#10
「お願いします」
俺がそう返すと、校長は大きく深呼吸をして、さらに強さを増した眼力を俺に向ける。
「小さき人間。『神』といったら、どんなイメージを思い浮かべる?」
「う~ん。不可能が存在しない、万能な感じ、……ですかね」
「万能、……か。どうして、そう思った?」
「人類を創生したのが神なんでしょ? それなら、なんでもできるんじゃないかと」
正直な話。
神が複数存在するということすら、今日まで知らなかった。
そんな俺の発言だから、きっと校長に馬鹿にされると思ったんだが、そんな素振りはされなかった。
「確かに人類を創生したのは、我ら……神だ。しかし、その神を創ったのは、お前たち人間」
「……それって、矛盾してないですか? それじゃあ、神も人間も生まれない」
「創生と言っても、人間自体の存在を創ったということではない。人間が滅びないような環境を創生したのが神なんだ」
やばい。なにを言っているのか、全く理解できない。
そんな俺の心境を察してくれたのか、アレスさんが溜息混じりにフォローを入れてくれる。
「慎也。例えば昔、――雨が長い期間降らないせいで、作物が育たずに困った人間はどうした? ヒントは非科学だ」
「雨乞い、……ですかね」
アレスさんはニヤリと笑い、「正解」と言った。
「祈ったんだよ。命に係わることだから、それはもう、強い想いで」
「はぁ。なるほど」
「その結果、――雨を司る、『淤加美神』が誕生した」
「え! ということは、神は人間の想いによって生まれたんですか?」
「例外はあるが、その考えで大体はあっている」
神は想いによって生まれる……か。
声に出しては言えないけど、それって、幻想と変わらないじゃないか。
「――幻想という、ぎこちない存在は強く想われなければ形を保つことができない。この言葉の意味が解るか、慎也?」
……アレスさんは鋭すぎる。
本当に、俺の心を見透かしているんじゃないか?
「神は想われないと、……存在が消えてしまう?」
「そう。私たち幻想は所詮、想われなければ消える」
神ではなく、あえて幻想と言ったアレスさん。
その言葉の深さは、俺ではとても測ることができない。
「この学校はな、人間に想われること、……信仰されなくなった神が集まった場所なんだよ。いわば、落ちこぼれの集いだ」
落ちこぼれと言ったアレスさんは、悔しさにも、憎しみにも見て取れる表情だった。
腕を組んでも強調されない薄い胸を張りながら、校長が俺に言う。
「……アテナが翼を見せただろう? 翼の枚数は神の実力を表す。だが、枚数以前に、ここに通う生徒には翼がない」
呪いを受けた、アテナ理事長の翼は『六枚』だった。となると、六枚は相当に凄いのだろう。
「ここに通う生徒には翼がないってことは、もしかして『神見習い』みたいなのですか?」
「いいや、違う。翼は有った。……失ったのだ」
「失った?」
俺は疑問を返した。
「……信仰されなくなった神に起きる現象でな。まず翼を失う。そして、次第に存在が消える」
存在が消える、……死ぬということ。
俺の脳裏に、セネメラの姿が浮かんだ。
学校の制服と思わしきものを着ていたから、教員ではなく、生徒のはず。
つまり、セネメラは死んでしまう……?
「そして翼を失った神はな、我らが生まれた地、『神界』へと帰れなくなるんだ」
いつ自分の存在が消えてしまうのかが解らないだけではなく、自分の生まれた世界で死ぬことさえ許されない。
それは、恐ろしいことであり、とても悲しいことだ。
そう思った俺の顔は、どんな表情だったのかは自分では解らない。
だけど、
「……ふふ。慎也は優しいな。神たちに対して、そんな表情ができるなんてな」
アレスさんの言葉で理解した。
この、目頭が熱くなる感覚。
……きっと俺は、今にも泣きだしそうだったんだ。




