第213話 ボスと戦うことを決める
春日井君と湊ちゃんだけでボスに勝てる可能性があるかもしれない。
その前に少し試してみたいことがあった。
「例えばさ、私のアイテムを湊に渡すとするよね?」
「ん? 春菜のアイテム?」
いきなり問いかけられた湊ちゃんだが、頭脳明晰な彼女は話しているあいだにも先を予測している。私の話を聞きながら同時にスマホを操作していた。
「例えばこのミスリルの大剣。そして湊が持っているエンジェル・ボウ。これをお互いに交換して装備したらどうなるんだろう?」
「やってみようか」
私の操作と湊ちゃんの操作が同時だった。一瞬でお互いの武器が入れ替わった。
エンジェル・ボウは私の手にある。
湊ちゃんはミスリルの大剣を手にしていた。
「なるほど~。春菜が試したのは戦闘中での武器の交換かあ」
すべてを言わずとも、湊ちゃんは私が伝えたいことを先読みして判断している。
「湊が遠くから援護射撃をしているとする。でも、急に敵が迫ってきた。その時すばやく武器を入れ替えて、近接戦闘に移行することができる」
「私が剣を使うってこと?」
「できない?」
「うーん。まあ、春日井君の戦いを見て、真似したいとは思っていたけれど」
次に私は春日井君に顔を向ける。
「春日井君、湊のエンジェル・ボウは使えそう?」
「どうだろう? 剣より明らかに難しそうだけれど。俺が矢を射っても当たらないかもな」
春日井君に湊ちゃんほどの精度は要求できない。同じように湊ちゃんに春日井君のような剣術は期待するべきではない。
戦略の幅を広げることが目的だった。
「2人とも、武器は戦闘中に使いこなせるようになればいい。武器の交換は手動でやるのではなくAIに頼る。これも駄目なのかな、タブさん?」
戦闘中にはデバイスを操作している余裕はない。私が考えたのはAIのサポートを受けた戦闘だ。
『我が主よ。それがダンジョンハンターの目指すべき理想の姿だ。独力では人類は侵略者を排除することはできない。AIとともに強くなることが人類救済の鍵となる』
「じゃあ、AIのサポートはOKだということだね。これでいけるんじゃないのかな? それとさ、湊、春日井君。もうひとつ試したいことがあるんだけど。防具の入れ替えもできるのかな? 互いの装備を入れ替えられるか試してみよう」
「わかった」
『主よ! それは駄目だ!』
「え!?」
タブさんの叫び声は遅かった。2人はすでにその準備をしており、ボタンに手を触れるだけだった。高度に進化したAIでも、人間の行動を中断することはできない。
湊ちゃんと春日井君の装備が入れ替わる。
ミスリル装備に身を包んだ湊ちゃん。
そして、神王装備の春日井君。
『やってしまったな……。これで春日井隼も選ばれた者となってしまった。この世界において、神王装備を身に着けた人間は5人となった。それは救世主候補が5人となったことを意味する。気楽に貸し出すような装備ではないのだ。とりあえず神王装備を南波湊に戻しなさい』
安易にやってはいけないことだったらしい。叱られたように感じながら、言われた通りに装備を戻した。
「タブさん、救世主っていったいなんなの? 増やしたら駄目なの?」
『増やすのがいけないのではない。未来の選択肢が増えてしまうというだけだ。未来の不確実性が増し、人類の敗北確率が上がってしまう。それだけだ』
「人類はいったい何と戦っているのさ? 教えてくれてもいいじゃない」
『それについてはいずれ話そう』
タブさんに無理に聞いても教えてくれることはないだろう。
今はとにかく目の前の目的に対処することだ。
地下100階のボスを倒すことに専念する。そのために頭を切り替える。
私はタブレットを操作して自分の装備を全解除した。
武器も持たない私服姿になった。
それだけではなく、手持ちのポーションや腕輪類なども実体化していく。
地面にはたくさんのアイテムが置かれていく。
「湊、春日井君、私の装備とアイテムを持っていって。ポーションやその他のアイテムも使えそうなものは全部渡しておく。レアアイテムもあるけれど、躊躇せずに使ってかまわないから。そして、AIといっしょに戦略を組み立ててみて。そうすれば2人でも勝ち目があるはず。私は部屋の外で画面を通して見ているからね」
春日井君はアイテムを格納しながら、緊張した様子で声を震わせた。
「俺たちでも倒せるのかな?」
「やめてもいいよ。怖かったら」
私は春日井君と視線を合わせる。春日井君の目をちゃんと見たのは初めてのように感じた。
「いや、筑紫には確信がありそうだから、やってみるよ。あとは南波の気持ち次第かな」
春日井君と私は湊ちゃんに視線を向けた。湊ちゃんは緊張する様子を見せながらも、少し大人びた顔をしていた。
「私もやるよ。強くなるための理由ができた。春菜が知っていることを私も知りたい。春菜が見ている世界を私も見たい」
まっすぐ私を見てくる。その目には迷いがないように思えた。けれど、私だって知らないことばかりだ。
「私もわからないことだらけだよ。ダンジョンの秘密だとか、神王装備とはいったいなんなのか。大統領の依頼も秘密がありそうだしね。なにが起こっているのかを知りたい、それが強くなりたい理由でもいいのかもね」
これで2人の覚悟は決まったようだ。
戦闘中にデバイスを操作することはタイムロスに繋がる。そのため、武器の交換などは音声命令で実行できるようにAIへ伝えておく。
AIと相談しながら、事前に戦闘の対策を組み立てていく。100%の勝利が保証されているわけではないが、勝算のない無謀な挑戦ではなくなったはずだ。
私たちは地下100階への階段を降り始めた。
降りるとすぐに、そこには巨大な扉があった。
この向こうに倒すべき相手がいる。
「倒すことができたら、なにかが少し変わるはず。無事に帰ってくることを祈っているね」
私の言葉に2人は頷き、互いに顔を見合わせる。
「じゃあ、行こうか。南波」
「うん。行こう。春菜、見ていてね。ボスを倒して帰ってくるから」
扉は両開きになっている。2人は片方ずつ扉の金具に手をかけ、いっしょに重たい扉を押し始めた。扉はゆっくりと開いていく。




