第3章37
「師匠!今日の晩餐にはあの材料をどう調理されるのですか?!いえ、もちろん師匠の作られる料理が全て素晴らしい事は、このジャクソンはわかっておりますとも!しかし仕上げ方などが全く想像がつきません!やはり師匠はこのマイケルなど及びもつかぬ遥かな高みに……」
「ジャクソンなの?マイケルなの?それとも……いいえ、なんでもないわ」
今気付いたが、料理長の名前を聞いたのは初めてだ。マイケルとジャクソン。どちらが名前でどちらが名字なのか皆目見当がつかないが、繋げて言うと某レジェンド歌手しか頭に浮かばない。
「……歌とか踊りとか得意?」
「歌ですか?歌を褒められた事はありませんが、ボンダンスなら腕に覚えが……」
「ボンダンス?!ボン……盆踊り……?」
だめだ。謎が謎を呼ぶだけだった。
ここは異世界。日本のようなお盆があるわけがない……ないよね?
料理長の氏素性が気になって仕方ないが、それを追求している暇はない。
話しながら調理場に着いた私は、頭を切り替えるとサッとエプロンを身につけ、待機していた料理人たちに指示を飛ばした。
「さあ、皆んな準備はいいかしら?!今日の晩餐は気合を入れるわよ!」
「「「アイアイサー!」」」
号令一下、料理人達が動き出し、調理場は戦場と化した。しかしこの返事はなんとかならないのかしら。私は船長じゃないんだけど。
豪奢なシャンデリアが眩く光りを放ち、灯されたロウソクの揺らめきが反射する室内には、真っ白いクロスのひかれた晩餐用の長テーブルが置かれている。
しかし長テーブルにも関わらず、リヨネッタとレミアスは上座の一角に寄り添うように席に着いていた。
「当家の料理人は腕が良いと評判ですのよ。きっとドランジュ子爵もお気に召されると思いますわ」
「それは楽しみですね。まあ、リヨネッタ様の前ではどんな料理も味がわからなくなるかも知れませんが……」
「あら、どうしてかしら?」
「あまりにも魅力的な貴方の前では、どんな料理も霞んでしまうでしょうからね……ふふ」
「まあ!ご冗談を!」
レミアスの言葉に、リヨネッタはクネクネとしながら満面の笑みを浮かべている。お茶会で親密度を増したのか、リヨネッタは最早、レミアスに夢中といった様子だ。
そんな二人の様子を苦々しい表情で眺めている者がいた。
あれは……屋敷の執事の、確か、ダンヒルだったかしら。
部屋の下座の隅……主人達の使う入り口とは別にある、調理場などに続く扉の陰から室内を窺う私は、ダンヒルがイライラしている事に気付いた。
リヨネッタがレミアスにうつつを抜かしている事が気に入らないのかしら。……彼らにとっては大事な計画の最中ですものね。
そうしているうち、仕上げを任せていた料理長が、料理の準備が出来たと報告に来た。
それを聞くや、ダンヒルはこれ幸いとリヨネッタとレミアスの間に割って入る。
「奥様、料理の準備が整いました。お運びしてもよろしいでしょうか?」
「え?ええ、持って来てちょうだい」
今にもキスでもしそうな程にレミアスにくっついていたリヨネッタは、割って入ったダンヒルに眉をしかめながらもそう頷く。
その言葉を合図に、料理長に連れられたメイドが料理を運んでいく。
「こちらは粕汁でございます。貝のワイン蒸しをお供にお召し上がり下さい」
「あら、良い香りだこと……あら?ちょっとお酒が強くないかしら?」
「特別な夜の晩餐用なのですね。ありがとうございます」
立ち昇る酒気に眉根を寄せるリヨネッタだったが、レミアスの言葉を聞くとたちまち嬉しげに微笑み、ワイングラスを傾けた。
「そうですわね!今宵は……酔ってしまいそうですわ……あら、随分強いワインね」
「ああ、これは私の好きなワインです!わざわざ用意してくださるとは!」
「あ、あらそうなんですの?」
普段飲んでいるものよりも格段にアルコール度数の高いワインに首を傾げつつも、レミアスのリクエストだったのか、とリヨネッタは納得した。
そして二人が料理を食べ終わるタイミングで次の皿が運ばれてきた。
「アスパラガスの酒蒸しに、春野菜のワインソース、かぶの酒漬けでございます」
「彩り豊かねえ…………ちょっと、アルコールきつくないかしら」
「いやあ、絶品ですね!」
ニコニコと満面の笑みのレミアスは、どんどん料理を食べ進める。それにつられ、リヨネッタも首を傾げつつも普段より随分酒くさい料理を口に運んだのだった。
「わ、私、もう、充分……お腹いっぱいですわ……うー……」
晩餐が終盤に差し掛かる頃には、リヨネッタは白い顔を真っ赤にしており、眠たげに目をとろけさせていた。
レミアスはそんなリヨネッタの肩を優しく支えながら、メイドに合図し用意していたお土産を持って来させた。
「リヨネッタ様、随分お疲れのご様子ですね。もうお休みになられては?最後に、私の用意していた果実ジュースを召しあがって頂きたかったのですが……残念です。日持ちがしませんので、使用人の皆で飲んでください」
「そ、れは……くかー」
「おやおや……」
その言葉に答える間も無く寝息をたて出したリヨネッタを支えつつ、レミアスは慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
「全く、奥様の色好みにも困ったものだ」
リヨネッタが早々に寝室にはいり、ドランジュ子爵も帰って行った屋敷は、祭りの後の静けさのようにいつもより早めの眠りについていた。
そんな屋敷の一室で、ダンヒルはゆっくりとグラスを傾ける。
ドランジュ子爵が置いて行った果実ジュースは、ウメという実が使われたものらしい。
ひとくち飲むとふわりと甘酸っぱい香りが広がってとても美味だが……
「ジュース?これは酒が入っているような……」
子爵は優しげな顔に似合わず、存外酒に強いたちなのだな、とダンヒルはひとりごちた。
リヨネッタ様がやたら酒くさいと言っていた料理も平気な顔をして平らげていたし、果実酒くらいでは彼にとってはジュースみたいなものなのかもしれない。
「しかし、素晴らしく甘くてうまい酒、だ……」
しかしその感想を最後まで言うことなく、ダンヒルの意識は心地よい眠りに落ちていったのだった……
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