罠
シェラガが下級貴族たちに捕縛されます。
シェラガが遺跡へと出発したのは、シェラガがラマからテキイセに戻って数日後だった。
古代帝国の遺跡ガイド。一応シェラガの本業である。
本当は、本人は考古学者を名乗りたいところなのだが、大学を追われた彼の今の立場からすると、流石に考古学者を名乗ってのガイドは気が引けた。それゆえ、現在の本業はガイドなのだ。
遺跡ツアーの当初の予定では、同行者は下級貴族の女性、ワーナだけだったのだが、集合場所にはワーナ以外に数名の中年男女が居た。徒歩での移動だったため、移動費用も別段掛からず、追加参加という形で彼らの参加を認めたシェラガは、集団を率いてテキイセから最も近い遺跡へと移動を開始した。
当初、貴族ということで徒歩での移動に対して抵抗があるかと思いきや誰も文句ひとつ言わずついてきたのは、意外といえば意外だった。また、貴族という存在は、どこかで自分をきらびやかに見せようという意思が働くせいか、『必要な道具はこちらで揃えておくが、汚れても良く、動くのに不自由のない多少厚手の生地の衣服を着用してほしい』という指示を出しているのにもかかわらず、フレアのドレスのような、遺跡探索活動をするに当たっては著しく不適切な服を着用してくる非常識者も少なくなかったのだが、今回のグループにはそういう存在がいなかったのはせめてもの救いだった。
シェラガにとっては、貴族というのは自己主張だけをする厄介な金持ち集団、でしかなかったのだ。
テキイセからそう離れていない山の中に、思いのほか深い森があることは考古学者の中では周知の事実だった。遺跡もその深い森の中に点在する。
だが、他の人間にその事実があまり知られていないのは、この時代の人々、とりわけ貴族と呼ばれる人種の生活は、完全に町の中で閉じてしまっており、町の外に対して興味を失っているということの証明だろう。
どちらかというと、自然と共に生き、森に様々なものを恵んでもらうラマでの生活のほうが、よほど村の外に対して敏感だと言えるかもしれない。ただ、その敏感さと無知とが、村特有の閉鎖的な側面を持たせていることは否めないのだが。
針葉樹林の中を四半日ほど進むと、森の構成がなぜかシダ類がメインの森へと姿を変える。
人間が蔓延る前は、爬虫類と鳥類の中間のような生物が世界を席巻していたという。
考古学者という肩書がない人間が語ればもはや夢物語でしかない真実も、ここに来るとあながち間違いではないのではないかという気になるから不思議だ。そして、面白い事にその森に入ると、急激に湿度と気温が上がる。おそらく土壌の性質が原因と言われているが、それはまだ学者の調査段階だ。考古学者たちの考察では、かつて世界を支配したという爬虫類の王者、恐竜時代の気候に非常に近い物であるとのことなのだが、その辺の調査は同じ考古学でありながら実は専門外であり、シェラガはここに来るたびに自らの知識不足に臍を噛んでいる。
シェラガが発見したテキイセから最寄りの遺跡は、その森の一角にあった。
彼らが訪ねようとしているタイムトラベルへの入り口は、何本の石柱が大地に転がり、その一部が地下に向かって大きく口を開ける。
タイムトンネルの入り口が砂漠の真ん中にあるという印象は、通常の人間からすれば仕方ないところではあるのだが、そんな彼らが訪問する遺跡が、実はうっそうと茂ったジャングルの中に存在するということは、遺跡ツアーに初めて参加するような、ともすれば歴史から縁遠い者たちからすれば意外な事実だった。
貴族が幼少時に習う歴史の授業では、遺跡の歴史とともに、その遺跡が存在する自然環境の紹介も当然行われる。教科書に載るような有名どころの遺跡は、すでに何百人もの学者や墓荒らしが出入りしていることもあるのだろうが、イメージからすると概して砂漠のど真ん中に建造物が埋まっていて、その建造物の入り口を見つけて中に入っていく印象がある。実は、遺跡を紹介する際の記事が、遺跡は砂漠に存在する、という書き方がなされているからなのだが、その点からすると、密林の奥深く、蔦が絡み合う中に急遽その巨体を現した祭壇のような建造物は、彼らの度肝を抜くのには十分なはずだった。
だが、ワーナをはじめとする参加者のほとんどが全く戸惑った様子を見せない。
彼らが遺跡に対する知識を学者レベル程に所有をしていて、見慣れている光景だからこそ驚かない。
そんな様子だった。
だが、彼らが遺跡に対する知識をあまり持っていない状態で驚かないとすると、それはもう、遺跡に対して興味があるわけではない、ということだ。
実は、当初からシェラガにはワーナが遺跡に興味があるとは思っていなかった。
みすぼらしい恰好から没落した貴族の一員であることはわかっていたが、その貴族が過去の文明を鑑みて自らの生活を改めるなど聞いたこともない。もし仮にその気があるとするなら、遺跡を見て反省するなどという方法はとるまい。残念ながら、貴族の没落は個人の怠惰で始まることは希な事なのだ。
それでも、シェラガは遺跡の説明を続けた。もし、一部でもワーナの心の中に、そして同行者の心の中に、昔のことを知る事が面白いという感情が生まれてくれば、それはシェラガにとって大いなる価値のある行動となる。元考古学者からすれば、歴史に興味を持ってくれるパトロンとなりうる存在を得る事は、一つの行動目標なのだ。
バックパックからランプを取り出し、参加者に配るシェラガ。その時に、参加者のちょっとした表情から、今の参加者の満足状態や健康状態を確認するのだが、男性の参加者も女性の参加者も遺跡に興味を持った風な感じはなかった。
参加者に気付かれぬように小さくため息をつくシェラガ。
(遺跡に興味を持ってもらおうと思ったが、やはり無理か)
シェラガの予想していたイベントは、彼が予想していた以上に早くに起きた。
それは、遺跡進入直前の小休止の時に発生する。
通常、シェラガは必ず持参した水分しか口にしない。それは、自分が何時頃汲み上げ、水筒に入れたのかが完全管理されているためだ。こういった日帰りの小旅行であっても、所持している水質というのは非常に問題になる。生水が腹を壊しやすいというのは周知の事実だが、実は汲み上げた非飲料用の井戸水を水筒に入れてくる遺跡ツアー参加者も多く、それを飲んでしまうことで、腹を壊し、やむなくツアー自体が中止になることもある。汲み上げた直後ならまだしも、汲み上げて数時間経ってしまうと中の細菌が毒素を出すこともままある。
そのため、シェラガは参加者分の水分を必ず準備しておく。前日までに煮沸してある水を冷ましたものを水筒に入れるのだ。今回、シェラガが準備した荷物は、彼が単身遺跡調査に入る際の通常の荷と変わらなかった。だがその実は、バックパックの中身のほとんどが参加者の水分と軽食なのだ。
遺跡に進入する直前の休憩で、ワーナは彼に水分を勧めた。
只の水ではない、栄養満点のドリンクだという。シェラガは固辞するも、先日の邂逅では想像もできないほどに積極的にシェラガに水分を勧めるワーナに違和感を覚えた彼は、あえてそれを口に含むふりをして、その後のワーナの反応を見ることにした。
すると、嚥下したと見せかけたシェラガの演技に気付くことなく、彼女は同行者に何か合図を送ったようだった。
水筒の内容物の臭いから判断するに、おそらく即死するタイプの毒ではないが、体の自由を奪われる類の物か。
そう推測したシェラガは、体の自由が徐々に奪われていく演技をした。そうすることで、一体このツアーにいる人間の何人が敵なのか、という情報を得ることができるからだ。そして、その構成を把握することで、彼に毒を盛ろうとした人間の正体はおおよそ想像ができる。
シェラガが意識を失うふりをすると、早速動き出した人間がいる。だが、その人間は、シェラガの予想を最悪の形で裏付けてしまうことになる。
ワーナの指示で動き出したのは、ツアーに途中参加した中年の男女すべてだったのだ。
(なるほど。やはりこのツアー自体がきな臭いものだったか)
動かなくなり、意識を失ったふりをしているシェラガのもとに、ツアー同行者が集まってくる。各々その手には武器が収まっているが、到底人を殺傷できるものはなさそうだ。一突きしても心臓まで届かないほどの長さの短剣から、装飾品ばかりが目につき、戦闘には不向きな短めの槍。ロングスピアを持参しなかった当たり、まだましだった、という程度のお粗末な装備。
ワーナの言動から推測するに、皆下級貴族なのだろう。戦闘には不慣れな言動や体型の者ばかりだ。もしかすると、この期に及んで、まだ彼らはシェラガを殺すつもりはないのかもしれない。とりあえず拘束し、圧倒することで自分たちの主張を通すための足掛かりを作っているだけ。
だとすると、あまりにも稚拙ではないか。シェラガのような得体のしれぬ者を人質にして、一体誰と交渉しようというのだろうか。
慣れぬ手つきでシェラガを縛り上げる中年の男たち。縛り上げるといっても、腕と胴をひとまとめにロープでぐるぐる巻きにしただけであり、緩まなくなる結びや、手首の拘束など、緊縛に必要な項目を一つも満たしていない事に、シェラガは憐れみさえ覚える。一体何の感情が彼らをこのような愚行に駆り立てるのか。
「どうなるかと思ったが、何とかうまく行きそうだな」
数いる中年の中で比較的若い男が呟く。
「よし、荷車に積むのだ」
どこからとも湧いてくる指示に人々は肯定するでも否定するでもなくのそのそと動作を始めた。恐らく自分の乳飲み子以上に重い物など抱き上げたこともないに違いない。この荷車も、事前の話し合いで隠しておいたもののようだが、やはり彼等にはうまく使いこなせそうにない。
シェラガの周りに人だかりができるも、どうやって担ぎ上げるか思案をした結果、頭と胴体、そして足を別々の人間が持ち、引きずるように荷車に積んだのだった。
ワーナの依頼した遺跡ツアーはシェラガを捕まえるための罠でした。
一体何のために?
実はまだ考えていません(笑)
いえ、考えてはいるんですが、彼を捉えて一番得する人間は誰なのか。その辺が頭の中でキャラクターが勝手に作業をはじめてくれています。
ここから先は、本当に全く書き溜めがないので、試行錯誤しながら書いていきます。おおよその骨格はできています。イメージだけですが。
頑張って書いていきます!




