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違和感

 ――ぎろり。

 蛇目頭(へびめとう)の巨大な眼球が辺りを見回す。まさしく邪眼(じゃがん)というに相応しい禍々しさだ。いや、蛇眼(じゃがん)か。蛇目頭は、その大蛇のように変貌した頭を二人の魔法少女の方へと、ぐるりと巡らせた。

「うわぁ、わたし爬虫類ダメなんだけど」

 シアンが眉間にしわを寄せて言う。

「へえ、シアンにも苦手なモノあるんだね」

 戦闘員を蹴り飛ばしながら、スカーレットが軽い調子で返す。前回の戦闘とは打って変わって、実に余裕をぶちかましている。

「もう、当たり前でしょ。それより油断しないでよ」 びしっ。

「はいはい」 ばしっ。

「ハイは一回」 げしっ。

「は~い」 どしっ。

 定番のやり取りを交わしながらも、次々に戦闘員たちを弾き飛ばしていくスカーレットとシアン。

蛇目頭の巨大な眼は、そんな二人の動きをじっと見据えていた。魔法少女を捉える視線はそのままに、六郎(ろくろう)へと合図(ハンドサイン)を送る。それを受けて六郎が左手の方へと動く。そして蛇目頭もまた動き出すのだった。


 さて。

 ここで一度、魔法少女とシュバルツローゼの配置を確認してみよう。

 ここは石油精製コンビナートの陸上出荷エリア。その積込みレーンと出荷事務所との間に広がるアスファルト敷きの空間だ。積込みレーンと出荷事務所の建物間が一〇〇メートル、奥行きが三〇〇メートルほどもある。その中央付近、積込みレーンから出荷事務所に向けて横断歩道のような白いはしご模様が描かれた通路があって。その通路の途中、ほぼ真ん中くらいの位置を悟と緋色と絵里香が出荷事務所へ向かって歩いていた。

 シュバルツローゼの戦闘員たちは、積込みレーンに並ぶタンクローリーおよそ二〇台ほどの間から現れて悟たちに迫った。緋色と絵里香をかばって前に出る悟。悟の背後で変身する緋色(スカーレット)絵里香(シアン)。この時点で、積込みレーン側から戦闘員たち、悟、スカーレットとシアンの順だったわけだ。

 そこから、スカーレットとシアンが悟をかばうように、位置を入れ替える。時を同じくして怪人二人が現れる。そして戦闘開始。スカーレットとシアンは、悟に襲い掛かろうとする戦闘員たちを防ぐように、悟の前に立ちふさがっていた。

 戦闘員たちは隙を窺って悟に迫ろうとするが、スカーレットとシアンはそれを許さない。

 焦れた怪人が変身して二人の魔法少女と対峙した。 ←いまここ。

 位置取りは、さっきの例で言うと、積込みレーン側から怪人と戦闘員たち、スカーレットとシアン、悟の順。スカーレットたちから積込みレーン(シュバルツローゼ)側を見ると、中央に二人の怪人、左に蛇目頭、右に六郎。その左右に戦闘員たちが、わらわらと群がっている感じだ。此方は蛇目頭の対面にスカーレットが、六郎にはシアンが向かい合っていた。


 と、いうことで。って、何がということなのかは全然わかんないのだけれど。

 右に左にと、じりじり距離を取る蛇目頭と六郎。それを警戒して、スカーレットとシアンもまた左右へとその位置取りを変えていた。

「んん、ちょっと不味いんじゃないかな」

 苦虫を噛み潰したような表情で、ぽつり、とシアンが呟く。まあ、いかにシアンといえど、本当に苦虫を食べたことなどないから、その(たと)えが正しいかどうかは判らない。

 戦闘員たちの一部が、二手に分かれた怪人の間を埋めるように移動していく。

 ……ああ、これはあれだ。スカーレットと私を左右に分かれた強敵が引きつけて、その隙に別動隊が悟くんを襲おうって狙いだな。

「スカーレット! あまり離れないで!」

 シアンから注意の指示が飛ぶ。ぴたりと歩を止めるスカーレット。二人は一足飛びほどの間隔を保ったまま、怪人へと対峙する。


「ちっ」

 舌打ちを響かせたのは六郎だ。

 どうにも思うように事が進まない。二人の魔法少女を個別に引き離してしまえば悟は無防備だ。少人数の戦闘員でも、どうにかできる。そのはずだった。

 そのために、今回はいつもの三倍、三部隊を編成したのだ。蛇目頭の率いる第一隊、六郎の第二隊。この手勢で魔法少女(オリジナル)を抑える。そこを遊撃の第三隊が悟を確保する。それでイケる! まさしくシアンの見破った戦法そのままをやろうとしていた。

 まあ確かに、随分と素直な戦法ではあった。それこそ中身は女子高生のシアンに見破られてしまうくらいに素直な作戦だ。

 それもそのはず。これまで蓮軽(はすかる)市でシュバルツローゼによる戦闘など起こったことも無かったし、それこそ怪人や戦闘員に敵などいなかったのだから。

 実のところ、六郎もそして蛇目頭も戦闘のプロなどではない。普段の服装からも判るように……判る? (ううむ、とりあえずそういう事にしておいて欲しい。)

 ごほんっ。そう、その姿から判るように研究者なのだ。怪人となったのも、自らの研究のためでしかない。だから、専門的に戦術や戦略を学んでいるわけではない。

 それで不都合はなかった。そう、これまではそれで良かった。良かったのだ。

 力押しでどうとでもなったから。

 だがそれが、魔法少女(まぎがある)の出現で通じなくなった。

 だからこそ、今回は作戦と呼べるものを立案し、戦略を練った。練ったのだけど。あくまでも素人のそれでしかなかったという訳だ。無念。


 ぐぇしっ。

 スカーレットの白いブーツが一閃する。その白いブーツのヒールが戦闘員の脇腹へと食い込む。マスク越しであっても、戦闘員の表情が苦悶に歪んでいることは想像に難くない。

 スカーレットとシアンの間をすり抜けようとした戦闘員が蹴り飛ばされたのだった。

 しかし。

 ……何だろう、何かがおかしい。

「ねぇ、シアン」

 スカーレットは、蛇目頭とその周りの戦闘員を鋭い視線で制すると、シアンにだけ聞こえるような声で呟いた。

「どうしたの?」

 戦闘員の一人を六郎の目に前に弾き飛ばして、シアンが応える。

戦闘員たち(あいつら)って、ほんとは私たちを倒そうとしてないんじゃないかな」

「……どうして、そう思ったの?」

 一瞬、シアンの動きが止まった。その視線が、ちらりとスカーレットを捉える。

 スカーレットは蛇目頭から視線を外さない。そのままで少しだけ考えて言葉をつなぐ。

「一つは、あいつらの攻撃。ほとんどが掴みかかってくるようなものばかりじゃない」

「そういえば、そうね」

「パンチやキックなんかも、傷つけようって感じを受けないの」

「なるほど。スカーレットも、そう感じてたんだ」

「てことは、シアンもそう思ってたの」

「うん。戦闘員だけじゃなくて、あの怪人だってそう。武器を使ってこないでしょ。金属鎧(プレートメイル)の方なんて武器を持ってない方が違和感あるのに」

 まったく、言われてみればその通り。

 是非とも剣か槍かを持たせたくなるような、六郎の立ち姿である。

 つい、うんうんと頷くスカーレット。突然のその動きに、蛇目頭の周囲の戦闘員たちが、びくりと反応する。

「それから二つ目」

 スカーレットが続ける。

「なんか、戦闘員たち(あいつら)ってさ、このコンビナートに配慮してない?」

「どういうこと?」

 突っ込んできた戦闘員の一人を、バシッとはたき落としてから、シアンは首を傾げた。

「だって、ここって石油だらけだよ。シアンが言ったみたいに、武器にしようと思ったらいくらでも利用できるでしょ」

「たしかに」

「それにさっきちらっと見えたんだけど……」

「ん?」

「タンクローリーの間から出てくる戦闘員ね、車体に触れないようにかな、必死に体を横向けてカニ歩きで出てきてたの。傷つけないように気を付けてるのかなぁ、って」

「ぶふっ……って、やばっ!」

 わらわらとカニ歩きで出てくる戦闘員たちを想像して、つい噴き出したシアン。ちょうど突っ込んできていた少し小柄な戦闘員に掴まりかけてしまった。すんでのところで(かわ)して、げしっと一蹴りいれておく。

「ちょっと、笑わせないでよ」

「ごめんって……えいっ!」

 スカーレットは軽い調子で謝りを入れると、こっそり近づいてきていた戦闘員を突き飛ばす。シアンとの会話中でも、警戒は怠らない。随分と成長したものだ。


 それにしても。

 さっきから間断なく襲ってくるから、戦闘員をたくさん見ることになってるんだけども。一体一体、ずいぶんと違いがあるんだなぁ、と。スカーレットはそう感じていた。

 大柄な戦闘員、小柄な戦闘員。筋肉質だったり、ぽっちゃりしていたり。さらには、男性型だけじゃなくて、女性型の戦闘員も結構混じっている。

 なんだか、魔法少女モノ(アニメ)のモブ戦闘員みたいに、幾らでも湧いてくるものって思いこんでいたけど。悪の組織が作り出した戦闘員だからって、気にせずに殴って蹴ってしていたけど。

 ……もしかして、戦闘員も私たちみたいに変身した人なの?

 ふと、スカーレットの胸にそんな考えが浮かんだ。

 その刹那。


 ――ぶおん。

 シアンの拳が唸る。スカーレットの目の前にその拳が迫る。瞬きの余裕すらない。

 目を見開いたスカーレットは、眼前に迫る拳の軌道を見つめることしかできなかった。



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