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絶望のその先

 ラウタートンとの間を隔てる厚く黒い壁。

 その壁を越えようと進む魔法少女(まぎがある)秘密結社(シュバルツローゼ)

 相対する黒い壁には、彼らが切り拓いた道が続いている。


 その道の先頭には、祈りを捧げるかのように、両手を組んだメイドさんが(ひざまず)いていた。このメイドさん、素直に立っていれば二メートル半を超えるほどに巨大である。そう、シアンだ。


 そんなメイドさん(シアン)の少しだけ左後方で、スカーレットが立ち尽くしている。

「…………」

 声が出ない。

 スカーレットの表情には、絶望の色が濃く浮かんでいた。

 ようやく黒い壁を抜けられる。そう思っていた。思い込んでいた。

 だからこそ、頑張れた。スカーレットも、秘密結社(シュバルツローゼ)の面々も。

 だからこそ、踏ん張れた。もう限界に近かった魔法少女(シアン)も。もう変身に耐えられる体力などほとんど残っていないのに、それでも、もう一度だけ、気力を振り絞って。

 だからこそ。

 だからこそ、へし折られてしまったのだ。スカーレットの、シアンの、秘密結社の面々の心が。もうこれで終わる、そう思っていたのに。終われなかったのだから。


 黒い壁に穴を空けて、目の前にはラウタートンが見えているはずだったのに。シアンの目の前には、まだ黒い壁が立ちふさがっていた。

「……そんな」

 膝から(くずお)れたままで、シアンが呟く。

 どうにも、もう立ち上がれそうにない。どれだけ変身しても、この黒い壁は越えられない。そう思い知らされてしまった。

 このまま黒い壁に挟まれて、潰されてしまうんだろうか。シアンには、それももう仕方のないことだとしか思えなかった。


 蛇目頭(へびめとう)はシアンの少しだけ後方で、右手の壁を支えていた。もうすっかり変身の解けた姿で、必死に黒い壁を押していた。もう一度光れば、この壁を抜けられる。そう思って。

 それから。

 前方から光を感じて、黒い壁の動きが止まる。

 ……よし、抜けたか! そう思った。

 だけど。

 そうはならなかったのだ。ぬぅ。


 蛇目頭の周囲で壁を押していた戦闘員たちが、次々に膝を着いて、腰を抜かして、その場に座り込んでいく。彼ら、彼女らも、その多くは元研究者だったり、現役の研究者だったりする。だから誰かが言わなくても、皆もう壁を突き抜けるんだと、そう解っていた。そう思っていたのだ。なのに。

 人の心は弱いもの。それが希望を持って、もう少しで叶う、いや叶ったと思った瞬間に裏切られたのなら、なおさらだろう。

 変身した戦闘員たちの表情は見えないのだけれど、その動きから、やっぱり、絶望の淵へと突き落とされたのだと判ってしまう。


 シアンが切り拓いて、スカーレットが、怪人が、戦闘員たちが支えて、造り上げてきた道が、どんよりと暗い空気に包まれてしまっていた。

 そんな中で。


 はじめにその違和感に気付いたのは、一人の戦闘員だった。

 この戦闘員、戦闘員としては小柄であった。よくよく見れば、そのプロポーションは女性のそれである。蛇目頭の横で壁を支えていた彼女なのだけれど、シアンの光に飲み込まれて、一度戦線を離脱していたのだ。壁の外へと担ぎ出され、ムジークの治療を受けて、ようやく戦線に復帰しようとしていた。

 ……さあ、もう一度壁の中へ。動き出す壁を支えないと。

 そう思って、また壁に向かおうとしていた。

 ん? あれ? この戦闘員、絶望していない?

 そう、彼女はもう壁を抜けられるなんて思っていなかった。それどころか、どれだけシアンが変身すればいいのかなんて考えもしていなかった。楽観的というか、享楽的というか、とにかく難しく考えない。そんな性格だったのだ。もちろん、そんな彼女は現役の研究者でも元研究者でもなかった。

 さあ。そんな感じで、また戦線に戻ろうとしていた戦闘員だけれど。

 壁の中に踏み込んだ彼女の周りには、絶望に暮れる戦闘員たちが座り込んでいた。右に左に、先までずっと。

 ……ちょっと、なにこれ。これじゃ壁に潰されちゃうよ。

 そんな感想が浮かんでくる。もちろん、これは違和感なんかじゃない。

 じゃあ、何をもって違和感を感じたのかというと。

 ――壁。

 壁がどうした? とお思いだろう。黒い壁は同じように、まだそこにあるじゃないか。そう思うだろう。シアンに抉り取られようと、全く変わらずにあるじゃないか、と。

 否。そうではなかった。

 確かに、シアンが抉り続けている空間の奥では、黒い壁ががっちりと固まって、その行く手を阻んでいる。だけど、彼女が踏み込んだ入り口付近の壁は違った。なんだかぎゅっと固まっている感じがしない。なんというか、まるで発泡スチロールのようなスカスカな質感であるように見えた。

 それからもう一つ。入口が随分と広いような気がする。え? と思って改めて見渡してみるんだけど。うん、やっぱり広くなっている。差し渡し三メートル程だったはずの入り口が、いつの間にか五メートル近くにまで広がっていたのだ。


 そんな違和感に、続いて気付いた者がいた。ムジークだ。

 違和感の報告に戻ってこようとする小柄な戦闘員の挙動から、何かを感じ取ったらしい。

 発泡スチロールのような壁……広がった入口……繰り抜けなかった壁の奥……

 ……そうか!


(ハー)アイン、ツヴァイ! 横陣だ! そちらから押し込め!」

 ムジークの声が響き渡る。これまでにないほどの大音声で。黒い壁のドーナツ、そのさらに奥に配置していた二つの部隊にまで、その声は届いた。

 二つの部隊の指揮官たるリーダー戦闘員たちは、ムジークのその指示を理解できてはいなかった。だけれども。そこはそれ、訓練された戦闘部隊だ。理解はできずとも、上官の指示に即座に従うだけの見識は持っていた。

「Hアイン、並べ! 押すぞ!」「こちらもだ!」

 隊の大部分をムジークたちの元に送ったせいで、Hアインも、Hツヴァイも戦闘員は各々四人しか残っていなかったんだけど、その残った八人が横並びになって、一斉に黒い壁を押しにかかる。

「せい!」

 ――ずん。

「どっせい!」

 ――ずん。

 これまで、まるでその他大勢(モブ)としてしか描写されていないから、その能力が過小評価されているかもしれないが。この戦闘員たち、各々が二メートルを超える、がっしりとした体躯なのだ。それが八人も揃って一斉に力を加えれば、ただならぬパワーが発揮されることに異論は無かろう。

 そんな戦闘員たちの圧力に反応して、彼らの押している黒い壁が硬度を増す。がっちりと硬く引き締まる。押し込まれまいと密度を上げる。

「……ぅぐっ。まだまだぁぁっっっ!」

 Hツヴァイのリーダー戦闘員が吠えた。


 ドーナツの向こう側から上がった(とき)の声を聞いて、ムジークは目を凝らす。シアンが切り拓いて造った道の、その奥へと。

 道の両側、黒い壁は動かない。それまで、異物を押しつぶそうとするかの如く押し寄せてきていた黒い壁が、今は全くもって沈黙している。

 ……思った通りだ。

 ムジークの瞳が光る。きらりん☆

 そして、壁に空いた入口の近くに立ち止まっていた小柄な戦闘員へ指示を飛ばす。

「ぼけっとするな! 入口に近い部分の壁を押せっ!」

「っは、はいっっ」

 背筋をびしっと伸ばして応えると、小柄な戦闘員は入口の先へと引き換えしていった。


「ほらっ、みんなも押して!」

 小柄な戦闘員に声をかけられて、一人、また一人と戦闘員たちが立ち上がる。懸命に壁を押す彼女をただ見ているだけでいられるほど、呆けていた訳ではないようだ。

「えいっ」

 ――ずりっ。

「え? もう一回、えいっ」

 ――ずりっ。

 なんと! 壁を押し込めるじゃないか。先ほどまではがっちりと硬い壁に押し込まれないよう支えるので精いっぱいだったのに。

「よし、もう一回。えいっ」

 ――ずっ……

 今度は動きかけたところで壁が止まった。なんだか急に壁が重くなったように感じられる。

「まだだっ、押せぇ!」

 壁に向かう戦闘員たちへ、ムジークからの檄が飛んだ。


 大声で指示を出しつつ、ムジークの目は黒い壁に穿った道の奥、その壁面を見据えていた。

 もうすぐだ、もうすぐ。思っていた通りなら、変化が見えるはずだ。そしてその時は――唐突に訪れる。

 そうやって見据えていた漆黒の壁。艶めいて、黒く塗りつぶされていたはずのその壁から、さーっと艶が消えていった。まったくの黒、漆黒であったはずが、何だか(かす)れたような、炭のような黒になっていく。

 ……よしっ。


魔法少女(まぎがある)よ、今だぁぁっっっ!」

 声を限りに、ムジークは叫んでいた。


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