第七話
商店街の店先を眺めながら、会長さんと並んで歩いた。
「相変わらず、賑やかですね!」
僕は、感心しながら言った。
ここは、食事処から甘味屋・呉服屋・小間物屋など、様々な店が軒を連ねて、賑わいを見せている。
先生と僕が住む場所よりも、住民も多そうだ。
「ところで、珠ちゃんは何歳ですか?」
「あぁ、三歳だよ。珠子ちゃんっていうんだ。」
「さ、三歳…。」
想像より幼い年齢に、驚いてしまう。
「上に十歳になる珠代ちゃんっていうお姉さんもいてね。ここらじゃ『小さい珠ちゃん』『大きい珠ちゃん』って皆呼んでるよ。」
「そうなんですね…。」
僕は、もうすでに取材が不安で堪らなくなった。
「ここだよ。」
会長さんは、一軒の小間物屋の前で止まった。
店先には、色とりどりの簪や櫛が手に取れるように並べられており、とても煌びやかだった。
会長さんの後に続いて、店へ入り棚の間ぬって歩く。
「おーい!いるかい?客を連れてきたんだが…」
その時、奥の座敷から突然声が響いた。
「おたまさん!ぼくとチギリをかわしてください!ともに、メオトになりましょう!!」
襖から覗いた光景に、僕も会長さんも呆気にとられた。
なんと、幼い男の子がプロポーズしていたのだ。
………それも、十歳の大きい珠ちゃんの方に。
状況が掴めずにいると、会長さんが溜息をついた。
「また、剣道場の倅がやってらぁ…。」
呆れたように呟かれた声は、さらに大きな声で掻き消された。
「こら!信介!今日は小さい珠ちゃんの見舞いに来たんだろうが!!何を言ってるんだ馬鹿息子!!!」
ゴツンッ
突然現れた大きな男性により、男の子は拳骨を頭に喰らう。
よく見れば、二人とも同じ袴の道場着を着ていた。
凛々しい顔立ちも似ており、おそらく親子だということが分かった。しかし、父親の拳骨を受けても、男の子は止まらない。
「ぼくは、おたまさんとイッショウをそいとげるためにうまれてきたんだ!ちちうえ、ジャマしないでいただきたい!!」
幼くつたない声が、難しい言葉を紡いでいる。
「看病の邪魔をしてるのはお前だろうが!毎度毎度、珠ちゃんを困らせるんじゃない。」
父親の顔は、怒りで首まで真っ赤だった。
それでも、男の子は曇りのない目で言った。
「なにをおっしゃる!おたまさんは、おくゆかしくハジらっているだけです!」
そう聞いて、僕は大きい珠ちゃんの方を見た。梔子色の着物を着て長い髪を簪で結い上げた彼女は、とても可愛らしい女の子だった。
けれど、その眉は困ったように下がっている。
「信介くん。」
優しい声で、男の子を呼んだ。
「はい!」
男の子は名前を呼ばれたことが嬉しそうに、パッと顔を珠ちゃんへ向けた。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、まだ珠子が心配なの。また今度ゆっくりお話しましょうね?」
そう言い聞かせるように言われると、男の子は頭を下げた。
「それはしつれいしました!どうか、いもうとぎみをおだいじになされよ!また、きます!」
そういうや否や、男の子は颯爽と帰り支度をし、僕達の横を通り過ぎて行った。父親も、謝りながら慌てて後を追いかける。
まるで、嵐のような一幕だった。
「…あら?」
ようやく、珠ちゃんの顔がこちらへ向いた。
僕は、今の出来事に圧倒されて何も言えずにいたが、会長さんが代わりに伝えてくれた。
「小さい珠ちゃんと話せるかい?犬神様のことで、話を聞きたいって少年がきてるんだ。」
珠ちゃんは僕を見ると、少し困ったような顔をした。
「またですか?珠子は一人で迷子になったせいで、記憶が混乱してるのよ。これ以上は…。」
会長さんが僕に小さく耳打ちした。
「ここ最近、近所の者が面白がって話を聞きに来てたんだよ。」
そう言って、やれやれと肩を竦めている。
僕は、一歩前へ出た。
「あの!僕、作家の先生の所でアシスタントをしている猫吉っていいます。今はこの雑誌に掲載するために犬神様の話を集めていまして…。」
そう言って、手にしていた鞄から雑誌を取り出した。
すごく胡散臭いが、ここは素直に話した方が良いと思ったのだ。
「決して妹さんに嫌な思いはさせません!少しでいいので、お話を聞きたいだけなんです。」
どうかお願いします!と頭を下げる。
顔を上げずにいると、溜息が聞こえた。
一拍置いて、声が聞こえる。
「会長さんの紹介ですから、悪い方ではないのでしょう。どうぞ、お上がりになって下さい。」
この言葉に、僕は顔を上げた。
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、珠ちゃんは微笑んだ。




