第278話 アビスゲート
アビスゲートが出現した当初は、クエストが終わるまで外に出られないことがわからなかった。ゲート内では普通にネット環境につながるため、ライブ配信を行う者もいた。
それまでミラノの市街地だった場所から、まるで別世界のような空間へと移動してしまう。その不思議な現象が動画で配信され、面白がって入り込む市民がいた。
最初は誰もがダンジョン内部だとはわからなかったのだろう。暗くて不気味な荒野のような光景だからだ。興味本位で入ってしまった人も少なくなく、出られないことに気がつくのも遅かった。
ここはロサンゼルス・ダンジョンの地下172階が切り取られた場所だ。モンスターのレベルも極めて高い。
強力なモンスターと遭遇し、切り刻まれるように殺されるグロテスクな映像がネットに流れ、やがてイタリアに在住しているハンターたちが救助のためにゲートへと入った。
ハンターが来ればすぐに解決できるものと思われていたが、ミラノのアビスゲートに関してはそうはいかなかった。モンスターの強さが桁違いだったからだ。
◆ ◆ ◆
ネットでの情報収集に夢中になっていた私たちだが、湊ちゃんが顔を上げ、きょろきょろと周りを見回し始めた。
「あれ? ラビちゃんは?」
先にこのエリアに入ったラビちゃんだったが、姿が見えない。
「また、いなくなっちゃったね。もう……。勝手に行動しちゃうんだから……」
私は口を尖らせてしまう。
相変わらず自由奔放なラビちゃんだ。ここならデバイスで場所がわかると思い、検索する。
「あれ? マップ上にラビちゃんの位置が表示されていない……。そうか……。ここはGPSしか使えないから、デバイスを持っていないラビちゃんの位置情報はわからないのか……」
もりもりさんは小さく首を振る。
「それだけじゃないんです、春菜さん。GPS情報がイタリア・ミラノの中心部に固定されています。ゲート内部は広いのに、位置情報が現実世界の一点に固定されています」
「じゃあ、GPSが使えても意味をなさないですね」
「お互いのデバイスがBluetoothで通信できる範囲であれば、マップ上で位置がわかります。ですが、距離が離れてしまうと無理ですね」
「その代わりに動画配信はし放題。ライブ配信だけでも、5つの動画が上がっていますね」
「ほとんどの動画は救助してもらうための配信だと思われます。内部の様子を伝えて助けを求めているのですが、モンスターがあまりに強すぎて逆効果になっていますね。ハンターが躊躇するほどの強さですから」
「今はグループを作って、それぞれ避難しているようです。なるべく安全な場所を探して隠れているようです」
「残り20時間をやりすごすことは難しいでしょうね。外国からハンターが派遣される予定ですが、入ってしまうと外に出られません。時間ぎりぎりでの救助開始が予想されます」
それを聞いて春日井君が露骨に顔を歪めた。
「まあ、わからなくもない。派遣するハンターの安全も考えたら、そうなるのも仕方ないよな」
不安そうにしているかと思った湊ちゃんは、意外にも落ち着いていた。
「でも、私たちはこうして中にいる。それで、これからどうしましょうか? どうやら中に入り込んでしまった人たちはグループを作っているようです。どこかのグループと接触を試みませんか?」
もりもりさんは小さく頷く。
「そうですね。私たちもハンターとしてここにいるわけですから。武器すら持たずに中にいる人もいます。巻き込まれた一般市民を助けなければいけません」
「動画を見ると、武器を持っている市民もいますね?」
「おそらくハンターたちが武器を与えたのでしょう」
「それでなんとか生き延びることができているのですね」
「みなさんはそう見ますか?」
もりもりさんは私たちを見回す。
私はもりもりさんの真意が読めなかった。武器がなければ、モンスターにただ殺されてしまう。ハンターたちは善意で武器を与えたのではないか?
湊ちゃんが少し怖い顔でもりもりさんに返答していた。
「予想以上に生存者が多いですよね? 私は理由が二つあると思います。一つは生き延びる戦略として、ハンターたちが市民に武器を与えて囮にした。自分たちが少しでも助かるために」
湊ちゃんは理由が二つあると言った。私は湊ちゃんに聞いた。
「もう一つあるの?」
聞き返すと、答えたのは春日井君だった。
「集めてるんだろうな」
「どういうこと?」
「無差別に虐殺したら、市民はパニックになって散り散りになる。そうしたら殲滅は難しい。モンスターの側にも頭のいいやつがいて、人間を一箇所に集めている」
「もしかして、私たちを全滅させようとしているということ?」
「おそらくな」
話を聞きながら、もりもりさんは強く頷いていた。
「春日井さん、私もその通りだと思っています。まずはどこかのグループと接触しましょう」
もりもりさんは口元に巻いていたスカーフを持ち上げた。兜の隙間から目元だけが覗くことになる。
「私はこうして顔を隠しています。配信の映像に映りたくないからです。事情があるので、どうかご理解下さい。春菜さんたちはそれぞれの判断にお任せします」
私たちはお互いに顔を見合わせた。隠す理由もなかったので、特に顔を隠すことはなかった。




