第97話 電波障害
「どこかでオーガとの戦闘が!?」
「まずいでござる。我々も早く逃げるでござる」
聞こえてきた音に、部員たちは慌てふためいていた。
その一方で私は膝をつき、折れた剣の残骸を拾い集めていた。
「ああ……私のゴブリンソード……」
刀身と柄は無残にも分かれ、初めて手にした剣は見る影もない。
5,000DP――日本円で五千円に相当する。
女子中学生にとって、決して安い買い物ではなかった。
だが、これは自業自得。誰を責めることもできない。
そんな私の前に、部長が歩み寄ってくる。
「春菜さん。どうしてこんなことを? 僕たちを閉じ込めようとしたなんて……」
顔を上げ、私は正直に答えた。
「いや……私一人でオーガを倒そうと思って……。みんなには、安全なこの部屋にいてもらおうと……」
だが、部長も部員たちも一斉に首を振る。
「無理だよ!」
「姫にはとてもとても」
「倒せると思ったんです。でも……もう無理です。ゴブリンソードが壊れてしまいましたから」
「いやいや。その剣があっても無理だって」
「そうでござる。」
「でも、ほら。私、レベル71ですし。たぶん倒せますよ」
隠していたわけではないが、伝えてはいなかったレベルだ。当然、すぐには信じてもらえない。
「え? レベル? 71?」
「経験値が71の間違いでござろう?」
私は首を横に振った。
「本当にレベル71なんです。だから、いけると思ったんです」
しかし、まだ疑いの目は消えない。
「またまた……」
「姫、これ3回目のダンジョンでござるよな?」
「この1週間、何度も動画でオーガを研究しました。私なら倒せると……」
「いやいやいや、ゲーム攻略のようにはいかないんだよ。でも、本当にレベル71だったら倒せるのだろうけれど。とにかくもう、今日は急いで帰ろう。念願だったオーガの間に来るだけじゃなく、部屋の中も見ることができたんだ」
「そうでござる。目的は達成したでござる。あとは無事に、怪我なく帰還することが大事でござる」
「じゃあ、帰りましょうか。オーガを避けながら」
私は立ち上がり、自撮り棒の先に装着したダンジョンデバイスを掲げる。
画面の向こう側にいる視聴者に語りかけた。
「ではみなさん、配信の時間は残っていますが、ここで帰還します」
》おつかれ~
》レベル71でも、素手でオーガはきついからね
》まあ、ゴブリンソードでもきついけれど
》ハルナっちはまだ魔法の能力が発露していないんだよね
》せめて魔法さえ使えたらね
》腕輪で能力を制限しているからね
》でも、この階層でなら魔法の力が開花するかもよ
》あり得なく+%&はない
》ん?$%
》※?♡&$
》¥*+#?
》!=*{
》M*+P@*K??
》・・・・・・
「あ、あれ? なんでしょう? これ……。配信画面がおかしくなって……」
Wifiのアイコンが赤く染まり、コメントは文字化けしていた。
「電波障害だ」
部長も自分のデバイスを確認している。
「まずいでござる。マッピングアプリも動いていないでござる」
石田さんに促され、六人で来た道を戻る。
だが、上へ続く階段は崩れた岩で塞がれていた。
「上層階から岩が落ちてきたのか? それとも……」
「とにかくこれでは通れません……」
「別の階段を探そう」
「マップ機能もバグっているのである」
「地道に歩いて探すしかない」
「こんな時に、オーガと遭遇してしまったら……」
そのとき、二人のハンターと出くわした。
岩壁にもたれ、座り込む大人の男女。
男性が女性を抱きかかえるようにして、声をかけていた。
「恵美……恵美……。頼む、死なないでくれ……」
地面には血が広がっていた。
男性は必死に声をかけている。女性は腹のあたりを手で押さえていた。そこからドクドクと血が流れ出しており、止まらない。
「お……お願い……。ひと思いに……、楽に……させて……。遥輝……。私は……もう……だめ……」
私たちは急いで二人に駆け寄った。
「どうしたのですか!? 何があったのですか!?」
「ああ……。君たち……。頼む……助けてくれ……。彼女が……彼女が……」
男性が顔を上げ、私たちに必死に訴えかけてくる。
「ひどい怪我だ……」
部長が女性を見ていた。
女性の腹からは腸がはみ出している。抉られた脇腹はかなりの大きさの傷だった。
「オーガにやられた……。仲間たちが僕らからオーガを引き離してくれたんだ。けれど、彼女はこの有り様で……。もう治癒ポーションがないんだ……。頼む。ポーションをわけてくれ……」
女性が最後の力を振り絞るように、男性の顔に手を伸ばした。
「もう……私は……駄目……。どれだけ……ポーションが……あっても……助からない……」
私たちは急いでデバイスを操作し、ポーションを実体化させた。ガチャガチャと音を立てて、数十本のポーションがその場に出現した。六人分のポーションだ。
「僕たち、安物のポーションしか持っていなくて。みんな1本100DPのポーションしか用意していないんです」
男性は部長の言葉に露骨に顔を歪めた。だが、すぐに申し訳なさそうにしながら表情を緩め、頭を下げた。
「助かる。これで少しは延命できる……」
ポーションは色が濃いほどに効果が高い。どのポーションも薄い橙色をしている。その中に一本混ざる深紅の小瓶――
男性は次々にポーションを女性に飲ませていった。
「も……もう……いいの……。遥輝……。あなただけでも……逃げて……」
口元からポーションの液をこぼしながら、女性は訴える。
「いや、俺もここに残る。絶対に君だけここに残したりしない」
部長だけでなく、私たちの全員が目をそらしてしまっていた。
女性は今にも死にそうだった。腹は抉られ、内臓がはみ出している。あたりには大量の血で水溜りができていた。
女性の目には光が宿っていなかった。手は地面に垂れ下がり、ポーションを飲み込む力もほとんど残っていなかった。
部長は彼らに聞こえないように囁く。
「無理だよ……。これだけの大怪我……。残念だけれど、助からない。奇跡のポーションでもなければ……」
「神域治癒ポーションのことでござるか? あれは超レアアイテムでござる……。数千万DPはするうえ、そもそもめったに市場に出ないでござるからして」
「行こう。僕たちにできることは何もない……」
私たちは男女のハンターをそこに残し、その場をあとにした。
少し歩くと、後ろから声が聞こえてきた。
「な、なんだ……これは……」
「何が起きたの……」




