別離【参】《ベツリ【サン】》
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翌朝、朝餉の場に入った紳は、あれ?と首を傾げた。
既に忋抖は来ているが悧羅の姿がない。昨晩は姚妃と共に寝ると伝えると微笑んで頷いていたし、であれば場を外そうとまで言ってくれた。
「妾が居っては姚妃も紳に尋ねとうあることも尋ね切れぬやもしれぬ」
そう言っていたから忋抖の処に行ったとばかり思っていたが、どうやら違うようだ。
悧羅の勘は流石というか当たっていて、3人で過ごしていたら姚妃は気にし過ぎて口にしなかったことだろう。悧羅と3人で共寝をしていたら言い出せもせず、もやもやとしたまま旅立たせていたかもしれない。
紳との会話でどれだけ気持ちを軽く出来たのかは分からない。それでも、話し終えた後からの姚妃の顔は昨日までとは明らかに変わっている。
「本当は母様にも聞きたいことあるんだけど、辛いこと思い出させちゃうかな?」
尋ねる前に詫びる姚妃の頭を撫でて、紳は大丈夫だと背中を押しておいた。紳も悧羅も悔やんで忘れることなど出来ないことではあるが、それでも今があるから話すことは出来る。聞かれてしまえば、まるで今あっているかのように鮮明に思い出してしまうが、苦しくてもそれを埋めて貰える手は、もう繋げていて離すことは決してないと言える。
「思い出して泣いちゃっても、ちゃんと俺が満たしてやれるからね。心配せずに聞きたいことなら何でも聞いとけ」
そう言った紳に姚妃は呆れていたようにも見えたが、羨ましい、とも言って叩いてきたのだ。
そんなに可愛い娘との朝を迎えて、上機嫌で起きてきたというのに何故、悧羅が居ないのか。
ぐるりと場を見渡して紳は大きく嘆息するしかない。出てきていない子どもたちの姿はちらほらあるが、廊下の先に見える者も居る。別段取り決めている訳でもないのだが、朝か夕のどちらかは必ず皆が揃って食事をすることが多い。
とはいえ皆よい年頃なのだし、近頃はそうそう揃うということもないが、こうして何か大きなことがある前後には誰が言い出さずとも揃ってくれていたのだが。
もう一度、場を見渡して玳絃の姿も無いことに紳は大きく嘆息してしまう。
もしや、とは思うが姚妃が旅立つまであと数日しかない。悧羅が何かしら動いたとすれば、昨夜は丁度良かったに違いない。
「忋抖、ちょっと来い」
頭を抱えながら忋抖を廊下に呼び出すと、樂采にしっかり食べるように伝えてから出てきてくれた。
「なに、どうしたの?俺、腹減ってるんだけど」
頭を抱えている紳を訝しげに見ながら言う忋抖が、悧羅は?、と尋ねてくる。ということは確実に悧羅は忋抖と共に居たわけではないということだ。
「お前のところに行ったと思ってたんだけど、やっぱり行ってない?」
「何言ってんの。姚妃と一緒に寝るって言ってたでしょ」
きょとりとして首を傾げる忋抖も、何かに気付いたのか苦笑し始めている。
「多分そうだと思う。あーもう、あの女は…」
嘆息しながら玳絃の部屋に向かって歩き出すと、忋抖は可笑しそうに笑いながら隣を歩いている。途中ですれ違う媟雅と憂玘に何処に行くのかと問われたので、玳絃を起こしに行くと伝えると、あれ?、と首を傾げられた。
「玳兄なら父様が起こしに行ったよ?」
「え?」
憂玘の言葉に紳と忋抖が顔を見合わせると、何かを察したのか媟雅が手を振った。
「こっちは任せてもらっていいよ。舜啓には、頑張れって言っててくれる?」
「え、何を?なにを頑張らせるの、母様?」
「いいからいいから」
手を振りながら憂玘を引っ張って去っていく媟雅を見送りながら、紳はますます頭を抱えてしまう。
「俺のとこに行くって言ってたんじゃないんでしょ。確かめなかった父様が悪いよね」
「うん、そう。いや、そうなんだけど。忋抖と樂采と寝るとばかり…。これに舜啓かよ。あー、まずいぞ?」
足早になりながら呻いてしまうが、まだ忋抖はきょとりとしている。どうやらまだ事の大きさが分かっていないようだ。
「何も、まずいことないでしょ。むしろよく今まで悧羅が動かなかったもんだって思うけど?」
ふふっと笑っている忋抖の頭を紳は小突く。勘は鈍い方ではないくせに、悧羅のこういった行動には危機感を抱きにくい。子としての刻が長かったせいかもしれないが、あからさまな恋情や行いを目の前で悧羅に向けられると黙ってはいないが、悧羅が子にすることやその逆も当たり前だと思っている節がある。
「馬鹿、昼の共寝じゃないんだぞ?夜に、寝間着1枚で、しかも悧羅だ。いつものように、もしかしたらいつも以上に玳絃を甘やかしてるに決まってる」
つかつかと足を進める紳に、ようやく忋抖も現状を掴めたらしい。
「…あー、確かに。…うっわ、寝起きの悧羅とか見せらんないのに…。えっ?じゃあもしかしてなんてことある?」
「もしかしてどころじゃ無いかもなんだよ。だから、やばいって言ってんの!夜の共寝だけはお前にしか許さないって俺は言ってただろ」
ますます頭を抱えながら歩くと玳絃の部屋が見える。
「ああ!舜啓、ちょっと待てっ!」
入ろうと戸に手を掛けている舜啓を見つけて声を張り上げながら走ってみるが間に合わなかった。何?、と開けながら入ってしまった舜啓を追って部屋に入ると奥から3人分の寝息が聞こえてきた。
妲己も居てくれたことに一応安堵はしたが、部屋には悧羅の残滓が咽せ返るほどに漂っていて舜啓は、その場に蹲ってしまっている。
「あーあ、だから待てって言ったのに…」
蹲った舜啓の背中を叩いて見るが、これはいただけない。嘆息した紳の肩に忋抖の手が置かれる。
「これは最悪があったりするのかな?」
「ほんと勘弁して。お前以外、無理なんだって。それにこれは最悪より駄目かもだぞ」
「え、なにそれ?」
首を傾げる忋抖に苦笑しながら舜啓を立ち上がらせてやると、こちらもまた苦笑するしか出来ないらしい。
「出とく?」
頭を掻きながら、あー、と呻いている舜啓に紳が部屋の戸を示すが、何故か悪戯に笑っている。
「冗談でしょ?ここまで当てられて見ないってことできないね」
「止めといた方が良いと思うけどなあ。…もう、お前堕ちてるだろ?」
大きく息を吐きながら自分を抑えている舜啓が、この先にあるかもしれない光景に耐えれるとは到底思えない。
「だからだよ。忋抖ばっかり狡いって言ったの忘れたの?最初に譲ったのは俺なのに、何で知れないんだよ」
「それとこれとは話が違うだろ」
頬を膨らませて見せる舜啓は、さっさと寝所の前に行って忋抖と一緒に御簾を上げようとしている。まるで悪戯を思いついたような姿だが、好奇だけで済まなくなることなど目に見えている。
「何かあったら悧羅に責取ってもらえばいいでしょ。1回くらい貸して貰ったってばちは当たんないよ。なあ、忋抖?」
「それが1番駄目なんだよ」
ほらほら、と御簾をあげてしまう舜啓を止めようとしたが無駄だったようだ。
「一応、俺も言っとくけどそれは駄目だからね、舜啓」
紳に向かって諦めたように頭を横に振る忋抖に言われても、舜啓は何処吹く風のようで、上げた御簾から寝所を見やっていた。上げられた御簾の奥から、また悧羅の残滓が床を這うように広がっていく。
「見せたくないんだけどなあ」
「…ほんとだよ。何で押し切られてんの?」
ぼやく紳を忋抖がじろりと睨んでいるが、どうにも舜啓には弱いのだから仕方ない。見せたくないのは本音だし、引き摺り出せもするが、舜啓に手荒な真似をすると悧羅だけでなく妲己にも怒られてしまう。悧羅にとっても妲己にとっても、舜啓は大きな存在なのだ。とりあえず寝顔だけなら何とかなるだろうが、どちらかと言えば、残滓の元になったのが玳絃なのだとしたら、そちらの方が紳にとっては心配の種かもしれない。
「この先は、お前だけだから」
「当たり前、俺がどんだけ渇いたか知ってるでしょ?」
べっと舌を出す忋抖の奥で、妲己が先に目を覚まして伸びをしている。
「おはよう、だっ、き…?」
妲己に声を掛けた舜啓が、また固まったが無意識に手を伸ばそうとしてしまっている。やれやれ、と舜啓の横に紳が蹲込むと、忋抖は反対側から舜啓の襟元を掴んで動きを封じた。そうでもしておかないと舜啓は飛び掛かったことだろう。
大きな欠伸をしている妲己のその奥で、玳絃を包んで眠っている悧羅が居た。布団の下は見えないが一応、寝間着は脱いでいないことに紳も忋抖も大きく息を吐いたが、玳絃の顔は悧羅の胸にすっぽりと埋められてしまっている。しかも見える処だけでも寝間着がはだけているのは明らかで、髪が流れているから肌が見えないだけだ。処々から見えてしまう素肌と、残滓だけで、普通ならば我を忘れて押し倒すだろう。
「あー…、もう」
がっくりと項垂れてしまう紳の隣で、舜啓が息を呑んでいる。幼い頃から悧羅の近くに居て、あらかた慣れている舜啓でも、成熟してからは悧羅の肌など見ることは無かったろうからこうなってしまうのは仕方ない。
「だから止めとけば良かったのに」
舜啓の襟を引いて座らせながら、忋抖は小さく笑って玳絃の耳を引っ張った。
「これはどうだろうなあ。舜啓、もう無理だって」
動けないでいる舜啓をちらりと見た忋抖は舜啓に睨まれてしまっている。
「…ほんっと、狡いよ、忋抖」
「はいはい、すいませんね。俺と同じくらい渇いてから言ってくれるかな」
むすりと不貞腐れた舜啓と、肩を竦めた忋抖に紳も苦笑してしまうが、とりあえず舜啓は出した方が良さそうだ。妲己はお目付役で居てくれたのなら話を聞きたいし、放り投げてそのままという訳にもいかない。暫くは動けないようにしていてもらわないと、いくら舜啓といえどもすぐ戻ってきてしまうだろう。ぽんぽんと舜啓の頭を撫でると背中を叩かれた。
「俺が譲ったのに。やっぱり譲んなきゃ良かったよ」
「わーかってるって、とりあえず落ち着こうな。哀玥、頼める?」
呼んだ哀玥はするりと姿を現すなり、小さく笑っている。忋抖に擦り寄ってから舜啓に声を掛けて渋る姿に苦笑しながら半ば引き擦りつつ連れ出してくれた。
「妲己が居てくれたんだから、もしもは無いと思いたい。…思いたいけど…」
紳の隣でまた玳絃の耳を引っ張り始めた忋抖は、自分に言い聞かせるように呟いている。そう言いたいのは紳も同じなのだが悧羅はどうにも自分を低く見る処がある。どんなに紳や忋抖が悧羅は別格だと伝えても、自分よりも良い女は沢山居ると言って笑って済ませてしまう。
近しい者たちへの接し方も気をつけないと堕とす、と言うのに分かってくれない。特に子どもたちへの愛で方は、里でもそんな親は居ないだろうと思わせるくらいだ。紳も子どもたちは可愛いし周りに言わせれば、度を越して甘やかしているらしいが、悧羅は時に箍が外れる。
「本当は甘えたかった」
そう子どもたちに言わしめさせてしまった後から、特に顕著に見られていると思う。宮の中でも悧羅を膝に乗せることや手を繋いで過ごすことが当たり前になったが、里に降りてもソレは変わることがない。頬や額に口付けられようが嬉しそうに受け入れてしまうし、民たちからも「長様であられるなら致しかたない」と言わしめてしまっている。
紳が娘たちと居ても、せいぜい抱き上げるくらいか腕を絡めて歩くくらいのものだ。
倅と娘の違いもあるのだろうと思ってはいるが、正直に言えば忋抖が言っていたように、倅たちがいつか堰を越えたいと言い出すかもしれないとは考えている。
目を離すと湯浴みを共にと願われて受け入れていた時は、寸前で気付いた紳と忋抖で必死に止めたから無かったものにできたようなものだ。そんな倅たちが1度でいいからなどと言い出したらどうなることか。特に今の玳絃には悧羅も重ねているところがあるだろうから、紳や忋抖がどんなに止めてもやりかね無い。
己の身ひとつで何もかもを耐えてきた悧羅だからこそ、だろう。
ようやく手にした倖たちが泣くことを1番嫌がるくせに、自分が悼むことは全く恐れない。
だからこそ危うい。
「こんなの目の前にして自分を律せるのなんて、お前くらいのもんだろ」
頬杖を付きながら紳が言うと、忋抖から、はあ?と睨まれた。
「律せてるわけないでしょ。父様みたいに俺は出来ないだけ。遠慮とかじゃないよ、ただ見せたくないだけだから。ほら、玳絃、朝餉だから起きろ」
玳絃の耳を引っ張りながら忋抖が起こそうとするが、煩わしそうに動いた玳絃はますます悧羅に抱きついている。はだけすぎた素肌の中に擦り寄っていかれて忋抖の顔が僅かに険しくなった。紳とて思うところがあるが、今の玳絃に憤っても仕方がないし、この状況を作り出したのは多分、悧羅の方だ。
「ねえ、妲己、俺は務めに行けないかな?」
手を伸ばして悧羅の髪を一房取りながら言う紳に、妲己は大きな欠伸で答えている。
“ヌシは主と共に居りたいだけだろうが。案じずとも情までは交わしておられぬ”
やれやれ、と体躯を起こした妲己に、は?、と忋抖は眉を上げているが、紳は大きく息を吐いてしまう。情までは、ということをどこまでと捉えればいいのか。
「妲己、…それは俺たちはどういう意味に取ったらいいの?」
声を震わせる忋抖を妲己は大きな尾でふわりと撫でた。
“存じませぬ。我は見てはおりませぬでな。惑わしてはおられましたが。ふむ、それを思わば紳が務めに行けるかは難儀やもしれませぬ”
「これじゃあ、そっちはあるだろうね」
面白そうに目を細めて言い含んだ妲己に、紳も部屋の中を見廻す。
「どういうこと?」
訝しげに眉を寄せている忋抖には、部屋の中に漂う残滓を示したがますます訝しげな目をしている。
「起こしたら分かると思うけど、ちゃんとお前には視せてるからな」
やれやれと嘆息しながら紳が、そろりと布団を剥いでみたが嘆息するしかない。忋抖もがっくりと項垂れて頭を抱えてしまった。
布団の中では、胸から脚まではだけた寝間着の中に玳絃の手があって、悧羅の背中に廻されていた。疵を触っていたのだろう手は悧羅と重ねられて2人の間に落ちてはいるが、足元まではだけた寝間着は乱れ切って、玳絃の脚に絡みつけられている。その中に情事の後のようなモノも見つけてしまっては、どんなに欲目で見たとしても、何も無かったなどとは到底言えはしないだろう。
ともすれば今この刻に組み敷かれていてもおかしくはない状況だ。同時に言葉を失った紳と忋抖を見やって、くっくっと妲己が笑いだした。
何も言えずに忋抖が玳絃の腹の手を掴んで離すと、紳ももう一度布団で隠すしかない。
“我の主にとれば些末なこと。小さきことよりも玳絃若君を案じられたが故。かようなところは灶絃若君が、よう似ておられる”
「…あそこまで、ぶっ飛んでないと思いたい」
「…父様が足されてる分、灶絃はぶっ飛んでるんだろ。…ねえ、父様、務め出れる?」
「あー、…無理かな。色んな意味で」
頭を抱えながら話す2人を余所に妲己は悧羅の横に侍り直している。
「だよね。…俺もこれは無理だよ。本気で叱りたい」
むすりとした忋抖の気持ちは良く分かる。悧羅は紳と忋抖が自分以外の者に触れられるのを極端に嫌がって悋気を起こす。そう見えないように見せてはいるし何事にも寛容で動じることも少ないが、そこだけは許せないらしい。元々は紳にだけ向けられていたものだったが、忋抖を傍に置くと決めてからは少しずつではあるが忋抖にも向けられていた。気付いていないのは忋抖自身ぐらいのもので、隊舎で見たことが腹立たしかった、と言われても流している。
けれど、悧羅の悋気など紳と忋抖の抱く嫉妬や渇望と独占欲に比べれば可愛いらしいものだ。
あの日を境に、寝所で乞う悧羅の甘さが増したことを知るの者など紳と忋抖だけでいい。
それがまた2人の悧羅への独占欲と飢えを強めて、溺れるしかないのだとしても、それが心地好くて倖なのだ。
「え?じゃあ一緒にする?」
「それは絶対、嫌。…譲るけど、その後ながーく出てこないと思ってて」
「…俺が耐えらんなくて乗り込むかも…」
はあ、と幾度目かの嘆息を吐く紳と忋抖に、無駄なこと、と妲己が声を上げて笑い始めた。
“主は玳絃若君とゆるりとされると申しておられた。これはどうにかせねばならぬだろうが、紳や忋抖若君と籠るは何時になるやら”
「…嘘でしょ?」
声を上げて笑う妲己に紳と忋抖が肩を落とすと、煩かったのか玳絃が薄らと目を開け始めている。
「…んー、…おはよ、母様…」
寝惚けて悧羅に擦り寄りながら背中を弄る玳絃の耳を、掴んでいた忋抖が思いっきり引っ張ると頭だけは剥がすことができた。
「いったいっ!なに?!」
「何、じゃない!」
紳と忋抖を見留めた玳絃が目を丸くしているが、身体は引き剥がせない。玳絃の腕が廻されてしまっているから、無理に剥がせば悧羅の身体から更に寝間着がはだけてしまう。流石にこれ以上見せられては忋抖も自制が効かなくなる。
「あれ、父様と兄様…なんで?俺、母様とゆっくりするんだけど」
「ああ、馬鹿っ!」
忋抖の手から逃れて玳絃が、また悧羅に擦り寄っていく。顔に触れるさらりとした素肌に擦り寄る姿は母に甘えているようにも見えるが、何かが違ってしまっている。大きく肩を落とした紳と忋抖を他所に玳絃はまた目を閉じ始めていた。
「これは駄目かもなあ」
「やめてよ!」
顔を覆ってしまった紳に、ぎょっとした忋抖が立ち上がると、まだ眠っている悧羅を玳絃から奪って腕に収めた。
「ああ、もう!兄様、なにすんだよ」
「煩い、お前は其処から動くなよ?寄るな、触んな、見んな!」
「いたいって」
離れてしまった悧羅に手を伸ばす玳絃を、忋抖が布団の上から足蹴にして止めた。
「妲己、玳絃を抑えてて!」
腕に収めた悧羅を奪われまいとするのが、少しばかり泣き出しそうに見えるのは紳だけかもしれない。側から見れば自分の女を奪られないように牽制する男にしか見えないが、忋抖の悧羅に向ける飢えはそんなものではない。
だからこそ紳にとっても特別なのだ。
やれやれ、と妲己が玳絃の上に少しだけ体躯を大きくして乗ると、重い、と呻く声がした。伸ばしていた手も尾で抑えられたのを見やった忋抖が、ほっと安堵しているのが伺い知れて紳は苦笑してしまう。
忋抖に初めて悧羅を預けた時の紳が其処に見えるようだ。預けると決めた後も暫くは、そう決めてしまった己を悔いてひたすらに悧羅に溺れたことを思い出す。
「なに笑ってんだよ、笑いごとで済まなかったらどうするの?」
じろりと睨め付けられて紳が肩を竦める先で、ようやく悧羅も目を覚ましかけている。紳の腕の中以外で悧羅が深く眠ることは無いのだが、満たしてやれない刻に能力を行使ったり、無理をし過ぎるとそうなるのだ。
起きていることで引き起こされる余波を本能で知っているように、閉じてしまう。
妲己は惑わしを行使ったと言っていたが、子どもたちの中で特に血に拘り囚われている玳絃を堕とすには、それなりに行使わなければならなかったはずだ。部屋に残る残滓だけでもそれが分かるし、出来れば早く満たしてやりたいが、行使ったのが惑わしなら問題はもうひとつある。
忋抖にも教えているのに、今は思い出すどころではないらしい。
堪えてくれるかなあ。
うーん、と頭を捻る紳を、父様!、と諌める忋抖の声に混じって寝惚けたような悧羅の声がした。
「…忋抖?」
「あ、起きた?何してるんだよ、悧羅。父様と俺を殺す気なの?」
あ、と紳が止めようとしたが間に合わなかった。
呆れたように嗜めようとした忋抖の首にするりと腕を絡ませた悧羅は、そのまま深く口付けて押し倒してしまっている。
「だよねえ、そうだと思った」
「なにが?ねえ、何が?…って、待った!ちょっと待った、悧羅!」
慌てて押し戻そうとする忋抖の止める声も聞かずに悧羅は更に深く口付けて、忋抖の衣の紐を解き始めた。
「うわあ、いいなあ」
「馬鹿!それどころじゃない!ちょっと悧羅、待ってって!待ってってば!」
羨ましそうな玳絃の手がまた伸びようとするのを、妲己が抑える間も悧羅は止まらない。衣を脱がされつつある忋抖も起こっていることが俄かには信じられないようで、どうにか悧羅を止めようとするがこうなった悧羅に静止の声など届かない。
「ほんとに待って!やばいから、ほんとにやばいから!」
「兄様、代わってあげようか?」
「お前はほんとに黙ってろ!ってか見るな!」
日頃、穏やかに構えている忋抖が取り乱しているのを見るのは、なかなかに面白い。何しろ紳の前ですら悧羅を愛でる姿を見せないのだから、このまま放っておいて見ておくのも一興かもしれない。
「父様!何これ、どうなってんの!?どうしたらいいんだよ!?」
「んー、応えてあげればいいよ?」
ふわり、とまた漏れるように香ってきた惑わしの匂いに紳は笑えてしまうが、忋抖は寝間着を脱ごうとする悧羅を止めるのに必死になって気付けていないようだ。
「嫌だ!違う、嫌じゃないんだけどっ!嬉しすぎるんだけど!ここじゃないって!」
抗う忋抖に構うことなく口付けて求める悧羅の眼は、まだ微睡んでいるようにとろりとして潤んでいるのが紳の処からでも見えた。
手を貸してやりたいが、ある意味忋抖の言う通り、ここでこのままでは難しい。
忋抖にも悧羅にも、もう少し堪えてもらうしかないだろう。
「忋抖、もうちょっと頑張ってろ」
「はあ!?無理無理無理!堕ちるって!」
悧羅をとりあえず忋抖に任せて、紳は玳絃を見た。また漏れ出てきている惑わしの香に当てられてはいるが、まだ堕ちてはいないようだ。これだけの残滓の中なら舜啓のようにすぐに堕とされてしまっていても可笑しくないのに、なかなかに胆力がある。
だからこそ、これだけ残ったということだろう。
「よく堪えたね、玳絃」
妲己に抑えられて身動きの取れない倅の頭を撫でると、本当だよ、と肩を落としている。
「もっと誉めてくれてもいいけど、全部耐えれたってわけじゃないんだよね」
「それでもだよ。これだけ残るくらいだからキツかっただろ。少しは吹っ切れた?」
苦笑しながら尋ねると、玳絃が紳を見て笑う。
「確かめられはしたよ。妹は妹でしかないって。俺が悔やんでたことを言って、それが出来ても何にも変わらないし、変われない。俺は姚妃を妹以上には見れないもん」
「そうか」
くしゃりと髪をかきまぜてやると、玳絃がはにかんで自分の髪を一房取って紳に示す。玳絃の髪は大まか悧羅の色だが、裾の半分は紳の色だ。
「俺も倖にならなきゃいけないんだって。父様と母様が繋いだんだから、大事にしろってさ」
「それはそうだ。玳絃たちが倖になってくれなきゃ、俺と悧羅は何のために居るのか分かんないだろ。お前はお前で倖になってくれなきゃ」
漂ってくる甘い香りは強さを増して身体に絡わりつくが、玳絃はにこにこと笑いながら妲己に降りるように頼んでいる。
「血には囚われ過ぎることは無くなるけど、兄妹の縁は大事にしたいんだよね。だってそれが俺だから」
紳の前に座り直して、大きく伸びをした玳絃の顔は晴れやかだ。その表情に紳も安堵してもう一度倅の頭を撫でてしまう。800年前の自分などよりしっかりしている。あんなことがあっても、ちゃんと前を向いて歩き出してくれる倅が誇に思えた。こんな子どもたちをくれた悧羅には、どんなに礼を伝えても伝え切れはしない。
「何かあればすぐ言えよ?」
「頑張り過ぎるなっても言われたから、ほどほどで行くよ。でも堪えた褒美は欲しいなあ。ねえ、妲己」
妲己の大きな尾でぱさりぱさりと撫でられながら見てくる玳絃に、紳はきょとりと小首を傾げた。
「俺がやれるもんなら良いけど。なんか欲しがるようなものあったっけ?」
玳絃が欲しがるようなものを持っている覚えがない。どちらかといえば紳は物欲が無い方だし、子どもたちが欲しがるものが突拍子も無いものでなければ差し出してきた。
今更何か欲しがる齢でもないのだが。
そう思った紳が、まさか、と呟いてしまったが、玳絃は指を2本立てていた。
「1個は父様と呑みにいく。800年前の話を肴でね」
「それはすぐでもいいけど、お前の言い出す2つ目が怖い」
にこにこと笑っている玳絃に頭を抱えてしまうと、立てられていた指が未だどうにか堪えている忋抖の方を示した。
「1回貸してね?」
「…それは俺の一存じゃ無理。って言うか駄目!忋抖以外は駄目なんだって!」
「父様、子どもに優劣ないんだよね?こーんなに頑張って堪えた俺にご褒美あげたいよね?」
首を振り続ける紳に玳絃が悪戯な笑みを残して立ち上がる。おい!、と止める紳に笑ってもう一度大きく伸びた玳絃は、既にほとんど上衣を剥かれている忋抖に近付いた。
「兄様も聞こえてたよね?そういうわけだから1回借りるからね」
「良いはずあるか!誰が貸すか、馬鹿!父様、頭抱えてないで…って、悧羅、ほんとに待って!」
悧羅に襲われながら、それでも必死に忋抖が訴えるが、妲己を伴って戸の方に向かって歩き始めてしまう。
「ああ、部屋は使って良いけど夕刻までには母様返してね。俺しばらく母様にゆっくりしようって誘われてるから。それまではどっちかの部屋で寝てるからね」
「いやいや、ちょーっと待て玳絃!俺も忋抖も良いなんて言ってないからな!?」
引き止めるように紳が言うが玳絃は手を振りながら部屋を出て、あ!、とまた覗き込んだ。
「大事なこと言い忘れてた。父様、兄様」
悪戯な表情に嫌な予感がする。何かとんでもないことをしでかした時の灶絃のような表情に身構えた2人に玳絃は、にやりと笑う。
「母様だけは別格って分かったよ。甘いもんね」
「…はあ?」
「おいこら!玳絃、待てって!」
固まった忋抖と留めようとする紳に、あははと笑いながら玳絃は戸を閉めて、妲己と共に出ていってしまった。
とんでもない爆弾を落として行った玳絃に呆れてしまう。流石は灶絃の片割れなだけはある。灶絃が賑やかすぎるので玳絃の分まで腹の中で持って行ったのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。敢えてそうして見せていた部分まで、悧羅が取り払ってしまったのだろう。
「あーあ、どうしようかなあ」
頭を掻きながら忋抖の方に寄ると、出された言葉があまりに衝撃だったのか固まったままだ。その上でとろりとした悧羅は、抗われなくなって満足したのか跨ったまま受け入れようとしていた。
「うん、忋抖。良いのかな?」
よいしょと隣に座ると気を取り戻したようで、駄目!、と悧羅を引き上げている。
「とにかく玳絃は後。とりあえずこっち。ほら、おいで悧羅」
苦笑しながら広げた腕に、とろりとしたままの悧羅が飛び込んでくると、そのまま深く口付けられた。したいようにさせておくと、堪え切れないように、ずるずると腕の中に収まってくる。
「忋抖は意地悪だねえ?こんなになるまで応えてやらないなんて」
収まった身体をぽんぽんと撫でてやると、腕の中で小さく震えている。あー、と起き上がりながら頭を抱えた忋抖は衣を整える余裕もないのか息を吐いて悧羅を示した。
「俺には、何がなんだか分かんないんだってば。何なの、どうなってんの?」
「だから前に視せてたじゃないか。酔うんだよ」
頬を撫でてやるとびくりと震えるほどにまで滾ってしまっている悧羅に、忋抖が別の意味で固まってしまった。
「酔う?…って、ええ?ここまで?」
「ここまではなかなか無いね。それだけ無理と我慢をしたってことだよ」
頬に当てた掌に悧羅の舌が這う。
「分かったから、もうちょっとだけ我慢してね」
宥めるように言い聞かせても多分、今の悧羅には朧にしか届かない。聞こえているし覚えてもいるが、欲の方が勝る。
日頃から過分過ぎるほどに悧羅は自分を律して立っている。考え方も態度も自分の欲さえも封じ込めて立ち続けた500年の在り方はそうそう変えられるものでもなく、本来なら被らずとも良いことまで請け負ってしまう。大蛇の玉も自分には一切残さず民たちに配り、大国の犬神騒動や粛清の時だってそうだった。能力を行使った後の揺り戻しまでも全部ひとりで引き受けてしまう。
鬼といえども万能ではない。
妖の中では最上級の能力を持っていても、強い能力があれば反動も大きいのは当たり前だ。
惑わしなど最たるものだろう。一介の鬼であれば、ヒトの子を惑わす為に度々行使う。微酔いと僅かに滾る時のような揺り戻しを積み重ねて、少しずつ身体を慣れさせる。初めの頃は紳も加減がわからず酔っていた。本能として情を交わすのも、惑わしの揺り戻しから熱を逃がし自我を護るためだろう。
紳が精気を譲るようになってから悧羅は意識的に惑わしを行使い始めた。
紳からしか精気を獲らないのだからヒトの子を惑わすこともないのだし、500年行使わなかった分、揺り戻しにも慣れていない。加えて悧羅の惑わしなのだから、請け負う負荷が大きすぎて、こうなる。
例えれば酩酊したところに獣のような情に対する飢えが合わさったようなものだ。
何もせずに暮らしていても悧羅は他者を堕としてしまう。長であるが故の魅せる容姿がそうさせるのだが、先代のようにそれを大いに魅せることを悧羅は善としない。自分が在ることで、他者に降りかかる影響が僅かでも少なくなるように、行使っても急速に取り込む。
蘆屋道満の時に皆が堕とされたのは、一瞬だけ満開に開かれたことによる衝撃と残滓によってだった。
本来なら他者が受けるべき余波を、悧羅が引き受けていることを紳以外に知るのは重鎮達だけだ。
散らすためにはゆっくり刻と日をかけて紳に分けてもらって、紳が欲として吐き出すしかない。
荊軻が有事の時に急かさないのも、それが必要だからだ。
結果としては籠れて心ゆくまで悧羅を愛でられるのだから、紳にとっては悦ばしい限りでもあるが、熱が篭り過ぎてしまうと悧羅が壊れてしまう。
「よっぽど強く行使ってくれたんだよ。でも玳絃は抱かなかったんだろうね。抱かれたらもう少し楽だったろうに。俺もお前も居ないんじゃ、請け負ってやれる奴も居ないし」
掌から指に吸い付く悧羅の息が熱い。とにかく一度果てさせてやらないと、これ以上堪えさせてしまっては毒になる。
「お前が見えたから安心したんだろ。なのに応えてやらないから、こうなってるんだよ。とりあえず熱を逃してやらないと、ずっと苦しいまんまだ」
「目のある処でする嗜好はないんだよ。誰も居なかったら喜んで応えてたけど、そっかあ。父様、とりあえず俺出て行くから悧羅のことお願いね」
紳の腕の中の悧羅の頬を撫でた忋抖を、とろりとした甘い目が捉えると求めるように手を伸ばしている。
「うわあ、これはやばい。悧羅、また後で。早く楽にしてもらわないとね」
「お前ほんと凄いな。なんでこれで堕ちないんだよ」
苦笑しながら悧羅の寝間着の紐を解いて脱がせ始めている紳を他所に、忋抖は肩を竦める。
「堕ちてるよ。でも俺だけのだから見せたくないの。二刻したら代わってよ」
「刻が分かれば良いけど、無理だな」
くすくすと笑う紳に、はいはい、と立ち上がる忋抖の衣が、くんっと引かれた。ん?、と紳と忋抖が目を見合わせると悧羅の手が衣を掴んでいる。
「あれ、悧羅。忋抖の方が良いの?」
困ったように笑う紳が手を離そうとすると、慌てたように覆い被さってきて、貪るように口付けられてしまう。
「そうじゃないみたいだねえ。ご所望みたいだけど、忋抖?」
「無理っ!ぜーったいに嫌っ!!二刻で代わる!」
千切れんばかりに首を横に振って否を示す忋抖も、振り払えば良いのにどうしても悧羅には出来ないらしい。
「後でちゃんと来るからね。一緒は本当に勘弁して」
衣を掴んだ手を離そうと忋抖が悧羅の手を取ると、ぎゅうっと握られてしまっている。
「あーあ、可哀想。こんなに堪えてるのにねえ」
「父様、煽らない」
じろりと睨まれたようだが紳の身体には悧羅が覆い被るようにして乗っているから、周りは見えない。見えるのは悧羅の白い肌と、熱く潤んで紳を見る眼だけだ。
「だって可哀想じゃないか。声も出せないくらい堪えてんだぞ?頭の中なんてぐちゃぐちゃなはずなのに、悧羅だからまだ保ってんだよ」
「そんなこと言われても嫌なものは嫌。なんで父様が堕とした悧羅を見せられなきゃなんないの?」
声音が苛々とし始めている忋抖の気持ちが、分からないわけではない。紳も、今すぐに悧羅の中に入って欲のままに突き上げたいが、忋抖が居てはそうはできない。忋抖に言われずとも紳にもそんな嗜好はないし、堕とした悧羅など誰にも見せたくなどない。悧羅もいつもであれば、それを求めることもしないはずだ。けれど、悧羅が忋抖を離さない、ということは、きっと悧羅には聞こえていたのだろう。
夕刻までに戻して、と残して行った玳絃の言葉と、ゆっくりしようと伝えた約束が。
刻をかけて良いのであれば紳だけで充分に足りる。忋抖の言う通り交代でも良いだろうが、それでは無理なのだ。
「うーん、そういうんじゃなくてだなあ。俺だって今すっごい我慢してるんだけど。…うん、まあ、いいか。悧羅、もう我慢しなくていいよ。俺と忋抖しか居ない」
するっと悧羅の頬を撫で上げると、ゆっくりと顔が上げられて潤んだ眼が見えた。堪え過ぎて声も出せないでいる唇を指で開かせると、堪え切れないような吐息が漏れてくる。
「何言ってんの?俺は出てくからね」
呆れたような忋抖が立ちあがると、部屋に紫の結界が現れた。刃がぶつかり合うような音を響かせて、結界が幾重にも貼られていく。
「…なんだよ、これ…っ」
息を呑んだ忋抖が見廻す中で、切れ切れな悧羅の息が聞こえた。慌てて覗き込むと、紳の掌に包まれた顔が見える。紅く染まった頬と今にも溢れそうなほどに涙を溜めた眼と、吐き出される熱い息から忋抖は目が離せなくなる。ぱきぱきと音を立てて作られていく結界の音に、紳は小さな笑いを堪えられない。
どうやら知っておいて欲しいらしい。
「悧羅、いいよ」
「…も…、…いい…?」
包んだ手で紳が頬を擽ると、掠れたような声がした。
「うん、もういい。大丈夫」
「…もう、…こ、ら」
「頑張った頑張った。堪えるのやめて、俺に分けて」
紳の胸に着いた手と、違う手が忋抖を掴むが、小さく震えている。
「か、…と、は?」
「居るよ、ちゃんと留めれてる。無二の男だから知ってて欲しかったんだよね?しっかり捕まえてるよ。でも一緒は嫌だって言ってるから、そこだけもう少し頑張ってね」
こつんと額を合わせた紳に大粒の涙が落ちて、忋抖が目を見開いた。
刹那。
結界の中に咽せ返るほどの惑わしが満ちる。部屋の中の景色や流れる風まで蓮の色に変えたそれに驚く間もなく、紳も忋抖も滾らされてぐらりと傾向きそうになる。
それでも。
「む、り、もうだめえ、助けて、どうにかしてっ」
泣き声を孕んだ声と言葉は、忋抖が聞いたことも視たこともないものだった。
「お願い、早くっ、早く壊して、果てさせて、入ってきて」
「当たり前。全部悧羅にあげる。ほら、我慢しなくていいから全部出す。俺も忋抖もまだ自分のまんまだよ?」
「紳、入ってきて。忋抖っ、早く壊してよおっ。おか、しくなりそ…う」
「うん、大丈夫。すぐだよ」
涙を溢す瞼に紳が口付けてやると、甘い香りは段違いに強くなる。身体にねっとりと絡み纒わりついたソレが紳と忋抖の箍を飛ばすと、手を伸ばそうとする忋抖との間に瀑布が落ちた。どうやら一緒を拒まれたことも、しっかりと届いていたらしいが、それを考える余裕があることにも紳は眉根を寄せてしまう。
堪えるな、と言っているのにまだ堪えているのか。
もしくは堪え過ぎたがために、悧羅自身も何処が限りか分かっていないのかもしれない。
だが、後者なら慈しんでいる間に溶け出すはずだ。
「早く、紳、お願いっ、入って」
しがみついて首筋に吸い付いてくる悧羅を抱きしめてころりと返ると、深く口付ける。貪るように舌を絡めてくる悧羅が可愛くて仕方なくて、惑わしの力などなくとも紳は滾れただろう。思うままに虐め尽くしてやりたいが、まずは悧羅の望みを叶えてやらなければ熱は冷めるどころか、また溜まってしまう。悧羅の細い身体が逃げないように、口付けが解けないように、強く抱きしめて一気に中に入り込むと同時に悧羅が跳ねた。
入っただけで果てるほどに堪えるなど、どれほど苦しかったのだろう。紳に絡みつく悧羅の中は畝り、ひくつき、絞りあげようと締め付けてくる。入っただけで幾度も果てて締め付けられては突き上げることも難しいが、既に子袋も降りてきているし、このままでは紳にとっても拷問だ。繋がっているだけで倖ではあるが、出来れば動きたいし、啼かせたい。何よりこれでは満たされてはくれないし、揺り戻しも引き受けられないだろう。
悧羅の肩を抑えて半身に起こすと、唇が離れてしまう。
「やだ、口付けてっ」
追いかけてくる悧羅に応えてやりたいが、紳が溺れなければ熱は逃がせない。口付けの代わりに首筋に強く嚙みついてやると、甘い声が聞こえてくる。
「ごめんね、動きたい、動かせて」
噛みついた首筋を舐め上げながら勢いをつけて突き上げ始めると、悧羅の熱が紳に伝染ってくる。甘い声と共に紳を締めつけて絞り上げる強さも増すが、果て方が小さい。立て続けに果てているのは分かるが浅く弱いし、何より悧羅が紳を取り溢さないようにするための口付けが強請られていない。
「1回、限界まで昇ろうな」
突き上げるたびに小さく果てている悧羅を抑えつけて逃げ場を奪うと、ひたすらに突き上げ続ける。
悧羅の弱く悦くなる処など、もう知っている。
子袋の入口。
子袋の境と少し背中側の壁。
入ってすぐの浅い部分。
後は恥じらうが、秘部の外殻を舌で剥かれて嬲られるのが、堪らないことも。
強い刺激を与えすぎてしまうと悧羅が壊れ過ぎて起き上がれないようになるから、いつもならばそこを攻めるときは少し手加減をするのだが、この時ばかりはそうも言っていられない。
まずは一旦中で強く果てさせるために、とかく弱い子袋の奥の壁に当てていく。
「やあっ!そこ、は、だめえっ、ナニカが来、るのっ」
「だーめ。今はしっかり壊されてないと残るよ」
ひたすらに当たるように突きあげ続けると、悧羅の身体が仰け反ってくる。肩を抑えつけて上がってしまった脚を掴んで突き上げる。
「んっ、あっんっ、やっあっ!やっ、だあっ」
「嫌じゃなくて、お願いするんでしょ?」
仰け反って強張った腹が近付く。吸い付いて強く歯を立てるとまた甘い声と香が強くなった。喘ぎと息を呑む音に混じって、もっと、と求める声がする。
「…っと、もっと、してっ。悦、い、悦いのっ」
荒れた息の中から訴えられる艶かしい願いに、ぞくりとしてしまう。
「どんな風に?」
「っ、つよ、くっ!いっぱいっ、悦くし、てっ、やめ、ない、でっ」
酔った悧羅はいつもよりも淫れ易い。
日頃どんなに堕として壊しても、恥じらう処が残ってしまう。寝所の中で紳がどれほど尋ねても、恥じらってなかなか自分からこうして欲しいとは言ってくれない。それはそれで紳を滾らせるのだが、こうなった悧羅はまた違う表情で魅せて墜としてくれる。欲に正直で快楽に溺れ堕ちる悧羅には、紳が戸惑わせられたこともあるが、それもまた悦い。
紳だけが知ることを許されているという優越感が、また悧羅への飢えを強くするが、こうしていられることが倖で堪らないのだ。
だからこそ教えた。
この時だけは正直になれるように、少しずつ。
求めたらその分だけ快楽が与えられる、ということを。
願わなければ与えられず、願えばより深い快楽に堕としてもらえる、ということを。
与えられるだけでなく。
与える悦びも。
「それだけ?」
攻めたてながら耳を喰むと揃いの飾りが揺れている。しがみつかれる手もますます強張って、掴まれている腕に爪が立てられ続けて血が滲む。
「…っ!こわし、てっ、あっ、そ、こっ悦いっ!きちゃうっ!強くし、て、やめないでっ」
艶かしい声に、ぞわぞわと紳の背中を官能が走る。
紳が滾れば滾るほど、悧羅の熱も上がって、それに呑み込まれる。
逑になって300年を悠に越えても尚、まだ堕とし続けてもらえることが倖でしかない。掴んでいた脚を離すと身体に絡めてくる。空けた手で外殻に触れるともう剥けてひくついているのが伝わった。攻めながらそこも弄り始めると喘ぎも大きくなる。
「あっ、し、んっ、し、しんっ紳、しんっ!」
呼ぶ声もいつもより甘い。顔を近付けてやると縋るように舌が出されたけれど、先だけを噛んで焦らしてしまう。
「悧羅。もっと惑わしたら忋抖も諦めるかもよ?」
「やあ、しんっしんっ!も、っと、もっとさわ、って、いっぱいにしてっ」
唇を避けて頰や胸に舌を這わせると、ますます悧羅が強張っていく。
「悧羅の口も、手も腹も、中も、全部が蕩けさせてくれる。俺と同じ処まで一緒に堕としちゃおう」
熱くなった息で吐き出すように囁くと、惑わしの香りがまた強くなる。紳が紳のままで居られる限界も近そうだ。
「2人に壊して貰いたいんでしょ?悧羅のお願いなら全部叶えてやるよ」
「し、んっ、しん!もうっ、む、りい」
腕を掴んでいた手が紳の顔を包んで引き寄せる。口付けられる寸前で留まると、潤ませた眼でふるふると首を振る姿が何とも愛らしい。
「我慢するのをやめてくれるならしてあげる。たくさん悦くなって、たくさん悦くしてくれる?」
「す、るっ、いっぱいするか、らあっ」
ぐっと引き寄せられて口付けてやると、喰むように貪ぼられた。途端に跳ねる悧羅から溢れだした惑わしで紳の自制が爆ぜたが、堕ち切る前に悧羅だけを返して背中を抑えつける。
「忋抖はいいの?2人とも欲しいんでしょ?」
耳元で囁くと果てて欲を受け止めている最中であろうと構わずに、腰を持ち上げて背中から攻め続ける。突き上げられながらも悧羅が瀑布の奥に腕を伸ばしているのが見えた。
朧になる中で聞こえるのは悧羅の紳を求める甘い声。
見えるのは艶かしく蠢く姿と白い肌。
悧羅の姿だけが鮮明で、悧羅に溺れたくて、とにかく攻めて突き上げ続けるしか出来なくなってしまう。
瀑布から引き出された時の忋抖の顔を見られないことが残念だが、それは忋抖も同じことだろう。
この惑わしの中で悧羅以外のことを考えられる者など居ないのだから。
ある意味、紳にとっても忋抖にとっても良いことだ。
「溺れるから、ちゃんと全部頂戴ね」
突き上げながら背中の蓮に噛み付いた紳の理性は、そこでごぷりと沼に沈んだ。
――――――――――
突如として囚われた瀑布の中で、忋抖は蹲込むしかなかった。悧羅に堕とされたことに加えて強い惑わしに当てられはしたが、まだどうにか保ててはいる。囚われた、ということは忋抖はここから出ることは許されないのは分かる。出ようとしても悧羅が創ったものならば、忋抖には破れないのだから諦めて出してくれるのを待つしかない。
とはいえ。
「あー、あれかあ」
囚われる前の悧羅の姿を思い出して、忋抖は嘆息しながら頭を抱えてしまった。
紳が前もって視せてくれていたものの中に、確かにあれはあった。
惑わしだけでなく行使った能力の残滓で民が傷付かないように、悧羅は揺り戻しを全部自分で引き受けてきていた。その覚悟と苦痛がどれほどに重いものか、視せて貰っていたのに言われるまで気付けなかった。
籠っている2人の間で、惑わしでの揺り戻しを紳が受け止めて散らしていたことも、忋抖が今の場処に立たなければ知らなかったことだ。
知らなかったからこそ、ただ仲の良すぎる親だと思っていた。
知らなかったからこそ、籠って思うままに情を交わせる紳が、羨ましくて仕方なかった。
「あー、なっさけない」
忋抖を見留めた時に、悧羅はちゃんと忋抖を呼んでくれたのに。あの時に気付いて連れ去ってやっていれば、あんな表情も叫びもさせなくて済んだだろうか。
考えても答えなど出ないが、ただひとつ確かなことは悧羅が忋抖を逃がさなかったということだけだ。刻の経過は分かりにくいが、紳には二刻と伝えれているからそれくらいで出してもらえるだろう。
紳が紳のままでいられれば、の話だが。
もう一度嘆息して顔を上げると、何故か目の前に腕があった。蹲込んだ時には無かったのに、瀑布の奥から突き抜けている腕は、しっかりと伸ばされながらも震えている。白くしなやかなその腕が何かを探すように動くが、腕だけでもそれが誰のものであるかなど容易く分かる。
それほどに忋抖は焦がれているから。
「悧羅?」
思わず腕を掴んだ忋抖の身体を捉えた手が引かれると、けつまつれるように瀑布の外に出されてしまう。
「はあ?」
引き出された忋抖は、周りを見廻すことも出来なかった。出された、と思った一瞬で惑わしの甘い匂いで咽せ返る。
1度だけ忋抖が魅せられたものとは、格段に違う。
ねっとりとした質感は身体に絡みついて、肌からも忋抖の中に入り込む。あまりの惑わしの強さにぐらりと揺れて沈みそうになると、胸に白い右手が当てられていた。紫に煙る部屋は雲の中を通っているように視界が悪いのに、白い肌だけははっきりと見えた。するりと左手も伸びてくると忋抖の胸に当たり、這うように上がってくる。
「…悧羅?」
肩に触れた手に縋るような力が入ったのが分かって名を呼ぶと、煙る中から滑るように半身が出てきた。熱く荒れた吐息を漏らす唇は甘い喘ぎを上げている。幾度か果てた後にだけ見れる蕩けて潤んだ眼は、何かを訴えるように揺らぐ光を宿して忋抖を捉えた。
「かい、とおっ」
縋るような甘い声に忋抖の自制など、難なく崩れ去った。当てられていた腕を掴んで引き上げると貪るように口付ける。くぐもった声と引き寄せた細い身体が跳ねて果てさせられていることまで伝わってくると、忋抖の嫉妬心に火が灯いてしまう。
今、悧羅を蕩けさせているのは忋抖ではない。
果てさせたのも、悦くしているのも、啼かせているのも、忋抖ではない。
姿も声も見えないし悧羅の声しか聞こえないが、この悧羅を作ったのは自分の手ではない。
口付けているのは忋抖なのに、息を継ぐたびに聞こえる声と果てていく姿に狂いそうになる。一呼吸毎に身体を巡る甘い匂いが、忋抖を忋抖で無くしていくようだ。崩れていく自制と理性の代わりに、獣のような激情と滾る己をぶつけたい欲だけが噴き出してくる。
触りたい。
啼かせたい。
悦がらせて、淫れさせて、壊したい。
中に入って、貫いて、突き上げて。
悧羅の中に欲を吐き出して、あの声で名を呼ばれて、欲しいのだと求めさせたい。
迫り上がってくる醜い感情をぶつけるように頭を抑えて口付けを繰り返すと、悧羅から漏れる吐息もますます熱くなる。
「かい、とお、さわっ、てえ…っ」
喘ぎに混じって切なく望まれて、誰が逆らえるだろう。誘われるように弄り出してしまうと、悧羅の左腕が引かれて甘い声をあげながら仰け反った。
「あっ、しんっ、や…っ、ふかっい、あっ悦いっ」
呼ばれた名が自分のものではないことに苛立ってしまう。仰け反った分、しっとりと汗ばんで火照り続ける肢体がよく見えて、胸に吸いついて噛み付く。舐め上げて転がして、首筋や腹など見えている処すべてに跡を残して、忋抖のものだと知らしめながら、秘部に手を這わせる。もう幾度果てさせられたのか、外殻の皮はとうに剝けて膨らんでひくついていた。ぬるりと手に這うものが如何に悧羅が求めているのかを教えてくれる。弄りながら時々強く摘むと、甘美な声が、まだ、と求めてくる。
「そ、れっやめないで、もっとさわ、って」
求める声と同じくして喘ぎも大きくなり、息を呑んでいる姿が艶かしすぎて、ぞくりとしてしまう。
「おねがっ、全部さわっ、て、悦いのっ」
昇り詰めすぎていく悧羅から名を呼ばれる。それが、どんな意味なのか忋抖ももう知っている。
「…っか、いとおっ、かい、とっ」
弄る動きを速めて髪の中に手を入れて、強引に上向かせる。深く口付けて舌を絡めてやる間も、もっと、と強請られた。乞われる名の中に紳の名があることに、更に苛立ちが募る。
「悧羅、今、悧羅が見てるのは誰?」
重ねている唇も舌にも歯を立てると、僅かに血が滲む。舐め取ると甘さとともに忋抖の欲も増す。
「今見えてるのは、誰?」
尋ねても忋抖がすぐに口を塞いでしまうから、悧羅も応えられないのだろう。くぐもった声と漏れるような喘ぎと共に、何処が遠くで肌を打ち付ける音がするような気がする。
「ねえ、誰?」
応えられないように舌を噛んで話せないようにすると、肩に縋り付いていた右手が落ちて、滾り切った忋抖のモノを掴んだ。一瞬びくりと震えた忋抖を逃がすことなく、悧羅の手が動く。艶かしく動く手の動きに声が漏れそうになるが、悧羅に口付けて止める。ぐりぐりと先を捻られ扱かれて持っていかれそうになりそうになりながら、悧羅をより強く弄ることで意識を逸らすが、息が上がるのは止められない。
「あっ、くる、きちゃうっ!やあっ、やめないでっ!」
強張る悧羅に滾り切ったものを強く掴まれては、忋抖も堪らない。見上げてくる悧羅の視界がぼやけて白んでいることも分かってはいるが、悦がって果てる時の顔が見たい。
「…んっ、やあっ、し、んもっとおっ!」
「父様を呼ぶなって」
するりと外殻から手を離して腹を撫であげると、ふるっと頭を振っている。
「やあっ、かいと、やめないでっ、触って、いじめ、てよお」
忋抖のモノを掴んでいた手で離した手を引き寄せた悧羅は、自分の悦くなる処に当てがってくる。
「誰に?何を?どうして欲しいの?」
上辺だけをかりっと擦ると、必死に堪えているのか震えて見せてくれる。
「っ、…さわって、な、めてっ、すって、強、くっ、強いのが欲し、いの。いっぱい悦くしてっ、かい、とで埋めてっ、はや、くぅ」
求めてくれていても、今この刻でさえ悧羅の中に入って突き上げているのは、紳だ。中に入って掻き乱して、啼かせているのは忋抖ではない。
けれど今目の前で蕩けた悧羅は、忋抖を見て忋抖を求めてくれている。
忋抖が知らなかった表情で。
忋抖が見たことの無かった姿で。
忋抖が聞いたこともなかった言葉で。
どこまでも淫らなのに、それが堪らない。
「…いいよ?」
まだ滾れるのか、と這い上がってくる熱に呆れて苦笑してしまう。決して逃げられないようにより強く髪を掴んで上向かせると、当てていた手で強く嬲る。途端におおきくなる喘ぎと強張りに、紳が息を呑んだ音が微かに聞こえたような気もするが、すぐ目の前にある悧羅の顔が妖艶過ぎて、どうでもいい。
「あ、ああっ、んっ、きちゃ、きちゃうっ」
「ねえ、悧羅」
仰け反りたいのだろうが許してやれずに、引き留める手に力を入れてしまう。
この表情をずっと見ていたい。
この声をずっと聞いていたい。
悧羅と快楽の底に沈むことができるなら、他に何も要らないとまで思えてしまう。
今なら。
忋抖が聞きたくて聞けなかったことも、今なら教えてくれるだろうか。
「悧羅、俺のことちゃんと好き?」
この状況で尋ねることでもないことなど百も承知だ。
紳と優劣をつけられていないことなど知っている。
埋められない差があることも分かっている。
大事に扱われて尊ばれてもいる。
けれど忋抖は紳が貰えているであろうその言葉を、悧羅からはっきりと貰ったことがない。
喘ぐ悧羅に今、縋りつかれていても。
無二だと言われて全てを貰えていても。
それだけは言われたことがない。
「やっ、かいとっ、かい、かいとっ、おねがっ」
「教えてくれたらあげる」
堪え過ぎて見開かれた紫の眼から、涙が溢れてくる。しがみつかれている手も冷たく震えてしまっているのに、こんな時に尋ねるなど卑怯なことだ。ぐっとより上向かせる内にも悧羅は紳にやめるな、とせがんでいる。
「父様じゃなくて。俺を見て」
弄る手の速さを変えると、もう無理だ、と乞われてしまう。
「じゃあ教えて。俺は悧羅の何?」
触れ合うほどに寄せた唇に悧羅の吐息がかかる。
「やっ、むにっなのっ、かいとっ、好きじゃなっ」
ふるふると小さく頭を振ろうとするが、忋抖が抑えているから大きく振ることはできないでいる。擦れるように唇が触れるが、好んではいない、という言葉に手をとめそうになる。
「好きじゃないんだ。俺のために縛ってくれただけだもんね」
顔を少し離すと悧羅はまだ小さく頭を振っている。ちくりと痛む胸の痛みを抑えて忋抖は手の動きを速めながら目を逸らしてしまう。
そんなこと分かっていた。
無二だと言われ、心も差し出されてはいるけれど、悧羅にとって愛おしく渇望するほどに求めるのは、紳だけでしかあり得ない。
分かっていたのに聞いてしまった自分を悔やむが、この熱だけはどうにかしてもらわなければ泣き出してしまいそうだ。
「欲をかきすぎたかな」
ぼそりと呟いて大きく息を吸い込むと、臓腑の一片にまで惑わしがねっとりと絡わりついた。
悔やむなら堕ちてしまえばいい。
泣きたくなるくらいなら何も考えられないほど沈んでしまえば、楽になれる。
尋ねたことさえ無かったことに出来るように、堕ちて沈んでしまえばいい。
一度逸らしていた視線を戻すと、まだ悧羅は小さく頭を振っている。
「悧羅、ごめん。きついよね、とにかく果てよ?」
「そ、じゃないっ」
喘いで息も荒れ果てた悧羅に口付けようとすると、泣き出しそうな声がする。
「…っそうじゃな、いのっ、愛おしい、のっ、だれに、もさわらせたくな、いのっ、かいとっ、あっ、やあっ、かい、とっ、かいとおっ!も、っ、だめっ」
がくんっと跳ね上がって果て始めた身体を、急いで留めた忋抖の手を溢れた生温かい水が伝う。見ている中で大きく震えて果てながら、それでも止まってくれるなと悧羅は喘いでいる。
「…愛、おしく思ってくれてたの?」
尋ねる忋抖に、悧羅が必死に頷いている。
「ちゃんと悧羅だけの男として、愛おしいの?」
ずるずると忋抖の胸に収まっていく悧羅の身体はまだ突かれ続けているのか、激しく揺れている。揺れて喘ぎながらも懸命に是を示す悧羅から手を離して、はらはらと髪が落ちる背中をなぞると鮮やかな蓮が飛び込んできた。その内のひとつに爪を立てると薄らと血が滲むが、それさえも快楽に繋がるのか甘い声が大きくなる。
「はは…っ、知らなかった」
忋抖の脚に縋りついて悦がる悧羅が、よもやそこまで想ってくれていたなど知る由もなかった。
心の何処かで、紳のようにはなれないと思っていたから。
悧羅がどんなに忋抖を尊んでくれても、立つ場処が変わって堂々と愛でられるようになっても、それだけは紳には敵わないと信じて疑いもしなかった。
ただ、好きだ、という一言だけで良かったのに。
ひとつひとつの蓮に爪を立てていると、忋抖の滾り切ったモノがまた掴まれる。
「…んっ、でな、きゃっ、しばったりしな、いっ」
喘ぎながら少し身を起こした悧羅の熱い息がそれにかかると、先を齧られた。は?、と息を呑む間に根本まで咥えられて吸い上げられてしまう。
「う、わっ、ちょっと待ったっ!悧羅っ」
止める声など聞こえていないのか悧羅の動きは止まらない。舌を絡ませて舐め上げ、絞りあげ、手も使って扱いてくる。紳に突き上げられて揺れる動きまで加わると、時々歯が立つ。熱い口内と熱い吐息が混ざり合って嬲られて、忋抖も息を止めざるを得なくなる。
「ちょっと、待って!ほんとにやば、いっ!」
限界まで滾って痛いのに、こんなことをされては堪らない。堪らないのに忋抖の手は悧羅の頭を抑えつけてしまう。情を交わしてきた女たちからされたことがないわけではないのに、それとは違う。悧羅にさせてはならないと思うのに、我慢が効かない。もっとして欲しいと願ってしまう。
「悧羅っ、ほんとに、無理っ!」
引き剥がそうとすると悧羅の動きが速められた。
「いや?」
「嫌じゃない、けど、駄目だ、って!」
必死に堪えていると悧羅の身体が跳ねて震えた。その衝撃で歯が立つと忋抖を絞りあげる力も強まって、悧羅の口内に欲を吐き出してしまう。熱い欲は紳にも吐き出されたのか、悧羅の身体が大きく震えたが嚥下しながら口に吐き出される忋抖の欲をすべて舐め取ってくれる。それでも、まだ、と聞こえてくる。休む間もなく攻められながらも、また咥え始めた悧羅の身体を引き起こすと、蕩け過ぎてそれだけで果てている。潤んだ目で口の周りについた欲の残滓を舐めている姿に、また忋抖の中で何かが壊れる音がした。
「…ん、かいとお」
視線が合わさると甘く誘なわれる。
「…まだっ、悦くする、っよ?」
こてん、と首を傾げた悧羅は喘ぎを上げながらまた果てている。啄むように口付けると苦い欲の味がした。両の横腹に手をかけて喘ぎの漏れる口を塞ぐ。
「ほんっと、堪んない」
当てた手を一気に引き上げて押し倒すと見えていた顔が見えなくなる。代わりに熱く畝ってひくつく悧羅の入口が見えた。早く、とでもいうように自らの手で広げて待たれては、本当に何もかもがどうでもよくなってしまう。揺れている腰に手を当てて一気に中に入ると、絡わりついていた惑わしが待っていたように触手を伸ばして、忋抖の意識を沼の中にごぶりと沈めた。
―――――――――――
重い瞼をゆっくりと上げると自分のものではない白銀の髪と、間に揺蕩う薄紫の髪が見えた。おっと、と苦笑した紳はゆっくりと起き上がって足下に転がってしまっていた布団を引き寄せる。自分を加えた悧羅と忋抖の身体に掛けると周りを見廻してみる。
幾重にも張られていた結界は、薄い数枚を残してあとは剥がれている。甘くねっとりと絡わりついていた残滓も、微かに香る程度だ。これくらいならいつもの悧羅から漏れ出すものとそう変わらないし、情の後の余韻と間違ってもらえるだろう。普段の関わり方で十二分に癒してやれるくらいのものまでには、溢れていた分は散らしてやれたはずだ。
本当はもう少し悧羅を堪能したいが、今は難かしいかもしれない。
悧羅が望んだ『夕刻まで』からは少し過ぎてしまっているようで、部屋に差し込む陽がないが、そこは大目に見て貰おう。頬杖を付いて紳と忋抖の間で、2人から腕を廻されて眠っている悧羅の頬を擽るが、疲れたのか身動ぎひとつしない。
そういえば情を交わした後に悧羅が紳を離して眠るなど久しくなかった。淋しく思えてもしまうが、今回ばかりは仕方ない。いつものように休んでしまっていては、起きた時にまた組み敷いてしまったに違いないし、数日は籠る。それを目にした忋抖からは、どんな叱責を受けるか分かったものではない。
3人で、ではあったものの紳は悧羅しか見えていなかったし、悧羅の声しか聞こえていなかった。頑なに拒んでいた忋抖のために、欲に溺れながらも悧羅が何かをしたのだろう。
瀑布を落とす以外の何かを。
「ほんのちょっとだけ妬けちゃうねえ」
閉じられたままの瞼に口付けると、すりっと額を寄せてくれる。共に出された小さな安堵の吐息に苦笑してしまう。
どんなに深く眠っていても悧羅には紳が分かるらしい。寝ている間も紳を堕としてしまうなど、何処まで縛ってくれるつもりなのか。
くすくすと漏れる笑いは、悧羅を見ているだけで欲に変わってしまう。つい唇を啄んでしまうと瞼が僅かに動いた。
「起きて悧羅。忋抖が寝てる間にもう1回、しよ?」
悪戯に啄んでいると呆れたような嘆息が聞こえてくる。
「馬鹿なの?」
ぱしりと頭まで叩かれては口付けるのも止めるしかなくなる。
「起きちゃった?もう少し寝ててくれても良かったんだけどな」
「父様が悪戯し始めなかったら寝れただろうね」
「寝てるフリしててくれても良いのに」
肩を竦めてしまう紳に、また忋抖の嘆息が投げられた。
「出来るわけないでしょ。父様は本当にやり出しそうで怖いんだよ」
呆れたように忋抖が起き上がると、1度大きく伸びてからまたごろりと横になる。よいしょ、と悧羅の方に身体を向けた忋抖も寝息が穏やかなことに、ほっと安堵しているようだ。
「少しは楽になれたかな?」
「多少は残ってるみたいだけど、これくらいならいつも通りで充分だよ。忋抖は大丈夫か?」
揺り戻しを引き受けると普段の情よりも渇きが強く、その分悧羅を求める紳にも多少の負荷が掛かる。すべてを欲として吐き出せば良いだけなのだが、悧羅に対していつも飢えを感じている紳にとっては、より渇きが強く悧羅が治まっても続いてしまう。紳の欲のままでしてしまうと、悧羅は壊れ続ける。それこそ初めて忋抖に悧羅を預けた時のように、堕ちることさえ許してやれない。揺り戻しで刻が要るのはそうならないように、少しずつ分けてもらっているからでもある。
だが今回は1度に引き受けたから正直に言えば、まだ足りない。出来れば今すぐにでも抱き潰したいくらいだ。忋抖が声を掛けなければ、今頃は悧羅の中にいたことだろう。
何度か引き受けてきた紳でも残るくらいだから、初めて引き受けた忋抖には辛いと思って尋ねたのだが、苦笑しながら悧羅の頬を撫でている。
「キツいのは、まあ耐えれるかな。父様の方が多く持ってってくれたんだろ?」
「…バレてたの?可愛くないなあ」
苦笑した紳もごろりと横になると、そりゃあね、と忋抖の笑いを含んだ声が聞こえた。
「俺、入れられても暫く保ったもん。父様も見せたかったんだろ?いつもどれだけのものを悧羅が抱えてるか」
「悧羅がそれを望んでたからね。でなきゃまだ見せるつもりはなかったよ」
あーあ、と寝たままで伸びると、身体の彼方此方からぽきぽきと音が鳴った。
悧羅が忋抖の衣を掴んだ刻に何となくは感じたが、はっきりとしたのは出て行こうとしたのを閉じ込めた時だ。自分が辛い中でも忋抖の心を慮った姿には思うところはあるが、それが悧羅という女だ。望まれていなければ、もう少しだけあの悧羅は独り占め出来ていたが仕方ない。
何処まで忋抖が見れるかは忋抖の胆力次第だったのだが、とりあえずは見れたようだ。
「可愛いかったろ?」
ふふっと笑いながら紳も悧羅に身体を向けて頬杖を付くと、忋抖は何を思い出したのか布団に突っ伏している。
「…可愛なんてもんじゃなかったよ。何あれ」
「どれだよ?話し方、求められ方、淫れ方、他にもいろいろあるけど?」
指折り数えて茶化す紳の前で、忋抖はますます突っ伏している。見えている耳が朱に染まっているのが見えて、くすくすと笑うと、じろりと睨まれた。
「ぜんぶだよ。…なに?父様との刻っていつもあんななの?」
ぼすりと胸を殴られても笑いは止められない。悧羅を起こさないように声を殺すと、余計に睨まれてしまった。
「そんなわけあるか。甘くはなるけど、ここまでは惑わしの後くらいだよ。俺としては毎回でも大歓迎なんだけど」
「あのまんまで居られたら、俺が無理。誰にも見せたくなくって閉じ込める」
紳を殴った手で悧羅の唇をなぞった忋抖は、また何かを思い出したのか、うー、と唸り始めている。何を思い出したのかは聞かずとも分かるが、あどけない頃の姿のようでつい揶揄いたくなってしまう。
「いつもだって寝所での姿は違うだろ」
「そうなんだけど、あそこまではないんだよ。あーもう、ほんと何なの」
「話し方だけは多分荊軻も知ってるだろうけどね」
「え!?嫌だあ…」
また唸り始める忋抖は、はあ、と大きな嘆息を吐いている。あの悧羅を見せたくないのは紳だって同じだ。閉じ込めて良いならとっくの昔にそうしている。悧羅が長であるから出来ないだけで、互いの立場などなければ、ずっと悧羅とだけ過ごしていたいくらいだ。
「荊軻が言ってたろ?悧羅のことで知らないことなんて片手で足りるって。それは俺とお前だけしか知らないことだよ」
「そうだけど…。俺ちょっと800年前の父様を誉めたくなった」
よいしょと悧羅を抱き寄せようとする忋抖を押し戻しながら、紳は小さく肩を竦めた。
「何だそれ」
抱き寄せるのを諦めて悧羅の手を繋いだ忋抖に、悧羅の反対の手を差し出されて繋ぐと満足そうに手に擦り寄っている。
「だってあの事がなきゃ悧羅はあのまんまだったんだろ?今だって隙さえあれば手が伸びてくるのに、払い切れないじゃないか。あんなに可愛い姿、見せたくないだろ」
「じゃあまた一緒にする?そしたら惑わしがなくたって、見せてもらえるかもよ?」
「…それは嫌。…悧羅がどうしてもの時なら叶えるけど、何より…、あーもう、嬉し過ぎて死ぬ」
三度思い出して朱に染まった忋抖に、堪え切れなくなって紳は吹き出してしまった。忋抖が思い出したのは口淫自体か、悧羅に与えられた悦楽か、はたまた妖艶で淫らな姿か。もしくは悧羅の想いか。
多分その全部だ。
「悧羅は自分のものだって決めたら絶対離してくれないからな。諦めてお前もさっさと堕ちることまで堕ちてこい」
繋いだ細い指に噛みついてしまうと忋抖はまた嘆息している。
「離して欲しいなんて思わないけど、これ以上まだ堕ちれるの?」
「まだまだ。さしずめ起こしたら分かる」
「ええ?なんだよそれ?」
きょとりとした忋抖が悧羅に擦り寄るのが見える。己を律することを得手としている忋抖でも、この状況ではなかなかに厳しいようだ。せっかくだから、揶揄い甲斐のある内に揶揄っておくのも面白いかもしれない。
「まあまあ、いいからいいから」
ぎゅうっと悧羅に抱きついている忋抖に苦笑しながら、紳は悧羅を起こしにかかる。数回声を掛けるとどうにか瞼を開けた悧羅が微睡む目で紳を捉えると、するりと片手を伸ばしてきた。
「…大事ないかえ…?」
するりと頬を撫でられた紳に、そこからまた熱が滾る。
「大丈夫だよ。悧羅は?」
小さく笑いながら口付けると、もう片方の手は忋抖に廻されているのが見えた。話し方がいつもの通りに戻っていることに驚いたのか、もしくは起きてすぐ確めるように腕を廻されたことに驚いたのか、こちらもまた滾ってきているようだ。
「…妾のことなど後で良い。忋抖は大事ないか?苦しゅうはなかろうか」
廻された腕で身体を撫で上げられた忋抖が、より固まって悧羅にしがみついている。出来ることならすぐにでも組み敷きたいのを堪えている姿が、本当にあどけなく見える。悧羅に名を呼ばれても頭を振るだけの忋抖に悧羅がきょとりとして紳を見た。
「あんまりにも可愛い過ぎたから堪えるのに必死なんだってさ。他に見せて欲しくないっても言ってたよ?」
おや、と微笑む悧羅に口付けてしまうと、初めは浅く済ませられていたのにどんどんと深く欲しくなる。忋抖を揶揄うつもりだけのはずだったが、紳の方が堕とされそうだ。
「紳と忋抖の他に誰に見せられようか。妾が欲しゅう思うは愛しき其方らのみじゃ」
ふふっと小首を傾げる悧羅に紳が拳を握って耐えると、忋抖もどうにか堪えたようだが、そろりと顔を上げた。
「…ねえ、悧羅。その、それさ?」
おずおずと視線を泳がせる忋抖を見ようとする悧羅を留めて口付ける紳のことも、当たり前のように受け入れながら悧羅はするりと忋抖の身体を撫であげている。
「…ほんとに俺のことも男として愛おしいの?」
まだ信じられない、とでも言いたげに尋ねる忋抖の頭を紳は呆れて小突いた。惑わしの中で聞いただろうし、これまでも悧羅は態度で示してくれている。自分だけの者ではないからと嫉妬にかられるのは分かるが、情を交わした後の悧羅が湯も使わず、腕の中で眠る意味もちゃんと視せていたのに。何より300年ずっと紳が戻るまで縁側に座って待ち続けていた悧羅が、忋抖が共に待つ時は度々膝で眠ってくれている。それがどれほどの倖かも気付けないほどとは、やはり忋抖の飢えは相当に深い。
縛りを結んで多少なりとも潤ったか、と思っていたがますます飢えていたようだ。
まあそれは契りを結んでも飢え続けている紳と同じだろう。
やれやれ、と悧羅を見るとくすくすと笑っている。とんとん、と頬を突く姿は、まるで同じだと言われているようだ。
「愛しゅう思うておらねば、とうに離しておるであろ。忋抖が他の女子に触れられようとも悋気もおこさぬ。其方が『無二』であらばこそ、妾の者だと知らしめとうもなる。すべて見せておったと思うたがまだ足りておらなんだかえ?」
「いや、言われたこと無かったし…。悧羅がそう想って渇くのは父様だけだって…、そこだけは諦めてたから…」
しがみついてまた顔を隠した忋抖に、紳と悧羅は目を合わせて笑ってしまう。遅い初恋を実らせてしまうと、与えられていることすべてが喜ばしいのと同じくらい、猜疑の思いも持ってしまうようだ。
「聞けば良かっただろ?」
「それで違うって言われた時が怖かったんだよ。悧羅に要らないって言われたら生きてけないもん」
一層強く悧羅にしがみつく忋抖は本当にあどけなくて、可愛いらしい。いつも紳の暴挙を止め、弟妹たちや隊士達からも慕われ、樂采の良い父である姿など何処にも見えない。少し無邪気で寂しがりな昔の自分が見えて、紳は笑えてきてしまう。
確かに悧羅はそういったことを口に出す方ではないが、だからこそ時折出される想いが深さを語る。それが分かるようになるには、忋抖にはまだ刻が足りていないのだろう。
「おやまあ、心苦しゅうさせてしもうておったのか。ならば言うた方がよろしゅうあるかえ?」
きょとりとした目で見られたが、紳は肩を竦めておいた。
言葉などなくとも、紳にはもう充分に伝わっている。
「いいや?悧羅は俺が居ないと生きていけないのは分かってるし、充分伝わってる。言葉にされたら、それこそずっと聞きたくて悧羅から出れないよ?でもそうだねえ、忋抖が俺と同じ処まで堕ちるまでは、伝えてあげてた方が安心するかも」
「…その余裕が腹立たしいんだけど?」
忋抖が出した大きな嘆息は悧羅の肌を擽ったのか、身体を震わせている。少しだけ細められた目を見ていると堪えるのも限界だが、それは悧羅も忋抖も同じはずだ。
「どうする?堪える?」
くすくすと笑いながら口付けて囁くと僅かに身を捩ったのが分かった。紳がこれだけ残るのだ。悧羅もまだ、と言いたいのを堪えていることなど聞かなくてもわかる。玳絃との約束と、一緒は嫌だ、と拒む忋抖が居るから律しているに過ぎない。
「…刻は?」
「ちょっと過ぎてるかな?乗り込んでこられたらそれまでってことで、どう?」
「それはまたせんないこと」
悪戯に笑うと悧羅も悪戯に笑いながら、忋抖の顔を触っている。視線だけを上げた忋抖に少し上がってくるように手招きすると、胸までは上がってきたがまた顔を隠している。
「紳も忋抖も、妾が欲しゅう思う唯一無二の男。その手で他の女子を愛でるは許さぬよ」
「俺が出来ないの知ってるくせに」
ふはっと笑う紳に悧羅も苦笑して見せる。
「まあ紳はそうであろうがの。忋抖?」
尋ねられた忋抖も、ふるっと悧羅の上で是を示した。
「いやもう、そうしてこいって言われても無理。出来ない、したくない。本当に何なの、何処まで堕としてくれるんだよ」
あー、と唸る忋抖の身体と紳の首に悧羅の腕がするりと廻される。
「妾が其方らに堕とされ続けておる限りは。であらば、やはり妾が天に還るまでは難儀させてしまうやもしれぬの」
「なにそれ、倖すぎて死にそう」
吹きだすように笑いだした忋抖を撫でている悧羅に、また紳が口付け始めた。
「もういい?悧羅、俺が限界。触りたい」
頬を包むと綻ぶような笑顔が目に飛び込んできたが、そっと指を唇に当てられた。少し待てということだろうが、もう!、と紳は頬を膨らませてしまう。すぐだ、と喰まれた紳も仕方なく悧羅の身体を弄るしかない。上がる悦楽を堪える悧羅に求められて、耐えられるならやってみればいい。甘く囁くような声で名を呼ばれた忋抖は、また大きく嘆息しながら顔を上げている。
「妾はまだ足りておらぬ故、今一度はならぬかえ?」
「だから一緒は嫌なんだってば」
肩を落とす忋抖の頬を悧羅が包むが、紳の手はもう悧羅の悦くなる処を捉えてしまう。それでも悧羅が話せるように、と一応少しだけ避けていると身体が捩られた。
「せんないのう、次はいつこのようにしてもらえるか分からぬというに」
「だーかーらー!2人の時ならどれだけでも喜んでって言ってるの!」
「それはそれで愉しゅうあるが」
微笑んだ悧羅の肩に紳が歯を立てて、早く、と急かす。身を震わせながら忋抖に口付けた悧羅から逃げようとしたのか、身を起こした忋抖が漏れだした甘い声で止まったのが紳にも分かる。
「2人に壊して欲しいの。…たくさんするけど、駄目?」
こてん、と首を傾げた悧羅に忋抖ががっくりと項垂れて顔を朱に染めたのが見えて、紳は笑いだしてしまう。
「それは狡いよ、悧羅。忋抖も観念したら?堕ちた方が倖だぞ?」
頭を掻いている忋抖に苦笑しながら弄ぶように悧羅に口付けを繰り返す紳に、その日1番の嘆息が落ちてきた。
「…ほんとに、どうなっても知らないよ?父様、そのままね」
「え?俺もう入りたいんだけど」
「駄目。こんなに煽ったらどうなるか、とことん教えとかないと。玳絃みたいなのがどんどん出てきたら、俺が保たない」
諦めたのか、堕ちたのか。
「あーもう、…ほんっとに…」
忋抖が悧羅の脚の間に顔を埋めると、紳が塞いでいた口からくぐもった喘ぎが漏れてくる。
「お預けはキツいなあ、ねえ、悧羅?」
唇を離して顔を包むと、急に与えられ始めた刺激で悧羅は昇り果てようとしている。快楽に堕ちる悧羅の顔はいつ見ても紳をより滾らせる。よいしょ、と起き上がると悧羅の頭を膝に乗せて留める支度を整える。
「そういうわけだから、お願いね?」
己の滾り切ったモノに悧羅を寄せると、喘ぎと熱くなってきた息を纏わせながら含み始めた。ねっとりと絡みつくように咥えられて、ぶるりと紳の背中を震えが走った。
お楽しみいただけましたか。
読んでくださってありがとうございました。