第93話 とりあえずの目標を決める
地下20階で待ち構えているのは、階層主のオーガ。
ダンジョンにおける最初の階層主であり、人類が初めて遭遇した規格外の巨体を持つモンスターだ。
オーガは二足歩行の巨大な鬼の姿をしている。緑色の肌に、隆起した筋肉。手には棍棒を携えている。
3mにも迫る巨体は発見当時、何人もの死者を出した。
もっとも、それは20年以上前の話。
現在では十分な対策がとられ、倒し方の研究も進んでいる。オーガ討伐の配信動画は1万本を超えていた。
私も何度も視聴しており、珍しいモンスターというわけではない。
だが、実際に戦うとなったら別だ。
動画通りに攻略ができるとも限らないし、失敗すれば即重症、最悪の場合は死亡につながる。
オーガのレベルは42。
魔法こそ使わないが、桁違いの破壊力を持つ。
人間の腕では抱えきれないほど太い棍棒を振り回して攻撃してくる。攻撃速度はそれほどでもないものの、やっかいなのは洞窟周囲の岩に棍棒を叩きつけてくることだ。
砕け散った岩が予想外のところから飛んでくる。そこでダメージを受け、動きが止まった瞬間を、オーガは決して逃さない。
ハンターを確実に仕留めようと、棍棒を振り下ろしてくる。頭部を砕かれて死亡するケースが多い。
すでに地下21階への道が開かれている現在、オーガを倒すことのメリットは少ない。素通りして次の階へ進めるし、経験値やドロップ品も多くはない。
オーガは広大な部屋に存在し、出口はない。扉をくぐれば、討伐するまで出ることができない。ちょっと見学して帰ってこようというわけにはいかなかった。
階層主の討伐を目標にしようと提案した私に、部長はこう答えた。
「僕たちの最高到達階層は地下17階です。しかし、それも他のパーティとの合同で探索したときのことで、僕たち単独のパーティでは地下9階までしか行っていません。地下20階のオーガに挑戦するということは危険極まりない行為であって、現実的でもありません」
「そうですか。難しいですか……」
諦めるしかないかと思ったが、石田さんがこんな提案をしてくる。
「拙者たちだけならそうであるが、例えば3パーティ合同での討伐とかならどうであるか?」
「倒すこと自体は可能かもしれない。でも、被害ゼロを前提にすると、どれだけ人数を集めても無理なんだ。危険を完全になくすことはできないからね」
部長はやはり否定的な意見だ。
本当の意味で命をかけてダンジョンに挑む者は少ない。お兄ちゃんのようなワールドランカー達が特別なのであって、大多数のハンターは自分の命ほど大事なものはないし、命を大事にしないハンターはいない。
高みを目指す理由がないのであれば、オーガなんて倒さなくてもいいのだし、オーガの討伐は必要があるものではない。
だからこそ、初心者から中級者になるための登竜門であるとも言えた。
命をかける覚悟があるのかどうか、本気でダンジョンに挑むつもりがあるのか、その試金石となる。
ダンジョン部が学校の部活動の一環と考えると、オーガに挑戦することはあり得ない選択肢だった。
「オーガに挑戦するのは難しいけれど、オーガの間と呼ばれる部屋の扉まで行くのはどうかな」
部長の提案に、石田さんが問い返す。
「拙者たち単独では地下9階までしか行っていないのであるぞ。いきなり地下20階まで降りるのであるか?」
「今まではかなりの安全マージンを取ってきたからね。他のパーティとの合同で地下17階までは降りたじゃない。あれから僕たちも強くなっている。少しの無理をすれば不可能ということでもない。十分な準備と対策をすれば決して無理なことじゃないと思うんだ」
「だが、姫を守れるであろうか」
「しかし、姫にオーガの間の扉を見せてあげたいでござるな」
「我々も格好いいところを見せたいのである」
「そのくらいなら、なんとかなるのではないか?」
部員たちもやる気を見せ始め、部長はみんなを奮い立たせた。
「よし! じゃあ、ダンジョン部の目標! 地下20階のオーガの間。その扉を春菜さんに見せる!」
それを聞いた石田さんが、強く頷いた。
「かしこまり申した。それでは、覚悟を決めましょうぞ。姫に扉を見せるのであります」
他の部員も賛同し、部員たちは団結の証として拳を振り上げた。
「おー!」
「おー!」
「おー!」
「おー!」
「おー!」
みんなやる気のある顔だ。生き生きとして、輝いていた。
そんな部員たちに、私は申し訳無く思いながら手を挙げる。
「すいません。提案しておいてなんですが……」
みんなの視線が私に集まった。
「お兄ちゃんから、ダンジョン配信は1日3時間までと制限されていまして。もうあと15分しかないんです」
「そうなんだ」
残念そうな部長の答え。そのまま私の次の言葉を待っている。
私は明るい顔でこう告げた。
「ということで、15分あれば地下20階まで行けると思いますし、今から行っちゃいません?」
みんな、ぽかんとした顔をしていた。
何を言われたのかわからない様子の部長とダンジョン部の面々。静まり返っている。
私はみんなを奮い立たせようと、拳を突き上げた。
「では、みなさん。がんばりましょう。お~! 地下20階まで行っちゃいましょう! お~! お~~!」
部員たちの士気を上げようと、私は何度も拳を上げた。
なぜだか、その場の空気は困惑に包まれていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
さすがに、今から行くということは誰も考えていなかったようだ。
今日は解散となり、お開きとなった。
後日、万全の準備を整えて地下20階を目指すことになった。
決行は1週間後。次の週末の土曜日。
私とダンジョン部はハンター事務局で待ち合わせをし、地下20階へ向かうことになる。




