11 冒険者ギルド
『瘴気の森』を、王国の反対側に向けて、数日かけて抜けることとなる。
食材は充分にあったので、食事に困ることはなかった。
夜に眠る場所も『結界の家』がある。初日にダリオンの部屋も作った。
「さあ、ここで休むわよ。中に入って」
「私は外でいい。壁と天井があるだけでも落ち着かない。視界も動きも遮られる」
何を言っているのだろう、この男は。
「いままでどんな生き方してきたの? ない方が落ち着かないわよ。雨とかモンスターとか気になるもの。――ほら、この中ならモンスターも入ってこないから安心して」
「外から取り囲まれたらどうする?」
「もちろん全部吹っ飛ばすわよ!」
「…………」
「ダリオン、命令よ」
『運命の契約書』の効果で、ダリオンはアンリエッタの命令に逆らえない。
渋るダリオンを無理やり家の中に入れる。ダリオンのために作ったのは、ベッドしかない簡易な部屋――控室のようなものだ。
「もっと家具を増やしましょうか? どんなものが欲しい?」
「だから、必要ない……」
そうして、別々の部屋で快適に夜を過ごしながら、十日ほどかけてようやく地図に載っていた街が見えてくる。
高い城壁に覆われた大きな街。城壁の一部から、人の行列が伸びているのが見える。
アンリエッタもそこに並び、通行料を支払いサインをした。ダリオンは身分証である冒険者ギルドのギルドカードだけで、衛兵たちはすぐに道を開けた。
中へと足を踏み入れると、活気にあふれた街並みが広がっていた。
整備された石畳の道で、多くの商人たちが露店を連ねている。
新鮮な果物や野菜、手工芸品、冒険者向けの武具やポーションが所狭しと並べられていた。
ダリオンの後ろをついて歩いていくと、堂々たる建物が見えてくる。
頑丈な石造りの外観は、まるで城塞の一部のようだった。重厚な木製の扉には、剣と杖の紋章が彫り込まれている。
「ここが冒険者ギルドだ」
ダリオンが慣れた様子で扉を開け、中に入る。
「冒険者ギルドへようこそー!」
明るい声と共に、カウンター越しにギルド職員の女性が笑顔で迎えてくれる。
「あら、ダリオンさん。お久しぶりです。しばらくいらっしゃらなかったから心配していたんですよ」
ギルド職員はダリオンを見ると、更にその笑顔を輝かせた。本当に嬉しそうに。
「そちらの方は……もしかして、別の街からの護衛依頼の対象者ですか? 完了処理をしますので、依頼書を受け取りますね。――あ、もしかして依頼書を失くされました? 大丈夫ですよ、再発行手続きをしますから」
怒涛の勢いでまくし立ててくる。
「……彼女は依頼者ではない。冒険者志望だ」
ダリオンが彼女を落ち着かせるように、冷静に言う。
彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐににこりと微笑み、アンリエッタに向き直った。
「まずは冒険者ギルドの仕組みを教えてほしいのだけれど、いいかしら」
アンリエッタは正真正銘の初心者だ。冒険者という存在は知っているが、彼らがどんな仕組みで働いているか、糧を得ているか、何も知らない。
「はい、もちろん。冒険者ギルドは世界中で冒険者たちの活動をサポートしています。冒険者は、依頼を受けて魔物の討伐や宝探し、護衛任務など、様々な仕事を行います。ギルドはその中継地点として、依頼の受付や報酬の支払い、そして冒険者同士の交流の場を提供しています」
ギルド職員は良く通るはきはきとした声で、慣れた様子で説明をしてくれた。
「冒険者ランクの説明をしますね。上から黒、白、金、銀、銅、鉄、石――初心者は石級からになります」
「ランクはどうやったら上がっていくのかしら?」
「クエストの達成や、モンスター討伐、ギルドへの貢献などでポイントが溜まると上がっていきますよ。ただしそれは銀までで、金からはギルドマスターや上級ランクの冒険者の推薦が必要になります」
「ギルドへの貢献って?」
「例えば、ギルドにアイテムや資金を寄付していただいたり、重要情報を提供していただけると、ランクが上がることもあります。他の冒険者――特に初心者のクエストのサポートでも評価が上がります。より上を目指すなら、普段からこちらを重視しておいた方がいいですね」
「なるほどね」
「ランクを上げるとより高度な依頼を受けられますし、報酬も増えますよ」
「ふぅん……ダリオンのランクは?」
隣に立っているダリオンを見上げる。
「銀だ」
「まあ、意外。黒とか白じゃないのね」
単独で竜を弱らせ、アンリエッタの助けがあったとはいえ止めを刺す実力を持っているのに。
受付のギルド職員が苦笑する。
「黒級は冒険者の頂点です。その世代に一人いるかどうかですよ。実力の他に、お人柄やそれまでの功績も加味されます。黒級に次ぐ白級もその国に一人いるかどうか。金級は大きな街に一人はいらっしゃるレベルです。銀級も、相当な実力者の証ですよ」
ギルド職員はダリオンを見ながら言う。
「とはいえ、ダリオンさんも早く金級に昇格していただきたいのですが。実力と実績は充分すぎるほどなんですから」
彼女の声と視線には、ダリオンに対する信頼と好意に溢れていた。
(……なるほどね)
きっと、彼女はダリオンに特別な好意を抱いている。
だが、ダリオンはそれに気づいていない。もしくは気づいていない素振りをしている。
傍観者気分で人間関係を眺めていると、ダリオンが耳元に顔を寄せてきた。
「――金以上はすべての冒険者ギルドで情報が共有され、拒否不可の指名任務が来る」
声を潜めて言う。
アンリエッタは顔を上げ、小声で応える。
「そういう煩わしいのを避けたいわけね」
だから銀級で止めていると。アンリエッタも同じ気持ちだ。
(ランクを上げても銀までね)
せっかく国を出てきたのだ。
王国のギルドに自分の情報が共有されるのは避けたい。指名任務など以ての外だ。正体を疑われて呼び出され、のこのこ姿を現すなど間抜けの所業だ。
「冒険者登録をしたいのだけれど、いいかしら?」
「はい、もちろん。それではこちらにご記入をお願いします。書ける場所だけでいいですよ」
申込用紙を渡される。
受け取ったアンリエッタは、一目見て固まった。
本当に項目が多い。
(ええと……名前と通称――通称? 大天才錬金術師とか……? 自分で言う? ここはパス。名前も家名は書けないわね。性別、年齢、出身地……ここはそのままで行きましょう)
名前:アンリエッタ
通称:特になし
性別:女
年齢:17
出身地:レグルス王国
(職業または専門分野……錬金術。冒険者経験年数は0。使用武器は特になし。得意なスキルは錬金術。前所属ギルドや団体、なし! 本当に書く場所が多いわね……連絡先? 住所不定よ!)
職業または専門分野:錬金術
冒険者経験年数: 0
使用武器:特になし
得意なスキル:錬金術
前所属ギルドや団体: 特になし
連絡先:住所不定
備考:特になし
(……なんてこと……こうして見ると、びっくりするぐらい何もないのね、わたくし)
客観的に自分を見直してみると、驚くほどに何もない。
(これではただの冒険者志望の駆け出し錬金術師――なんだ、そのとおりだわ)
少しだけ切ない気分になる。
――結局、いままで自分が持っていたのはすべて先祖代々――アグスティア公爵家のもので、自分自身の持ち物ではなかったことがよくわかる。
いずれ王妃になるはずだったのは、アグスティア公爵家の娘であり、アンリエッタはたまたまその場所に生まれただけだった。
なのに、むざむざと地位を他人に奪われた。
(お父様たちには悪いことをしたわね。いずれ何らかの形で償いましょう)
公的には死んでしまっていても、何かしらできることはあるだろう。
いまのアンリエッタはチートスキル持ちの錬金術師なのだから。
そう、心に決めてペンを置いた。
「……書けたわ」
アンリエッタは少し複雑な気分で、申込用紙を受付嬢に渡す。
「はい、ありがとうございます。それでは登録料で金貨1枚いただきます。――はい、確かに。では冒険者カードを仮発行しますので、一か月以内に依頼を1件完了させてください。そちらで本登録になります」
「わかったわ」
「アンリエッタさんは錬金術が使えるんですね。なら、ポーション納品をオススメします。冒険者ギルドでは回復ポーションは慢性的に不足していますから」
「ええ、そうするわ。3本ほどでいいかしら」
ローブの下で『錬金術師の部屋』からポーションを取り出す。
あらかじめ作っておいてよかった。
「はい、確かめて」
「ありがとうございます。それでは鑑定しますね……はい、確かに回復ポーションで……え? どういうこと?」
「どうかしたの? 何かおかしいところがあるかしら」
間違いなく回復ポーションのはずだ。
それも品質を最高値まで高めたポーションだ。エリクサーには及ばないが、劣化エリクサーと呼べるぐらいの効果はあるはず。不審な点なんてあるわけがない――……
「品質が高すぎる……? ちょ、ちょっとお待ちください。マスターを呼んできますので! マスター! ギルドマスターああああ!!」
大慌てで奥に消えていくギルド職員を、アンリエッタは呆然と見送るしかなかった。
「……なんだか、大事になっていない?」
「こうなるだろうとは思っていた」
ダリオンがどこか諦めの混じった声で呟いた。






