第171話 探偵ミリアの推理
エリ先生のジャージに着替え、湊ちゃんがリビングへやってきた。
「私、そんなに強く殴ってない」
口を尖らせて、自身の正当性を主張する。
私から見ても、湊ちゃんの行動は明らかに正当防衛だと思う。万が一、春日井君をあの世送りにしたとしても無罪判決が下されるはずだ。湊ちゃんはまったく悪くない。完全な被害者だった。
というか、主犯はエリ先生なのだ。悪いのはエリ先生だ。
エリ先生は床に正座し、春日井君の頭を太ももの上に乗せている。
春日井君の鼻の頭には濡れタオルが置かれていた。
春日井君に飲ませたポーションは一番安い余り物だったので、もし鼻の骨が折れていたら回復できなかったかもしれない。しかし、見たところその心配はなさそうだ。
「いや、ほら。俺……。見てないから……。何も見てないからさ……」
春日井君が弱々しく訴える。何を見ていないというのだろうか? 何を?
ただ、一つ気になることがある。あまりにも痛がらない春日井君の様子だ。
湊ちゃんに春日井君をKOするほどのパンチ力があるとは思えないし、反射的に手が出ただけだろう。それで鼻血を出し、しかも気絶するなんて……。
湊ちゃんは首を傾げながら、床に座り込んだ。
「なにかおかしいんだよね。本当に強く殴ってはいないし、手に感触は残っていない。気絶するはずがないんだよ」
「なにか不思議な力が働いたとか?」
問いかけると、湊ちゃんは考え込んだ。
「そうだね。例えば、ハンターの魔法とか……。あるいは……サキュ……」
湊ちゃんは言いかけて、言葉を濁した。代わりに私が続きを口にする。
「サキュバス、ってこと?」
湊ちゃんは黙り込む。私たちの視線がエリ先生に向くと、先生は春日井君の頭を撫でながら答えた。
「そうですね。サキュバスなら、強力な催淫剤を噴射して、妄想力を最大値にまで高めることができます。それによって過度な興奮状態に陥り、気絶させることも可能です。サキュバスは男性を魅了するだけではなく、そんなこともできるんですよ」
「ずいぶん詳しいんですね、エリ先生」
「え? あ、いや……。あの……。アメリカにいた時に教わったんです……」
「じゃあ、そんなことがもし起こったとしたら、春日井君は私の裸を見ていないということですか? 春日井君、どうなの? 見たの? 見ていないの? どっちなの?」
湊ちゃんがエリ先生に問いかけ、それから春日井君を鋭い目で見つめた。
睨むような視線に、春日井君はタジタジになりながら答える。
「だから……。俺は見ていないって……。たぶん……」
「え? たぶん……ってなに…………?」
湊ちゃんは頬を膨らませ、少し怒ったような表情をする。
膝枕をされている春日井君は、エリ先生の太ももの上で首を横に振っていた。
「いや、夢なのか現実なのかよくわかんねえんだ。でも、ほら。けっこう膨らんでいたから、俺の妄想だと思うよ」
そう言って春日井君は寝た状態で片手を持ち上げ、手のひらでお椀の形を作った。
「このぐらいの大きさだったかな?」
湊ちゃんは顔を真っ赤にして、胸を隠すように腕を交差させた。
「やっぱり見たんじゃない!」
「いや、見てねえって……。たぶん……」
その時、動いたのはミリアだ。突然立ち上がった。
「ミリアが探偵になるのです!」
腰に手を当てて、ミリアは仁王立ちをしていた。
鼻を突き出して匂いを嗅ぐ仕草をする。
「ミリアはとても鼻がいいのです。くんくん……。これは……。間違いなく、催淫剤の匂いなのです!」
「そんなことがわかるの?」
「ミリアはわかるのです。なぜなら、ミリアはサキュバ……。モンスターについて詳しいからなのです! 春日井は催淫剤で気絶させられました。これで間違いないのです!」
「そんなことあるわけないよ。もしそうなら、この中にサキュバスがいるってことになるよ?」
「そうなのです。実はいるのです。もしかしたら、湊。あなたがサキュバスかもしれないのです」
「そんな、めちゃくちゃだよ……」
湊ちゃんが困惑する中、ミリアはさらに推理を展開する。
「ミリアは探偵なのです。もしも春日井が催淫剤で幻覚を見たのならば、湊のおっぱいは見ていないのです。しかしそうでなければ、湊のおっぱいを見て鼻血が出たのです。どちらなのかを証明する必要があるのです」
「うーん……」
「湊のおっぱいが本物だったのか、それとも幻覚だったのか、それを確認する必要があるのです」
「確認? どうするの?」
「ミリアには、それを証明する方法があるのです。簡単なのです。春日井に確認してもらえばいいのです」
湊ちゃんは完全に油断していた。ミリアの思惑に気がつかない。
ミリアは湊ちゃんの背後に回り、静かに手を伸ばした。そして――。
「さきほど、春日井はお椀の形を手で作りました。しっかりとおっぱいを覚えているということです。つまり、それが本物の湊のおっぱいだったかどうか、それを確認すればいいのです」
「え?」
「さあ、答えるのです。あなたが見たおっぱいは、これですか? 違いますか?」
湊ちゃんのジャージが一気に捲り上げられた。素肌の上に直接ジャージを着ていた湊ちゃん。ノーブラだったため、丸出しになった。当然ながら、悲鳴を上げる。
「きゃああああああああ!!!!!!」
私は急いで春日井君の目を塞いだ。どうやら今回は間に合ったようだ。
ぎりぎりセーフ。春日井君には暗闇しか見えていないはずだ。
「さあ、同じですか? 違いますか? さっき見たのはこのおっぱいですか?」
湊ちゃんが顔を真っ赤にして必死にジャージを引き戻そうとするが、ミリアはレベル173だ。簡単にはいかない。
私は目隠しをしながら、春日井君に問いかける。
「春日井君が見たのってどのくらいの大きさだった?」
春日井君は顔を赤らめながら、手のひらを丸くする。
「え、えと……。このくらい……」
丸めた手はとてもボリュームのある大きさだ。
私はホッとして、湊ちゃんに笑顔を向ける。
「違った。湊のほうが明らかに小さい……。大丈夫、春日井君は見ていない」
すかさず湊ちゃんから2回目のグーパンチが飛んだ。私に向かって。




