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突入準備

 ――もぞり。

 黒い尻尾が(うごめ)いた。

 目の前にあった黒い壁、そこから伸びた黒い塊。それは、どうにも壁本体から生えた尻尾にしか思えない。そんな風に赤い魔法少女(スカーレット)には見えていた。


 スカーレットがそんな黒い尻尾を眺めていたのは、もちろん何となくなんかじゃない。

 大蛇の怪人(へびめとう)が黒い壁に向けて拳を打ち込んだのが、そもそもの発端だ。

 その一撃は黒い壁を大きく(えぐ)ったのだけれど。抉れた壁が元に戻る勢いに乗って、壁から黒い塊が飛び出していって。

 そんな塊は、まず蛇目頭(へびめとう)を、それから絵里香(えりか)をも飲み込んで。黒い壁から、尻尾が生えた様な形になって動きを止めた。それはとても太くて、まるで狸の尻尾のような形だったんだ。


 その、あまりに見事な尻尾に、動きが止まるスカーレット。それは、周りにいたムジークと、六郎(ろくろう)と、戦闘員たちも同じだった。なんだか動けない。動いちゃいけない感じが漂っていたから。


 でもそんな時間はほんのちょっとだけ。すぐに動きがあった。

 尻尾のてっぺんから白い光が漏れだしてきたんだ。鈍色に染まった曇り空へ向けて、まっすぐに立ち昇る白い光。その光はすぐに見えなくなったけど、そこから。


「まぎがある・シアン! ふたたび見参!」

 聞き覚えのある声が響いてきた。


 それから暫くは、特に動きは無かった。

 スカーレットの体感では数時間経ったかと思ったんだけど、実際には数十秒くらいだったのかな。たぶん。

 ……もう、待っていられない。

 そうスカーレットが思いかけたころ、黒い尻尾に動きが出たんだった。

 もぞりと尻尾の表面が蠢く。表面を構成していた黒い羽根が震える。ざわり。それから一気に、尻尾のようだった輪郭が崩れた。無数の黒い羽根が、まるで打ち寄せた波が引くように黒い壁へと戻っていく。あっという間に、黒い壁は元通りになっていた。黒い尻尾はもうどこにもない。そこに残っていたのは。


 右腕だけ変身の解けた大蛇の怪人(へびめとう)と。

 青い魔法少女。いや、訂正する。巨大な青い魔法少女(まぎがある・シアン)だった。


「ん~~~~~~」

 スカーレットの口元が、なんだか変なかたちに歪む。目の奥が熱い。あ、シアンの視線がこちらを向いて。目が合った。破顔する赤と青の魔法少女。

シアン(えりか)ーーー」

 スカーレットが駆け出す。目の奥から溢れだす熱いものは止められない。ぶわっと涙を迸らせながら、シアンへと抱き着いた。


「無事でよかったよ~~~」

 ポニーテールの後ろ側に両腕を回して、スカーレットはシアンを抱きしめていた。

 笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、なんともよく分からない表情だ。スカーレット自身、自分の感情がよく分かっていない。

「はいはい、よしよし」

 シアンの手が赤いツインテールの頭をなでた。


 深呼吸を何度か繰り返して、スカーレットの涙がどうにか治まった、そのころ。

 蛇目頭からムジークへと、黒い壁の情報が共有されていた。

「……なるほど。『光のクリスタル(オリジナル)』の光であれば、黒い羽根を中和できると」

「はい、ムジーク様。すっぽりと空間が空いておりました」

「それは我々の『闇のクリスタル』では駄目なのだろうか?」

「ええ。いくらかのエネルギーを放出してみましたが、すっと吸い取られる感覚があってそれ以上の変化はありませんでした。変身の黒い光を放出したわけではないので、確実に実証できた結果ではありませんが」

「今はその情報を得られたことが重要だ。蛇目頭、よくやってくれた」

 そう言ってムジークは、周囲に控えていた六郎と各部隊のリーダー戦闘員たちをぐるりと見まわす。そしてその中には、スカーレットとシアンも含まれている。

 そんなムジークの視線が、シアンを捉えたところで止まった。

「話は聞いた。あの壁を越えて、ラウタートンの下まで私を届けてもらえるだろうか?」

 シアンは無言で、僅かに首肯する。

「……ありがとう」

 ムジークが感謝を告げる。蛇目頭が、六郎が、戦闘員たちが、わっと歓声を上げた。

 そんな中で、シアンとの話に夢中になっていたスカーレットだけが、ただ一人だけ状況を飲み込めていなかったんだけど。

 なので、こっそり聞いてみた。

「……ねぇ、どうしてあんなに盛り上がってるのかな? シアンは何か知ってる?」

「えっとー。それはね、あの黒い壁を突き破る方法を見つけたからだと思うよ」

「え! そうなんだ。だったら盛り上がるよね。でもさ、盛り上がったのって、ムジークさんがシアンを見てからじゃなかったっけ」

「うん。だって……私があの黒い壁を突き破るんだから」

「……」

 絶句、とはこういうことなんだ。初めての経験に、スカーレットはそう感じていた。

 そりゃあ、シアン本人が言っていることなんだから、そうするのが最善なんだろう。魔法少女(わたしたち)に、あれだけ頼ろうとしなかった秘密結社(シュバルツローゼ)が頼ってきてるんだから、それしか手が無いんだろう。それはスカーレットにも容易に想像がついた。それでも。

 ……どうしてシアンなの?

 そう思わずにはいられなかったんだ。


 そんな感じで、スカーレットは納得できないでいたんだけれど。もやもや。

 それでも、黒い壁、それからラウタートンへの突入準備は進んでいく。

 まもなく突入する陣形が整いそうだ。


 ――先頭にシアン。

 ――その後ろに蛇目頭と、それからスカーレット。

 ――更に後方にはムジーク。それを補佐するように六郎が控えていて。

 ――両サイドは、(エム)アインの戦闘員たちが固めている。

 ――(ハー)アインとHツヴァイの二部隊は、ラウタートンと黒い壁のさらに奥。元々配置されていた付近で、壁に変化がないか観察する。


 さあ、準備は整った。

 突入の時が迫る。

 スカーレットの、もやっとした感情はそのままに。


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