第3話 帰郷、そして新たな旅立ち 3
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エイミーが自分が周囲の子どもと異なると気付いたのは、まだ四歳くらいの頃、孤児院にいたときである。
大人の話す言葉を他の子ども達がきちんと理解できていないことを、不思議に思ったことがきっかけであった。
なにより頭に浮かぶ優しい母の姿と水に映る自分の姿が似ても似つかない――それが決定打となり、エイミーは自分には他の人と異なる記憶があると知った。
「エイミー、どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
しかし、それを口にすることは決してなかった。
目立つことが良い結果を生むとは限らない。それは前世であろう記憶が指摘してくれた。他の子どもと同じように過ごすことをそれ以降、エイミーは心がけてきたのだ。
それは自分がこの場にそぐわない存在であることを認識する心傷付く日々でもあった。
孤児院は困窮しているとまではいかないが、不自由が多い生活だ。エイミーはこっそり抜け出すと、空腹を満たすために果実を探した。不思議なことに森の恵みを見つけることはエイミーには容易いことであった。
前世の記憶を取り戻しつつあるエイミーが森に入るようになったある日、不思議な動物に出会う。白と灰色の小さな動物だ。
「すごい……ふわふわしてる」
「わふっ!」
漠然とした寂しさを感じつつ、空を見上げたエイミーが足元に目を落としたとき、そのもふもふとした小さな生き物は存在した。
きゅうと鳴いたその生き物はこちらに気付くとぽてぽてと近付き、小さなしっぽを振る。毛足の長さで目は隠れているが、焦げ茶の瞳が愛らしい。
「ここで一人だと危ないんじゃない?」
「わふっ!」
「……あなた、あったかいね」
前世の記憶から推測するとこれは犬、それも子犬だ。
子犬の体温が抱きしめたエイミーにもじんわりと伝わってくる。こちらを見つめる焦げ茶の瞳は純粋で美しい。ぎゅっと抱きしめるエイミーの頬からは自然と涙が零れ落ちていく。
前世の記憶を持つ自分は子どもでもなく、大人でもない。
誰にも心許すことが出来ず、頼ることも出来ない。
なんのためにこの世界に自分がいるのかもわからない日々にエイミーは疲弊していた。
小さく温かな子犬を放っておくことも出来ず、そっと懐に隠すとエイミーは孤児院へと戻ったのだった。
子犬を隠しながら孤児院へと戻ったエイミーは、すぐに職員達に不審な動きに気付かれ、仕置き部屋へと入れられた。
仕置き部屋と言っても閉じ込められるだけなのだが、子ども達にとっては恐怖の象徴だ。だが、前世の記憶を取り戻したエイミーとってはそうではない。
ただただ取り上げられた、あの子犬が心配なだけだ。
暗さに目が慣れると、窓の外が明るく見えてくる。星明かりと野外の魔導ランプの灯りである。
「あの子、どうしてるかな……。連れて来なければよかった……」
「そいつは大丈夫だな。あれは普通の生き物じゃねぇからよ」
ばさりと羽音がし、部屋が暗くなる。
窓を見るとそこには一匹の鳥がいた。夜空よりも暗いその色はこの世界の人々が忌むだろう黒い羽、瞳まで黒く輝いている。
目を大きく開き、何度も瞬きをするエイミーだが、そこにいるのは鳥である。
「……喋るわけないのに」
孤独になったためだと自分に言い聞かせるように呟いたエイミーの言葉にかぶせるように、再び声がする。
「だよなぁ。鳥って言うのは喋るもんじゃねえよな。だが、南方の鳥は人の言葉を模倣するらしいぞ。すげぇよな、ただの鳥なのにだぞ?」
「……な、なに!? あ、あの、どなたでしょうか……?」
「おう、子どもながらに丁寧で感心だなぁ。いやぁ? よく見りゃあ、子どもじゃねぇのか? こりゃあ、また難儀なこったな」
誰かが屋外で鳥が話しているかのように振舞っているのかと尋ねたのだが、聞こえてきたのは再び窓の外にいる黒い鳥からである。
エイミーは再び目を大きく見開き、息を飲んだ。
今、この鳥はエイミーのことを「子どもではない」そう言ったのだ。それを知る者が周囲にいるとは思えない。前世の記憶を持つ子どもなどいるはずがないのだ。
「あれはよ、お前さんが寂しいと思ったから生まれてきた生き物だろうなぁ。お前さんは森に愛されてるってわけだな」
「……愛されている? あたしが?」
黒い鳥の言葉にエイミーの瞳には涙が溜まっていく。
これほど孤独で不安でよりどころがない日々に、愛という言葉は不適格だろう。前世の記憶を持つばかりに、子ども達とも距離を置かねばならない。
同時に記憶は持っているものの、幼い体では一人で生きていくことも叶わないのだ。中途半端に前世の記憶などない方が幸福であったはずだろう。
そう、エイミーには思えてならない。
「あー……いいか? 俺は無駄に長く生きてきた。その結果がこれだ。まぁ、人間からすれば化け物とか魔物とかいうそういう類になるな。それはわかるか?」
「……うん、まぁそうだと思う」
「泣いてるくせにはっきり言うじゃねぇか」
「だって、ここまで自分の意志で流暢に喋る鳥なんてみたことないもん」
ぐすぐすと涙をこすりながら、鼻の頭や目じりを赤くしながら言うエイミーだが、なぜか鳥は嬉しそうに言う。
「だろ? そこなんだよ!」
「なにがそんなに嬉しいのよぉ……」
「いいか? お前さんは俺が喋ることには驚くだろう? だが、それ以外には驚きはしねぇ」
「それ以外に驚くことなんてあるの?」
エイミーの言葉に黒い鳥は嬉しそうにバタバタと翼を羽ばたかせる。
「黒はこの国で不吉の象徴だ。黒をまとう者は忌み嫌われる。だが、生まれつき黒い髪や瞳を持って生まれてくるものもいる――俺みたいにな。それをお前さんは恐れない。違うか?」
「――それは…………そうだけど?」
「そう、それはお前が前世の記憶を持つからだ」
エイミーの前世の記憶には黒い髪を持つ者も黒い瞳を持つ者もいた。鳥などの自然の生き物もそうだ。
だから、目の前の鳥を見て恐れる気持ちは全くない。艶やかな翼と黒曜石のような瞳は美しさすら感じられる。
記憶には『カラスの濡れ羽色』という髪の美しさを称賛する言葉すらあるくらいなのだ。この鳥を忌避する思いをエイミーは持たない。
「いいか? お前さんが俺を恐れないってことはだな……」
「恐れないってことは……?」
じっと続く言葉を待つエイミーにはなぜか鳥がにっと笑ったように見えた。
鳥に表情などあるのか定かではないが、そうエイミーには感じられたのだ。
「俺とお前さんは話し相手になれるってことだな」
「……話し相手?」
「おうよ! お前さんは年齢と考えや気持ちが合わねぇから周りに本音が話せねぇ。俺はこんなにも饒舌に喋れる力を持っているにもかかわらず、姿かたちで誰とも話せねぇ。な? お互い良い話し相手になれるだろ? ……おい?」
エイミーの足元にはぽとりぽとりと涙が落ちて、汚れた床にシミを作る。
心の中に抱えられない戸惑いや葛藤、それらを記憶を取り戻した日々から周囲に悟られないように隠して生きてきたのだ。
それを打ち明けていい。重く塞ぐ心が一気に解放され、ただただ涙となって零れ落ちていく。
「……足元、見てみな」
「あ! 大丈夫だったの!?」
エイミーの足元には小さなふわふわとした毛玉のような犬がちょこんと座り、こちらを見上げている。
嬉しさが込み上げてきたエイミーが抱き上げると、それは頬を伝う涙をぺろりと舐めてくれた。
「……な。それ、普通の生き物じゃねぇぞ。俺くらい普通じゃねぇからな?」
「わふっ!」
「よかった……。あたしも普通じゃないからさ。それなら、普通じゃないあたし達はこれからずっと一緒にいられるね」
この世界においては少し風変わりな存在であるエイミー。だが、そんな彼女にも共に生きてくれる二匹が出来たのだ。
エイミーは黒い鳥をクロウ、白と灰色の犬をルディと名付けた。孤児院を時折、抜け出しながら一人と二匹は親交を深めつつ暮らしてきたのだ。
それが変わったのは兄エドワードに会った日である。
兄との出会いでエイミーは自分を受け入れてくれる家族、スタンリー家に居場所を見つけた。
しかし、そんな穏やかな日々が終わりを告げようとしている。
花を編みながら、エイミーは今後の自分達の生きる日々を考えるのだった。
子どもの頃、花のかんむりを編むのに憧れていました。
シロツメクサを使うようなのですが、どうにも不器用で……。
結局、四つ葉のクローバーを探したものです。




