だが、そこに込められている優しさに、アンリエッタは微笑を零す。
ダリオンは、普段は生真面目さや厳しさが表に出ているが――その奥には優しさがある。
だからアンリエッタも、反発はするものの、ふと甘えてしまう。
(あんまり優しくされると離れがたくなっちゃいそうなんだけれど……)
――アンリエッタには、こういう風な、包み込むような優しさを受けた思い出がない。
小さな頃はあったかもしれないが、いずれ王妃になるはずだったアンリエッタは昔から厳しい教育が施されていた。
だからか、こういうあたたかさは馴染みがない。免疫がない。
苦笑を零しながら、アンリエッタは毛布を引き寄せる。
「ありがとう、ダリオン」
「…………」
「あなたは寒くないの?」
「これくらいどうということはない」
「そう、強いのね」
アンリエッタはこっそりと火のエレメントを集め、自分たちの周りに漂わせた。ほんのりと暖かい空気が漂う。
自分のために何かする気にはなれなかったが、ダリオンのためにならこれくらいしてあげようと思えた。どうせ歪な刹那の関係なのだから、その間ぐらいは。
夜が更けていく。静けさが心地よかった。





