22. 盾(シールド)
王都アルディアは、静止していた。
風は吹いている。
旗は揺れている。
人々も、確かに動いている。
だが――
すべてが、遠い。
⸻
灰原カナトは、立っていた。
配信室の中央。
カメラは沈黙し、
神々の文字も、もう浮かばない。
「……静かだな」
誰にも届かない声。
それでも、彼は言葉を発した。
「やっと――
“本番”って感じか」
⸻
その瞬間。
空気が、重くなった。
いや、正確には――
“存在の密度”が増した。
呼吸が、重い。
心臓が、一拍遅れる。
世界そのものが、
彼の存在を押し返してくる。
⸻
リュミエールが、膝をついた。
「……始まりました」
「DoSの最終段階です」
カナトは聞く。
「何が起きているんだ」
リュミエールは、歯を食いしばりながら答えた。
「世界の管理層が――
“個体”を整理し始めています」
「優先度の低い存在を、
圧縮して、押し出す」
⸻
カナトは、理解した。
「……消すんじゃない」
「潰すんだな」
「存在するコストが高すぎるから、
世界ごと拒否されてる」
リュミエールは、無言で頷いた。
⸻
足元に、ひびが入った。
石畳が割れるのではない。
空間が、歪んでいる。
「……来ます!」
リュミエールが叫ぶ。
⸻
見えない圧力が、
カナトに向かって落ちてきた。
剣でも、魔法でもない。
敵意ですらない。
ただの――
“処理”
⸻
その瞬間。
エイリン・ノクティエルは、
迷わず一歩、前に出た。
⸻
ガン――――ッ!!!
音が、世界を叩いた。
いや、違う。
世界が、彼女にぶつかった。
⸻
「――ッ!」
エイリンの足が、地面にめり込む。
鎧が、軋む。
骨が、悲鳴を上げる。
それでも――
彼女は、退かなかった。
⸻
「……エイリン!!」
カナトが叫ぶ。
だが、彼女は振り返らない。
ただ、低く言った。
「……言いました」
「私は、盾だと」
⸻
圧力が、さらに増す。
空間が、悲鳴を上げる。
普通の人間なら、
一瞬で“押し潰されて”終わっていた。
⸻
リュミエールが、震える声で言う。
「……ありえない」
「個体が、
世界のオーバーライドを――
物理で、受け止めている……」
⸻
エイリンの膝が、落ちる。
それでも、剣を地面に突き立て、
壁になる。
「……カナト殿」
声は、かすれている。
「あなたは……」
「まだ、前を見てください」
⸻
カナトは、歯を食いしばった。
神はいない。
配信もない。
数字も、もう見えない。
ここにあるのは――
一人の人間と、
それを守る、もう一人の人間だけ。
⸻
「……分かった」
カナトは、静かに言った。
そして、一歩――
エイリンの後ろに、立った。
⸻
圧力が、止まった。
いや――
通らなかった。
⸻
世界は、計算を諦めた。
これ以上、押しても、
処理が進まない。
“盾”が、
完全にエラーだったからだ。
⸻
空気が、軽くなる。
ひび割れていた空間が、
ゆっくりと元に戻っていく。
⸻
リュミエールが、呆然と呟く。
「……勝ち、ですね」
「DoSは……
押し切れませんでした」
⸻
エイリンは、
その場に崩れ落ちた。
カナトが、すぐに抱き止める。
「……無茶しすぎだろ」
彼女は、かすかに笑った。
「……騎士ですから」
⸻
その瞬間。
配信画面が――
復活した。
同時視聴者数:
0 → 12,000 → 80,000 → 300,000
コメントが、雪崩のように流れ込む。
『戻った!?』
『今の何!?』
『エイリン!?』
⸻
カナトは、カメラを見る。
そして、静かに言った。
「……ただいま」
「少し、
盾が強すぎただけだ」
⸻
世界は、落ちなかった。
理由は、ただ一つ。
一人の騎士が、
最後まで、前に立っていたから。
⸻
第一章・クライマックスへ続く。
(第二十二話・完)




