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啓蟄のアヴァ  作者: 藤井咲
第一章
13/23

(13)

 ここは国が力を入れている水耕植林地帯だ。

国一番の大きな噴水がある人気の待ち合わせ場所で、天使が飛ぶ噴水の周りは見事な緑地広場になっていてカフェやレストランも設置されている。

周りを見渡してこの国にはこんなにたくさんの人がいるのだと辟易とした。

彼らは皆思い思いに楽しんでいる。

広場に並んだ木々の赤く色づいた葉は気持ちよさそうに天からの光を受け止めていた。宙ぶらりんの姿でしがみついた赤茶色の葉が見え、もうすぐ秋が終わるのだと感じる。


 改めて自分が如何に外に目を向けていないかを突きつけられる気がして小さく息を吐いた。

睡魔が目をちかちかと点滅させ視界が狭くなる。


「アヴァ、こっち!」


 呼びかけに振り向くが一瞬誰が私を呼んでいるのか分からなかった。

母は腰まであった長い髪を顎のラインでぴたりと整えて切っていて、まるで印象が違う。

髪を切ったことでより神秘さが増し、美しい女性だなとぼんやりと思う。


母はカフェの一角から黒い手袋をはめた手を振り私に高らかな笑顔を向けていた。


「元気だった?」


横に座った私をじっと見て母が言った。

給士ロボットが母の座っている丸テーブルの上から皿とカトラリーを下げる。


「うん、元気だよ。-そっちは?」


「まあまあよ。暇になって時間を持て余してるけど、うまくやってるわ。」


「-髪、切ったの?」


「ええ、似合うでしょ。」


しばらく二人とも無言になった。話すことがないので時間を持て余してしまう。


「―――少し歩きましょうか。」


 母は残ったグラスを流し込むと立ち上がり広場の横道を抜け奥の道へと進んだ。

緑が多いせいか、空調管理されている海上都市の中でも肌寒く感じる。もう少し着こんでくれば良かった。適当に選んだ黒のダウンコートの襟を立てながら思う。

奥の道は細く、整備はされているものの緩やかな下りの坂になっていて段差があり歩きにくい。

両脇に「KEEP OUT」と印字されたテープが引いてあり、それだけが景観から浮いている。

栽培された植物を踏むことは法律違反だ。


 しばらく進むと木が鬱蒼としていた道が開け、海と地平線が綺麗に広がっていた。波の音が微かに聞こえる。太陽が波に反射してキラキラと光っていた。

広場の奥にこんな場所があったとは驚きだ。

私は久しぶりに楽しい気分になっていることに気づいた。目を細めながら地平線を見る。


 母はフィルターに突き当る場所に一台ぽつんと置かれた大型の双眼望遠鏡の前に立っていた。慣れたふうに覗き込むと、それを動かし始める。


「大分痩せたわね。」


こちらを見ず外を観察しながら母が言った。


「そうかな、あんまり気にしてない。」


私も地平線を見たまま答えた。


しばらく無言が続いたが、母が一つ大きな溜息をつき溜まった言葉を出し切るように話し始めた。


「―――少しは気にしてほしいわ。

今年の深海鉄にも来なかったし、勝手が過ぎるのでは?

それにまだあの仕事を続けているって聞いたわよ。もう、気が済んだんじゃない?」


「なに、―それこそママには関係ないよ。

普通の仕事だし、迷惑をかけてるわけじゃないよね?違う?」


「迷惑なら既にかかってるわ。

私の子供が夢を売っているなんていい笑い話だもの。

もう少しちゃんとして頂戴。分かった?」


私の目が痙攣して顔の半分だけぴくぴくと不自然に上がった。妙に冷静な頭の中で母に口答えをする自分を自分が見ている。


「―ちゃんとって、何?

何をしてたらちゃんとしてるってことになるわけ?何なら貴方を満足させられるっていうの?

それを言いたくて今日ここに連れてきたの?なんで私が貴方の意見を聞くと思うの?

あ、貴方の理想を私に押し付けないでよ…!

…もう、帰ります。今年だけじゃない。来年も、再来年も。もう一緒に深海鉄には乗りません。

じゃあね。」


踵を返そうとした時、母が目を見開き一瞬にして瞳の中に怒りを燃やしたのが見えた。


「―甘いにおい。中毒者の臭いよ。あなた、くさいわ。」


 母の言葉に私はほとんど条件反射のように振り向いていた。

振り向いた先の母はわざとらしく顔の前で手を振り眉をしかめている。

私の顔は嗚咽の前触れのように一瞬にして歪んだ。


 私たちは感情の出し方がよく似ている。

どう足掻いても遺伝子を感じてしまうことが恐ろしく癪に障る。腹の中がぐるぐると渦巻いていき溢れた。


「自分だって、―自分だって同じじゃない。

その鞄に入っている物は何?

娘と話す時も酒を手放せない貴方の言葉なんて聞いても無駄でしょ。

それに、私、あなたの娘だもの、似て当然だわ。

悪い所だけ似たね、ママ。」


 私はそう言ってこの場を離れた。もう振り向かなかったし、母は何も言わなかった。

泣き笑いに近かったと思う歪な表情は私を醜く見せていただろう。


 後ろで喉を鳴らす音が聞こえた。


 出来るだけあの女から距離をとり一刻も早く寧静の時間に戻りたかった。

電動キックボードに乗り込み、全速力で家に帰りベッドに潜る。

悔しい、悔しい、気づかれた。悲しい。眠りたい。眠らせて。

目をきつく瞑り身体をクッションに埋め固くする。

睡魔はすぐにやってきた。


お願い、眠らせて。


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