集う四聖剣3
キャラクターが暴走しています。
当初予定の終着点に修正、着地できるかどうか。
無理にしなくてもいいのか??
「ねえ、少し前から気になっていたのだけれど、聞いても良いかしら?」
体のラインを隠すふわりとしたワンピースを着ていても、下腹部の膨らみが目立ち始めたミラノ。体を冷やしてはいけないため、少し厚手の服を数枚着込むのは、山間部の冬を迎える村ではよくある光景だった。
周囲の森を染め上げる赤と黄色、オレンジの景色は壮観だった。ため息さえつけば、誰しもがその魅力について十分に吐露しているといえた。
フアルの居候している木造の小屋は、外から見た様子に比べ、中が非常に広い。
元々この地方の村々は、山間部に点在する集落の集合体だったが、幾つか成立した村の一つであるラマは特に高地にあるため、レンガなどの材料は揃えづらく、自分たちの住む森の一部を伐採し、そこで生まれた木材を用いて住居を作った。レンガ造りの組積造は横の力に弱いが、ラマも例外なく海から上がる風が横から建造物を押すことになる。その為、梁を用いた木材ベースの住居を平屋で作り、風に備えた。森が風を防ぎ、建物が風に強い為、住居として機能し得るわけだ。そこに加え、建築者のズエブは、空間の対角を上手く使い、小屋の実際の大きさに比べて広く感じさせるテクニックを使っている為、小屋が他の村人の物に比べ広く感じるようになっている。
そんな家の周りにも森が広がるのだが、決して日照条件は悪くなく、陽の射す方角には割に広い空間が準備してあり、そこで物干しや洗濯を行なえるようになっている。
沢からは遠い為、井戸は掘っても水は出てこないが、屋根に設置された雨水を集め、何層にも重ねられた炭を使って濾過するシステムは、家に居ながらにして、ある程度自由に使える水を確保することが出来た。そのシステムの構築は、他の家の人間にも受け入れられ、戸数の少ないラマの村の半数以上が導入することになった。
沢まで水を汲みに行く必要もなく、陽床の丘ハナタハを上がってくる海からの雲がちょうどいい具合に縦に積み重なり、短時間である程度まとまった量の雨を降らせることのある、この地の気象条件も幸いしたのかもしれない。
ズエブとミラノは、シェラガの紹介でこの村の住人となったが、シェラガの紹介だけではここまでうまくはいかない。やはり手先の器用なズエブの技術……空間を上手く用いた住居の建造と、飲料水の確保……が彼らの村内での人間関係の構築に一役買ったのは言うまでもない。
臨月が近づくと、流石に一挙手一投足が億劫になる。だが、それでもミラノは家事をしないわけにはいかない。自分の体調と相談しつつ、体に負荷がかかり辛いと感じる時には、ゆったりと活動をし、場合によっては休憩をしながら、日々必要な作業をこなしてきていた。
居候を開始した当初、フアルは何かしらミラノの手伝いをしたいとは思うのだが、自分の家の事ならばともかく、仲良くして貰っているとはいえ赤の他人の家の家事を、自分主導で行うことには抵抗を覚えた。それ故、実際にこなすのは、たまに依頼してくる家事の手伝いだけだったが、世話になっているという意識が強いフアルは、何とかしてミラノの役に立ちたいと思ったものだった。それでも、ある程度の月日が経ち、ズエブの家の生活にも慣れてくると、徐々に家事の中に自分のアイデアを取り込んで作業ができるようになってきていた。
その日は、この地方の秋から冬にかけての時期としては非常に珍しく、海からの風も空を薄く覆う白い雲もない、抜けるような青空で、ひなたにいると暑いくらいだった。
腹に微かな張りを感じたミラノは、申し訳ないと思いつつ、常日頃手伝わせて欲しいと口にしていたフアルに、今日だけは甘えることにし、先日までにたっぷりと溜まった洗濯干しを依頼していた。
ミラノからの家事依頼があったことに、やっとこの家の一員になれた実感を得たフアルは、喜びつつ洗濯物を広げてはシワを伸ばし、物干し竿に袖を通すのだった。
順調に進む洗濯物干し。だが、ミラノの言葉がフアルの動きを止めた。
「ごめんなさいね。仕事の邪魔をするつもりはないのよ。軽い気持ちで聞いてね」
洗濯物の干し方に何かしら注文がつくと覚悟していたフアルは、ほんの少しだけホッと胸をなでおろす。今までミラノにそれに類することを言われたことは一度もないのだが、やはりどこかで、この家のしきたりに則っていなければならないという思いがあったのだろう。
「……なんでしょうか?」
構えるなと言われても、やはり構えてしまうのは致し方ない。
だが、ミラノの口から発せられた言葉は、フアルの予期していた物とは全く違うたぐいのものだった。
「最近、フアルの髪って少し色が薄くなってきたのかしら?」
本当に大したことのない内容だった。実際、フアル自身もそれほどは気にしていなかった。その事自体は。
「どうでしょうか。あまり気にしたことはなかったけれど」
そう答えると、フアルは一度止めた手を再び動かし始める。だが、明らかにフアルの行動に変化が出始めたことを、ミラノは見逃さなかった。
「フアル。正直に言って。
あなた、何か隠していない? 体に関する重大な事」
「いえ……」
そう言いかけて、口を噤むフアル。
彼女は躊躇した。果たして、口にしていいのかどうか。
今の生活は非常に幸せだ。だが、この生活が何時までも続くわけではない。そして、その時期は徐々に近づいてきている。それも彼女には自覚があった。
彼女の髪は、確かに色が褪せてきていた。といっても、以前の豪奢な黄金の王冠を彷彿とさせる髪が、目に見えてやつれてきたわけではない。どちらかといえば、眩く輝く髪が周囲に馴染んできたような印象を与える。彼女の色白の肌からすると、彼女の髪は黄金が強すぎた。文字通りゴールドで、ともすると一本一本が中から黄金に発光しているようにさえ見えるものだった。だが、それがブロンドへと変化している。普通の人間に近づいている印象を受けた。
黄金の鬼子と呼ばれたフアルは、そのガイガロスの血を隠すための術を己に施すことで、緋の瞳は隠すことはできたが、その生命力の象徴ともいえる黄金の髪は隠すことが出来なかった。後の世で、『ゴールデン・ゴールド』と称されるフアルの髪は、唯一無二の彼女の特徴だった。この時代の人間は当然、彼女の種族は無論のこと、彼女の血縁者に出会うことが出来たとしても、誰一人として『ゴールデン・ゴールド』を目の当たりにすることはできなかっただろう。鬼子はガイガロス人の歴史を紐解けば、数多く存在したかもしれない。だが、常時『ゴールデン・ゴールド』は後にも先にも、フアルのみだった。
その、フアルの代名詞ともいえる彼女の髪が徐々に色を落としてきている。
そして、それと同時に、彼女の緋の瞳を隠すための技術も、徐々に劣化しているように感じられた。その瞳は、黒瞳ではなく焦げ茶となり、茶色へとその色を変えてきていた。
シェラガが戻ってきた日から、彼女の中に命が宿った。そして、同時に彼女の命が削られていく。
「……今、私の中に、新しい命が宿っています。そして、私の命はそれほど長くは持たないでしょう。実は、近いうちにミラノさんにお願い事をするつもりでした。
図々しいことは分かっています。そして、無責任であることもわかっています。というより、責任を取ろうとしても、負いきれないということも」
予想だにせぬフアルの深刻な物言いに、思わずミラノはフアルの顔を正視した。
「私は今、胸の病を患っています。ガイガロス人特有の物です。ですので、ミラノさんやズエブさん、お腹の中のお子さんには感染しません。ですが、今私の中にある命は、ガイガロスの血を半分引いています。感染の可能性は半々。私は、この子を守るために、私の身体に留めておくわけにはいかないのです」
ミラノは、フアルが何を言わんとするか、何となくは予想がついた。だが、それをすんなりと受け入れることは、普通の人間の感性からすれば困難であり、ミラノもまた例外ではなかった。
フアルは、ミラノの正視に耐え切れず、目を逸らす。
「フアル、お前はあと数日の命だと。しかし、子は産みたい。そういう事だな?」
声の方を振り向く女性二人。
そこには、全身から汗を滴らせたズエブが立っていた。
既に、陽は一日のうち最も高い所に昇っていた。
恐らく彼は女性二人の内緒話を聞こうとしていたわけではあるまい。単純に昼食を取りに作業場から戻ってきただけの筈だった。だが、庭の方で小さい声ながらも鋭い言葉が聞こえ、彼は思わずそちらの方に回った。その結果、己の妻と親友の妻とが何やら深刻な話し合いをしている所に出くわすことになった。
最初はそのまま聞かぬふりをして立ち去る事も考えたが、シェラガの名が出てきたのであればそうもいかない。
果たして、彼の感じた杞憂は、現実の物となった。
「私は、今のままだと生むことはできない。この子を育てることも出来ない。
けれど、そのまま私と共に死を迎えることもさせたくない。せっかく宿った命だもの。せっかく私とシェラガの元に来てくれた大切な命だもの。
私はこの子の為なら何でする。ただ、一つだけ我儘が叶うのであれば、あの人に、シェラガにもう一度だけ会いたい……。会ってこの子の事を伝えたい……」
マタニティブルーと、死の恐怖、そして我が子に会えない悲しみと、愛する伴侶に会えない悲しみが一気にフアルを包み、それが彼女に際限のない嗚咽を漏らさせ、涙を流させた。
「ミラノさん、ズエブさん、図々しいのは百も承知です。けれども、もし許されるなら、この子をお二人の子として育てて欲しいのです。シェラガが信じた貴方たちお二人なら、私も信じられる」
図々しい申し出だった。
それはフアルにも痛いほどわかっている。
ミラノもズエブも、それが如何に非常識な申し出かを理解している。そして、それをしなければならないフアルの現状も。
ならば、シェラガが戻って育てればいい。
勿論そうだ。
だが、フアルは薄々気づいていた。
シェラガはもう戻らない。もし、今事態を放り出して戻れば、子供たちが育つべきこの世界が滅びるかも知れない。だからこそ、彼は旅立った。
いつ戻るのかはわからない。だが、戻った時には自分はいない。
彼の元に行きたかった。
最後に一度だけ、その姿を目に焼き付けておきたかった。
これだけは、完全に彼女の我儘だった。
「……俺は、シェラガには本当に助けられた。もし、奴がいなければ今の俺はない。こんな安らげる生活を送れるのは、奴のお蔭以外の何者でもない。
それは、ミラノも同じだ。だからこそ、身重のお前を預かった。それでも恩は返しきれるものではない。シェラガとお前の子も、無論面倒は見させてもらうつもりだ」
ミラノも力強く頷く。
「フアル、安心して。貴方の子は私たちの子として育てるつもりです。けど、どうやって……」
ミラノの疑問も無理はなかった。
フアルはシェラガとの子を産もうとしている。だが、フアルの命は子を産むまで持たない。ところが、子を産めずに命尽き果てようとしているフアルは、シェラガの元に行きたいという。
全てのフアルのやりたいことをやろうとするなら、フアルは一人では足りない事になる。
フアルの発した余りの矛盾した主張と、それが出来ると信じて疑わず、ミラノとズエブに懇願する彼女を目の当たりにしてしまっては、言葉を失うのも無理はなかった。
フアルは悲しそうに、しかし力強く微笑んだ。
一人の剣士が歩いていた。
周囲は灰色。彼の傍には、かつては何か巨大な建造物であっただろう瓦礫の山が幾つも見て取れた。空さえも灰色だ。陽の光ではない、どこかにあるだろう何か不思議な光源が周囲をぼんやりと照らし出しているようにも、周囲の景色そのものが発光しているようにも見える。
剣士は、膝まで隠れる長い外套を被り、ある程度近づいてさえ、性別はわからない。ただ、外套の裾がその人物の背後に伸びている様が、外套の中に剣を溜めている様だけは明確であった為、剣士だと想像がつくだけだったが、それは性別以上に剣士であることを際立たせていた。
遠くで地響きが聞こえた。
剣士は振り返り、空を仰ぐ。
「氣功術か……」
低く染み渡るような声は、耳障りがいい。だがその響きにはかすかに見え隠れする悲しみがある。本人も気づいていないだろうが。
ガガロ=ドン。
男の名だ。だが、その名を知る者は、もう殆どいない。
自身が世間との関係を絶ったこともある。彼の種族が、既にこの世にほとんど残されていないこともある。
彼は死に場所を探していた。
彼の人生の殆どは、ガイガロス人の世を作るために費やされた。そして、その望みは彼が心酔した王と共に潰えた。聖剣の勇者二人との死闘の末に。
その後、彼はガイガロスの真の王の残した姫を求めた。真の王は、この世界を人間……『爬虫類人』である彼らの表現を使えば『哺乳類人』……に譲り、別の世界を目指したというが、ガイガロス人と人間との共存を考えた姫はこの地に残り、人間たちと交流を勧めたという。その姫を目指し、彼は旅をした。そして、彼は出会った。ガイガロス人の真の王の娘、鬼子『ゴールデン・ゴールド』フアルに。
彼女は、己の力を恐れていたが、その力をも受け止め、受け入れた聖剣の勇者と共にあった。彼は、安心して姫を預け、旅に出た。
次の旅に、彼は意味を見いだせなかった。
ただ、同じところにいられなかった。いるわけにいかなかった。それ故、旅に出た。目的なく同じ場所に留まることを、彼は百数十年やってこなかった。それを今更やれと言われても不可能だった。同じところに留まり続けることは、生きることを目的にすること。それを拒否し、目的地もなく、目標もなく旅を続けることは、死に場所を探すのと同義語だといえた。
青白い帯が彼の上空を横切り、消えていく。
彼は、その行き先を目で追うことをせず、再び歩き始めた。もはや彼には関係のないとでも言うように。
その直後、彼は最大の敵と相まみえることになる。
最初に彼が気づいたのは、≪天空翔≫を遥かに上回る速度で接近する、巨大なエネルギーの存在だった。
初めて感じる類の強大なエネルギー。
それは、聖勇者の誰よりも、ガイガロス人の誰よりも強力だった。そして、彼が対峙したことのあるありとあらゆる『悪』よりも禍々しく、そして悲しみを帯びていた。
彼の元に最初に届いたのは、悪意を帯びた無数の赤黒い光の矢だった。
彼は突然の攻撃にもたじろがず、彼に命中する軌道の矢の全てを弾き飛ばした。剣で弾いた光の矢は、方角を変え少し飛んだ所で弾けて消える。彼に直撃しないそれは、大地に衝突し、無数の小さな爆発を巻き起こす。
彼は、徐々に近づいて来る赤黒い光の玉が、自分に攻撃を仕掛けていることに気づき、彼のガイガロス人特有の鋭い殺気を光の玉に叩きつけた。と、それとほぼ同時に、光の玉から放射状に、敵を定めるでなく射出されていた光の矢が、全てガガロに狙いを定めて放たれるようになってくる。
赤黒い光の玉も、ガガロを敵と認識したらしかった。
先程までは、漠然と周囲に悪意を放っていた光の玉。その悪意の全てをガガロに向けて放つ。
赤黒い光の帯は、まるでシェラガが放った≪八大竜神王≫のようだった。
太い光の帯はガガロを包み、ガガロの肉体の破壊を試みた。だが、光の帯が通過したその場所に、ガガロは残っていた。外套は消し飛んでいる。だが、彼の左手にある巨大な剣が、赤黒い光の玉の破壊エネルギーを切り裂き、ガガロへの直撃を避けていたのだ。
彼はかつて、亡きガイガロスの王の持つ聖剣『刃殺し』を、彼の墓標とした。だが、夢でガイロンはガガロに語りかけた。
「俺の剣を、お前の剣として使え」
と。
もしシェラガやレベセスが、その言葉をガガロの口から聞いたのならば、それは勘違いだといっただろう。夢の中での言葉など信じるな、と。だが、ガガロの傍らに彼らはいない。
ガガロはこの世のどこにも行き先を失っていた。それ故旅を続け、その命が尽き果て、大地に倒れ、彼の剣だけが大地に残り続けた時、その剣が彼の墓標となることを心のどこかで望んでいたのだろう。その伴に、王の剣もあって欲しいと望んだ。二本の聖剣をガガロとガイロンの墓標とする。それだけを望んだ。
だが、彼は生き続けた。敵を退け続けた。いつしか、彼は『死神の剣』と『刃殺し』の二刀流の剣術を体得していた。
聖剣の二刀流。そんな剣術は古今例がない。片や刀身の長い剣。片や巨大な盾を彷彿とさせるような極太の刃を持つ剣。それほど巨大な剣だったが、それでもガイロンが使っていた時よりはかなり小振りであるように見えた。どうやら聖剣は、使用者に応じて適正なサイズにその大きさを変える機能があるようだった。
剣というより盾として適切なサイズへと変わった『刃殺し』をガガロは戦闘で上手く使いこなした。その上手さは、死に場所を求めている戦士とはとても思えないほどだった。
彼はいつの間にか古代帝国の遺跡へとたどり着いていた。瓦礫の広がる、古代帝国であった地は、何となく彼の歩みを続けさせた。
ガガロの瞳が赤く輝く。
本来、ガイガロスの血は聖剣と相反するものだった。実際、『ゴールデン・ゴールド』フアルですら、シェラガの『勇者の剣』は発動させることはできなかった。だが、赤黒い光の玉と対峙しようとするガガロの体は、オーラ=メイルで包まれていた。聖剣の第三段階を発動させたような形状をしているオーラ=メイルだったが、その強さは聖剣によってもたらされるものとは段違いの強さだ。
ガガロも、いつしか聖剣を使わずとも、第三段階まで氣のコントロールが行えるようになっていた。聖剣は氣のコントロールの手助けをするだけで、氣のコントロール自体はその人物が行うので、ガイガロス人であっても、聖剣を介しての氣のコントロールはできずとも、氣を使って身体能力を高め、戦闘を行うことはできる。聖剣の斬撃の強さを、ガイガロス人が聖剣を用いずに再現できるとするならば、それはもう人間の聖勇者の戦闘能力の比ではない。
ルイテウでの戦闘でガガロはシェラガに敗北した。だが、今のガガロならば、聖剣の第三段階を発動させた当時のシェラガをも圧倒しただろう。
何度も放たれる赤黒い光の帯を、全て『刃殺し』で防ぎながら一気に距離を詰めたガガロは、右手の『死神の剣』で光の玉を縦に切り裂いた。
赤黒い光の玉が切られた瞬間、ガガロは蝋人形のような少女を光の玉の中に見たような気がした。だが、それを知覚するか否かという瞬間に、赤黒い光の玉は、その球体を大きく歪めて膨張し、大爆発を引き起こした。
爆心地から急速離脱するガガロ。その≪天空翔≫の速度も、先だっての彼とは比較にならない。爆風を置き去りにし、彼は爆心地を遠くに望める平地に降り立った。先程の瓦礫の山々は、赤黒い光の玉の爆発で消し飛び、辺りはどこまでも続く灰色の大地のみとなっていた。
「流石古代帝国の地。とんでもない化け物もいたものだ。あの爆発に巻き込まれたらひとたまりもなかった」
そう呟き、右手の剣を腰の鞘に戻し、左手の大剣を背に括り付ける。
しかし、情けないものだ、と彼は思う。
自身は、死に場所を求めて彷徨っているのだ。かつて王と心酔した男の墓標を負い、己の墓標を腰に矯め、それ以外を何も持たずに旅をする。
腹が減ったら周囲の食べられるものを食し、喉が乾いたら雨水で潤す。
しかし、それは生命活動に他ならない。
積極的な死を望んでいる訳でもなかったが、とりわけ生に固執している訳でもなかった。ただ何となく、ここならばいいという場所を探し、旅をしていた。
今ここで、爆発に巻き込まれても、よかったのではないか。
「何かやり忘れている訳でもあるまいに」
己の行動に失笑するガガロ。
だが、次の瞬間、遠くの大地にある物を見つけ、思わず目を剥く。
米粒ほどの大きさだ。だが、確実にあそこにいた。先程切り裂いたはずのそれが。
驚愕に見開かれた双眸が、やがて狂気の光を帯びる。ガガロの口角が上がり、隠れている筈の巨大な犬歯が鈍く光った。
死に場所を見つけた。あれほどの凶悪な敵。相手にとって不足はない。このまま、あの強力な悪意と共にこの地を去ろう。永遠に……!
ガガロは腰の剣を抜き放ち、背の剣に手を掛けると、自身を炎のように燃え盛る光の鎧に包み込み、赤黒い悪意に向かって斬りかかっていった。
すみません、更新後急遽数行加えました……。




