第3章17
「先ほどは失礼した。ハッハッハッ!俺の天使に嫌われてしまったかと心配したが杞憂に終わって良かったよ。やはり俺たちの運命は……ふごっ」
「エリオット、このお菓子好きだったわよね?沢山召し上がれ!……コゼット、ところで『ビール』と呼んでいた麦酒なんだけれど……」
二杯目のお茶を飲みはじめたころ、二人は連れ立って帰ってきたが、エリオットさんは全く懲りていなかった。
暑苦しいほどレミーエ様に張り付いていた彼はベリッと剥がされ、大きく開けた口にお煎餅を押し込まれた。
だいぶ硬いのか、一生懸命モゴモゴと咀嚼しているが、かなりのサイズであるのもあってなかなか食べ進まない。
ていうか、お煎餅……ルメリカにもお煎餅あるんだな。
エリオットさんを静かにさせたレミーエ様は、私の前に……黄金色に輝く小判……じゃなく、ビールをそっと差し出した。
「こ、これが……!って、氷……」
ビールに氷かー……
冷蔵庫が無く、氷室を使っているこの世界。食品の保存に使うのがメインだから飲み物を冷やすのは一般的じゃないし、仕方ないのかも知れないけど……なんとなくテンションの下がる私。
しかし!ビール!ビール!
「あら、氷をいれてはいけなかったのかしら?冷えたもの、と言っていたから……下げさせ……」
「いえいえいえそんな!それじゃちょっと失礼して……!」
申し訳なさそうにビールを差し戻そうとするレミーエ様を押し留め、私は満面の笑みでビールに手を伸ばし……たところで、横からサッとビールが取り上げられた。
「お嬢様、お酒は大人になってから」
「シシィ……?!何故ここに?!」
「先ほど商品を届けるのに呼び出されたではないですか。お忘れですか?」
そうだった……!
そう言葉を遣り取りをする間も、私はジリジリとシシィに近づく。
しかし敵もさる者。
私の座っていたソファをはさみ、反対側に回り込む。
「シシィ!お願いします!お願いします!」
「いけません」
「うわー!」
コゼットは混乱した!
コゼットはシシィに襲いかかった!
シシィはひらりと身をかわした!
「コ、コゼット……大丈夫?……ぷっ」
「コゼット様……ぷぷ」
私はこの世の終わりのような表情で、どんよりと椅子に座っていた。
結論から言えば、シシィには全く敵わなかった。夢にまで見たビールを飲むことは叶わず……冷えたビールはエリオットさんの喉を潤すことになった。
「ふっはっ!はははははは!あー、もうダメだ!もう我慢できない!見たか?俺が『ビール』を飲んでる時のコゼット嬢の顔ときたら!」
エリオットさんが堪えきれない、と言った感じに噴き出し、我慢していたらしいレミーエ様達もつられて笑い出した。
もういいさ。好きなだけ笑うがいいさ。
すっかりやさぐれた私は、冷めた紅茶を一気に飲み干した。
「ご、ごめんなさいね、コゼット様!笑うつもりは……くっふふっ」
「いやー、酷かったヨネ!死んだ魚みたいだった!エリオット様が視線で殺されるんじゃないかと思ったよ!」
「ぷっ…………ミ、ミッキー!そんなこと言わないのよ!」
みんなが和気藹々と楽しく話している中、空っぽになったビールのグラスを見て私は深く絶望のため息をついた。
「あと、二年か……」
この世界では十八歳で成人だ。
果たして耐えられるだろうか……
ビールへの思いを断ち切るように、私はお煎餅を貪り食った。
もぐもぐもぐもぐ……ん?
「このお煎餅、私が作ったものに似てる……」
「ふふ、気づいちゃった?」
思わず漏れ出た私の呟きに、レミーエ様は照れ臭そうにはにかんだ。
「あなたが作ってくれたお煎餅の味が忘れられなくて……頑張って再現してみたの!本人に似てるって言ってもらえて嬉しいわ!」
「レミーエ様……」
私たちは、顔を見合わせて笑いあった。
やっと流れた和やかな空気……しかしそこに、エリオットさんの空気を読まない発言が飛び込んできた。
「しかし、冷やして飲んだのは初めてだが、『ビール』は確かに冷やした方がうまいな!よく知ってたなあ!飲んだことあったのか?」
空気を読まない者は強い。
しかし商人には空気を読むスキルは必須だと思うのだが、何故エリオットさんにはその機能が備わっていないのか。
小一時間問い質したいくらいだが、それよりも今の問題は、私の背後で膨れ上がったドス黒い怒りの波動である。
シシィは殺気を放った!
コゼットは怯えている!
「いいえ!ないに決まっているではありませんか!想像ですよ、想像!いやー、私ったら昔から想像力豊かで困っちゃうなーもう!」
私は過去を振り返らない女!前だけ向いて歩いていく……!
必要以上に大声で叫びながら、私は決して背後を振り返らなかった。
あまり長い時間に渡って話していたわけでは
無いはずなのに、レミーエ様達との歓談の後、私は疲労困憊していた。
私達が待っていたあの化粧品店の経営者というのがエリオットさんだったらしく、彼と商品取り引きについて話し合い……ルメリカとの交易について軽く打ち合わせをしたため、余計に疲れたのかもしれない。
……決して背後の禍々しい気配が怖かったからではない。
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