第八話
店先の土間から中へ上がり、珠ちゃんの後に続いて廊下を歩く。
通り過ぎていく部屋の中には、在庫なのか段ボールが複数置かれて、空いた口から髪飾りが見えた。
家の中に人の気配がしないので、不思議に思い見回していると、会長さんが尋ねる。
「珠ちゃん、ご両親はどうした?」
珠ちゃんが、その言葉に振り返る。
「今、仕事に出ております。」
やはり、商店を営むと何かと忙しいようだ。
この歳で幼い妹と留守番なんて大変だな…と、僕はしみじみと思った。
やがて、奥の部屋の前で立ち止まった。
「ここです。」
そう言って、珠ちゃんが障子を開ける。
そこには、小さい珠ちゃんがいた。
布団の上で上半身を起こしたまま少し俯いている。
「ねぇね?」
幼い顔が、こちらを向いた。
その顔は、大きい珠ちゃんに瓜二つだった。
「そうよ、ねぇねよ。今日はお客様を連れてきたの。珠子と話がしたいんですって。」
「お客様…?」
そう小さな唇から声が漏れたが、目線は動かない。瞳は、俯きがちに斜め下を見るばかりだった。
もしかしてー…。
「妹は…、目が見えないんです。」
大きな珠ちゃんは、悲しそうに言った。
僕は、ゆっくりと彼女に近づいた。
畳に膝をついて、目線を合わせる。
「初めまして。僕は、猫吉って言います。」
怖がらせないように、出来る限り優しく話した。
すると、小さい珠ちゃんも、口を開いてくれた。
「…はじめまして。たまこです。」
「珠子ちゃんっていうんだね。きちんと挨拶ができて偉いね。」
そう僕が言うと、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「えへへ!たまちゃんってよんでいいよ!」
「ありがとう。僕のことは、猫吉って呼んでね。」
「ねこきち?へんななまえ!」
「こらっ、珠子!」
大きい珠ちゃんが慌てたように注意したが、僕と珠ちゃんは微笑み合った。
珠ちゃんの体調を気遣いながら、ゆっくりと話す。
大きい珠ちゃん…もとい珠代ちゃんと会長さんは、僕達の会話を黙って聞いてくれた。
珠ちゃんの緊張もほぐれた所で、本題に切り込む。
「あのね、珠ちゃん。僕、聞きたいことがあるんだ。」
そう話すと、珠ちゃんは笑って言った。
「なぁに?なんでもきいていいよ!」
無邪気な様子に、少し申し訳なく思いながら尋ねた。
「…珠ちゃんが、犬神様に会ったって聞いたんだけど、本当かい?」
すると、珠ちゃんが突然俯いて黙り込んだ。
その様子に、珠代ちゃんが身を乗り出す。
「あの、猫吉さんっ…!」
「あのね!怖い思いをしたのなら、無理に話さなくたっていいんだ!…ごめんね。」
慌てて言うと、珠ちゃんが顔を上げた。
「ねこきちくんは、たまのこと、うそつきっていわない?」
そう言われて、思わず珠代ちゃんを見やる。
珠代ちゃんは悲しそうに言った。
「迷子になって、近所の方も一緒に、夜遅くまで探してくれたんです。でも、やっと帰ってきたかと思えば、あんな事を言ったものだから…。その…、何人かの大人に、嘘をつくなと叱られて………。」
「うそじゃないもんっ!」
珠ちゃんが叫んだ。
「たま、うそついてないよ!ほんとうに、いぬがみさまにあったもん!!」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
『幽霊が見える?馬鹿なこというんじゃないよ!この嘘つきがっ!!』
いつか、叔母さんに理解してもらおうとして、突き離された時の言葉が頭に響いた。
僕には、彼女の悔しい気持ちが痛い程よく分かる。
「信じるよ。」
僕は、珠ちゃんの小さな手を、そっと握った。
「僕は、珠ちゃんのことを信じてる。だから、教えて欲しいんだ。…犬神様について。」
静かな部屋に、僕の声が響いた。
珠代ちゃんも会長さんも、何も言わなかった。
やがて、珠ちゃんが顔を上げる。
珠ちゃんは見えないはずの瞳で、真っ直ぐに僕を見つめ返した。…そして、頷いた。




