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啓蟄のアヴァ  作者: 藤井咲
第一章
12/23

(12)

 長いテーブルに着飾った紳士淑女が豪華な仮面をつけて口を扇で隠しながら座っていた。宝石を散りばめ、意匠を凝らした仮面は見ているだけで胸がわくわくする。私も黒い犬も晩餐に歓迎されていた。黒い犬はどこからか調達したきらきら光る首輪をつけて、行儀よく待機し私を見上げている。私の指には大きなダイヤモンド、耳にはアメトリンが輝いている。きゅっとウエストで絞られた黒い総レースのドレスは見たことがないほど美しい。瞬きする度に睫毛に飛ぶ揚羽蝶がゆらゆら揺れる。完璧な贅沢を体現している。


中心に置かれた椅子に腰かけた。

 

 黒く光沢のある机には繊細なレース飾りが敷かれていて、その上には食べきれない程の食べ物がずらりと並んでいた。湯気をたて何種類もの食べ物が鎮座している。

私の目の前には重なった白い食器と銀のカトラリー、軸が折れてしまいそうな程細いワイングラスには紫の液体がたっぷりと注がれていた。


ぎい、と音が鳴ったと思うと、机の角にあるドアが開いて小人が現れた。立派な髭を蓄えた小さな人間の顔には植物が生え、蕾と少しだけ開いた花が小人の顔を隠している。

小人は太く短い手を器用に使って私の前の皿に料理を乗せていく。


「どうぞお召し上がりください。」


私は目の前の料理を堪能した。

赤い大きな光沢のある実と、かさだけ黒い、ひだも軸も真っ白の茸を炒めたものは陶器のように形が崩れない。美しい料理をすくいあげて口に入れた。

一口、二口、三口。たったの三口で食べ終わってしまう。

小人は心得ているかのように皿を変えてまた料理をのせた。周囲に座る男女は満足そうに私を見ている。

次の料理は虹色の繭を纏った海老だった。虹色の繭は揚げたてで、ナイフを入れるとふわりととろけた。自分の顔程ある海老を二口で食べ終える。口が異常に広がっていた。


小人が次の料理をよそっている間にワイングラスを傾ける。

なんて美味しいんだろう。いつまでも食べられる気がする。見たこともない料理ばかりだ。

口に含むとじゅわあと旨味が出てきて、噛めば噛むほど歯の隙間を通り、口が痺れる。

この痺れる感覚がやめられない。いくらでも食べれてしまう。


次は木細工のように模られた肉を食べた。香ばしい匂いと少し癖のある草の匂いがする。口に入れると破裂した肉が汁を出し舌を包む。自分の唾液と混じった肉汁が喉を伝って食道を焦がしていくのを感じる。美味しくて痛い。痛くて美味しい。


小人は一定のスピードで給士を行うので私の皿はすぐに空になってしまう。

(にぶいな)少々気がせいて横にある料理を一口でぺろり、ぺろりと平らげてしまった。

小人は少し不満気だが紳士淑女は喝采を挙げる。

そこからは小人と競うみたいに手当たり次第に料理を口に入れた。

お腹はみるみる膨らみ風船を腹の中で膨らましたようだ。まだまだ食べたい。

唇がひりひりするけど、舌で舐めると甘くて美味しい。全身が毒に侵されて美味しくなったみたい。舌全体にこびりついた味の層が味蕾に張り付いている。

胃が麻痺したのか脳が麻痺したのか判断がつかないが、ふわふわとお腹が重心に浮かびあがっていい気分だ。


「すべてのものは毒であり、毒でないものは存在しない。服用量次第で毒にも薬にもなるのだ。」


空から言葉が降ってきた。うるさい。しわがれた声は聞こえづらくて内容も鬱陶しい。


なくなった皿は消え、また新しい料理が運ばれてくる。

小人はいつの間にか五人に増え紳士淑女は消えていた。


次に盛り付けられたのは童話に出てきそうなまん丸とした卵だ。赤茶色の稲妻模様に立体的な斑点が行儀よく並んでいる。手で掴んで頭の部分を噛んだ。甘い。口の中に白い煙が入っていく。


「ねえ、あなたたちも食べなさいよ」

せっせと皿を片づけては盛り付けている小人たちに私は言った。

そうだ、一人で食べるより誰かと食べた方がより美味しい筈だ。

こんなに美味しい物をわけてあげるなんて、優しいでしょう。


「私たちには口がないので食べられません」

顔に小さい黄色の花を何輪も咲かせた小人が言った。

何を言っているのだ、では今の言葉はどこから発したというのか。

せっかく誘ったのに思いもよらない拒絶を受けたからか、浮かべていた笑顔が歪む。


「ふーん、どうして口がないの」オレンジ色の金柑に似た実を摘まみながら聞いた。


「必要ありませんので」固い茎が絡みついた小人が言う。


「じゃあどうやって栄養をとっているの、死んじゃうじゃない、悲しいわ」私の顔はより歪む。


「少しの水があれば問題ありません。」白い百合の蜜を垂らす小人が言った。


「じゃあ、たくさん飲んでよ、水を。お腹いっぱいになって頂戴。」

私がそういうと上から大粒の雨が降ってきた。雨は激しく、小人の顔は瑞々しくなっていく。


「素敵。もっと早くしたら良かった。」


私は雨の中楽しく笑った。小人たちは雨でびしゃびしゃの料理を黙々と皿に盛り付ける。

五人の小人たちは雨が激しさを増すごとにひしゃげていった。


「やだ、痛んできちゃった」私は嬉しそうな声を隠さずに一層笑った。


小人たちが顔面に持つ植物は雨の重さで垂れ下がり、ついには肌色のただの丸が出てきた。下に垂れた植物が顔の輪郭を変形させている。よほど重いのだろう。綺麗にくくられていた淡いピンク色の蝶ネクタイも黒い燕尾服も全部雨を吸って重そうだ。


「どうぞ召し上がり下さい。」


私の目の前にある皿は雨と料理が混ざって泥みたいになっている。

さっきまでの楽しい気持ちはしぼんで、まるで苦行みたいだ。

食べたくないけど、食べないと。


隣の黒い犬は目を瞑っている。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


妹は頭が狂った。

この夢を見て正常だと感じる奴はそういないだろう。

自罰感情だか、悪意の塊か知らないがひどく歪んでいる。

妹の周りにはこれを止める奴はいないのだろうか。…いないのだろう。こんな夢を嬉々として売り、それをこぞって買う奴らばかりだ。


 妹が夢を売っていると聞いたのは二年程前のことだ。

アカデミーの仕事を辞めて夢を売り始めたと聞いた時は驚いた。

人の仕事をどうのこうのいう気はない。

だが、如何せんこの仕事はグレーだ。

人の夢を覗く。あえて覗かせてそれによって対価を得る。

当世、秘密は自分の手で守らなければいけない。容易に自分の秘密を売ってはいけない。


 元々軍事用装置だったものを民間が権利だ何だと主張し一部を手に入れ、いたずらに不必要な市場をつくった。

現実よりもリアルな映像と刺激的な中身が現実を排除する。

夢中毒になる者も後を絶たない。

現実を退屈な平和だと思い込む奴らが増えた。

退屈な平和、その一言で片付けられる奴らは想像力が完璧に欠如した欠落品だ。


「想像力豊かな夢の主」そりゃそうだろうよ。それ相応の知識と頭を持ってる俺の妹だ。想像なんてお手の物だろう。ただ消費を甘受してる奴らとは土俵が違う。


消費者は貪欲だ。

日々消費される現状をあいつが良しとしている理由が理解できない。

夢に興味が出たらその先の作者にも興味が湧く。

実際、アーティストが被害に遭う事件は幾度も問題にあがっている。当然加害者は購入者だ。


「お前は、馬鹿じゃないだろう。」


ぽつりと漏れた声はらしくなく小さい。低迷している現状に気持ちばかり焦る。


胸に装着しているアラームが鳴った。

同時に部下のアナウンスが流れる。

「隊長、市民同士の小競り合いのようですが、州の狭間で起きているらしく要請がかかっています。」「了解、向かえ。」

部下に指示を出し、自治体警察の目印である紺色のジャケットを脇に抱え部屋を出た。



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