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別離【弐】《ベツリ【ニ】》

更新します。

約束(ヤクソク)した玳絃(タイゲン)は、それから毎日(シン)(ヤシキ)(カヨ)った。

昼間(ヒルマ)(タガ)いに(ツト)めがあるから終わってからになるが、できるだけ早く()ませて(ヤシキ)に行く。(シン)悧羅(リラ)()()()()を伝えると、必ず(ミヤ)(モド)ってから行くように、と言われた。そのまま行きたかったのに何故(ナゼ)だろうと不思議(フシギ)に思っていたが、(モド)ると磐里(バンリ)加嬬(カジュ)2人(フタリ)分の食餌(ショクジ)を持たされたので合点(ガテン)が行った。


姚妃(ヨウヒ)(モド)りは相変(アイカ)わらず(オソ)く、玳絃(タイゲン)が待つことが多かったけれど、()てることが(ウレ)しい。身体(カラダ)(モド)り切れていない姚妃(ヨウヒ)のことが心配(シンパイ)で、送り(ムカ)えもさせてくれと(ネガ)ったが、それは丁寧(テイネイ)()された。食餌(ショクジ)も出来るだけ食べて欲しくて世話(セワ)()くと苦笑(クショウ)されてしまう。


やれやれ、と小さく(ワラ)いながら、それでも()しだした物を食べてくれる姿に(ナミダ)が出そうだった。食餌(ショクジ)をしながらその日あったことを話し、茶を飲みながら思い出話をする。話す時には姚妃(ヨウヒ)(ヒザ)に乗せたいと願ってみたが、(トナリ)(スワ)るから、と(ワラ)って首を()られる。(ヒザ)に乗せるのは(アキラ)めたが、目に見えて(カタ)を落としたのが分かったのか、(コロモ)()れる(トコロ)()てくれた。


姚妃(ヨウヒ)悧羅(リラ)(ハラ)に来てくれた時に始まり、生まれてくれた時のこと、(オサナ)(コロ)のこと。思い出を(ナツカ)しんでいると(ジカン)など、どれだけあっても()りはしない。けれど()(コク)前には必ず(ミヤ)(モド)されてしまう。(ジカン)()しくて、出来るだけ姚妃(ヨウヒ)(ソバ)()たくて(シン)(ヤシキ)玳絃(タイゲン)(トド)まる、と言ってみたが(コバ)まれてしまった。


兄様(アニサマ)()だよ?」


玳絃(タイゲン)が何かを(ノゾ)(ゴト)(ナダ)めるように口にされる()()は、姚妃(ヨウヒ)()った(カベ)に思えた。


きっと()()(カベ)までが玳絃(タイゲン)が長く(ノゾ)んできた『どこにでもいる兄妹(キョウダイ)の姿』なのだろう。何処(ドコ)までが自分に(ユル)されることなのか(ナヤ)んでしまっていると、(マタタ)()2月(フタツキ)()ぎる。


「そろそろ精気(セイキ)()りに行ってきてね」


そう言われはしたが精気(セイキ)()りに行けば、どんなに(イソ)いでも一刻(イッコク)はかかるし、()れるとも(カギ)らない。()れ、と言うのが姚妃(ヨウヒ)(ネガ)いなら(カナ)えなければならないが、今の玳絃(タイゲン)身体(カラダ)充足(ミタ)すには2.3人から()けて(モラ)う必要がある。都合(ツゴウ)よくヒトの子を見付けられればいいが、それは(ムズカ)しいだろう。さしずめ里の(ダレ)かと交換(コウカン)しておけば速いが、どうにも()()()気分(キブン)になれない。(ナヤ)みながら(ツト)めていると(シン)昼餉(ヒルゲ)(サソ)われた。


()れて行かれたいつもの店に先に(スワ)っていた忋抖(カイト)を見つけて、同じ席に(スワ)(シン)長兄(チョウケイ)苦笑(クショウ)している。


「何でおんなじ(トコロ)(スワ)るんだよ。まだ()いてるでしょ?」


忋抖(カイト)がいるなら一緒(イッショ)で良いじゃないか」


さっさと玳絃(タイゲン)の分まで(タノ)んで忋抖(カイト)の頭を(シン)()でる。食べにくい、とますます苦笑(クショウ)する忋抖(カイト)(シン)(ワラ)ったままだ。


(イヤ)だよ、父様(トウサマ)目立(メダ)つんだから。一緒(イッショ)って(オゴ)らないよ?あ、玳絃(タイゲン)兄様(アニサマ)が出してやるから、たくさん食べろ」


罪作(ツミツク)りな(ヤツ)が何言ってんだか。なあ、玳絃(タイゲン)


目の前で()り広げられる他愛(タアイ)もない光景(コウケイ)に、玳絃(タイゲン)(ワラ)えてきてしまう。そういえばもう(ワラ)うことさえ(ワス)れていたような気がする。


「で?()かない顔だなあ、どうした、どうした?」


出された食餌(ショクジ)()りながら(タズ)ねられて、玳絃(タイゲン)嘆息(タンソク)しながら話すと、なるほどねえ、と(シン)忋抖(カイト)苦笑(クショウ)している。


「『お(ネガ)い』だって言われてるんだから(カナ)えなきゃって思うんだけど、()()()()()()()()()()()()し。…枯渇(コカツ)してる訳でもないから」


(ハシ)を取ったは良いものの食べる気になれずに置くと、忋抖(カイト)が自分の甘味(カンミ)を口に()()んでくる。仕方(シカタ)なく飲み()むと今度は食餌(ショクジ)()()まれた。


兄様(アニサマ)、食べたくないんだってば」


次々に入れられて思わず()退()いてしまうと、駄目(ダメ)、と(シカ)られてしまう。


「とりあえず食べないと駄目(ダメ)。考えるってのも体力(タイリョク)使(ツカ)うんだよ」


ほら、と出されて玳絃(タイゲン)は大きく(カタ)を落とした。(ウバ)われた(ハシ)を取り上げなければ、忋抖(カイト)は食べさせ続けるだろう。()いているとはいえ(ホカ)にも(キャク)()るし、外から見ている(タミ)も多い。忋抖(カイト)(シン)目立(メダ)つ、と言うが玳絃(タイゲン)から見れば忋抖(カイト)とて変わらない。(マワ)りから見れば(アニ)(オトウト)にちょっかいを出しているようにしか見えないようで、(ミナ)から微笑(ホホエ)ましく見られているのは(クスグ)ったいものがある。


兄様(アニサマ)()()何気(ナニゲ)()ずかしいんだけど」


可愛(カワ)いがられとけば良いんだって。はい、次」


悪戯(イタズラ)(ワラ)って自分も甘味(カンミ)を口にしながら世話(セワ)を焼いてくれる忋抖(カイト)根負(コンマ)けして、玳絃(タイゲン)が口を開けると満足(マンゾク)そうに(ワラ)いながら手伝(テツダ)い続けている。


「ええ、じゃあ(オレ)もやりたい」


「はいはい、父様(トウサマ)(オレ)玳絃(タイゲン)の分の甘味(カンミ)(タノ)んでて」


「何だよ、(ヒド)いなあ。(オレ)だって玳絃(タイゲン)(アマ)やかしたいのに」


(オレ)で間に合ってます。なあ、玳絃(タイゲン)?」


くすくすと(ワラ)い合う(シン)忋抖(カイト)の方が兄弟(キョウダイ)に見えてくる。普段(フダン)から間に(ハサ)まれている悧羅(リラ)はさぞや苦労(クロウ)していることだろう。とはいえ大事(ダイジ)にされているのは(イヤ)になるほど伝わってきて、(ムネ)(オク)がほんのり(アタタ)かくなってしまう。


「とりあえずは玳絃(タイゲン)()りに行きたくないって(トコロ)をどうにかしないとだなあ」


店主(テンシュ)(タノ)んでいた甘味(カンミ)(トド)けられると、今度は(シン)玳絃(タイゲン)の口に運び出した。


()()()()()()()()()ってのは分かるけどさ」


「どっかの(ダレ)かさんも2年近く()ってないの気付(キヅ)かなかったらしいもんねえ」


新しい甘味(カンミ)(タノ)みながら忋抖(カイト)に見られた(シン)苦笑(クショウ)して見せた。


「…父様(トウサマ)はさ、何で()ろうって思えたの?」


「生きてなきゃいけなかったからね」


甘味(カンミ)を食べ終えさせられて、茶を持たされた玳絃(タイゲン)(タズ)ねてしまうと、あっさりと(シン)(コタ)えた。きょとりと(クビ)(カシ)げてしまう玳絃(タイゲン)の前で、(シン)忋抖(カイト)甘味(カンミ)をひとつ取り上げて口に(ホウ)()んでいる。


(オレ)()びてなかったからね。(タテ)になりたくても近くに()なきゃ出来ない。強くならなきゃ声も聞けない。そのためには生きてなきゃいけないし、生きるために必要だった、それだけだよ」


本当にただそれだけだった。

悧羅(リラ)傷付(キズツ)けて、(トモ)()ごしていた(コロ)など見る(カゲ)もないほどに()せさせて、手も(トド)かない(トコロ)に追いやってしまった。

せめて()びるまでは生きていなければならなかったし、()びるためには近くに居る強さが必要だった。

そのために精気(セイキ)()らなければならなかっただけだ。

(ダレ)でもいいから(ジョウ)()わせば幾許(イクバク)かは(マカナ)えたとは思うが、どうしても悧羅(リラ)以外に(ヨク)()かなかった。(モト)めてきた女に()()られても、(ヨク)()くどころか嫌悪(ケンオ)不快(フカイ)な思いを(イダ)くだけで、むしろ気持(キモ)ちが悪かった。とはいえ、(ジョウ)(ムス)べなくなってもさして(コマ)りはしなかったし、本当に()しい(モノ)()れられないなら何の意味もない。

当時(トウジ)近衛(コノエ)隊長(タイチョウ)(クダ)した後の悧羅(リラ)との邂逅(カイコウ)は、()びるよりも(サキ)(シン)に男としての(ヨク)を思い出させた。


悧羅(リラ)()()()しくない。

悧羅(リラ)()()()()れたくない。

悧羅(リラ)()()()()れられたくない。


手を(ハナ)してから女など『()しい』と思った事もなかったのに、一瞬(イッシュン)(タギ)らされた時に痛感(ツウカン)したのを(オボ)えている。


声を聞け、姿も見れる位置(イチ)に立てるようになって、より一層(イッソウ)(ツノ)っていく(シン)(オロ)かで(ミニク)感情(カンジョウ)をぶつけずに()んだのは、ヒトの子からだけでも精気(セイキ)()ることを(ヨシ)としていたからだ。


生きて()びるために。

生きて(タテ)になるために。

この(サキ)ずっと、()れさせて(モラ)えることなど無かったとしても。


()()()()()()()()()()()()()()


(シン)の場合は()()()()()()()が、今の玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)への呵責(カシャク)が大きすぎて、精気(セイキ)()ることや(ジョウ)()わすことまで考え切れない、といったところか。


「生きる、かあ」


ぼそりと玳絃(タイゲン)(ツブヤ)くと、小さく(ワラ)いながら(シン)(チャ)(スス)る。


「生きてなきゃ声も聞けないぞ?(マモ)ってやることだって出来なくなる。(アセ)んなくても良いさ。玳絃(タイゲン)が生きるために必要なことなら、そのうち(イヤ)でも出来るようになるから」


「そういうもの?」


(オレ)が言うんだから間違(マチガ)いないだろ」


頭を()でてくれながら言う(シン)に、ほっと玳絃(タイゲン)安堵(アンド)する前で忋抖(カイト)がいつの間に(タノ)んでいたのか、また新しい甘味(カンミ)を受け取って食べ始めている。


父様(トウサマ)もこう言ってるんだし、すぐすぐ枯渇(コカツ)するんじゃなければ、別に玳絃(タイゲン)の気持ちが向いてからで良いんじゃないの?」


横からまた(ウバ)っていく(シン)にもう、と言いながら忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)に手を出すように(ユビ)(ツクエ)(タタ)く。(シメ)された(トコロ)に手を置くと手の首を(ツカ)まれた。


「うん、少しは(モド)ってきてるかな」


肉付(ニクヅ)きを(アラタ)められながら(ツカ)まれた手から、(ユル)やかに(アタタ)かな忋抖(カイト)精気(セイキ)が流れ込んできた。


兄様(アニサマ)、いらないってば」


(ツカ)まれた手を退()こうとすると、より強く(ツカ)まれて身体(カラダ)ごと忋抖(カイト)の方に(カタム)いてしまう。


()りに行きたくないんだろ?だったら受け入れとけ」


当たり前のように分けてくれる気持ちは有難(アリガタ)いが、忋抖(カイト)悧羅(リラ)にも分けているし、樂采(ガクト)に何かあった時のためにも残しておかなければならないはずだ。そう言うと今度は(シン)が分けると言い出してしまう。


「本当に大丈夫(ダイジョウブ)だから」


何度も伝えるが手を(ハナ)してくれない忋抖(カイト)(コバ)もうとすると、悪戯(イタズラ)(ワラ)われる。


(オレ)枯渇(コカツ)したりしないし、父様(トウサマ)悧羅(リラ)に取っておいて。(コバ)んだりしたら口移(クチウツ)しでやるからね、此処(ココ)で」


微笑(ホホエ)んでとんでもないことを言う忋抖(カイト)千切(チギ)れんばかりに首を()ってしまうと、(シン)が声を上げて(ワラ)い出した。


(モラ)えるなら(モラ)ってればいい。姚妃(ヨウヒ)には忋抖(カイト)(オド)したって伝えとけば、とりあえず安心(アンシン)するだろ。(ウソ)じゃないしな」


本気でやり出しそうな忋抖(カイト)面白(オモシロ)そうな(シン)一瞥(イチベツ)を投げてみたが()きはせず、有難(アリガタ)く受け入れることにしたことを姚妃(ヨウヒ)に話すと、こちらもまた苦笑(クショウ)していた。


同じような日々(ヒビ)が続いても姚妃(ヨウヒ)()った(カベ)(クズ)れる様子(ヨウス)もない。話すことは山程(ヤマホド)あるがどうしても()()()のことや、それに(ツラ)なることを玳絃(タイゲン)は口に出来ずにいた。姚妃(ヨウヒ)荊軻(ケイカツ)から書物(ショモツ)()りてくると、ゆっくりと読めるように縁側(エンガワ)(スワ)って書物(ショモツ)(メク)る姿を見て()ごす。言葉(コトバ)()わさなくても、姚妃(ヨウヒ)が見える(トコロ)()るだけで安心できた。目を閉じても紙を(メク)る音は、姚妃(ヨウヒ)()()()ると教えてくれていた。


それでも()()()()()()()と、もやもやとしてしまう。


「良いんだよ」


(ナヤ)み始めると見透(ミス)かしたように、決まったように姚妃(ヨウヒ)()()()(カエ)してくれた。


姚妃(ヨウヒ)の出発する日が、あと2月後(フタツキゴ)(セマ)ると、ふいに(ミヤ)(モド)ると言いだした。出発の日までこうして()ごしていくのだとばかり思っていた玳絃(タイゲン)は、何故(ナゼ)ときょとりとしてしまった。


「え、何で?」


聞き返してしまった玳絃(タイゲン)に、姚妃(ヨウヒ)もまたきょとりとしている。


「なんでって。他の(ミンナ)とも()ごしとかないと、()()()()会わずに行ったら(オコ)られちゃうでしょ?いつ帰ってくるか分からないんだから、(ミンナ)()ごしておかないと(サミ)しいし」


「それはそうだけど」


当たり前のように言われては何も言い返せない。姚妃(ヨウヒ)が見えない(トコロ)に行くことを悲しむのは玳絃(タイゲン)だけではないのだから、(ミナ)との(ジカン)も必要だろう。

それでも、『いつ(モド)るか分からない』、という言葉に玳絃(タイゲン)(ムネ)が痛む。


身体(カラダ)つきも大分(ダイブン)(モド)ったし、これなら磐里(バンリ)加嬬(カジュ)にもあんまり(シカ)られないと思うしね」


ふふっと(ワラ)姚妃(ヨウヒ)の見た目は(タシ)かに随分(ズイブン)と良くなったとは思う。それでも(モト)の姿からは一回(ヒトマワ)りは小さいし、まだ顔色(カオイロ)も良い方ではない。化粧(ケショウ)誤魔化(ゴマカ)しているが、目の下には(クマ)があるし、(ツカ)れやすいのか大きな(イキ)()くこともしばしばだ。姚妃(ヨウヒ)気取(ケド)られないようにしているつもりだろうが、両手をきゅっと(ニギ)()めることも多いし、近くに()れば姉兄(シケイ)たちも無理(ムリ)をしていることくらい、すぐに気付(キヅ)くだろう。しかも磐里(バンリ)加嬬(カジュ)であれば姚妃(ヨウヒ)(カク)そうとしても気付(キヅ)くし、気付(キヅ)かれれば(シカ)られないということは、まずありえない。


「持っていきたい書物(ショモツ)も選ばないといけないし、母様(カアサマ)にも色々聞きたいし。(イソガ)しくなりそう」


心配(シンパイ)してしまうが指折(ユビオ)り数えて見せる姚妃(ヨウヒ)は、余程(ヨホド)楽しみなのか小さく(ワラ)い続けている。(オサナ)(コロ)土産(ミヤゲ)を開ける前や、出掛(デカ)ける約束(ヤクソク)をしていた時に見せていた表情(カオ)だ。


姚妃(ヨウヒ)、楽しみなの?」


「うん、とっても。何が見れるかとか何が知れるかとか、考えるだけで楽しい」


「そっか」


その楽しみにしている場処(バショ)玳絃(タイゲン)(トモ)()ることは出来ないのに。無邪気(ムジャキ)な顔に玳絃(タイゲン)(ムネ)がまた少し痛んだが、表情(カオ)に出さないように微笑(ホホエ)むしかない。


これがもともと玳絃(タイゲン)(ノゾ)んでいた()()()()姿()だから。


そう自分に言い聞かせて、(ミヤ)(モド)った姚妃(ヨウヒ)見守(ミマモ)って()ごす。ただ姚妃(ヨウヒ)の部屋をどうするのかと(ヒソ)かに(アン)じていたのだが、悧羅(リラ)によって何の跡形(アトカタ)もなく(モド)されていた。それでも、()()()()では、と思ったのだが姚妃(ヨウヒ)()()()()で、と言ったらしい。


姚妃(ヨウヒ)は一度()うてしまわば変えぬでの」


そう言って悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んでいたが、姚妃(ヨウヒ)()()()()でどう()ごしているのかが玳絃(タイゲン)心配(シンパイ)(タマ)らない。

また何かあったら、とも(アン)じてしまうが(イマ)だに()()()を思い出してしまって、玳絃(タイゲン)()()()()()()()()()には近付(チカヅ)けていない。何かあった時に()()めるかと聞かれれば、行くとは言えるがきっと(アシ)(スク)むだろう。


不安に思ってはいても(アン)じているようなことは起こらず、(オドロ)くほど(オダ)やかに日々(ヒビ)()ぎていく。

変わったことと言えば(シン)(ヤシキ)出向(デム)かなくなったことくらいで、(ヤシキ)()た時よりも姚妃(ヨウヒ)(モド)りは早くなり、(ネム)るまでは(ミナ)で以前のように(シン)悧羅(リラ)(カコ)んで()ごす。ただ、(ホカ)姉兄(シケイ)たちが姚妃(ヨウヒ)を取り合ってしまうから、玳絃(タイゲン)()()(トナリ)(スワ)ってくれることは少なくなった。


(ミヤ)(モド)っただけなのに、玳絃(タイゲン)ができなくなったことは()えていくばかりだ。


食餌(ショクジ)を口に運んでやることも、湯上(ユア)がりに(カミ)(カワ)かしてやることもない。姚妃(ヨウヒ)はきちんと自分で(カワ)かしていたし、(タマ)水気(ミズケ)が残っていると灶絃(ソウゲン)がやってくれる。手を(ツナ)いでやることなど勿論(モチロン)無くなって、このまま何が出来るわけでもなく出発まで()ごすのか、と思えば何処(ドコ)となく苦しくもあった。けれど、何がそう思わせるのかは心当(ココロア)たりが多すぎてひとつに(シボ)れない。


何がしたいのかも分からず鬱屈(ウックツ)としていると、それはまた唐突(トウトツ)に始まった。


姚妃(ヨウヒ)ちゃん、今日はぼくと()てね」


朝餉(アサゲ)()で言い出した樂采(ガクト)姚妃(ヨウヒ)()(シメ)すと、()(ニギ)やかになる。(ダレ)もが姚妃(ヨウヒ)が出発するまで共寝(トモネ)をしたいと言い出し、明日は自分だと取り合いの口論(コウロン)が始まって朝餉(アサゲ)どころではなくなってしまう。


「もう、順番(ジュンバン)だよ。ぼくから始まったら次は媟雅(セツガ)ちゃん。それで良いよね、姚妃(ヨウヒ)ちゃん?」


樂采(ガクト)一声(ヒトコエ)で始まった共寝(トモネ)姉兄(シケイ)たちは歓喜(カンキ)していたが、素直(スナオ)に喜べない玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)するしかない。とりあえず自分は本当の最後で良いとだけ伝えて、瑞雨(ズイウ)たちに(ジュン)(ユズ)っておいた。


「いいの?」


(オレ)は3年ずっと一緒(イッショ)だったからね、お前らに(ユズ)る」


「やった!」


(ミナ)(イブカ)しまないように言葉を選んで伝えると、顔を(カガヤ)かせて喜ぶ瑞雨(ズイウ)憂玘(ウイキ)湖都(コト)(ウラヤ)ましくもあった。

(ナガ)れに乗れば姚妃(ヨウヒ)共寝(トモネ)は出来るし、()()()()()とも思う。

だが、同時(ドウジ)()()()()()()()()()と自分に言い聞かせた。


姚妃(ヨウヒ)()()(ノゾ)んでいないのだから。


共寝(トモネ)が始まると(ミナ)姚妃(ヨウヒ)(ヒト)()めしたいのか、さっさと部屋に(モド)るようになった。必然的(ヒツゼンテキ)玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)()れる(ジカン)も少なくなってしまうが、(ダレ)かと一緒(イッショ)なら、大丈夫(ダイジョウブ)だと自分に言い聞かせる。

(ソバ)()るのが玳絃(タイゲン)でなくとも、姚妃(ヨウヒ)(マモ)られていれば良い。

そう思えはするのに姿が見えないと落ち着かない。

手持(テモ)無沙汰(ブサタ)でいるのも何なので、姚妃(ヨウヒ)が見えなくなれば妲己(ダッキ)鍛錬(タンレン)に出て(オソ)くに(モド)る。また(ネム)りが少なくなる、と妲己(ダッキ)(シカ)られたが鍛錬(タンレン)に打ち()んでいれば何も考えずに()むし、短くとも(ドロ)のように(ネム)れたので、むしろすっきりとするくらいだ。


ひたすらに打ち()んだ後に()を使って妲己(ダッキ)(ネム)る。


()(カエ)し、()(カエ)し。


心で(クスブ)るナニカが何であるかも分からずにいても日々(ヒビ)(メグ)っていく。

本当の最後の日が近付(チカヅ)いてくると、また()げるように鍛錬(タンレン)()やしてしまう。何度(イサ)められても止められない玳絃(タイゲン)(ゴウ)()やした妲己(ダッキ)(クワ)えられて()(ホウ)()まれたのは、出発が7日後に(セマ)った日だった。


「もう!何すんだよ、妲己(ダッキ)!」


(コロモ)も何もかもそのままで()に落とされた玳絃(タイゲン)が立ち上がりながら言うと、体躯(タイク)を大きくしたままの妲己(ダッキ)が低く(ウナ)った。


(ワレ)(ゲン)をお聞きになられぬなど。大概(タイガイ)になさいませと(モウ)()げておりましょう”


低く(ウナ)り続けている妲己(ダッキ)は、声を(アラ)げることはしないが体躯(タイク)(モド)すこともしない。静かにそれでも(ヒド)(オコ)っているのが見えて、思わず玳絃(タイゲン)はその場に(スワ)ってしまった。


これはまずい。


玳絃(タイゲン)妲己(ダッキ)(シカ)られたことはあっても、(オコ)られたことはない。生まれた時から当たり前のように(ソバ)()(マモ)ってくれている妲己(ダッキ)は、いつも多少(タショウ)の事なら目を(ツブ)ってくれる。(シン)悧羅(リラ)内緒(ナイショ)(ミヤ)()け出したことや、磐里(バンリ)加嬬(カジュ)悪戯(イタズラ)仕掛(シカ)ける時だって、いつもその大きな体躯(タイク)(カバ)ってくれた。哀玥(アイゲツ)のことを、子どもたちに(アマ)い、と言って良く(ワラ)っているが1番(アマ)いのは、(ダレ)が何と言おうと妲己(ダッキ)だろう。


妲己(ダッキ)には(カナ)わない」


(シン)悧羅(リラ)にそう言わしめるほどに、妲己(ダッキ)()()()玳絃(タイゲン)たちの1番の理解者(リカイシャ)味方(ミカタ)でいてくれた。


若君方(ワカギミガタ)がお(スコヤ)かであられれば、なにより”


()(ツカ)もうが、飛び付こうが、毛を()かれようが(ワラ)って受け止めてくれていた妲己(ダッキ)が本気で(オコ)っているところなど初めて見た。


妲己(ダッキ)、…(オコ)ってる?」


静かすぎる(イカ)りを()びせられて、()(スク)めてしまった玳絃(タイゲン)湯殿(ユドノ)(フチ)からそっと(ノゾ)くが低く続く(ウナ)りは()んでくれない。


(イキドオ)らぬなどと思うておいでか?”


低い声と共に毛も逆立(サカダ)てているのが見えるが、玳絃(タイゲン)を見る目は今にも泣き出しそうな色を(ハラ)んでいる。


御身体(オカラダ)をお(コワ)しになるおつもりか?御心(ミココロ)をお(コワ)しになるおつもりか?”


「…そんなつもりはないよ」


(カナ)しそうな黄金色(コガネイロ)(マナコ)から目を(ソラ)してしまうと(ウナ)りが大きくなる。


(マコト)にそのようなおつもりでないと(オオ)せならば、(ワレ)の目を見て(モウ)せましょう”


「……っ……」


身体(カラダ)も心も(コワ)すつもりなど無かった、と言っても妲己(ダッキ)が信じられないのも分かる。宮に()(モド)された(トキ)から、妲己(ダッキ)はずっと玳絃(タイゲン)(ソバ)()てくれているのだから、()玳絃(タイゲン)がどのような塩梅(アンバイ)であるのかなど言わずとも1番良く知っているだろう。確かに()()()から無茶(ムチャ)をしているのは自覚(ジカク)してもいたけれど、何かしていないと立てなくなりそうだった。


ただ、心の何処(ドコ)かで(コワ)れてしまえれば(ラク)なのに、と渦巻(ウズマ)いていたのは(イナ)めない。


言葉(コトバ)()まって(ウツム)いてしまった玳絃(タイゲン)(ウナ)りの()わりに大きな嘆息(タンソク)()ってきた。


玳絃若君(タイゲンワカギミ)(ワレ)を泣かせとうあられますのか?”


下を向いたままで首を()ると、頭にふわりと()が乗せられたが、妲己(ダッキ)()は大きすぎて()()かってしまっている。暑さに弱い妲己(ダッキ)は、水よりも()の方を(キラ)うのに(カマ)うことなく尾を幾本(イクホン)も頭に乗せて(ヤサ)しく(ツツ)んで(カク)してくれる。その仕草(シグサ)だけでどれだけ心配(シンパイ)させてしまっていたのかが知れるというものだ。


「…ごめんなさい…」


(ツブヤ)くように出した声に、置かれた()がゆっくりと()でるように動いた。


“少しばかりごゆるりとなさいませ、と(モウ)し上げておりましょうに。(ワレ)がお(ソバ)におります(ユエ)、ご(アン)じなさいますな”


「…()れるよ?妲己(ダッキ)()(キラ)いだろ…」


頭の上で動く()(カク)れたままで言うと、(アキ)れたように残っていた()()に入れて動かして見せてくれる。


“お気になさらずともよろしゅうございますが、若君(ワカギミ)(アロ)うて(カワ)かしてくださいますなら、より(コラ)えられましょうな”


くっくっといつもの(ワラ)い声が聞こえて、玳絃(タイゲン)も大きく(イキ)()いた。(イカ)りが()けたわけではなく説教(セッキョウ)(マヌガ)れないだろうが、妲己(ダッキ)()びるためには体躯(タイク)(アラ)うくらいでは()りないのは分かる。


「喜んで(アラ)わせていただきます」


“ほほう。ならば大きさはこのままでよろしゅうございましょうや”


「それは元に(モド)してよ」


()が取り(ハラ)われて()から上がった玳絃(タイゲン)(コロモ)()ぐと、妲己(ダッキ)体躯(タイク)(モド)してくれた。()(キラ)いだとあれほど言っていたのに、玳絃(タイゲン)心配(シンパイ)して一緒(イッショ)に使ってくれる。妲己(ダッキ)の優しさは(ウレ)しいけれど、同時に(モウ)(ワケ)がないとも思う。


「…ごめんね、妲己(ダッキ)


体躯(タイク)を洗ってやりながら()びると、まったく、と(ハナ)()らしている。


(オノ)ばかり()められて、(オノ)が心を見ようともなさらぬのは(シン)(ユズ)りでございましょうや。(シン)(モウ)しておったでしょう。若君(ワカギミ)間違(マチゴ)うてなどおられませぬ”


「…そう思えたら良いんだけど。何が正しくて、何が間違(マチガ)いで、どう動くのが1番姚妃(ヨウヒ)のためになるのかが分からなくなってて」


妲己(ダッキ)(アラ)い流しながら嘆息(タンソク)すると、さっさと身を(キヨ)めろと言われてしまう。言われるままに清める間に妲己(ダッキ)は自分で手拭(テヌグ)いを持ってきて器用(キヨウ)()水気(ミズケ)を取り始めている。(キヨ)()わると今度は()に突き落とされた。


「もう!」


()の中から顔を出した玳絃(タイゲン)の頭は、(カタ)まで()かれと前脚(マエエシ)()されてしまう。(アキラ)めて言うとおりにすると、100数えるように、と幼子(オサナゴ)に伝えるように言われてしまった。


(ワレ)(モウ)せますのは姚妃姫君(ヨウヒヒメギミ)()、ではなく若君(ワカギミ)()、ではなかろうかと思うておりまするが。若君(ワカギミ)御心(ミココロ)(ナヤ)ませておるものは何処(イズコ)から始まっておるのでございましょうな”


「それが分かれば良いんだけどね。もう(ジカン)ないのに。妲己(ダッキ)、100数えたよ」


“あと200”


「…()えた…。湯当(ユア)たりする…」


うー、と(ウナ)りながら数えて妲己(ダッキ)(マワ)りに鬼火(オニビ)で風を作ってやると自分で良いように(カワ)かしているが、毛は(ミダ)れてしまう。自分の寝支度(ネジタク)を整えた玳絃(タイゲン)が毛を(トトノ)えようとすると、さっさと湯殿(ユドノ)から出るように身体(カラダ)()された。


押し出されるように湯殿(ユドノ)から出て妲己(ダッキ)と共に自室(ジシツ)に向かって、ふと玳絃(タイゲン)は、あれ?、と(アシ)を止めてしまった。部屋の前の縁側(エンガワ)寝間着姿(ネマギスガタ)悧羅(リラ)(スワ)っているのが見えたからだ。


母様(カアサマ)?」


呆気(アッケ)に取られている玳絃(タイゲン)余所(ヨソ)に、妲己(ダッキ)足早(アシバヤ)悧羅(リラ)近寄(チカヨ)って()()り始めている。


「おやまあ妲己(ダッキ)、何やら良い(カオリ)がするの」


若君(ワカギミ)(アロ)うていただきました”


「それはよろしゅうあった」


微笑(ホホエ)みながら妲己(ダッキ)()でて毛並(ケナミ)(トトノ)えてやっている悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)()ると(レイ)を言われた。


「それは良いんだけど。なんで母様(カアサマ)()()()()()()にいるの?」


きょとりとしてして()うてしまうと、悧羅(リラ)にふわりと(ワラ)われた。こんな夜更(ヨフ)けに上衣(ウワゴロモ)羽織(ハオ)らず、ひとりで悧羅(リラ)()ることなどないのだから、不思議(フシギ)に思って(タズ)ねるのは当たり前だと思うのだが。


玳絃(タイゲン)(トモ)()てくれぬか、と(タノ)みにきたところであった」


「は?」


きょとりと首を(カシ)げてしまうと悧羅(リラ)(コマ)ったように微笑(ホホエ)みを(フカ)くしている。


(シン)今宵(コヨイ)姚妃(ヨウヒ)(トモ)に休むと()うてのう。寝所(シンジョ)()い出されてしもうて()(トコロ)がのうなってしもうた」


「はい?」


ますます首を(カシ)げる玳絃(タイゲン)に、悧羅(リラ)もますます苦笑(クショウ)しながら立ち上がって玳絃(タイゲン)の部屋の()を開けた。


(カイ)兄様(アニサマ)は?」


忋抖(カイト)には樂采(ガクト)がおろう?()()も子との一時(ヒトトキ)大事(ダイジ)にしやるでな。(トキ)にはひとり()もよろしいかと思うたが、どうにも(サム)うて。哀玥(アイゲツ)睚眦(ガイシ)にも樂采(ガクト)と共に()りたいようじゃ。妲己(ダッキ)とて玳絃(タイゲン)から(ハナ)れとうないと(コバ)まれてしもうた」


「ええ?」


くすくすと(ワラ)悧羅(リラ)身体(カラダ)にぴったりと(ハベ)っている妲己(ダッキ)を見ると、ふんっと鼻を()らしている。


「どうしても妲己(ダッキ)と休みとうあるならこちらに(マイ)れとまで(シカ)られてしもうた。であれば()ぬわけにはいかぬであろ」


「だっきい、何てこと言ってんだよ」


頭を(カカ)える玳絃(タイゲン)(ホオ)悧羅(リラ)の手が()れたが、その手はひやりと()えていた。月の(カタム)きから見るにとうに(ウシ)(コク)(マワ)っているはずだ。玳絃(タイゲン)が外に出たのは(イヌ)()ぎた(アタ)りだったと思う。悧羅(リラ)の言うことが本当であれば一体、どれくらい待っていてくれたのだろう。悧羅(リラ)共寝(トモネ)が出来るなど子どもたちなら(ダレ)だって取り合うのだし、(ツレアイ)遠慮(エンリョ)したのだとしても、ひとり()の者は玳絃(タイゲン)だけではない。


共寝(トモネ)相手(アイテ)など、玳絃(タイゲン)でなくとも良いのに。


部屋に入って待たれていても悧羅(リラ)であれば(ヨロコ)びこそすれ、(ウト)ましくは思わない。それなのに縁側(エンガワ)で待ち続けてくれるなど、どれだけ心配(シンパイ)させてしまっていたのだろう。


「とりあえず入ろう。母様(カアサマ)の手、(ツメ)たいよ」


嘆息(タンソク)しながら悧羅(リラ)の手を取って部屋に入ると、妲己(ダッキ)はさっさと寝所(シンジョ)に入って体躯(タイク)()ばしてしまう。


「その()わり、()()()()()()知らないからね?」


布団(フトン)(マネ)き入れながら言うと、悧羅(リラ)可笑(オカ)しそうにくすくすと小さく(ワラ)いながら(カイナ)を広げている。


(シン)忋抖(カイト)(シカ)られとうあるならば、それもよろしゅうあるが。はてさて()である(ワラワ)玳絃(タイゲン)(タギ)らせられるかは分からぬのう」


「…母様(カアサマ)別者(ベツモノ)なんだよ。でもあの2人に(シカ)られるのは勘弁(カンベン)。どんな目に合わされるか分かんないじゃん」


おやおや、と(ワラ)う姿に(カタ)(スク)めて見せるが、悧羅(リラ)はぽんぽんと自分の(ムネ)(タタ)いて玳絃(タイゲン)を待っている。(アキラ)めて(カイナ)(オサ)まると、妲己(ダッキ)布団(フトン)(トトノ)えてくれた。


「おお、(ヌク)(ヌク)い。ようやっと(ワラワ)も休めるの」


くすくすと(ワラ)悧羅(リラ)は楽しそうだが、ぎゅうっと抱き()められた玳絃(タイゲン)の顔は悧羅(リラ)(ムネ)(ウズ)められてしまう。

痩身(ソウシン)()ぎるくらいの悧羅(リラ)ではあるが、だからといって身体(カラダ)魅惑的(ミワクテキ)でないことはない。悧羅(リラ)という(ヒト)()()()()()、もしくは(アヤカシ)の中でも美しいとされる(オニ)(オサ)()()()()()()()()知りはしないが、男を()とすには十分(ジュウブン)なのだということを、()()()は知らないのだろうか。


玳絃(タイゲン)片手(カタテ)だけで容易(タヤス)(カイナ)(オサ)めてしまえるほどに、細い身体(カラダ)

少し力を入れれば()れてしまいそうなほどの(コシ)

長いしなやかな手足に(ユタ)かな(ムネ)

とどめに(アマ)(カオ)悧羅(リラ)(ニオ)いまであっては、男としては(タマ)ったものではない。


これまでも共寝(トモネ)はしていたが昼であったし、(タガ)いに(コロモ)(マト)っていたから気にもしていなかった。

(ウス)寝間着(ネマギ)1枚では、(ハダ)(ジカ)()れ合っているのとあまり変わらない。


いくら母とはいえ共寝(トモネ)相手(アイテ)(ワル)すぎだ。


()()()()にもなれない(ハズ)だったのに、玳絃(タイゲン)(オク)からじんわりと(ネツ)(タギ)ってきてしまう。


悧羅(リラ)(カオリ)(ツツ)まれるのが1番安堵(アンド)するのは確かだが、このままでは理性(リセイ)も血の(ツナ)がりも、(スベ)て見ないものにして()()いてしまいそうだ。


母様(カアサマ)、すっごく(ウレ)しいんだけど()()はちょっと(サワリ)がありすぎるから、(オレ)がぎゅってしていい?」


()きついても良いものか(マヨ)った玳絃(タイゲン)の手は行き場を()くして悧羅(リラ)背後(ハイゴ)に投げ出されたままだ。


「おや?(ワラワ)玳絃(タイゲン)(アマ)やかしとうあるというに。(ナン)(サワリ)があるのかえ?」


悪戯(イタズラ)微笑(ホホエ)んだ悧羅(リラ)(アシ)玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(クスグ)ってくる。どう考えても面白(オモシロ)がっているのは分かるが、覚悟(カクゴ)も無いのに流されでもしたら(シン)忋抖(カイト)(コロ)されてしまう。


(ギャク)でも、しっかり(アマ)えられるって」


よいしょと悧羅(リラ)(ウデ)から出て、()わりに玳絃(タイゲン)悧羅(リラ)(ツツ)むと(ムネ)()()ってこられた。くすくすと(ワラ)い続けながら、(アシ)(カラ)ませてくる姿はどう見ても揶揄(カラカ)っているようにしか見えない。そうでなければ(サソ)われているとも思えてしまう。


揶揄(カラカ)ってるでしょ、母様(カアサマ)。そんなことばっかりして(アソ)んでたら、本当に(オソ)われるよ?」


これ以上揶揄(カラカ)われないように抱きしめる(ウデ)に力を()めてみたが、悧羅(リラ)(タノ)しそうに玳絃(タイゲン)(カラ)ませた(アシ)()り合わせている。


「大きゅうなった(セガレ)と共に(ネム)るるなど(ヨロコ)ばしゅうて。(ワラワ)手籠(テゴメ)にしようなど思う(オノコ)など、()()()らぬでの」


「うわあ、…母様(カアサマ)って自分の価値(カチ)を本当に分かってないよね…。父様(トウサマ)(カイ)兄様(アニサマ)同情(ドウジョウ)しちゃうかも」


もう、と嘆息(タンソク)して玳絃(タイゲン)は目を閉じる。さっさと()てしまわなければ、どんなに(リッ)しても自分の意志(イシ)とは(カカ)わりなく、悧羅(リラ)()()いてしまいそうだ。


妲己(ダッキ)(オレ)母様(カアサマ)に手を出そうとしたらしっかりと止めてよね」


妲己(ダッキ)(タノ)んでみたものの、此方(コチラ)からも面白(オモシロ)がって(ワラ)う声がした。


とにかく、()よう。

()てしまえば()()()()()()


そう思って目を閉じているのに、するりと(ホオ)()で上げられて(ムネ)()()ってこられては目を開けざるを()なくなる。


母様(カアサマ)揶揄(カラカ)うのやめてってば。本当に知らないよ?(オレ)だって男なんだからね」


はあ、と大きく(イキ)()いて悧羅(リラ)の手を(ツカ)んだが顔を(ツツ)まれてしまう。


揶揄(カラコ)うてなどおらぬよ。なれど(ワラワ)(アイ)らしゅうある玳絃(タイゲン)は何をそのように(ナヤ)ましゅうにしておるのかと(オモ)うてのう」


ふふっと(ワラ)悧羅(リラ)の顔はただただ心配(シンパイ)そうに玳絃(タイゲン)見上(ミア)げている。子を(アン)じるだけの眼差(マナザ)しで見上げられていては、玳絃(タイゲン)(タギ)る熱など考えている場合ではなさそうだ。観念(カンネン)して(ウデ)の力を(ユル)めると、細い指が(クチビル)をなぞって言葉を出すように(ウナガ)された。


「…姚妃(ヨウヒ)(サイワイ)って何なのかな」


ぼそりと(ツブヤ)いた言葉に悧羅(リラ)の目が細められる。


「どう考えても()っていうのは変わらないんだ。でも見えない(トコロ)に行かれたら手が(トド)かないでしょ。(マモ)らなくていいって言われても()()(セン)(オレ)には分からないんだ」


ゆっくりと(ホオ)()で続けてくれる悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んだままで、玳絃(タイゲン)の言葉を聞いてくれている。


()()()()()させちゃったから、姚妃(ヨウヒ)が本当の唯一(ユイイツ)を決めれるまでは(ソバ)()ようって決めてたんだけど、…出来なくなっちゃった。()としてが(イヤ)ならっても言ったけど、()()()駄目(ダメ)なんだって」


はあ、と大きく嘆息(タンソク)してしまうが悧羅(リラ)(ホオ)()で続けてくれる。


勝手(カッテ)にこの先もずっと姚妃(ヨウヒ)(マモ)らせて(モラ)えるって思ってたからさ。どうしていいか分からなくなっちゃってるんだ」


ぽすりと顔を(マクラ)(ウズ)めると、また思考(シコウ)がぐるぐると(マワ)りだす。

何が(サイワイ)なのか、何がしたいのかも分からない玳絃(タイゲン)には姚妃(ヨウヒ)が何を(ノゾ)んでくれているのかも分かってやれない。


(サイワイ)になってくれと言われてもなり方も分からない。

(ワラ)っていてくれと(ネガ)われても、(ハラ)(ソコ)から(ワラ)うことなど出来そうにない。


お前のせいで()()()()()()()()()()のだと、(ノノシ)ってもらえた方が万倍(マンバイ)(ラク)だ。


「…ほんっと、わっかんない」


(ウメ)いてしまうと悧羅(リラ)がくすくすと(ワラ)い始めた。


「ほんに玳絃(タイゲン)()いのう。まるで(シン)のようじゃ」


(オレ)には父様(トウサマ)みたいな覚悟(カクゴ)はないよ。今だって(コワ)くて()()()()の近くにも行けないんだから。(ナサ)けなくって(ナミダ)が出ちゃいそう」


()()()()きつけられた光景(コウケイ)玳絃(タイゲン)脳裏(ノウリ)から(ハナ)れることがない。

ふとした時に、(ネム)っている時に、姚妃(ヨウヒ)を見るたびに思い出される()()は、玳絃(タイゲン)(ツミ)容赦(ヨウシャ)なく()き付けてくる。


玳絃(タイゲン)が見ようとしなかったから、()()()()()のだ、と。


何度も、何度も。

()(カエ)し、()(カエ)し。

(ワス)れるな。

(ワス)れてはならない。

(ワス)れることなど(ユル)さないとでもいうように。


(ワス)れられる(ハズ)もないことなど、玳絃(タイゲン)が1番よく知っている。


「のう、玳絃(タイゲン)(サイワイ)とは何であろうか」


「…それが分かれば(ナヤ)んでないよ」


()でられていた手が止まって悧羅(リラ)がほんの少し身体(カラダ)を起こしたのが分かるが、玳絃(タイゲン)は顔を上げることができない。


「そうだの、(サイワイ)など手にするまで分からぬものだ」


さらりとした悧羅(リラ)(カミ)が顔を(クスグ)ると、ふわりと(カイナ)(ツツ)まれる。


姚妃(ヨウヒ)とて玳絃(タイゲン)(クル)しゅう思わそうとして、()()()()()()()をしたわけではないに」


ぎゅうっとまた顔を(ムネ)(ウズ)められるが、今度は熱が(タギ)ってはこない。背中を(タタ)いてくれる手と悧羅(リラ)(カオリ)で、ただ、ほうっと安堵(アンド)してしまう。


姚妃(ヨウヒ)玳絃(タイゲン)(クル)しゅうさせとうなかっただけじゃ。(オノ)()らぬようになれば、いつかは()()()()()()()()()()()(ナツ)かしゅう(オモ)えることにもなろうし、見えぬ(トコロ)()れば(ワス)るることもできるようにやるやもしれぬであろ?」


「…()なくなる方が(イヤ)だよ。見えなくなったら()()()()ずっと後悔(コウカイ)する」


すりっと()()りながら悧羅(リラ)に抱きつくと、そうだの、と(ワラ)いを(フク)んだ声がする。


「ならば生きておってくれさえすらば、それで良いのではないかえ。姚妃(ヨウヒ)(ネゴ)うておったような()(カタ)でなくとも、カタワラ()るのが玳絃(タイゲン)でなくとも、の」


「…そうなんだけどね」


悧羅(リラ)の言っていることは分かる。

玳絃(タイゲン)も、ずっとそれを考え続けてきたし()()()()()()が1番良いことだと頭では分かっている。


「だけど姚妃(ヨウヒ)唯一(ユイイツ)を見つけるまでは(ソバ)()たかったんだよ」


はあ、と嘆息(タンソク)すると(イキ)(ハダ)(クスグ)るのか、悧羅(リラ)はますます小さく(ワラ)っている。


「見つけたら(アズ)けるつもりだったのに、早すぎる」 


()としてかえ?」


()としてだよ。(イツワ)るなって言われちゃったから(イツワ)れないもん」


より悧羅(リラ)()()ると抱き()めてくれる(ウデ)に力が入った。片手(カタテ)(マワ)して悧羅(リラ)(スガ)り付くと、より強く()()せてくれる。


「それは(イタ)し方あるまいよ。(イツワ)っておってもいつかは(アカ)るみに出やる。その時に傷付(キズツ)いてしまうは(ダレ)であろうか」


「…姚妃(ヨウヒ)


(コタ)えた玳絃(タイゲン)(カミ)(ヤサ)しく()かれた。気持ちを(イツワ)ることは本当に容易(タヤス)いことだ。それで姚妃(ヨウヒ)(ワラ)ってくれるのなら()()()()()とさえ思っているし、()()()()()しか()びる手立(テダ)ても思いつかない。

けれどその(オク)に、また姚妃(ヨウヒ)傷付(キズツ)けてしまう未来(サキ)が見えているから思っていても手を()ばせないだけだ。


玳絃(タイゲン)も、であろ?」


(オレ)は、…傷付(キズツ)くくらい何でもないから」


あれほどに姚妃(ヨウヒ)傷付(キズツ)け続けていた玳絃(タイゲン)が、自分は傷付(キズツ)きたくないなどと言える(ワケ)がない。むしろ心が(コワ)れる程に傷付(キズツ)けてもらわなければ姚妃(ヨウヒ)()びたことにさえならない。

(イツワ)って身体(カラダ)だけでも差し出して、(カタワラ)()ることで姚妃(ヨウヒ)が少しでも(スク)われるのであれば()()()()()

そう思うのに悧羅(リラ)が頭を()ったのが分かって、顔を上げると(コマ)ったように微笑(ホホエ)んでいるのが見えて玳絃(タイゲン)は言葉を(ウシナ)ってしまう。


玳絃(タイゲン)、それはならぬよ」


両手で顔を(ツツ)んでくれる悧羅(リラ)(オナ)じくして、妲己(ダッキ)玳絃(タイゲン)の背中に(ハベ)り直して体躯(タイク)を乗せてくる。


玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)も、もう十分に(キズ)()うた。これ以上を(ワラワ)()(モウ)せぬ」


「だけど」


「ならぬ、と(モウ)しておるに。玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)(サイワイ)にならねばならぬ。(ハラ)を痛めて()()()()()()()()というに、(シン)から(モロ)うた(タカラ)(サイワイ)になってくれねば(ワラワ)は泣いてしまうがよろしいか?」


微笑(ホホエ)んだままで(コマ)ったように(クビ)(カシ)げる悧羅(リラ)に、玳絃(タイゲン)はふるっと頭を()った。


姚妃(ヨウヒ)(ハラ)宿(ヤド)った時、悧羅(リラ)身体(カラダ)を起こすことさえ出来なかった。()()もなく自分も(アヤ)ういと言われても、(シン)がくれた(タカラ)を必ず(シン)に抱かせるのだと、気怠(ケダル)い中にあっても泣き(ゴト)ひとつ玳絃(タイゲン)たちの前で(コボ)さなかった。


(ハラ)が大きくなって身体(カラダ)を起こすことが出来るようになると、いつも(イト)おしそうに()られる(ハラ)()でて話しかけていた。


産んでくれた時、子どもたち(ミナ)()()()れたが長い痛みに(サケ)び声ひとつ上げず、(アン)じる玳絃(タイゲン)たちに微笑(ホホエ)んで(レイ)を言ってくれていた。(シン)(カイナ)(ツツ)まれて姚妃(ヨウヒ)を産む母はずっと、なんと(サイワイ)なことだろう、と言っていた。

自分たちの時もそうだったのだと咲耶(サクヤ)が教えてくれて、(シン)がくれる(サイワイ)ならどれだけでも、と(ワラ)ってくれる()()母に産んでもらえたことが(ホマレ)に思えた。

()()母を泣かせるようなことだけは決してしてはならない、とも強く思った。

()(イノチ)()けて産んでくれた()を、何が何でも(マモ)っていくと、そう決めたはずだった。


「泣かせとうないと思うてくりゃるなら、(カナラ)ずや(サイワイ)になっておくれやし。姚妃(ヨウヒ)(サイワイ)であろうと玳絃(タイゲン)()()()ててしもうては、(ワラワ)()は切られてしまう。其方(ソナタ)らが(サイワイ)になれぬなら(ワラワ)()()れて、何もかもをも(コワ)すやもしれぬえ?」


「…でも…っ」


「なれども何もなかろうよ」


ふふっと(ワラ)悧羅(リラ)の顔が(ユル)やかに(ニジ)んでくると、おやおや、と悧羅(リラ)(ナミダ)()いてくれる。痛いほどの()(オモ)いが身に(アマ)ってしまう。


玳絃(タイゲン)の心に巣食(スク)うておるものは何であろうか。何をそのように()やまねばならぬ?」


(タズ)ねられたことに対する(コタ)えなど、玳絃(タイゲン)は分かっている。


()()()、初めに姚妃(ヨウヒ)(オモ)いを知らしめられた(トキ)()()()()()やりたい。


受け入れてやれなかった。

向き合ってやれなかった。

姚妃(ヨウヒ)の行いに(ハラ)を立て、決死(ケッシ)(ウッタ)えにも(コタ)えてやれなかった。

軽蔑(ケイベツ)の目ばかり向けて、姚妃(ヨウヒ)の言うことにも耳を貸さず、(オモ)いを終わらせることも、前を向くことさえ手伝(テツダ)ってやれなかった。


なにより、()()()()()姚妃(ヨウヒ)()()()()()()、と言わしめていることが(イヤ)で申し訳なくて(タマ)らない。


「…(コタ)えてやれば良かったって、思ってる。()だって思いは変えられないけど、たった1回だって、ちゃんと向き合って(イツク)しんでやってたら、姚妃(ヨウヒ)も気持ちを切り替えられたんじゃないのかなって思うんだ」


悧羅(リラ)の手を(ノガ)れて(ムネ)に抱きつくと、背中が優しく(タタ)かれる。


「あの時に(オコ)るばっかりじゃなくてちゃんと話して、()()()()()()()()()、前をみれてたんじゃないかって」


忋抖(カイト)の言う(トオ)り血の(ツナ)がりなど些細(ササイ)なことなのだろう。

(ゲン)忋抖(カイト)のことが知らしめられても(タミ)からは(ヨロコ)ぶ声しか聞こえなかった。


(シン)(アン)じる声はちらほらと聞かれたけれど、()()()()()()()()(ダレ)の前でも悧羅(リラ)(イツク)しむ(シン)は、何も()()()()()(シメ)してくれている。


忋抖(カイト)も立ち位置(イチ)だけは変わったけれど、子だという事実(ジジツ)は当たり前のことだから、と受け入れている。


「産んで(モラ)えてなきゃ、きっと会えてもなかったよ」


片割(カタワ)れの灶絃(ソウゲン)唯一(ユイイツ)()啝咖(ワカ)だと言い切ったときは、流石(サスガ)(オドロ)いたが額付(ヌカヅ)いて(ユル)しを()う背中には一片(イッペン)(マヨ)いもなかった。


「血の(ツナ)がりが何だ、()()()()()(アキラ)められるくらいなら、(ニガ)していた」


灶絃(ソウゲン)から出された言葉は、()()()玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)()き出されたものだった。

あの背中を見た時に玳絃(タイゲン)の考えも少しだけ変わったのは(イナ)めない。


血に(コダワ)り続けて(オモ)いも()たせず、唯一(ユイイツ)も取り(コボ)すことを(ヨシ)とするのなら、(オニ)本能(ホンノウ)(ジョウ)()わすことを(キザ)まなくても良かったはずだ。

一度、荒廃(コウハイ)した里が()()()()大きくなったのも、(タミ)たちが子を産み育ててくれたからだ。今でこそ相手(アイテ)を選べるが、800年前には選ぶことすら出来なかったろう。


それら全てを否定(ヒテイ)しようなどとは思っていない。


()(ツナ)がりなど確かに些末(サマツ)なことだ。

()()()()()()玳絃(タイゲン)()()大事(ダイジ)にしたいのだと、言えていたら変わっていただろうか。

(シン)悧羅(リラ)(ツナ)げて(モラ)った兄妹(ケイマイ)という(エニシ)()ってまで、玳絃(タイゲン)姚妃(ヨウヒ)()しいとは思えないのだ、と。


そうきちんと伝えられていたら、何か変えられていただろうか。


ありがとう、と言えていたら少しは(スク)えていただろうか。


姚妃(ヨウヒ)の100年を()だけ受け入れるから、明日からは前を向けと言ってやれていたら、今頃(イマゴロ)恋仲(コイナカ)の者でも見つけてくれていただろうか。


どうしても()()()()()いてしまっている。


あの時に(モド)れるなら軽蔑(ケイベツ)する前に()びるだろう。


こんなことをさせるまで苦しませてごめん、と。


「…母様(カアサマ)はさ、()()()に何を1番()やんだ?…兄様(アニサマ)を受け入れるって決めた時に、何が1番苦しかった?…兄様(アニサマ)()だろ?何も思わなかった?」


これは聞いてはならないことだ。

けれど今の玳絃(タイゲン)の気持ちを分かるのが(シン)であるように、姚妃(ヨウヒ)の気持ちが分かるのは(オソ)らく悧羅(リラ)だけだ。背中を(タタ)(オダ)やかさは変わらないが悧羅(リラ)苦笑(クショウ)したのは伝わってきた。


「そうさの、()()()(ワラワ)生命(イノチ)()てるとまでは思うておらなんだな」


「…そうなの?」


すりっと()()った顔の(オク)悧羅(リラ)(シン)(ゾウ)の音が聞こえる。


(オサ)であるが(ユエ)(タミ)()てるはならなんだ。(ワラワ)(モド)らねば妲己(ダッキ)が見つけてくれようし、咲耶(サクヤ)()ったでな。どのような姿になろうとも生かされるであろうとは思うたの」


くすくすと(ワラ)う声に()じって、さも当然(トウゼン)と言うように妲己(ダッキ)が鼻を()らしている。ぱさりと尾の音まで聞こえたのは妲己(ダッキ)悧羅(リラ)(ハタ)いたのだろう。


「ただ子袋(コブクロ)さえ(ツブ)してしまえればよろしかった。(シン)の子を産めぬのならば()らぬものでしかなかったでの」


「…うん」


子袋(コブクロ)が残っていれば夜伽(ヨトギ)()さねばならない以上、いつかは悧羅(リラ)は子を()しただろう。子を()せていたならば、それはそれで(イツク)しめたとは思うし、そうしなければならなかったことも分かっていた。それでも(ユル)されずとも(シン)の子でなければ産み落としたくなかった。するりと手を()ばして悧羅(リラ)(ハラ)(キズ)玳絃(タイゲン)(サワ)ってくる。ざらりと引き()れているのが分かるのかそっと(テノヒラ)玳絃(タイゲン)(オオ)ってくれた。(アイ)らしい男の姿につい小さく悧羅(リラ)微笑(ホホエ)んでしまう。


母として(アマ)やかし()くしてやりたいが、まずは()()小さく大きなことに(トラ)われている(オノコ)の心を軽くしてやらねばならない。


()いたは(シン)を知らぬことであったな。夜伽(ヨトギ)のたびに、知らぬ(オノコ)()れられるたびに、何故(ナニユエ)(シン)()れてもろうておらなんだかと()いた」


思い出したくもない事柄(コトガラ)に少しぶるりと(フル)えた悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)が声をかけると、大事(ダイジ)ない、と余計(ヨケイ)に抱きしめられた。


忋抖(カイト)とて、(ナゴ)う泣かせ続けてしもうた。()であることを(ナヤ)ましゅう(オモ)わせておったでの。()としての顔と(ヨク)を押し(コロ)さんとする顔と。(コワ)れてしまうが(ユエ)に手を()ばせぬ顔はもう見とうなかった」


(ハラ)に置いた手に悧羅(リラ)の手が(カサ)なる。忋抖(カイト)玳絃(タイゲン)も他の子どもたちも、(ミナ)始めは()()()たのだと教えるように手を(ツツ)まれる。


()であることは変えられぬが。()()()えようとも忋抖(カイト)忋抖(カイト)じゃ。なれど、(ワラワ)の者になりましょうと()うてくれておっても、それがほんに忋抖(カイト)(サイワイ)であるのかなど(ワラワ)には知れようはずもなし。如何(イカ)(シン)()()(ノゾ)まれようとも()と長らく言えなんだ。(ユエ)(シン)までも泣かせてしもうたしの」


父様(トウサマ)が言い出したってのは意外(イガイ)だね。母様(カアサマ)が見てらんなくて父様(トウサマ)に言ったのかと思ってたよ」


(ハラ)(キズ)から背中に手を動かすと、さらりとした陶器(トウキ)のような(ハダ)質感(シツカン)に変わる。またゆっくりと(タギ)ってくるのを(カク)したのが分かったのか、悧羅(リラ)もくすくすと(ワラ)い続けているが(ホノ)かに甘い(カオリ)がゆらゆらと(タダヨ)ってきて、玳絃(タイゲン)理性(リセイ)(ユル)やかに(シズ)めようとしてきた。


(シン)(ノゾ)んでくれねば()()()()であったろうよ。忋抖(カイト)(シズ)()くし引き上げようにも手が(トド)くことすらなく、(ワラワ)()いたことだろうて。何故(ナニユエ)()()(トキ)に手を引かなんだか、と」


(マサグ)り続ける玳絃(タイゲン)の手を(コバ)みもせずに、悧羅(リラ)がより抱きしめてくれる。()めなければ、とは思うのだがしっとりと()い付かれるような(ハダ)心地好(ココチヨ)すぎて手を(ハナ)すどころか、()れたい(ヨク)(マサ)ってしまう。


玳絃(タイゲン)と同じく(ワラワ)(トラ)われておったのやもしれぬ。()だの()だの、との。(ワラワ)()()()()()()()()()()()ぎぬのだが、忋抖(カイト)()()でよろしかったと()うてくれる。()として(カタワラ)()れたが(ユエ)に手が(トド)いたと、(サイワイ)だと()うてくれる。(シン)とて(ワラワ)唯一(ユイイツ)であることは変わらぬし変えるつもりもない。何より(シン)だけではのうて忋抖(カイト)(カイナ)心地好(ココチヨ)すぎてのう。()()が他に行くのは(コラ)えられぬ。…()など、小さきことに(トラ)われておっては知らなんだな」


「…ふーん…、そんなに()いんだ?」


悧羅(リラ)()(サワ)っているのは自分なのに、(シン)忋抖(カイト)の手を思い出されているのが何となく玳絃(タイゲン)には面白(オモシロ)くない。背中を(サワ)っていた手で(エリ)をずらすと、はだけた寝間着(ネマギ)から(ユタ)かな(ムネ)(コボ)れてきたが、()()って顔を(ウズ)めても悧羅(リラ)は好きにさせてくれている。


()()()(シン)にも忋抖(カイト)にも(コワ)してくりゃれと(ネゴ)うてしもうて(アキ)れられておるやもしれぬ。…のう、玳絃(タイゲン)(ワラワ)はほんに(ヨク)(フコ)うあるであろ?(シン)(シバ)るだけでのうて、忋抖(カイト)をも(ワラワ)がおらねば生きてゆけぬと言わしめるほどに(カラ)めとってしもうたのだから」


ふわり、と(アマ)(カオリ)が少しずつ強くなってくると(シバラ)く、とだけ残して妲己(ダッキ)の重みが消えた。(タギ)ってくる熱に()()まれるように、悧羅(リラ)の声も遠くで(ヒビ)く。


父様(トウサマ)兄様(アニサマ)(サイワイ)だよね。母様(カアサマ)(シバ)られ続けてもらって何時(イツ)だって()()()()(サワ)れるんでしょ?」


ぐらりと()れる意識(イシキ)の中で、(タギ)る思いだけがとめどなく(アフ)れてきてしまう。目の前にある(ムネ)の先をそっと(ツマ)むと、(ワズ)かに悧羅(リラ)身体(カラダ)(フル)えた。駄目(ダメ)だ、と何処(ドコ)かで警鐘(ケイショウ)()るが止められない。


(ワラワ)は、()()()()()()()()()(ネゴ)うた。()()()()()()()()()とも思うておる」


母だ、と自分に言い聞かせるが止められない。


「…うん、そうだね」


()()()()()()()

()み入ってはならない。


()()()()()は、玳絃(タイゲン)がずっと(ナヤ)んできた、()(サカイ)だ。


そう思うのに強い(アマ)すぎる(カオリ)玳絃(タイゲン)から思考(シコウ)(ウバ)う。息を吸うごとに身体(カラダ)(メグ)って、見える(ハダ)を、しなやかな肢体(シタイ)を自分のものにしたくて(タマ)らない。


(タギ)(オノレ)()ちてしまいたい衝動(ショウドウ)と、身体(カラダ)何処(ドコ)かで()(ヒビ)警鐘(ケイショウ)と、それらすべてに(アラガ)おうとすると息も(ミダ)れてしまう。ぎゅうっと目を閉じて(アラガ)う方を選ぼうとすると、背中に手が()った。


「…(オノ)()しゅうあるものなら手を()ばさねば、(サイワイ)など(ツカ)めぬよ」


ただ()れられただけなのに、そこからまた熱が(タギ)る。するりと()で上げてくる手が玳絃(タイゲン)寝間着(ネマギ)をずらすと、(ハダ)が合わさってより悧羅(リラ)を近くに感じれる。


(ヨク)のまま、玳絃(タイゲン)のまま、()()()()と思うならば()()()()()


(アマ)(カオリ)は、もうむせ返るほどに強い。声に(イザナ)われるように(マブタ)を上げると、目の前に白い(ハダ)がある。

そろりと(シタ)()わせると、(オサ)えていた息も熱く(マト)って吐き出してしまう。


(カイナ)にいるのは、母なのに。


(シタ)()い上がるのに合わせて(フル)えているのは、悧羅(リラ)のものか玳絃(タイゲン)のものかも分からない。細い身体(カラダ)(オサ)えて引き付けると手に(オサ)めた(ムネ)が見えた。取り(ハラ)()わりに口に(フク)んで(シタ)(コロ)がし始めると、聞こえた吐息(トイキ)玳絃(タイゲン)自制(ジセイ)など音を立てて(クズ)していく。


母であるはずなのに、()()()(チガ)う。


()()()()()()()()()()()()()はずであったのに、(アシ)(クスグ)素足(スアシ)玳絃(タイゲン)(タギ)り切ったモノを押した。


まるで()()()しいと言うように。


()玳絃(タイゲン)(カイナ)(ツツ)んで()とされようとしているものは、(マギ)れもなく、()だ。

けれど、()()()()ではない。


()()()()()()()()だ。


「…ごめん。…ちょっとだけ(サワ)らせて」


強請(ネダ)るように(カラ)められていた(アシ)(ヒザ)で広げて(マサグ)っていた手を当てると、いつでも受け入れる支度(シタク)は出来ているようで、それがまた玳絃(タイゲン)に突きつけてくる。


()など何の意味がある、と。


()()()()()()()()()()()

()()()()()よりも、今は目の前の()()しくて(タマ)らない。


「…ははっ、無理(ムリ)限界(ゲンカイ)…、()しい」


我慢(ガマン)できずに(フク)んでいた(ムネ)()み付きながら、勢いよく(ユビ)を入れるがあまりに(セマ)い。入れた指を(カラ)め取り(シボ)り上げてくる中に入ったら、さぞや()いだろうがそれよりも悧羅(リラ)()がる姿が見てみたい。(オク)までいれた指で中と外を同時に(イジ)ると(コラ)えるように(イキ)()む音と、小さな(アマ)い声が聞こだす。ほんの(ワズ)かな(コラ)えるような(アマ)い声は、玳絃(タイゲン)(タガ)(ハズ)すには十分(ジュウブン)だ。ちらりと視線(シセン)を上げると(クチビル)()んで声を()らさないように()えながら少しだけ()り返る姿(スガタ)が飛び込んできた。


「…やっ、ばい」


(アカ)(クチビル)()れ出る声を口付(クチヅ)けて(フサ)いだら、どんな顔をするのだろう。

息も出来ないほどに口付(クチヅ)けて、声も出せないほどに(シタ)(カラ)めたら、どんな眼で見てくれるのだろう。


(ムサボ)るように口付(クチヅ)けたいが、何処(ドコ)かで()()()()()()()()()()と止める声もする。口付(クチヅ)けの()わりに手を()ばして(クチビル)()むのだけは()かせた。


傷付(キズツ)く姿を見たくなかったからじゃない。


(キズ)を付けるのは()()()()()()()()()()()、だ。


傷付(キズツ)けたら(コロ)される。()()()()んでて」


開かせた口に指を入れ込むと、熱くなってきた吐息(トイキ)(アエ)ぎが聞こえる。(アマ)(カオリ)一段(イチダン)と強くなって(イジ)る手を(ハヤ)めながら身体(カラダ)(シタ)でなぞると、指に()い付かれた。


ぞわり、と背中を走る(フル)えが玳絃(タイゲン)に思い出させる。


(ジョウ)()わす(タノ)しみを。

()くして()とす(ヨロコ)びを。

(ヨク)をぶつけて、(アマ)()かせて、(スガ)られ、(ツナ)がり()くして()られる、悦楽(エツラク)を。


「ほんとごめん。()()()()()()かも」


ゆっくりと(クチビル)(シタ)身体(カラダ)をなぞりながら降りるが(ハラ)(キズ)が見当たらない。一瞬(イッシュン)何故(ナゼ)とは思ったが今は悧羅(リラ)を味わいたくて、(イジ)り続けている(トコロ)まで()りる。(ヒザ)で開かせていた(アシ)(カタ)(アズ)かって(トラ)えた()()をゆっくりと()め上げてみると口に入れている指が()まれた。


「…っ、ひぅ…っ」


閉じようとする(アシ)(カタ)で持ち上げると、よりはっきりと見える。玳絃(タイゲン)の指を根本(ネモト)まで()み込んで、それでも(ナオ)()りないと(ウッタ)えるようにひくついていた。(イタ)わるように(ナブ)ると悧羅(リラ)の手が頭に(スガ)り付く。


「あっまいねぇ。()()()()()()()だ。()()(オボ)れる」


「った、いげん、そこ、で話して、はっ」


止めるような()じらうような声とは裏腹(ウラハラ)悧羅(リラ)(コシ)()いて(ウゴメ)いた。話すたびに指に(シタ)が当たって玳絃(タイゲン)()かせ続けてくる。


()()好きなの?いっぱい()()()()()()る?」


固くなった外殻(ガイカク)(シタ)(ツツ)きながらちらりと見ると、顔を(アカ)く染めてふるふると(クビ)(タテ)に振っていた。


「…ほんっと、やばい。(タマ)んないってば」


外郭(ガイカク)(シタ)()いて中も一緒(イッショ)(イジ)ると悧羅(リラ)の手が玳絃(タイゲン)を押し付けてくる。


「あれ、(コラ)えちゃうの?()()()よ、どうして欲しい?」


わざと押し付けられた(トコロ)に当てないように()め上げると、当たるように(コシ)を動かしてくる。頭も(オサ)えつけられて求められているのは(ウレ)しいが、(アオ)られ()くしたのだから、もう少し意地悪(イジワル)をしても(ユル)されるだろう。


「言わないと、ずっとこのままだよ?」


(イジ)るのを指だけに変えて、息を()きかけると()らされるのが()えられないのか、ますます頭を押しつけられる。


「早く。(オレ)もお(アズ)けはキツいんだって」


ゆっくりと周りだけを()めると、強く、と小さな声がした。


「…(ツヨ)うに、して?」


甘美(カンビ)な声は(ナマメ)かしく耳から入って玳絃(タイゲン)身体(カラダ)()()けて、何かを(コワ)した。


「…あーあ…、()()はほんとに無理(ムリ)


強張(コワバ)悧羅(リラ)の口に(サラ)に指を入れ込むと熱い吐息(トイキ)(マト)わりついてくる。少しくぐもった声を聞きながら()けていた(トコロ)に強く()い付くと(アエ)ぎと(トモ)身体(カラダ)()ねた。()まれたままの(ユビ)(シタ)(カラ)まって、(コラ)えようとするたびに、()てて身体(カラダ)仰反(ノケゾ)(ゴト)に歯が食い込むが、まるで全身を(イツク)しまれているような気にもなる。


「見せて、聞かせて」


一度()てさせてしまえば、あとは容易(タヤス)い。

()くなる(トコロ)を見つけてひたすらに(ナブ)り続けて行くと、悧羅(リラ)身体(カラダ)幾度(イクド)()り返り、強張(コワバ)って()ねていく。耳に(トド)(アエ)ぎと共に中に入ってくれ、と()らすな、と(ネガ)われる。(カナ)えていいなら玳絃(タイゲン)とて()()()()()

()われるまま(ヨク)(シタガ)って(ツラ)ぬいて()(ツブ)せたらとも思うが、やはり何処(ドコ)かで、まだ駄目(ダメ)だと声がする。

(オノレ)(タギ)り切って痛いくらいなのに、これ以上に進むにはまずは(ユル)しを()なければならない。


「…あー、もう。入りたい…、入りたいのになあ…」


あーあ、と嘆息(タンソク)しながらもう一度だけ悧羅(リラ)()てさせてから顔を(ハナ)す。


「…た、いげ、ん…?」


(トロ)けた眼差(マナザ)しで見られては(コタ)えてやりたいのは山々だが、(カタ)(スク)めてみせておいた。(ミダ)れてしまった(タガ)いの寝間着(ネマギ)(トトノ)えて、ぽすりと布団(フトン)に横になると悧羅(リラ)を抱き寄せる。


母様(カアサマ)って(アマ)いんだねえ。()()()(オボ)れちゃうの分かる」


大きく息を()いて(クスブ)る熱を(シズ)めようとすると、悧羅(リラ)も小さく息を()きながら玳絃(タイゲン)身体(カラダ)(アズ)けてくれた。


「…よろしかったのかえ?」


(タギ)り切ったモノをするりと()で上げられて苦笑(クショウ)する玳絃(タイゲン)を見ながら、悧羅(リラ)()()(サワ)り続けてしまう。


(サキ)にしなくちゃいけないことがあるもん。(オレ)がちゃんと出来たら、ご褒美(ホウビ)でってことで。…なんで(マド)わし()めて、()()(ハナ)して(モラ)えると助かるなあ」


苦笑(クショウ)を深めてしまう玳絃(タイゲン)に、悧羅(リラ)も、おや、と悪戯(イタズラ)(ワラ)うがより強く(ツカ)んでくる。


玳絃(タイゲン)の望む褒美(ホウビ)とやらを(ワラワ)が差し出せればよろしいが。(オコリ)(ハロ)うて進むのならば(カナ)えてやりとう思うがの」


血に(トラ)られているから出来なかったのではない。

目の前で()がっていたのが、母だからではない。

母という立場(タチバ)ではあるが、()()(ヒト)悧羅(リラ)だ。


悧羅(リラ)の前ではすべてが無意味(ムイミ)になる。

子であることも親であることも、血も(ツナ)がりも、何もかも。


だけどそれは悧羅(リラ)だからであって、玳絃(タイゲン)姉妹(シマイ)を女として見れるということではない。

(ジョウ)()わせても、()()()えて()てることまでは出来はしない。

させられるのは悧羅(リラ)悧羅(リラ)であるからだ。


「…だから(マド)わしたんでしょ?お陰様(カゲサマ)で分かったけど、母様(カアサマ)は本当に別者(ベツモノ)(オレ)()()駄目(ダメ)になれるけど、姉妹(シマイ)はやっぱり(チガ)うってのも分かっちゃったんだってば、…もうっ!」


(タギ)り切った()()(サキ)を、ぐりっと(コス)られて必死(ヒッシ)(コラ)えると、ますます手の動きが(ナマメ)かしくなる。


「ほんとに駄目(ダメ)だって…ばっ!」


ぐりぐりと(シゴ)かれて限界(ゲンカイ)が近くなる。()()がそうかとも思うが身体(カラダ)正直(ショウジキ)すぎて、(ギャク)悧羅(リラ)を強く抱きしめてしまう。


「…入るかえ?」


()()は、(ユル)しを(モラ)ってからでないと、…駄目(ダメ)だっ、てっ!」


「なんとまあ、(マド)わしに(アラ)ごうてまでとは。(カタク)ななこと」


悪戯(イタズラ)な声と共に玳絃(タイゲン)身体(カラダ)悧羅(リラ)(アシ)が乗った。ひたり、と(タギ)り切った()()悧羅(リラ)に当てられて(イキ)()んでしまうと、()()()()?、と耳元(ミミモト)(アマ)(ササヤ)かれた。どくん、と()ねる(シン)(ゾウ)(ツラヌ)きたい衝動(ショウドウ)をどうにか()える。


「だからあ!褒美(ホウビ)にしてってば!あと、本当に(コロ)されるから!」


「…味見(アジミ)、でも良いのではないか?」


むう、と(ホオ)(フク)らませる悧羅(リラ)玳絃(タイゲン)(カタ)を落とすしかない。

悧羅(リラ)()()()()性分(ショウブン)でないことなど玳絃(タイゲン)でなくとも知っている。

身体(カラダ)を開くのは(シン)忋抖(カイト)にだけだと決めていることも、分かっている。


それでも()()()()()()()()()のは、玳絃(タイゲン)に教えてやりたいからだろう。


血など(アヤカシ)にとって本当に些末(サマツ)なことなのだと。


姚妃(ヨウヒ)にしてやりたいと(ネガ)うことを出来た時に、玳絃(タイゲン)傷付(キズツ)かないよう、(サキ)んじて大丈夫(ダイジョウブ)だと言っておきたいのだろう。


その気持ちは有難(アリガタ)いのだが、()み込めば多分(タブン)(モド)れない。


(シン)忋抖(カイト)のように、きっと(カラ)め取られて動けなくなる。


(コロ)されるし、母様(カアサマ)だって(マカナ)い切れないでしょうが。味見(アジミ)じゃ口付(クチヅ)けらんないの。はい、分かったら(アシ)()ろしてね」


ぽんぽんと背中を(タタ)いてやると一瞬(イッシュン)きょとりとした悧羅(リラ)が、次には声を上げて(ワラ)いだした。こちらは必死(ヒッシ)(コラ)えているというのにいい気なものだ。(アキ)れながら乗せられた(アシ)()ろしていると、また(タギ)り切った()()(ツカ)み直される。


母様(カアサマ)、いい加減(カゲン)にしない、と…っ」


強く(ツカ)まれて当てがい直された()()(サキ)が、悧羅(リラ)の中に(ワズ)かに入らされた。


「…これでも、まだ(コラ)えるのかえ?」


駄目(ダメ)だってば!」


(コシ)を落とされようとして(アワ)てて悧羅(リラ)身体(カラダ)を引き上げて、寝間着(ネマギ)(トトノ)える。今度は(アシ)が出てこないようにしっかりと巻き込んで、自分の(アシ)(オサ)えてから、悧羅(リラ)も動けないように(カイナ)(オサ)めたのだが、どういうわけか手だけは玳絃(タイゲン)()()(ツカ)んで(ハナ)してくれない。


(ワラワ)()()()()させておるというに、()ちぬとは。(ワラワ)(スタ)れたかのう」


「そんなわけないでしょ?母様(カアサマ)は何してたって男を()とすんだってば。もういい、分かったから。母様(カアサマ)だったら血とか関係(カンケイ)ないって、よーく分かった。なんで、本当に限界(ゲンカイ)勘弁(カンベン)して」


不満(フマン)そうに(ホオ)(フク)らませる悧羅(リラ)懇願(コンガン)すると、ならば、と手が動き始める。


「…もう、無理(ムリ)だっ、てっ!」


(コラ)えておっては身体(カラダ)によろしゅうない。(ワラワ)を抱きとうなくば、とりあえず、じゃ」


「話聞いてた!?(ダレ)が抱きたくないなんて言ったよ?(コラ)えてんだ、って!」


(ナマメ)かしく動く手に(アラガ)えず息を止めて悧羅(リラ)にまた(スガ)り付くと、ぐりっと(ネジ)られた先から(ヨク)()かされてしまった。


「…あーあ…、もう…、(サイ)(アク)…」


ぐったりと身体(カラダ)を投げ出してしまうと悧羅(リラ)も胸に身体(カラダ)を乗せてくる。


「ほれ、(ラク)になったであろ?」


「そういう問題(モンダイ)じゃない。()()()()だったら我慢(ガマン)なんかしなきゃ良かったよ、もう!」


ごろりと身体(カラダ)を返して、もう一度悧羅(リラ)を抱き寄せると、背中にどすりと重みが乗った。


「…妲己(ダッキ)(オソ)い…」


“はて、何のことやら(ワレ)にはとんと分かりませぬな”


何かしでかしたら止めてくれ、と(ネガ)っていたはずなのに何処(ドコ)に行っていたのやら。(ハナ)()らしながら玳絃(タイゲン)の背後で体躯(タイク)()ばした妲己(ダッキ)(アキ)れていると、悧羅(リラ)()ばれた。


「ようと分かったであろ?玳絃(タイゲン)がそうしてやりとうあるならば、()うてみればよろしかろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、姚妃(ヨウヒ)には玳絃(タイゲン)(ホカ)(ダレ)()うたとしても、(スク)いにはならぬであろうしの」


(サト)すような声音(コワネ)(ウナズ)いていると、(ナミダ)(アフ)れてきてしまう。


「血を(タツト)ぶは玳絃(タイゲン)()(トコロ)。なれど(トラ)われすぎてしもうては(クル)しゅうなる。(オノ)が内にしっかとした(シン)さえあらば、()やむことなどありはせぬ」


悧羅(リラ)を抱きしめて(ナミダ)を見られないように(カク)すが、つい、消さないでと、(ツブヤ)いてしまった。


気張(キバ)りすぎじゃ。(アン)じずとも玳絃(タイゲン)()も無く()()()()などせぬよ。少しばかり心を休めねば、しばし(ワラワ)とゆるりと(イタ)そうや」


いきなりでは何のことを言われているかも分からないだろうに、何故(ナゼ)悧羅(リラ)に伝わったということは、姚妃(ヨウヒ)が何かしら(ネガ)っていたのかもしれない。


「また悪戯(イタズラ)するかもよ?」


ぽんぽん、と背中(セナカ)(タタ)く音と悧羅(リラ)(ヌク)もりが玳絃タイゲンの全部を(ツツ)み込む。


悪戯(イタズラ)()ませとうないのではなかったかえ?褒美(ホウビ)(モウ)すなら、(シン)忋抖(カイト)にしっかと()うてみるがよろしかろう」


「…(コロ)される…。でも(オボ)れてみたい…。(オレ)(オボ)れたら、()()()()の?」


(アン)じずともよい。手は(ハナ)さぬし、何より玳絃(タイゲン)()ちてくれなんだでのう」


ぽんぽんと背中を(タタ)かれると、とろり、と微睡(マドロ)んできてしまう。


「…()ちたかったよ、でも()()…」


(ウツロ)になる中で悧羅(リラ)()ぶと、此処(ココ)におる、と抱きしめてくれる。


「…母様(カアサマ)(キズ)(サワ)っててもいい?」


(ネガ)玳絃(タイゲン)の手が取られて、悧羅(リラ)(ハラ)に当てられた。(コロモ)の上からで良かったのに(ジカ)()れる(キズ)は、ざらりと()()れて悧羅(リラ)(オモ)いを玳絃(タイゲン)に知らしめてくる。

先刻(サッキ)()れられなかったのに今は()()()()()

子としては(サワ)れても、男としては(サワ)れない。

()()()()()()覚悟(カクゴ)(ユルシ)を、まだ玳絃(タイゲン)(ダレ)からも(モラ)えていないのだ。


「…母様(カアサマ)は、(オレ)でも開いてくれる?」


悧羅(リラ)()()(モト)めて(スガ)りつくなどしてはならない、とは思うが()とされるなら悧羅(リラ)がいいとも思ってしまう。あれほどに(トラ)われていた血のことも悧羅(リラ)に受け入れてもらえるなら、()()()()()()


起きた時の(シン)忋抖(カイト)(コワ)いが、一度()き出た思いに(アラガ)えるかどうかも、これが恋情(レンジョウ)なのか、ただの(ヨク)なのかも、今は考えたくない。


「開かせるかどうかは玳絃(タイゲン)次第(シダイ)ではなかろうか。…()くは()()()()()()よ。ほれ、お(ネム)りやし」


(ヒタイ)()れると、すとん、と(ネム)った玳絃(タイゲン)苦笑(クショウ)しながら悧羅(リラ)妲己(ダッキ)は目を合わせる。


“…まったく、()らずともよい(トコロ)まで(シン)(ユズ)りとは…”


()いであろ?」


くすくすと(ワラ)悧羅(リラ)(ネム)玳絃(タイゲン)布団(フトン)妲己(ダッキ)(トトノ)えた。


(アイ)らしゅうあるは(ゾン)じておりますよ。…(シン)のみならず忋抖若君(カイトワカギミ)まで顔を青くなさいましょうが”


尾でふわりと悧羅(リラ)()でると、玳絃(タイゲン)(ウデ)の中で、まだ面白(オモシロ)そうに小さく笑っている。


「なれど(アラゴ)われてしもうたでの。…ほんに褒美(ホウビ)をやらねばなるまいよ」


“お(ツヨ)うなられた。やはり(ワレ)の育て方がよろしゅうあったのでしょうや”


くっくっと(ワラ)妲己(ダッキ)悧羅(リラ)苦笑(クショウ)するしかない。子どもたちが妲己(ダッキ)(ソダ)ててもらったのは事実(ジジツ)だし、妲己(ダッキ)()てくれなければ7人も子を持てることなどなかっただろう。


若君(ワカギミ)褒美(ホウビ)には(ワレ)口添(クチゾ)(イタ)しましょう。…さあ、(アルジ)もお休みを”


其方(ソナタ)()ってくりゃるなら、(ワラワ)玳絃(タイゲン)も泣かずに()むであろ」


ふふっと小さく嘆息(タンソク)する悧羅(リラ)妲己(ダッキ)は目を細める。


(アルジ)(サイワイ)(ワレ)がお(マモ)(イタ)しましょう。御子方(オコガタ)も…、忋抖若君(カイトワカギミ)も”


低い声と(ヤワ)らかな()()でられながら、小さく聞こえた声に悧羅(リラ)は目を閉じた。


“やむなし…(シン)も。彼奴(アヤツ)(マモ)られずとも良かろうとは思いまするが…”


(ハナ)()らす妲己(ダッキ)に、悧羅(リラ)素直(スナオ)じゃないと(ツブヤ)くと()が顔に乗せられた。さっさと()ろということらしいが、妲己(ダッキ)()れた顔が見てみたい。顔を上げようとすると()で押し(トド)められてしまう。


妲己(ダッキ)(ワラワ)(サイワイ)なのだが」


“…(ゾン)じておりますとも…”


くっくっといつもの(ワラ)いの中に(オダ)やかな声音(コワネ)がある。ふわりふわりと尾で(タタ)かれてしまうと悧羅(リラ)(マブタ)も落ち始めて結局、悧羅(リラ)妲己(ダッキ)の顔を見れずに()かしつけられてしまった。

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