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幸せにおなり、人魚姫  作者: 藍川朋子
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更に2021年5月5日1時20分頃、記載整備しました。

大分直したので、もうあんまり直さないと思います。

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2021年5月3日から4日にかけて、記載整備しました。

大筋は変わっていません。

家令の名前を間違っていました‥途中まで海遠としていたのですが、海里にしたのを、旧が残っていました。

他にも誤記がちらほらと。

そういうのを直して、あとは全体もブラッシュアップしました。

まもなく奥様がいらっしゃる、と聞き、清凛は縫い物の手を止めて屋敷の玄関口へと向かった。

部屋を出、廊下を歩いているとすぐに、清凛と同じく知らせを聞いた屋敷中の使用人たちが、流れるように玄関口へと向かい、集まって行く。正門へ続く広い玄関の内は、新しい女主人を迎える今日この日のために既に掃き清められ、青灰色の敷石は水を打って磨かれていた。

この屋敷の玄関には、外から入って来る客人が扉を開けたその先に丁度季節の彩りが見えるよう、正面に大きな青磁の花瓶が置かれている。今日はその花瓶には、かたい蕾が多くついた桃の枝が生けられ、その蕾のいくつかは、ひんやりとした晩冬の空気の中、ふわりと初春の日差しがこぼれるように、割れて花開いていた。

三月、まだ息が白く残るその日。屋敷の主人である周藍との婚儀に際して、花嫁が家に入る。

結婚の儀式自体は既に、王都椿で秋国王陽梨の立ち合いの元済ましており、この屋敷で行うのは、明日の夜開かれる、花婿となる周藍の身内への披露の祝宴である。周藍は明日の昼過ぎに戻って来る予定だが、花嫁となる姫君は、周藍に先駆けて前日の今日、到着することとなっていた。

何せ花嫁は()国から国をまたいでの輿入れ、全行程の移動距離も長い。夏国から秋国まで馬車で数日、王都椿で婚儀を行い、一泊して再び旅立ち、馬車でまた二日、秋国北西の国境近く、周藍の預かる秋国水軍駐屯地である「()」の河より少し内側、彼の所領のこの屋敷までやって来るのだ。

周藍なら、武人ということもあり、また王都へは行き慣れた道の馬での移動で、一昼夜でこなすこともできる距離だが、花嫁は()国王(ゆかり)の高貴な姫君、当然馬車での移動でそれなりに時間もかかるし、秋国も初めての慣れない道、疲れもまたあるだろう。更に、婚礼の披露目ともなれば、花婿よりも格段に花嫁に準備の時間が必要となるもの。それらを加味して、花嫁は前日入りして身を改め、一晩休んで体調を調えてから披露の祝宴に出るのだと、清凛たち使用人には説明がなされた。

そしていよいよ、その花嫁が到着するのだ。

(どのような方なのか‥)

どのような女主人であっても、無論、清凛は忠誠を尽くすつもりでいる。

妻の味方になってほしいと、主人である周藍から直接頼まれたことでもある。また、一端の侍女として働くからには、良き侍女らしく主人に忠実な(しもべ)でいるのが自分のあるべき姿だと思う。だから忠誠を尽くすのは当然のことだ。

だが少し、ほんの少し、迎え入れる花嫁がどんな女性であるのか、職務に関係ない個人的な興味が全くないと言ったら、それもまた嘘になる。

(あの若さまの‥いえ、旦那様の、妻になるお方)

かつて清凛が嫁ぐかもしれなかった、憧れの君の、妻になる女性。

(子供の頃からどこか頼りがいを感じる、はしゃいでいても常に地に足が付いているような、背を預けて安心する方だった。正しいものを素直に正しいと讃えるような堂々としたところがあって。貴公子のような繊細で整った容姿ではないけれど、じっとこちらを見透かすような瞳が、野生のけもののように謎めいていて気高くて、はっと見とれてしまうこともあった‥)

玄関口に集まった使用人たちは、家令である海里の采配で整列していく。その中で、奥方付きの侍女になる清凛は、前列の目立つ場所を指示された。その位置に立ち、玄関の外で客人が馬車を降り、その扉を開いて姿を現すのを待つ間、清凛は自分の胸にそっと手をあてた。

その女性は、清凛の若さまの、妻になるのだ。

(夏国王ゆかりの高貴な女性‥)

(どんな方だろう)

父親の不始末で零落した自分とは違い、その清凛が釣り合わないと諦めた、この屋敷の主人である周藍にとってさえ、それ以上に身分の高い女性だ。

美しいだろう。(しと)やかだろう。清凛よりもきれいで、教養と気品に溢れ、これぞ旦那様に相応(ふさわ)しいと頷ける女性だろうか。周藍にほのかな憧れを持つ清凛さえ、嫉妬することなく喜んでかしづくことのできるような、素晴らしい女性。

きゅっと胸がしめつけられるのを感じ、清凛は軽く目を細める。

(それとも、‥それとも、これでは旦那様に釣り合わない、いや、清凛の方が余程似合いだといわれるような、高貴なだけあって傲慢で、苦労知らずで、自分勝手な女性でありはしないか)

一瞬抱いた願望を、清凛は小さく首を振って追い払う。

(そんな‥恥ずかしい。私は今、新しい気持ちで、奥様の支えになる侍女として、この場にいるのに)

清凛がしばし葛藤する間に、玄関の扉がすると開いた。

開けたのは門衛の一人だが、その向こう、正門の前には周家の紋の入った馬車が止まっており、その馬車の側には、少しうねりのある褐色の髪に黒緑色の瞳の大柄で陽気な男が、水色の紗を被った女性が馬車から降りて来るのを待っていた。

男はこの屋敷に仕える護衛の一人であり、花嫁となる姫君を迎えに行っていた来閃(らいせん)である。

海里の指示がかかり、清凛含め、玄関口に勢ぞろいした者たちは皆、一斉に頭を下げた。

屋敷の使用人たちが勢ぞろいして礼をし、頭を下げて待ち構えているところへ、その姫君は女性らしくしずしずと歩き近づいて来る。控えめな足音とまつわる(すそ)の衣擦れの音。高貴な姫君だけあって所作も淑やかなのだろう。頭を上げ姿を拝見する時が待ち遠しく、清凛は海里の合図を待つ。

やがて足音は止まった。姫君が皆の前まで来たのだ。

「ようこそお越しくださいました、奥様。我ら一同、子規様を(あるじ)と仰ぎこのお屋敷にて仕える者です。奥様のお越しを心から歓迎致します」

「「「歓迎致します」」」

家令らしく海里が凛と挨拶し、清凛たちは唱和する。そして下げた頭を上げ、皆がその姫君の姿を目にする。

(紗が――)

女性にしてはやや背の高い、すらりと華奢な体格の姫君だった。

けれどその上半身には、先程遠目で見えた通りのまま水色の紗がかけられており、今もまだ、紗は、ほんのりと紅をはいた口元を除いて姫君の顔を隠してしまっていた。

紗があってさえ、どこかしら匂い立つ百合のような、華やかで清楚な空気が姫君からは感じられた。

しかし顔も見えず紗を被ったままとあっては、出迎えた屋敷の面々は戸惑いを隠せなかった。

と、来閃が姫君に近づき、姫君の紗を指さして取る仕種をする。それでようやく気付いたのか、姫君は小さく頷き、被っていた水色の紗をするりと取り払った。

「――!!」

(なんてきれいな‥藍色の瞳‥)

けぶるようにわずかに細められた眼差しは、星のきらめく夜空のような藍色をしている。その双眸は、覗き込むものをどこか異世界へと連れて行ってしまうような、老若男女を問わず人をひきつける不思議な輝きをしていて、たまたま目が合ったのだろうか、姫君にひたと見つめられた清凛は、一瞬自分が何を考えているのかわからなくなった。

その藍色の眼差しはやがて清凛を外れ、他の人々に順々に移っていく。一巡したところでふっと緩み、薔薇の花びらのような可憐な赤い唇がわずかに弧を描くと、清凛は安堵なのか感嘆なのか、思わずほうとため息をついてしまった。

そして気づく。

(髪がー、そんな、髪が短い)

栗色のゆるく波打った髪は、あるまじき短さでばっさりと切られていた。それも同じ長さで切りそろえられているのではない、男性のように、頭の形に沿って切られている。その事実に、さっと清凛の血の気が引く。

――婚礼は明日だ。

(どうしよう、髪が結えない。短すぎて、‥そんな、どうしたら)

衣裳は決まっている。婚礼の、この日のために周藍が直々に指示して仕立てられた朱金の花嫁衣裳だ。それに合わせ、紅玉と真珠のあしらわれた大ぶりに薔薇を模した金の髪飾りも、夏国に敬意を表して銀で葉の連なりを表した簪も、周家頭領の花嫁に相応しいものをと、職人の渾身の出来で揃えている。

だがそれで、この髪の短い花嫁の髪を結い飾ることはできるだろうか。

いやそれに何より、

(こんな髪の短い女性を、旦那様の、由緒ある、栄えある周家の花嫁ですと方々にお披露目するなんて)

市井ではあることでも、高貴な家の女性ではあり得ない。どの家の女性も、髪は長く、せめて背の中ほどまでは伸ばしておくものだ。身分のある女性で髪が短いとしたらそれは、寡婦か、罪人か、信仰に身を捧げた者か‥。軍属だからと髪の短い女性がいるのを清凛は知っているが、そんなものは例外である。まさか、夏国王(ゆかり)の高貴な若い未婚の娘が、これ程までに髪が短いなんて。

だが清凛の驚きはそれだけではなかった。

「---。-----、-----」

姫君はにこりと笑って何かを言った。

何かを。それはこの三国の言葉ではなかった。

「----。-----?」

「今、何と?」

可愛らしく小首を傾げる姫君に、海里が皆を代表するように問う。と、来閃が大柄な体を気まずそうに少し縮めて口を挟んだ。

「あー、海里。姫君は、その‥。話せないらしい。言葉が」

「は?」

「いや、だから。姫君は三国外で過ごしていたらしく。こちらの言葉が話せないそうだ。そう聞いている。聞く方は少しはできるみたいなんだけど」

「ーーーーー、カイリ? ライセン」

「ああ、そうです。姫君。こちらは海里。(あざな)は志磨。この家の家令になります」

これは誰か、といったようなことを問うたのだろう。姫君に裾を引かれ、海里と話していた来閃が答える。と、姫君は海里に向けて笑いかけ、自分を指差した。

「カイリ。ワタシ、メイリン。-----」

「海里。こちらが奥方の明琳様です。‥多分、以後宜しくと言っておられる‥と思う」

来閃もどこか自信なさげだ。それはそうだろう。この(シュウ)()(トウ)の三国にいて、言葉が通用しないなんて事態はまず起こらない。時折、非常に珍しく、三国外の者が商売等でやって来ることはあるし、そういう時に言葉が違うこともあった。だがそれは、三国外との国境付近の街や、人が集まる王都の市での話であり、少なくともこの屋敷で起きた話ではない。清凛は三国外の言葉など知らなかった。

「は。‥宜しくお願い致します。明琳様」

あまりの事態に呆気にとられ、それでも表情を立て直して、海里は姫君‥明琳に挨拶した。

こちらの言葉を聞く方はできる、との来閃の言葉通り、明琳は海里の挨拶に頷き、理解しているようだった。清凛はどこか遠い風景のようにそれを見ていたが、次に挨拶するのが奥方である明琳付きの自分となること、そしてこれからこの奥方の身の回りの世話をし、支え、助けとして働くのが自分となることに、清凛はしばし気づかなかった。



2021年5月5日、後書きの誤記訂正しました。

-----

はじめ、この章は「1」のつもりで「序3」のすぐ後(1月?)から書いていたのですが、途中で何度か手が止まり‥。その理由の一つが、家令の名前がしっくりこなかったこと。

そうしているうちに、今の「1」がひゅっと浮かんできて、こいつは「2」になりました。

続きもまた頑張ります。

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