第63話 地上での騒動とAについて
そのころ、地上では騒動が起こっていた。
ダンジョン管理協会では〝A〟の正体についての調査が始まっていた。
謎の存在〝A〟。
その解明には時間も人手も必要とされる。問題はそれだけではない。やっかいなことに、筑紫春菜は地上にモンスターを転送してしまった。ダンジョン管理協会は2つの問題を同時に扱わなくてはならなくなった。
サキュバスの対処はワールドランク2位の筑紫冬夜に全権を委任することにした。
協会長は冬夜にサキュバスの確保を命じる。
冬夜はダンジョンハンターだけでなく、警察とも連携し、サキュバスの捕獲に奔走した。
地上に送られたサキュバスは追撃してくるハンターをかわし、コンビニの近くまで移動していた。
コンビニ『セブンマート』では冬夜とサキュバスの攻防が続いていた。
「女性ハンターを中心にチームを編成、5チームでサキュバスを囲い込め。やつはアキラのデバイスで配信をしながら逃げている。アキラのデバイス座標は皆に共有している。ただし2D情報なので高さはわからないことに注意しろ」
ちなみにアキラとは新庄アキラ。ジャパンランキング78位のハンターで、中堅どころだ。目をピカーっと光らせながら、ゾンビのように両腕を前方へ伸ばしている。
アキラはすでにサキュバスの完全魅了の餌食となっていた。
アキラ以外にも5人の男性ハンターが、サキュバスを守るように囲んでいる。
ただ、サキュバスの方ではハンターを敵とすら認識していないようで、本人は呑気にデバイスでライブ配信を行っている。木に登り、枝に座ってアイスを頬張りながら、おしゃべりをしているようだ。
操られているハンターたちは木の周囲に立っている。
囲まれた中央の木の上にサキュバスがいる。
5人は5人とも目をピカピカと光らせており、まるで目の中に電飾が埋め込まれているかのようだった。
サキュバスは食べ終わったアイスの棒をぽいっと地面に放り投げた。
その様子を、少し離れた場所から女性ハンターが双眼鏡で監視していた。
「サキュバスがセブンマートの店内に入っていきます!」
ハンターの1人が筑紫冬夜に報告する。報告はデバイスを使った無線通信だ。
サキュバスは木から降りて、コンビニの店内に入るところだ。
魅了されていたハンターたちは解放されたが、何が起こっていたのかわからない様子だった。
5人は救出班により確保された。
サキュバスは1人でセブンマートの店内を歩いている。
「客と店員は避難させているな?」
「はい、店内はサキュバスだけです。うろうろ歩いたり、立ち読みをしたり、床に座り込んだりしています。あれは歌を歌っているのでしょうか? なにやら機嫌が良さそうです。あ、バナナを皮ごと食べています」
「よし、そのまま報告を続けてくれ」
「視聴者からバナナの皮は食べられないと教わったようです。学習能力が高そうです」
「なに!? もうバナナの皮が食べられないことを知ったのか!?」
「でも、皮の向き方はわかっていないようです。皮を剥く方向が完全に間違っています。横方向に剥いています。ああ!?」
「どうした?」
「バナナを縦に剥くと皮が簡単に剥けることに気づいたようです! しかも、視聴者から『まるまるバナナ』の存在を教わったようです! バナナをケーキのスポンジとクリームで包んだあれです! サキュバスが『まるまるバナナ』の味を覚えてしまいました! 普通のバナナには目もくれません!!」
「なに……!? 驚異的な学習能力だ……」
セブンマートの周囲はハンターと警察が包囲しており、一般人が近寄ることは許されなかった。
テレビ局には報道規制が敷かれ、サキュバスの映像がネットに出回ることはないが、サキュバス自身がライブ配信しているため、切り抜き動画がネット上に溢れていた。
ダンジョン管理協会はサキュバスの映る動画を規制対象とし、切り抜き動画を発見次第停止させていくが、協会は〝A〟の正体についても調査を進めなければならない。動画削除まで手が回らなかった。
「サキュバスの弱点が判明しました」
「なんだ?」
「甘いものです」
「は?」
「チームBが店に潜入。クレープ、ショートケーキ、ソフトクリーム、大判焼き、たい焼き、みたらし団子。セブンマートの店内中央を広げ、そこにテーブルを設置しました。テーブルの上に大量の甘味を配置。現在、サキュバスはシュークリームを頬張っています」
完全にチームBの独断専行だった。8人でコンビニに入り、そのまま店内に残っていた。
「こっちでも見えている……。どうして、女子会みたいになっているんだ?」
コンビニの店内にはテーブルが置かれ、サキュバスと8人の女性ハンターが座っていた。笑いながら談笑している。
サキュバスは攻撃力が皆無な上、女性ハンターには危害を加えない。
サキュバスに敵意はなく、まったく警戒する必要はなかったのだ。
チームBの隊長は天橋立ユカリス。女性配信者のなかでも有名で、彼女を知らない者は少ない。自由奔放な性格ゆえ、独自判断での行動を許してしまっていた。
「今、ジャパンチームの女性たちと筑紫春菜の話題で盛り上がっています。サキュバスの顔にメイクをしたり、ネイルアートも教えています。女性ハンターがサキュバスの髪をポニーテールにしました。かわいいリボンもついています」
「……」
「ハルナお姉様と、もりもり?お姉様……が待っているとのことで、道案内をしてほしいそうです。ダンジョンにいる彼女たちのところまで連れて行ってほしいと……」
筑紫冬夜は呆れた。
サキュバスの能力からして、最強クラスの防御力を誇るのは確実だ。
おそらく、今苦戦している地下170階の階層主程度なら簡単に抑え込めるだろうし、地下215階のフレイムドラゴン・ロードですら黙らせられる。
春菜たちのいる階層のモンスターたちの、どれよりも格上の存在なのだ。
このサキュバスの力を借りれば、たやすく妹のもとへ行けるだろう。
逆に、サキュバスがいなければ、冬夜が妹のところへ行くには捨て身の特攻しかなかった。
春菜はここまで読んで……?
まさかな、と冬夜は首を振る。
「仕方ない、ダンジョンを潜るか」
「サキュバスは、固有名をミリアと言うそうです」
「あいつめ……。呑気にミリアといっしょに迎えに来いとか言っていたな……。会ったらゲンコツだ。一番強烈なのをお見舞いしてやる……」
冬夜は拳をグーに握る。中指の第2関節をわずかに尖らせ、攻撃力を上げる。
初めてお見舞いする兄からの鉄槌は、強烈な一撃となるだろう。
それを食らう相手が、まさか自身の恋人になってしまうことを、この時の冬夜はまだ知らない。
同時並行で進められている〝A〟の調査だが、いまだ手がかりすらつかめていなかった。




