第4章11
「私の気のせいだったのかしら」
レミーエとジュリア様の二人と別れた後、エメラルドグリーンをまとった影がいた回廊を見てみたけれど、誰もいなかった。
王族のプライベート空間ともいえるここには、そもそも人の出入りが少ない。
たまにすれ違う侍女や使用人に、そんな色を身に着けた人はいなかったし……やっぱり見間違いだったのかしら。
派手好きなミカエルのことだから、使用人の制服を蛍光グリーンにする可能性も考えたんだけど。
王城に勤めている人間で派手な服を身に着けているのは、ハットリさんくらいのものだったのよね。
……一番、派手にするべきじゃない人な気がするけど。
「よそのお宅……いや、よそのお城を調べるわけにもいかないし、部屋にもどろっと」
ひと気のないシンとした回廊に、私の声が響く。
胸が不安でざわざわとしていて落ち着かなくて、誰に届くわけでもない無意味な独り言を漏らしてしまう。
「よく考えたら、ミカエルに聞けばわかるはずだわ」
部屋に帰ってミカエルに連絡をとろう。
そう遠くない自分に与えられた部屋へと歩みを進めていると、曲がり角の影や、廊下の突き当りに、ひっそりと使用人がたたずんでいるのが目についた。
……やけに多いわね。なにか、催しでもあるのかしら……?
そう思いながら、ふと後ろを振り返った。
「えっ……」
こちらを見ていたらしい使用人と目が合った。
手拭いをもち、飾られている壺を磨いていたらしい彼女は、曲がり角ですれ違った時と同じ姿勢で、私をじっと注視していたのだ。
監視されている……?
今まではあまり気にしていなかったけれど……ここは、他国の王城なんだわ。
急にそう強く感じた私は、言い知れぬ恐怖感が背筋を這い上るのをこらえながら足取りをはやめた。
◆
近いはずが、やけに長く感じられる回廊だった。
ほっと息をついて部屋の扉を押し開いた私は、ぴしりと硬直した。
私が入ってきた音に気付いたのか、使用人は慌てた様子で振り向いた。
「なにをしているの?」
「コゼット様! ……片付けでございます。失礼いたしました」
訝しみ、使用人のほうに近づいてその手元を確認する。
彼女は、文机の引き出しを開いて中身をあらためていたようだった。
不快感に眉をしかめる私をよそに、使用人はそそくさと部屋から出て行ってしまった。
部屋付きの侍女ではない、見慣れない顔の使用人だった。
「なんなのよ……」
もとより、荷物などここにはほとんどない。
片付けって……文机の引き出しは、かなりプライバシーに関わると思うのだけれど、ルメリカではそんなところも片付けられちゃうの?
文机の引き出しなどこの部屋に来てから私も開けていない。
だが使用しているいないにかかわらず、アルトリアでは貴人の私室の引き出しを使用人が勝手に開けたりしない。
昨日までは、こんなことはなかったわ。
何故だか、レミーエたちと会う前、今朝までとは、城の空気が全く違う気がした。
「何かが起こってる? 殿下たちが言っていたお話なのかしら」
文机の椅子に腰を下ろして、私は窓の外の暗い庭を見つめた。
章立てを変更しました。
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