第94話 20階層への準備
この一週間、ダンジョン部の部員たちは未踏層である地下18階、19階、そして階層主のオーガについて調べていたらしい。
もちろん、私も同じだ。月曜から金曜まで、授業中にこっそりとダンジョンデバイスで配信動画を見ていた。
私の通う中学校では、ダンジョンハンターに限ってダンジョンデバイスの持ち込みが許可されている。ただし、理由なく使用していいわけではない。
使えるのは緊急時など、特別なケースのみだ。
当然ながら、私用で使うことは禁止されている。本来なら動画視聴など論外で、先生にばれないよう細心の注意を払う必要があった。
◆ ◆ ◆
隣の席の春日井君が私にちょっかいをかけてくる。
今は数学の授業中だというのに……。
「筑紫ぃ~。レベル71になったんだってなー」
このクラスでダンジョンハンターとして登録しているのは3人。春日井君もその一人だった。レベルは12。まだ初心者と言っていい。
「先生にバレちゃうから。前、向いててよ」
私は教科書で顔を隠し、ひやひやしながら応じる。
「そのレベルで、なんでオーガの動画なんて見てるんだ?」
春日井君が、私のデバイスを覗き込んできた。
先生は背を向け、黒板に数式を書き込んでいる。
「今度、オーガの間まで行くから」
「へえ。討伐すんの?」
「部屋の前まで行くだけ」
「何しに?」
「難高校のダンジョン部と知り合いになったから。私にオーガの間を見せたいんだって」
「あそこ男子校だろ? お前、難高校の生徒と付き合ってんの? いつの間に彼氏ができたんだ?」
目だけを横に動かし、春日井君に睨みをきかせる。
「付き合ってないわい。彼氏じゃないし、ハンター事務局で声かけられただけ。土曜日に知り合ったばかりだよ」
「ナンパかよ」
「ナンパじゃねえよ」
春日井君と話すと、どうも口が悪くなる。難高校の部長は丁寧な話し方だったし、私は相手に影響されやすいらしい。
「こら、そこ。何をしゃべってるんだ」
ばれないようにしていたつもりだったが、先生に気づかれてしまった。
慌ててデバイスを机の中に隠した瞬間、春日井君に向かってチョークが飛んだ。
チョークは、スッコーンと小気味いい音を立て、春日井君の額に命中する。
「痛っ!」
教室が一斉に笑いに包まれた。
「す、すまん! 当てるつもりはなかった。すっぽ抜けた」
「ひ、ひでえよ……。先生……」
涙目になりながら、真っ赤になった額を押さえている。
このクラスのハンターは、私を含めて3人。私と春日井君と佳子ちゃん。
そして4人目のハンターが、今まさに教壇に立っている。
数学担当の高峰康平先生。レベルは私と同じ71。ジャパンランキング48位。
レベルは同じだが、ランキングは4つも上だ。
高身長のイケメンで頭脳明晰。女子生徒からの人気も高い。そのうえ上級ハンター。
高峰……そういえば、ダンジョン部の部長と同じ苗字だ。
確か高峰先生も難高校出身だったはず――そんなことを考えているうちに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
先生が教室を去り、休み時間になる。
床には、先ほど投げられたチョークが転がっていた。
拾い上げると、側面に文字が刻まれている。
焼き付けるように彫られた文字。ハンターの魔法だ。
そこには、こうあった。
『地下20階で警戒すべきはPKだ』
「PK……?」
首を傾げながら、さらに裏を見る。
『授業中にダンジョン動画を見るな』
「……しっかりバレてるし」
高峰先生の授業中だけは、動画視聴を控えようと心に決めた。
◆ ◆ ◆
土曜日になり、約束の時間の15分前。8時45分に事務局の前に到着すると、すでにダンジョン部の部員たちは揃っていた。
部長の高峰さん、石田さん、九条さん、葛城さん、椎名さん。
5人とも、先週とは装備が一新されている。
全員が顔を覆うほどの兜を被り、小手と金属製のブーツを装備している。鎧は、私の革鎧より金属部分の多い軽装鎧だった。
部長は大盾を持ち、葛城さんと椎名さんは弓を持っている。
タンク役と後方支援役ということだ。
「貯め込んでいたお年玉を使って、奮発しちゃいました」
部長が照れくさそうに言う。
うむうむ、と石田さんが頷いた。
「もしかして、余計なお金を使わせてしまったのでしょうか?」
私は、思わず申し訳なくなる。
「いや、そうじゃないんだ。この一週間、みんなで話し合ってさ」
部長は真剣な表情になる。
「気づいたんだ。いつの間にか、遊び感覚と興味本位でダンジョンに潜っていたんだって。もちろん最初はそんなことはなかったんだけれど、遠征を繰り返すうちに、いつしか惰性になっていたんだ」
「我々は、基本的な戦い方すらも習得していなかったでござる」
石田さんも、神妙に頷く。
「それで、部長としても本気でダンジョンに挑むのか、それとも今まで通り安全に行くのか、決断しないといけないと思ってね。みんなの意見も聞いて、春菜さんをしっかり守れる強いパーティになりたいと思ったんだ。僕らは、より上を目指そうと」
「姫をお守りできねば、我々は男になれないのである」
「そう、僕たちは男じゃなかった。こんなんだから、女子とも上手くしゃべれないし、彼女もできなかった。僕たちは変わりたいと思った。いや、変わろう、と決めたんだ」
「そうでござる」
「そうなのでする」
弓を手に、葛城さんと椎名さんが力強く頷いた。
「だから今日は、シューターで一気に地下15階へ降りる。そこから、春菜さんの配信3時間の制限内に地下20階を目指す。オーガの間の扉をゴールに想定して、準備をしてきた」
「おそらく時間はぎりぎりでござる。タイムアタックのようで楽しみである」
部長は余裕の笑みを浮かべ、石田さんも自信ありげだ。
この一週間、本気で対策を練ってきたのだろう。
5人の装備は、それぞれ20万DP以上はするはずだ。
合計すれば、100万DPを優に超える。
お年玉を使ったということは、日本円をダンジョンポイントに換金したのだ。
ポイントを現金化する場合は手数料がかからないが、逆は40%もの手数料が取られる。
手数料が高いのは、ダンジョンハンターにとって、現金よりもダンジョンポイントのほうが価値があるからだ。
仮に30万円を交換したら18万DPにしかならない。
それだけ本気で挑む覚悟が、部員たちにはあるということだった。




