第4話 帰郷、そして新たな旅立ち 4
読んでくださり、ありがとうございます。
まだ始まったばかりのお話ですが、お楽しみいただけているでしょうか?
気分転換の一つになっていたら嬉しいです。
「……さま、姉さま!」
「え、あぁ、なあに? ルーク」
レンゲ草で花冠を編みながら、つい考え事を深くしてしまったエイミーは、弟ルークの言葉にはっとする。
ルークが指を差す方向には使用人のアルフィーが立っていた。エイミーの視線に気付いたアルフィーが一礼し、近付いてくる。
「……アルフィー、ごめんなさいね。あなた達にも迷惑をかけることになってしまったわ」
「他の者達の行き先は必ず探し出しますので、ご安心ください」
「アルフィーは? アルフィーは僕達と一緒に来てくれる?」
不安げにルークが尋ねるが、アルフィーは言葉に詰まる。黒髪黒目を持つアルフィーと共にいる。それはスタンリー家に不利益を及ぼす可能性が高いのだ。
「――わたくしの髪の色も瞳の色もこの国では不吉の象徴。ご一緒することで、スタンリー家の皆様にご迷惑をおかけすることになるかと……」
「どうして? 今までだって一緒だったけど困ったことなんかないよ?」
今までは長く続く商家であるスタンリー家は周囲の人々から一目置かれる存在であった。しかし、この屋敷を出て、異なる場所に行けば周囲の目がどうなるかわからない。
恩あるスタンリー家に尽くしたい思いこそあれど、彼らの邪魔に自身がなるのであれば、それも叶わない。この屋敷に来て久しく感じることのなかった外見に対する苛立ちをアルフィーは感じていた。
「でも、黒猫が不吉の象徴だって言ったって黒猫に罪はないじゃない? 自然の中には黒いものだっていっぱいあるんだから、神様が黒を嫌っているわけじゃないはずよ。勝手に人が決めた道理だわ!」
「クロネコ……。お嬢様は昔からその不思議な名前をお使いになりますね」
「そうよね、あなたも黒猫を知らないのよね。あのね、毛が黒くってふわふわでとっても可愛いの! だから、アルフィーも自信を持っていいと思う!」
幼い頃から、外見の話になるとエイミーは『クロネコ』という謎の動物の話をし始める。おそらくは自分を慰めるための想像上の生き物だろう。
それでも、熱心に可愛さを語るエイミーの様子にいつの間にかアルフィーは『クロネコ』にも親しみを覚えていた。
「ぶふぅー」
「あ! ごめんなさい! ルディだってもふもふしててすっごく可愛いわ! あ、クロウもよ!」
「俺は付け足しかよ! へっ」
「姉さま、僕は? 僕は?」
「あぁ、ルーク! あなたは姉さまの大事な大事な宝物よ!」
ぎゅっと弟のルークを抱きしめるエイミーの横にはルディが、編みかけの花冠をクロウが咥えて彼女の頭へと乗せる。
いつもと変わらぬ穏やかな時間に使用人アルフィーは目を細める。
彼女の父母であるスタンリー夫妻も兄のエドワードも、そして目の前の姉弟もこの外見だけでアルフィーを判断することはなかった。
この人々を支え、出来ることならば守りたい。金銭に関わりなく、彼らに仕えていきたい――そう願うアルフィーだが、自身の外見が頭によぎり、口に出来ないのであった。
*****
突然の父母の告白から二週間が経った。
アルフィーの優秀さは本物で、王都にいる兄エドワードへの連絡と今後の確認、そしてほぼ全ての使用人の行き先を決めていた。
父のジョセフにも報告はしているようで、スタンリー家の引っ越し先、持っていけない家具などの財産の整理も含め、事務的なことはスムーズに進んでいく。
だが、アルフィーは自分のことは全て後回しにしてしまうのだろう。そんな予感にエイミーはもどかしさを抱いていた。
そんなある日、父のジョセフと母のグレースに再びエイミーは呼び出された。
借金を打ち明けられたあの日と同じ広い部屋。何度も家族で食事をしたこの場所で、養父母に何を告げられるのか。
エイミーは既に覚悟を決めていた。
「……エイミー、可愛い娘にこのようなことを告げることを心苦しく思うよ」
父ジョセフの言葉にエイミーは軽く口元を緩める。
悲し気な表情を浮かべていては、父が打ち明けにくくなるだろう。
血の繋がらない自分をここまで家族として育て上げてくれた養父母に、感謝の気持ちはあれど恨む心など一欠片もない。
それはエイミーの紛れもない本心であった。
未来の行く末がどのようなものであろうと素直に受け入れるつもりだ。
決心を固めたように、父が口を開く。
「エイミー、お前が育てた庭の植物の一部も売ってしまってかまわないかい?」
「……ん? 庭の植物?」
まったく予想していなかった言葉にエイミーの眉がひょいっと上がる。
この屋敷にはエイミーが今まで育ててきた花々や植木などがある。それは彼女の持つ特殊な能力で育てあげたもので、珍しいものばかりだ。
季節を問わず、咲き誇る花々を家族が喜ぶため、エイミーも嬉しくなり、栽培に勤しんでいた。当然、それらは屋敷と共に売り払われるものだとばかりエイミーは思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「あぁ、エドワードが言うには魔道具で新しい家にも持っていけるそうなんだが、やはり広さはこれまでとは違うからなぁ……」
「新しい家に持っていくの? 植物を? いいけど、あたしがいなくっても育てられるのかしら……」
全ての植物はエイミーの能力で生み出したものだ。
種からのもの、苗からのもの、違いはあれど全てエイミーが育て、管理してきた。自分がいなくなっても花や植物は育つものかとエイミーは不安を抱く。
「あなたがいなくってもとはどういうこと?」
「へ? あの……政略結婚とかってしないの? あたし……?」
「政略結婚!? 誰がそんな話をしたの? あなた、まさか……!?」
「ち、違う! そんな話は私も聞いていないぞ! エイミー、どういうことだ?」
政略結婚という言葉に、一気に皆騒然とする。
母のグレースはめずらしく険しい表情で父のジョセフを睨み、慌てて父は傍に控えるアルフィーを見るが彼もそんな話は当然知らない。
「だって……こういうときは政略結婚とかもない話ではないでしょう?」
「確かにそうね。でもね、エイミー? 私達は大事な娘を手放すつもりはないわ。そりゃあ、これから苦労をすることになるでしょう。それでも、私達は家族なのよ」
本当に商売には不向きな人達だとエイミーは思う。
屋敷を失う前に、違う形で借金を整理する方法をとることも可能なはずだ。政略結婚もそのひとつであるとエイミーは覚悟していた。そもそも、引き取られた恩があるとエイミーは思っているのだ。
しかし、目の前の両親はエイミーの言葉に怒りを抱いている。
これからも共に暮らすつもりで、父母は動いてくれたのだ。
自分の居場所はいつだって彼らの傍である――場所がどこになろうと、生活が変わろうともそれはこれからも変わらない。
喜びをかみしめるエイミーは決意する。
「――お父様、お母様、あたしからもお願いがあるの」
引っ越しの準備が整い、荷馬車には荷物が、幌馬車に家族が乗り込む。
決して多くはない荷物だが、家族が共に過ごせるならばそれで十分だとエイミーには思える。それは前世の記憶を持つからでもあり、家族がかけがえのない存在であるからでもある。
大事なものは目の前にある。父、母、可愛い弟にもふもふした大きな犬、不吉の象徴である黒い鳥。そして長く仕える優秀な使用人アルフィーだ。
遠慮しがちに馬車の中で体を小さくするアルフィーに、エイミーもルークも笑ってしまう。
幌馬車の御者と共に座ると言った彼を強引にエイミーがこちらへと連れてきたのだ。
「本当にわたくしも同行して良いのでしょうか?」
「……アルフィー、お母さまに家のことができると思ってる? お父さまの人の好さは心配じゃないの?」
「そ、それは……」
小声で問いかければ、アルフィーも言いづらそうにもごもごと呟く。
養父母は優しく穏やかであり、商売にかけては才能は皆無だ。それを指摘されれば、アルフィーは放っておくことができないだろう。
そんなエイミーの予測は正しかったようだ。
「あなたこそいいの? 賃金は前よりうんと少ないわよ? なにせ、あたし達は貧乏になったんだもの」
「お嬢さま、お言葉が過ぎます……。わたくしはどのような状況でも構いません。わたくしにとって大切なものが、皆様のお傍にはありますから」
ガタガタと動き出した馬車に、ルークがはしゃぎ、歓声を上げた。揺れる馬車に母が疲れないようにと、父のジョセフは自分の服を敷いて座り心地を気遣う。
犬のルディは気にせず横になり、鳥のクロウもその上で丸くなる。
「あ、姉さま! 姉さまにこれをあげます!」
「もう、動いたら危ないわよ? ……これは」
ルークから手渡されたのはレンゲ草の花冠だ。
ずっと編めなかった花冠をいつのまにかルークは覚えたらしい。
様々な思い出が残る屋敷ともこれでお別れだ。それでもエイミーの心はどこかほんのりと温かい。これからもエイミーの傍には大事な人達が共にいるのだ。
「……レンゲ草の花言葉はね、『私の苦しみを和らげる』なのよ」
「花言葉、姉さまが昔からよく言う言葉ですね!」
まだ拙い編み方だが、小さな手で精一杯ルークが編んだのだと思うと愛おしさが込み上げてくる。
新たな日々がこれから始まる。授かった植物を生みだし、育てる力。消えることない前世の記憶。この力を誰かのために、なによりも家族のために使いたいとエイミーは強く決意を固めるのだった。
2月中は毎日更新予定です。
が、頑張ります!




