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神のから騒ぎ  作者: あすかはなび
第一神話 欲望の果てに
6/29

#6

 

 どのくらい、アテナ理事長と話しただろうか。

 好きな食べ物から始まった、お互いを知るための会話を続けたところ、テーブルに置かれた二つの湯のみは空になっていた。

 気がつけば、もう十時だ。

 朝食を食べていないことから、お腹が減ってしょうがない。

 アテナ理事長も朝食は済ませていなかったのか、可愛らしいお腹の鳴る音が部屋に響いた。


「あ、お腹減ってます? 良かったら、なにか食べますか?」


 俺の問いかけに、アテナ理事長は恥ずかしそうにお腹を抑える。


「大丈夫! お兄さんこそ、お腹すいてるでしょ? 本当は、こんなに長居するつもりはなかったんだけど、お兄さんとのお喋りが嬉しくて……」


 言われてみれば、アテナ理事長は終始、笑顔を絶やさなかった。

 しかし、嬉しいという例えはおかしくないか?

 お互いの自己紹介を軽くしただけだぞ?

 嬉しい要素なんて、見つからないんだが。

 まぁ、俺は可愛いアテナ理事長と話せて嬉しかったけどさ。


「俺も嬉しかったですよ。また、時間に余裕があるときにでもお話ししましょう」


「うん……!」


「あ、最後に一つだけ聞きたいことが」


「ん」と首を傾げ、俺の言葉を待つアテナ理事長。


「……どうして、俺を森羅万象学園に通わせたいんですか?」


 昨日、冷静になれずに聞けなかったことだった。

 俺みたいな、これからの人生を期待できるわけでもない存在に対して、どうしてあんなにも必死で勧誘スカウトをしたのだろうか。

 そのことが、気になって仕方なかった。


「……無理やりな誘い方だったよね。ごめんなさい。本当に、お兄さんには申し訳ないと思っています」


 笑顔で明るかったアテナ理事長の表情が、曇に覆われる。


「どうしても、……急がなくちゃいけない理由があってね!」


 しかし、瞳には強い意志が宿っているのを感じた。


「理由、ですか?」


「……うん。私がこの場で『理由』を話しても説得力を得られないと思うから、学校で話す。じゃ、ダメかな?」


「……解りました」


 本当はこの場で聞きたかった。

 でも、その気はなくなってしまった。

 アテナ理事長の暗い表情なんて見たくない。

 外見は、どう見ても小学生にしか見えないんだ。

 だから、笑っていてほしい。俺の勝手な願いかもしれないけど、この思いだけは譲れない。


「まぁ、森羅万象学園に転校をすれば、今ならもれなく、アテナ理事長を高い高いする特典を得られるんですからね! 転校して損はありません!」


「……え。そんな特典はないよ?」


 俺の急なアドリブに、アテナ理事長はキョトンとする。


「いいえ。あるんです。今、俺が決定しました」


 俺は、できる限りの優しい表情を浮かべて、アテナ理事長にそう言った。


「あぅ。お兄さんは、本当に変わっているね」


 曇っていたアテナ理事長の顔に、一筋の光が射す。

 そして、嬉しそうに目を細めながら俺を下から覗きこむと、


「…………周りに、誰もいないとき限定だよ?」


 拒否するどころか、容認してくださった。


「えぇ!? 本当に良いんですか!?」


「ふふ。冗談だよ♪」 


 アテナ理事長は小さく舌を出し、俺をからかうように言った。

 ――満面な笑顔で。



 アテナ理事長が帰り仕度を終えたので、俺は家の門まで送ってあげた。


「――それでは、学校で待っています。お邪魔しました!」 


 そう言いながら、ぺこりとお辞儀をするアテナ理事長。


「はい。学校でまた会いましょう!」 


 つられて、俺もアテナ理事長にお辞儀をした。


「あっ! ごめん。肝心な物を渡していなかったよ!」


 ……そういえば、アテナ理事長が俺の家を訪ねたのは、渡す物があったからだったな。

 完全に記憶の隅に置かれてたぜ。

 アテナ理事長は、ポケットから『肝心な物』とやらを取り出すと、小さな手で俺に差し出す。


「とっても大切な物だから、学校に行くときは絶対に持って行ってね!」


 これは、……勾玉?

 俺は、アテナ理事長から勾玉を受け取ると、軽く手のひらで転がしながら勾玉を観察する。

 エメラルド色をした勾玉は、太陽の光を浴び、きらきらとした神秘的な光沢を放っている。

 ひんやりとした、石特有の冷たさが気持ちいい。


「それがないと、学校に入れないだけじゃなくて、辿り着くこともできないから、大切にしてね」


 アテナ理事長は、可愛らしく人さし指を上げて、俺へと注意を促した。

 あぁ。子供はこういったルールを作るのが好きなんだよな。ホント微笑ましい限りだ。

 そして、これは俗にいうアレだろうか。幼い子供が大好きな人にあげる泥団子的な。

 いや、そこまでアテナ理事長の見た目は幼くないな。

 まぁ、信頼の証と考えて間違いはないだろう! 


「はい! 一生大切にします!」


 俺は、力強くアテナ理事長に宣言した。

 アテナ理事長は俺の言葉に満足したようで、俺に小さく手を振りながら、今度こそ帰っていく。

 どうやら、ベンツではなく歩きで来たようだ。

 学校に向かう娘を見送る父親になった気分で、俺はアテナ理事長の後ろ姿を見守るのであった。


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