#7
午後になり、日差しが肌痛く感じるようになったころ。
俺は、森羅万象学園の校舎内見学を終えた後の校長室で困惑を隠せないでいた。
「なんぞ、この学校」
この学校がおかしいということは、初めて校舎を見たときから解ってはいたけれど、まさか、ここまでとは。
「あの、……校長先生」
「む。何かね、小さき人間よ」
理由は解らないが、体操着を着た銀髪ツインテールの少女は、外見相応な薄い胸を張って、俺へと聞き返す。
信じられないことに、このちんまい子が校長という立場なのだ!
理事長、校長。どちらも強力な権力者であるにも係わらず、見た目が小学生だなんて、素晴らし……なんという冗談だ!
あと、これは余談なんだが、校長の容姿はアテナ理事長に酷似している。
そのせいで、校長をアテナ理事長と勘違いしてしまった俺は、校長に高い高いをしてしまった。
結果。
俺の鼻は、赤色と髭が特徴的な、公然とMを自称している変態、……キノコが大好きなオッサンに負けないくらいの大きさになってしまった。
校長は、アテナ理事長の双子のお姉さんとのことだ。
アテナ理事長と違うところといえば、髪型がツインテールなことくらいなので、俺が間違えてしまったのにも頷ける。
あ、髪型だけじゃなかった!
……性格も、アテナ理事長とは異なって、凶暴極まりない!
だが、容姿はアテナ理事長と同様に美少女なので、校長の体操着姿は、なんとも輝いて見える!
「ブルマ似合ってますね! っじゃなくて、なんですか、この学校は!?」
思わず心の声が漏れてしまい、すぐさま、訪ねたかったことへと訂正した。
「ナニとは何だ。見た通り、普通の学校だろう? 小さき人間よ」
「見た通りって、普通の学校に拷問室なんてありませんよ! それに、あの校訓は学校としてどうかしてるでしょう!?」
普通ならば、歴代校長の写真が飾られているであろう場所には、現在の校長の様々な表情を映した写真が飾られていた。
そして、その横に掲げられた『目指せ人間屈伏』という額縁を、俺は指さす!
「む。良い校訓じゃないか。小さき人間よ」
「それに失礼ですが、先程から俺のことを小さい人間とか言ってますけど、校長先生の方が見た感じ、小さい人間じゃないですかっ」
「んなっ!!」
校長はショックを受けたみたいで、俺は校長の背後に雷が落ちたのを見た。
――しまった! つい勢いで言ってしまった。
おそらく、小さいことを気にしているに違いないのに。
「いや、でも俺は小さい子大好きですよ! ビバ・ロリータっす!!」
お決まりの紳士スマイルで親指を立てる。
ナイスフォローだ。
これで、校長の機嫌は――
「ヘブンッ!?」
突如、右頬に強力な衝撃を受けた俺は、勢いのあまり、校長室の床をヘッドスライディング。
ヘッドというより、フェイスであったが!
俺は、ヒリヒリする顔を擦りながら、おそるおそる校長を見た。
「ひっ」
そこには、美少女の皮を被った般若の姿が!
「我を侮辱したな! 小さき人間!」
ヤバイ! 今度は顔を殴られるだけでは済まない気がする!
とりあえず、アソコだけは死守しなくては!
俺は、床に寝そべりながらも大切な部分を守るために、幼いころに遊びでよくやった、女の子ゴッコで急所を股に隠す!
……しかし、くると思っていた痛みは訪れなかった。
「アテン。……許してやれ」
黒いスーツ姿に、肩にかかるくらいの黒髪。
黒ぶちの眼鏡を掛けた、ボーイッシュ感漂う若い女性、アレスさんが校長を止めに入ったからだ。
「イタイッ! 助けてくれたのは有難いけど、アレスさん! 俺を踏んでるよ!!」
俺を助けておきながら、床同様に俺を踏みつけているアレスさん。
「その蛮人は、我のことを人間扱いしたのだぞ? ――神である、この私に向かって!」
ん? 今、なんて言った?
俺が聞き間違っていなければ『神』と聞こえたのだが。
「はぁ。せっかく手に入れた人材を無駄にするつもりか?」
アレスさんは、あきれ顔でそう言って、校長の怒りを鎮めようとする。
「……ちっ。命拾いしたな、小さき人間よ。これからは気を付けるんだなっ!」
アレスさんの説得が功を奏したみたいで、とりあえずは助かったけど、気になる部分が多すぎる。
しかし、深く知ってしまってはイケナイ気がする。
……よし。深くかかわるのは止めておこう!
「慎也」
「え。あっ、ハイ」
初めてアレスさんに名前を呼ばれたので、喜びと驚きでどもってしまう。
「慎也のクラス担任をつとめる、アレス・ファイセだ。……そして、神だ。よろしくな」
「は?」
勝手に向こうから、かかわってきたらどうするかを考えていなかった。
そもそも、この学校に入学した時点で、かかわらないというのは不可能じゃないか!
「はは。神って何ですか。ゴッドですか。エネルですか」
「よく聞け、慎也。お前が今日から通う、この森羅万象学園はな、……神が通う学校なんだ」
アレスさんは真面目な顔をして、ふざけた話をしている。
「……いい加減にしてくれ。神なんて居るわけないだろ! あんた等の狂った世界観に、俺まで巻き込むな!」
今まで溜まっていた鬱憤が、雪崩のように崩れた。
「なんだ。俺をこの学校に入れた理由とやらは、変な宗教を信仰させるためか? ふざけんな! 神なんて、所詮は人間が作った幻想なんだよ。そんなのに心酔するなんて、馬鹿のすることだ。神は人間を救わない。どんなに神を心酔しても――」
「それは違うよ!」
全てを言い終える前に、俺の言葉は、聞き覚えのある声に否定された。