#5
不安や期待が膨らみ過ぎて眠れない午前一時。
まぁ、パンパンになって割れそうなのは、主に不安の方なのだが。
今日から成り行きで通うことになってしまった、森羅万象学園。
その校舎に貼られまくっていた『神』を無駄に含むステッカーの内容を思いだし、神とは何だろうかと考えていたのは、もう一時間も前の話。
一度物事を考えてしまうと、眠れなくなるのは何年も前から解っていることなのに、ついつい考えてしまう自分に嫌気がさして、俺は枕をぎゅっと抱きしめる。
「あの女の子、可愛かったなぁ」
そんな言葉が俺の口から漏れた。
理事長も可愛かったのだが、俺が思い浮かべるのは、今日初めて出会った、金髪ロリ巨乳の少女。
毒殺されそうになったが、そんな出来事が些細なことのように思えてしまうほど、少女は可愛……。
「って! 全然、些細じゃねぇよ!!」
発作を起こしたように叫び、俺は掛け布団を蹴り飛ばして体を起こす。
「なんで、あんなイカレタ学校に通うことになってんだ!!」
絶対に、変な宗教学校だ。
やばい。俺の単純な頭では、簡単に洗脳されちまう!
だが、断るにも断れなかった!
初対面で、毒殺しようとしてくるような生徒がいる学校だぜ?
断ったら、一体どうなることか。それに、命の恩人でもある、アレスさんのお願いだ。
恩をきちんと返すのは、紳士として当然だしな。
「……はぁ。俺が駅前で、あの子の姿に目を奪われてさえいなければ、運命は狂わなかったのに」
俺は言葉に出しておきながら、心の奥底ではそれを否定していた。
欲しいCDなんてなかったのに、滅多に行くことのないCDショップへと足を運んだ。
そして、視線が交差する駅前の人ごみを歩く最中、確かに、俺と少女の視線は重なったのだ。
俺の運命が狂ったわけではなく、少女と出会うことは、必然という名の決められた定めだったんじゃないか?
……この考え自体、変な宗教団体の思想みたいだな。
「だぁっ、知らん!」
なるようになりやがれ!
結局俺は、胸のモヤモヤを解消できずに眠りへと落ちるのであった。
『ぴぴぴっ。ぴぴぴっ。ぴぴぴのぴー。』
「ん、んん」
やかましいアラーム音で目が覚めた。
「七時……。もう、起きる時間だ」
なんだかんだで眠りにつけたのは、午前三時を過ぎた頃だと記憶している。
そのため、睡眠不足で体は鎖を巻かれたかのように重い。
俺は体に鞭を打ち、寝起きで乾いた喉を潤すため、台所に行こうと掛け布団を剥いだ。
その際、言葉では上手く言い表せないような、良い香りがふわりと俺の鼻腔をくすぐった。
「なんだ、このムラムラくる香り」
朝の生理現象が手伝い、俺の分身が痛いほどに自己主張を始める。
そして、事件は起きた。
「むにゃ」
ぬ。なんか声が聞こえたような。
おそるおそる、声がした俺の布団へと目を向ける。
そこには、こたつの中で丸くなって眠る猫のように、銀髪の少女がいた。
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「にゃ! どうしたの!?」
「ろ、ロリ美少女! ……誘拐? ロリ誘拐なんて、妄想だけで実際にはやってないぞぉぉぉ!!」
パニっくで頭が回らない。その代わりに、普段は良く回らない舌が無駄に回っている気がする。
「そうかこれは夢なんだそうに違いないだがもしかして寝ている間に制御しきれなかった俺の欲望を脳が勝手に体へと信号を出した可能性も……」
搬入心経を唱えるように呟く俺を、少女はガッカリするような、気持ち悪い物を見るような目で見ていた。※恐らく後者が強い!
「はぁ、はぁ」
少女の冷たい視線で正気に戻った俺は、肩で息をしながら少女に向かい合う。
理由は解らないが、俺の布団で一緒になって寝ていた少女。
透き通るような銀髪を持ち、紅い瞳はルビーのよう。だからと言って、大人の女性の色っぽさはなく、イタズラ好きな子供のように瞳は好奇心で溢れている。
逆に、すごく柔らかそうで潤いを持った小ぶりの唇からは、大人の女性のような挑発的な美しさを感じた。
矛盾。美にはそれが多い。
俺は思わず生唾を飲んでしまう。
そして、少女が身につけている紅いワンピースから覗く、雪原のように白くて綺麗な脚が目に入った。
ん? んんっ!?
俺は思わず少女の脚をガン見。
なぜならそこには、俺が……いや、健全なる全ての男児が目指した宝があったからだ!
黒と白の、しましまストライプのパンツ。
「略して、しまぱん」
感激のあまり、心の声が漏れてしまったような気がしたが、気のせいに違いない。
だから、少女がピッチャーのようなフォームをとって、俺に殺気を放っているのは気のせい気のせい。
おっと、少女が振りかぶって、……俺に右ストレートぉ!?
少女の拳が俺の顳顬へと炸裂し、「アベシッ!」と主人公ではあるまじきセリフが俺の口から漏れた。
「目は覚めた? お兄さん」
「え、えぇ。覚めましたとも」
少女に殴られた顳顬を右手で擦りながら答える。
痛いけど、殴られたおかげで脳が覚醒した。
……まるで、一昔前のテレビみたいだ。
「お嬢ちゃんは……そうだ、今日から通う森羅万象学園の理事長さん」
「うん、そうだよ~」
アテナ理事長は肯定するとにっこりと笑った。
どう見ても、小学生にしか見えない彼女の笑顔はとっても可愛い。
「あ。今さらですが、おはようございます」
「おはよう! それにしても、寝心地の良い布団だね~」
ぽふぽふと布団を叩きながら言うアテナ理事長。
ふと、視線が布団から俺の下半身辺りで止まって硬直した。
「ん? どうかしました?」
「え! いや、その、なんでもないよ!」
顔を真っ赤にしながらアテナ理事長は、首をブンブンと横に振って後ろを向いてしまう。
そして、
「男の子なんだから仕方ないよね」
と小声でつぶやいている。
一体どうしたんだ? 男の子? まぁ、どう見ても俺は気品溢れる紳士だけど……。
ん、ちょっと待て。
俺は反射的に自分の股間へと目を向ける。
そこには、雄々しいヒマラヤ山脈が噴火体制を整えていた。
き、気品もクソもねぇ!
てか、自分のブツをそんな大層な存在に例えるのはどうかと思うが、今はそんなことはどうでも良い!
「これは違うんです! いや、違くないけど! ……そんなことよりも、どうして俺の布団で寝ていたんですか!? 家に上げた覚えすらないんですけど!」
上手い言いわけが考えつかなかったので、最初に聞きそびれたことを聞いてごまかす。
……とっても気まずい。
「そ、それはねっ!」
アテナ理事長もよほど気まずかったのだろう。俺の問いかけに食いつくと同時に、俺の顔を見た。
「昨日、渡し忘れた物があったから、今朝早くに渡そうと思って訪れたんだけど……」
うんうん。そこから、どのような経緯で俺の布団へINしたんだろう。
「チャイムを鳴らしたら、眠そうに欠伸をするお兄さんが出てきて、……私を家に上げてくれたんだよ?」
「へ?」
思いもしない返答だったことから、間抜けた声が俺から漏れる。
「あぅ~、覚えていないってことはやっぱり、寝ぼけていたんだね」
呆れた顔ではなく、優しい表情で俺に言う。
「……もしかして俺、機嫌悪かったですか?」
そういえば、思いあたる節がある。
俺は物凄く朝に弱く、完全に脳が覚醒する七時までの記憶は曖昧なのだ。
そして大概、覚醒するまでの間はすこぶる機嫌が悪い。
現在の家に引っ越す前まで、毎日俺を起こしてくれていた、義理の妹からその話しを聞くまでは全く自覚がなかった。
そして、寝ぼけている間の俺は、
「ん~。機嫌が悪かったというか、なんというか。ワイルドな感じで格好良かったよ?」
無駄に高評価を得るのだ! 正直、複雑な気持ちで一杯になる!
「も、もしかして、俺がアテナ理事長を布団の中に誘ったんですか?」
俺は恐れていたことを聞く。
無意識ながらも、少女を自分の布団に誘っていたのならば、紳士どころか犯罪者だ!
昂ぶっていた俺の下半身も、アテナ理事長の次の言葉に怯えて縮こまってしまっている。
「言い方が少し気になるけど……。えと、お兄さんは私を部屋に招いた後、布団に入って寝ちゃってね。起こさなくちゃ~と思ったんだけど、幸せそうなお兄さんの寝顔を見たら、私もいつの間にか寝ちゃってて……」
顔を赤くしながら、恥ずかしそうに俯くアテナ理事長。
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
一度は沈黙したはずの下半身から、再び雄叫びが上がった。
「それで、私も無意識のうちに自分のベッドと勘違いしちゃったみたいで……ふぇ? 急に体育座りなんかして、どうしたの?」
「い、いや~。この態勢、年少期を思い出すなぁ! 心なしか、シャトルランのBGMまで聞こえてくる!」
体育座りの態勢でブツを挟み隠す。膝の挟む力を緩めたら、愚息をアテナ理事長の目の前で晒してしまう!
鎮まるのを待たねば。だが、膝に挟まれることで刺激が生まれてしまい、一向に鎮まる気配がない。こんなゴールの見えない戦いは、まさにシャトルラン以来だ……!
「お兄さんが、森羅万象学園に行くのは午後からだから、渡し物のついでに、いろいろとお話がしたいな~と思ってね」
「そうでしたか! 俺もアテナ理事長とお話がしたいです!」
「うん! それじゃあ、お話しよう!」
無邪気な笑い顔を見せるアテナ理事長。
「っと、その前に! お茶を淹れてきますね!」
話す前に、一旦部屋から出て息子を鎮まらせなくては!
俺は、体育座りのままドアへと前転。前転。前転。
アテナ理事長から、冷たい視線を向けられているのは気のせいではないだろう!
だが、これで危険フラグは回避できる!
そう思ったときだった。
「ぁんっ」
俺の口から、情けない声が迸ったのだ。
体育座りでナニを挟みながらの前転。
……その行為は、俺に未知なる快感を与えたのだ!
更なる快感を求めて、回り続けたい! けど、アテナ理事長が見ているから無理だ!
よし、今夜やろう!
そう心に決めて、何事もなかったように俺は部屋を出るのであった。