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第4話 頑健のモルドー

昔話終了です

 

 翌日は朝から忙しかった。本格的に軍がぶつかるとあって、どこもかしこも慌ただしい。

 私も出兵前の兵たちへの声かけの義務として、台の上に上がって演説を行った。


「殿下、いよいよですね」

「ああ、そうだな。楽しみだ」

「……言っておきますが、決して前に出ようなどと思わないでくださいよ。殿下の役目は兵の頑張りを見守ることですからね」

「わかったわかった」


 起きた時から止まらぬ武者震いは極力抑え込んでいるのだが、興奮している気配が隠せていないらしい。

 アランだけでなく、将軍の爺さんにまで釘を刺された。


 とうとう開戦時刻となり、兵たちが一斉に鬨の声を上げ敵陣へと向かっていく。

 怒号が飛び交う中で、私のいる天幕の周辺はまだ静かなままだ。

 あの男、本当にここまで来るのだろうか。少しの懐疑心と大きな期待で戦場から目を離せない。


 兵士達が入れ替わり立ち替わり戦場へ向かう。

 そうして戦端が開かれてから1時間、一際大きな怒号が響いてきた。

 己の足で走り、腕で敵を斬り飛ばして、我が国の兵達に囲まれながらも一直線にこちらへと向かって来る一団がある。

 側にいた将軍達が慌てて兵に指示を出しながら、前に出て行く。私には万が一には馬を駆り逃げるようにと言い置いて。


「その必要はない!私も出る!」

「殿下!?あんた何言ってるんですか!」

「これは譲れぬ戦いだ、許せ!」

「ちょっ、馬鹿なこと言わないでください!!」


 顔を真っ青にしたアランや将軍達に止められるがそんなことは知らぬ。

 ゆっくりと天幕を出ると、それはすぐそこまで迫っていた。


「邪魔だ!!どけおらああああ!!!!」


 男の叫び声が聞こえてくる。

 そいつが動くたびに兵が薙ぎ倒され、姿がよく見えるようになる。


「やはりお前か…!」


 男と目が合う。

 にやり、と笑みを浮かべ駆け寄ってくる彼との間に入ろうとする者を制して前へと歩み出る。


「殿下…!」

「問題ない、必ず戻る」


 彼と共に来た一団が他の兵を牽制して私たちの周囲に空間を作ってくれている。良い仲間を持っているようだ。


「遅かったな、供ともよ。今日は少し運が悪いんじゃないか?」

「いいや、そんなこたぁねえよ。俺は今日も運が良い。こんなにあっさりあんたに会えたんだからな」

「そうか、それは良かった。負けた時に運が悪かったと言われたら敵わん」

「誰が言うかよ…!正々堂々、勝負しようじゃねえかあ!!」


 そう口にした瞬間、男が踏み込む。

 速い…!


 ガキィン!


 耳障りな音を立てて剣と剣がぶつかり合う。

 鍔迫り合いの最中、やはり己の感は間違っていなかったと嬉しく思う。こいつは強い。

 一度飛び退って距離を取り、今度はこちらから仕掛ける。


 2人の戦いは、まるで剣舞を舞っているかのようだった。打ち合わせされていたのではないかと思うほど、完璧な競い合い。その姿にその場にいた誰もが釘付けだった。


 楽しい。楽しい。楽しい…!

 こんなに息の合う、それでいて命の危険を感じるほどの張り詰めた戦いは初めてだ!


 長く激しい戦いの中で息は切れ、何度も衝撃を受けた剣を握る腕は痛みを発する。しかし、そんなことも忘れ、今なら何でもできるような気がした。

 そんな全能感さえ覚えさせた戦いも、やがて終わりを告げる。

 痛みや疲労を忘れたところで、なくなるわけではない。必ず限界は来るものなのだ。


 一歩、踏み出した足がガクリと落ちる。

 まずい、そう思った時には体が地面に倒れていた。

 どうやら、私の負けのようだ…。


 負けた、そう言おうとして奴がいるだろう方を仰ぎ見るが、誰もいない。はて?不思議に思って視線を動かすと、人1人分空けた隣に奴が倒れていた。

 男は笑っている。


「俺の負けだ」

「は?いや私の負けだろう」

「いいや、俺の負けだ。俺の方が先に倒れた」

「謙遜は時に侮辱にもなるのだぞ」

「あ?俺が素直に認めるって言ってんだよ!嘘ついてるって言いてえのか!?」


 何故こいつは勝ちを認めない!?この私が無様にも負けを認めてやっているというのに!


「殿下…!」

「…アラン」


 お互いに負けを譲らず、険悪な雰囲気が漂い始める中、アランが駆け寄ってきた。


「この馬鹿王子!何やってるんです!?死ぬ気ですか!」

「必ず戻るって言っただろう。死ぬ気などさらさらない」

「ははっ、あんたも良いお仲間がいるようだなぁ」

「お前こそ」


 アランに助けられて体を起こすと、男も起き上がった。この3日間、続けた距離感だ。


「あんた、強いな」

「お前も、強いな。とても楽しかったぞ」

「仕方ない、今回は引き分けってことでどうだ。」

「いいだろう、次は負けん!」


 私が立ち上がって手を差し出すと、奴はそれを取って立ち上がった。

 戦場はもう、戦をする空気ではなくなっていた。


「じゃあな」

「ああ」


 また、とは言えない。お互い生きる世界が違いすぎることはわかっている。それでもきっと、またどこかで会う予感がした。



 ------------------------



 あの後すぐ、戦争は終結した。

 互いに多大な被害を出していた国の上層部からすると、私たちの戦いからの和解劇はちょうどいい構図だったらしい。勝手な行動に何かしらお咎めがあるかと思いきや、父王からは褒賞を戴いてしまった。


 そして1ヶ月経つ今日、両国の間で平和条約が結ばれる運びとなり、その締結式が我が国の城で行われた。

 今は友好を祝うパーティーの真っ最中だ。


 ステラータ国王太子として、さらに戦争終結の立役者として方々に挨拶に回り終えた頃、テラスへと出て行く人影が見えた。

 後を追って出ると、手すりに持たれて空を見上げる男がいた。


「戦争終結の立役者ともあろうお方が、お一人で何をされているのです?……フィオーレ男爵」

「あいにく私は堅苦しいのが苦手なもんで、すみませんね。エルハルト王太子殿下」


 話しながらもこちらを見ようとはしない彼の、人1人分空けた隣へ立つ。


「残念ながら、この庭に湖はないのですよ。見たければ国境付近に良い場所があります。今度ご案内いたしましょうか」

「いいや、王太子殿下の手を煩わせるわけにはいきませんよ。俺は自分で行けるんで」


 隣を見ると、相変わらずニヤリと笑う顔がある。


「ふんっ、飯を作らせといてよく言う」

「さぁて、何のことだか。俺はちょっと運が良かっただけだよ」

「爵位を戴いて何か変わったかと思えば、お前は変わらんな」

「人間、そう簡単には変わらねえよ」

「それは良かった。……まさか、こんなに早く再会するとは思っても見なかった」

「俺も、まさか自分がお貴族様の仲間入りするなんて思っても見なかったさ」


 そう言う男は、案外貴族として立っていても違和感がなかった。少しの粗暴さがアクセントになって、危ない雰囲気を醸し出している。


「頑健のモルドーも、見納めか?」

「馬鹿なこと言うな、俺は生涯現役だ。それより、その頑健のってのはやめろ」

「何だ、二つ名が気に入らないのか?」

「自分で名乗ったわけじゃねえのに、いつのまにか付いてたんだ。俺のことは、モルドーでいい」

「そうか、なら私のこともエルでいい」


 何か変わるかと思えば、私たちの関係はあの夜のまま。それにどこかホッとする自分がいる。


「そういや、あんたのお妃さん、ご懐妊だとか?産まれたら祝ってやるよ」

「ありがとう。お前は結婚はしないのか?」

「何言ってんだ?俺はもう息子もいるぞ」

「は?」

「は?」

「えっ、いや、まさかお前に好い人がいると思ってなかったんだ。これぞ寝耳に水だ」

「失礼だなぁ。俺ぁこれでもモテるんだぞ」

「それは分かる」


 怪訝そうな顔をしたモルドーだが、何か思い付いたのか嫌な笑みを浮かべる。


「そうだな、なら俺の息子に娘ができたら、お前んとこに嫁がせてやろう」

「はあ!?」

「嬉しいだろう?息子も既に美形の素質を持ってるし、きっと絶世の美女になるぞ」

「そもそも孫ができるかも、それが女かもわかってないのにそんな約束できるか」

「いいや、間違いない。必ず美女ができる!そうなれば引く手数多だろうし、変な奴にやるよりお前の血筋の方が安心だ」

「……はあ〜。わかった、では私もいつか産まれる孫息子をお前の孫娘にやろう。それでいいだろう?」

「ははっ、さすが俺が見込んだ男だ」


 モルドーは笑うと、ちょっと待ってろと言って室内に入り酒のグラスを2つ持って戻ってくる。

 片方を私に渡してそれを掲げた。


「じゃあ、俺たちの友情と孫達の婚約を祝って!」

「「乾杯」」


 王族として少しやらかした気もするが、気のおけない友を得た喜びとほろ酔いの心地よさに、私は全てを受け入れることにしたのだった。

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